俺はこれでいいんだ。これしかないんだ。
 そう思っていたのに。
「出会っちゃったんだよな、璃恋と」
 涙に濡れた、璃恋の頬に触れる。ごめん、璃恋。こんな汚い指で触れてしまって。
 それでも、触れられずにはいられなかった。
――璃恋のことを好きにならずに、いられなかった。
 今からでも、遅くないのだろうか。まだ俺は、やり直せるのだろうか。
 璃恋の温かい手が俺の背中に回り、温もりに包まれる。抱きしめられているのか、俺は。
 そうして何分か抱き合ったあと、俺は身体を離し、璃恋を真っ直ぐ見つめた。
「……ねぇ、璃恋」
「なんですか、拓海くん」

「――好きだよ」

 ああ、やっと、言えた。
 ごめんな、璃恋。最低だろ。こんな瞬間に言うべきじゃない。汚い過去を吐露したあとに言うべき言葉じゃない。
 分かっていたけれど、コップの縁に張り詰めていた水が溢れるように、もう止められなかった。
「俺でよかったら、一緒にいて欲しい。俺は、璃恋と一緒にいたいから」
 付き合って、なんて、在り来たりなことは言わないから。ただ、一緒にいて。いつ俺を捨てたっていい。逃げ出したっていい。ただ璃恋がそばにいたいと思ってくれている間は、俺の隣にいて。その小さい身体に鳴り響く鼓動を、そっと聞かせて。
 俺の瞳から、涙が溢れた。泣くのなんていつぶりだろう。ひとりの夜も、初めて殺しをしたあの日も、もう何もかもを失ったときも、涙一粒こぼれなかったのに。璃恋がいっぱい泣くから、俺まで感化されちゃったじゃん。
「……拓海くん」
 璃恋が鼻を啜りながら俺の名を呼ぶ。なに、と泣き笑いのまま返す。

「わたしも、拓海くんと一緒にいたいです」

 また一筋、涙がこぼれた。
 窓から光が差し込み、その光に璃恋の涙が照らされ、雫が光を帯びる。涙で濡れた頬も美しく光る。
 璃恋の方に身を乗り出して、キスを交わした。
 世界がいつもより、明るく見える気がした。