「羽瑠ー」
入学式が終わり、家に着いたとき、名前を呼ばれた。
6年前より少し低くなった声。だけど、僕には誰か分かる。ようやくだ。そんな思いを胸に込めて、声の主の元へ向かう。
「入学おめでとう!!大きくなったなー」
そう言って僕の頭をなでなでしながら、にかっと向日葵のような笑顔で笑う。そんな彼に一言僕は言う。
「水宇くん、僕、水宇くんのことが好きだよ。」
4月、俺の2個下の幼馴染が同じ高校に入学してきた。幼馴染といっても再会したのは久々だ。彼は小学3年生の時、親の転勤で引っ越してしまって6年ぶりにこっちに戻ってきた。そんな彼は今俺の隣にいる。俺の腕をがっしり組んで。
昨日の入学式のあと、6年ぶりに羽瑠の家に行ったら…告白された。俺はへ!?あ、ありがとなーと言って一瞬驚きつつも頭をなで続けていたら、急に手首を掴まれて
「誤魔化さないで。僕は本気だよ。明日から覚悟してね。」
と6年前と変わらず無表情で無愛想な彼がにっこり笑った。その時の俺は6年ぶりに会って一段とかっこよくなった彼に内心ドキドキしていた。
これが昨日の出来事。
そして朝、学校に向かおうとしたら家の前に羽瑠が居て、一緒に行こうと誘われた。朝挨拶したときは、いつもどおりの無表情だったから昨日の告白は嘘だったのかなんて思っていたら、耳元で昨日の告白、嘘じゃないよと囁かれた。びっくりして俺は耳を押さえながら羽瑠から距離を取ってしまった。それでも羽瑠は長い足ですぐ距離を詰めてきて俺の腕を取り、学校行こと言われ、今に至る。
そして周りの視線が痛い。だってこいつ入学2日目にしていろんな女の子から声を掛けられている。昨日新入生代表挨拶した影響もあるのかもしれない。声を掛けたくなる気持ちも分かる。表情こそないが頭はいいし、運動もできる、身長も高いし、優しいし、何より顔がいい。もう最高にかっこいい。羽瑠のせいで目立ちに目立って、昇降口まで辿り着く。校舎に入るため、腕から離れようとすると、思いっきりギュッと抱きついてきた。顔をじっとこちらに向け、離れたくないという無言の圧をかけてくる。くそ顔がいいな、と思いつつも授業があるからまた放課後なと言って、何とか腕を取り払い教室に向かった。少しむすっとしていたような気もするが無視しておく。教室に入り友達におはよーと声を掛け席に着く。俺の学校は2、3年はクラス替えがないから友達作りとかしなくていいし、慣れたクラスメイトばかりだから楽だ。荷物を整理していると
「水宇、朝目立ってたな。モテ期到来か〜」
話しかけてきたのは高校でできた初めての友達の慎吾。やっぱり見られてたか。あんだけ目立ってたもんな。
「そんなわけないだろ。目立ってたのは俺の幼馴染のほうだっつの。」
「あれが例の幼馴染くんか。俺朝初めて見たけど、すっげえイケメンだな。」
「だろ!」
「何でお前がドヤるんだよ〜」
いつもどおりの会話をしていると先生が入ってきた。
「席につけー。HR始めるぞ。」
そういって新学期が始まった。
「やっと昼休みだー」
「新学期早々テストあるのだるいよなー」
全くだと思いながらうんうんと頷く。慎吾と机を向かい合わせにして昼飯を食べる準備をする。弁当箱を取り出し、今日の弁当は何かななんてうきうきしながら弁当の蓋を開ける。うおお−!今日はトンカツ弁当だ。俺が弁当の中で一番好きな種類だ。
「いっただっき…」
と言いかけたそのとき、廊下から女子の悲鳴にも近いような声が聞こえてきた。羽瑠くん、私とお昼食べよう、おかず交換しよ〜などの声が聞こえてくる。中には、羽瑠くんは私と一緒にお弁当を食べるのよ、など言い合いをしている女子もいる。どうやら羽瑠はお弁当を一緒に食べようと大量の女子達から誘われてるらしい。羽瑠は、女子から逃げるべく全力で廊下を走っている。羽瑠、モテモテだなー。なんて呑気に考えているとうちの教室の前を通り過ぎ、またうちの教室の前まで戻ってきた。羽瑠は教室のドアの前で停まり、キョロキョロと教室を見渡す。俺を探しているのだろう。俺の席は窓側なので見つからないことを祈る。視線を合わせないように弁当を食べ続ける。それから俺を見つけたのかじっと視線を向けてきた。無視を続けていると、何かを諦めたようにズカズカと教室に入ってきた。3年の教室だぞ。何か一言くらい言ってから入れよ。廊下の女子達は3年の教室には入りづらいのかドア付近で固まっている。また羽瑠を一目見ようと押し合っているようにも見える。気づいたら、目の前にはるが負のオーラを出しながら立っていた。
「水宇くんお昼一緒にたべよ」
少し声に力が入ってるように聞こえる。廊下の女子たちはえ、と固まっている。まあ、想像してた通り。羽瑠がうちの教室の前で止まったときから嫌な予感はしていた。お昼一緒に食べるのは別にいいんだ。いいんだけど、こんな視線がたくさんある中で誘うことないだろ。恥ずかしい。不特定多数の人にモテモテの羽瑠は慣れているかもしれんが、俺は慣れていないので恥ずい、普通に恥ずい。朝でさえ普通にしてたけど、内心ドッキドキだった。何にも発しない俺を怪訝に思った羽瑠が顔を覗き込みながら、水宇くん?と声を掛けてきた。俺は意を決して弁当箱を一つにまとめ慎吾に一言声を掛ける。
「わりー。ちょっと行ってくるわ」
おー、いってらーと軽く返してきた。俺のことは気にすんなと言ってるようだった。心の中で感謝しつつ羽瑠に向き合う。羽瑠は、席を立ってくれたのが嬉しいのか、水宇くん!と言っている。かと思えばむっとした口調で
「ねえ、水宇くん。隣に居たおと…」
「その前に、この廊下の女子達をどうにかしろ。」
羽瑠の言葉を遮りながら俺は小声で言う。開きかけていた口が閉じられた。顔にめんどくさいと書かれている。お昼一緒に食べるんだろと言うと少し考え込み、女子達の方に顔を向けた。すると、固まっていた女子たちが息をしだした。廊下から声を出し、また羽瑠をお昼に誘っている。羽瑠は俺の手を取り、女子達がいる廊下に近づいていく。そして、俺の肩に腕を回しハグをしてきた。これでは前が見えない。ちょ、羽瑠と声を掛ける間もなく衝撃的な言葉を発する。
「僕、この先輩と付き合っているから。もうこういうことやめて。」
ピシャーン。
俺の頭に雷が落ちた。いや、俺だけじゃない。廊下の女子達もうちのクラスメイトもだ。え、なにいってんだ、俺と羽瑠がつきあっている?違う。確かに告白はされたが、返事は何もしてないし、何ならまだ冗談だと思っている。そう思いつつも身体が、顔が熱くなっていくことが分かる。
「ちが…」
弁明しようとした瞬間、廊下からも教室からも、えーーーーーー!という声が聞こえてきた。耳を塞ぎたくなるくらいうるさい。もう一度弁明しようと試みるも、今度は廊下からショックを受けて泣いている声やなんであんたなんかとという怒りの声が聞こえてきた。教室は教室で、お前まじか!羨ましい、おめでとうなどと大変盛り上がっている。この状況をどうにかしなきゃと頭をぐるぐる回していると、目の前が明るくなった。羽瑠に手を引かれこっちと声を掛けられる。俺はされるがままに手を引っ張られていった。誰かが逃げるぞと声を上げた。ショックで泣いていている子達、付き合っていることが許せない女子達が追いかけてくる。運動部なので体力はある。ひとまず人が来なさそうなとこに逃げよう。羽瑠は入学して二日目、当然人気がないとこなど知らないので、俺が声を掛けながら女子達から逃げた。
逃げた場所は俺が入っている剣道部の部室。多少匂いが気になるがそんなこと気にしていられない。はあ、はあ、体力はあるものの走ることは少ないので多少疲れた。隣を見ると息切れ一つしてない羽瑠がいた。
「ここ、水宇くんのにおいがする」
何だとこいつと怒りを露わにすると、汗臭いって意味じゃないよと付け足してきた。
「懐かしい匂いって感じ」
どんな匂いだよと心のなかでツッコミを入れつつ、教室での発言についてどういう意味だと問いただそうとしたら
「水宇くん。お弁当たべよ。お昼休み終わっちゃう。」
そういえばそうだった。問いただす前に腹ごしらえをしよう。肩の力が抜けお腹がぐ〜と鳴り2人で笑った。
「「ごちそうさまでした」」
2人揃って手を合わせる。スマホで今の時間を確認すると、お昼休みは残り20分。弁当を食べているときは羽瑠の俺と付き合っている発言で頭がいっぱいで、羽瑠との会話に集中できなかった。正座をして羽瑠と向かい合わせになる。羽瑠もただならぬ雰囲気を感じたのか正座をする。
「羽瑠、さっき教室での発言なんだが、、」
「なに?なにか間違ったこと言った?」
こいつ、目をキュルンとさせて俺の目をじっと見てくる。甘くなるな。そう自分に言い聞かせてゴホンと前置きをする。
「まず、大前提として俺と羽瑠は付き合ってない。なのになんで大勢の前であんな嘘をついたんだ?」
「それは…言わなきゃだめ?」
「当たり前だ」
「じゃあ、長い話になるけど聞いて。僕の中学時代の話」
そう言って語りだしたのは、羽瑠の中学で起こった事件だった。
中学生の僕も今と同じようにモテていた。どこにいっても女子達が僕の周りに群がってくる。僕は一人が好きだったから、友達も恋人もいらなかった。毎日毎日女子達から話しかけられて、鬱陶しかった。だから、
「彼女いるから僕の周りをうろつくのやめて」
って嘘をついた。そしたら女子達が僕の周りからいなくなりほっとした。でも次の日学校に行ったら、女子達は僕の彼女は誰なのか探していた。まるでドラマに出てくるような刑事の目つきで。そのうち誰かが
「誰かが嘘付いてるんじゃない?」
たったその一言で、お互いを疑うような目に変わった。そしてよく僕の近くにいたグループのリーダー格の子が、当時僕の隣の席だった大人しい性格の矢野さんの席に近づいて
「あんたでしょ」
まるでお前以外いないというような言い方だった。矢野さんはもちろん関係ないのですぐに否定していた。でも、何回も本当のこと言えと問い詰めており、周りの女子たちもそれに賛同するかのように声を出していた。そして事件は起こった。
バチン。
うるさかった教室がしーんと静まる。リーダー格の女の子が矢野さんの頬を叩いたのだ。そっからはもうめちゃくちゃだった。矢野さんの胸ぐらを掴もうとする彼女を止めるのに必死になったり、先生を呼んだり、矢野さんを保健室に連れていったり。そのときの僕は、何もできなかった。僕のせいでこうなってしまった自覚はあった。僕が嘘をついたせいで。頭を抱えることしかできなかった。それから、彼女達の親が呼ばれ、先生達と話し合ったあと僕の元に先生が来た。こんなことが起きてしまった原因は僕が嘘をついてしまったせいだからだ。先生にはいろんなことを聞かれた。どうしてこうなってしまったのか、なぜ嘘をついてしまったのか、どうして彼女達を止めなかったのか。僕はすべて正直に話した。先生は真摯になって聞いてくれた。
この事件の後、矢野さんは転校した。僕が原因で事件が起きてしまったのだから一度謝りたかったのだが、先生曰くクラスメイトとは会いたくないという理由で願いは叶わなかった。矢野さんを叩いた子は、クラスメイトからは一定の距離が置かれ、誰も彼女とは話そうとしなかった。それから、僕の周りに群がる女子もいなくなった。あの事件の影響から、話しかけたら何をされるか分からないという噂が流れたからだ。
ほとんどの人があの事件が起きたのは、僕のせいだと決めつけていた。実際そうなのだから別によかったけど。それから僕は、誰とも関わらず、嘘をつかず正直に生きていこうと誓った。こうして僕は中学3年間を1人で過ごした。
「…そんなことがあったのか。大変だったな」
「うん、まあね。おかげで女の子のことは苦手」
「そうなのか、俺からすればモテモテで羨ましい限りだけどな」
そういうと羽瑠は、むっとした表情をし、
「水宇くんにモテないと意味がないよ。」
「なんだそれ笑。で、結局なんで嘘ついたんだ。話を聞く限り嘘つくのやめたんだろ。でも、お前さっき堂々と嘘ついたよな」
「…中学の時とは状況が違って、ちゃんと水宇くんっていう相手がいるし、同性だし大丈夫かなって思ったから。それに、同じ学校だから、何かあっても水宇くんのこと守ってあげられるし…僕が学校生活を安心安全に送るために協力してほしいんだけど、、だめだった?」
…かわいい子犬のような視線を向けてくるな。頷きそうになるだろ。散々悩んだ結果、羽瑠の提案を受け入れることにした。俺のデメリットが目立つことくらいだし、何より羽瑠には学校生活を楽しんでほしい。中学であんなことがあったなら尚更。
「理由は分かった。そういうことなら付き合っているっていうことにしてもいい」
「ほんと!!ありがとう!」
そう言って抱きついてきたが、勢い余って後ろに倒れてしまった。いててと頭を擦っていると、目の前に羽瑠の顔があった。…改めて見るとほんとにこいつの顔整ってるな。みんなイケメン、イケメン言うけど、こいつの顔はイケメンっていうより美人っていうほうが似合っていると思う。後ろに倒れたまま羽瑠の頬に手を伸ばして、むにむに触る。柔らかくて気持ちいい。肌もすべすべだ。そのままむにむに触っていると、突然手首を捕まれ顔が近づいてきた。
ちゅっ。
は、今何が起こった。俺の唇に羽瑠の唇が近づいてきてそのまま…さっきの出来事が思い浮かぶ。こいつキキキキスした…のか…?あまりにも突然のことにびっくりして、思考が追いつかない。身体が熱い。顔も真っ赤になっていることだろう。自分でもいつもよい体温が高いことが分かる。
「ふふ。水宇くん。かーわいい」
は、なんだこいつ。めずらしく笑っていやがる。こんなニコニコな羽瑠を見たのは、幼稚園以来かもしれない。どうすることもできずそのまま固まっていると、キーンコーンカーンコーンとグッドタイミングでお昼休み終了のチャイムが鳴った。
チャンス!羽瑠がチャイムに気を取られている間に、羽瑠に押し倒されていた状況から脱出し、弁当箱を持つ。水宇くんと叫んでいたが、無視して部室から全力ダッシュで教室に向かう。心臓がうるさい。キスされた時からずっとドックン、ドックンいっている。身体の熱が冷めそうもない。なんで俺こんなになっているんだろう。そう思いながら、教室へ向かった。
6限が終わるチャイムが鳴り、ファイル等を鞄に詰め部活に行く準備をしていると、ブーブーとメールの通知が1件来た。何となく想像はつくが、無視したい気持ちを抑えメールを見る。
『みうくん、一緒に帰ろ』
ほらな、やっぱり思った通り。さっきあんなことあったばかりなのにどうして一緒に帰ろうとか誘えるんだよ。恥ずかしくないのかよ。てか俺部活あるから無理だし。断りのメールを送ると、待ってるとすぐ返事がきた。
『2時間もあるんだぞ』
『待ってる』
何でだよ、こっちが恥ずかしいの察しろよばか。俺は若干イライラしながらメールを打つ。
『お前それしか言えないのか』
『図書室にいるから、終わる頃迎えに行くね』
あーもう、話が噛み合わない。部活の時間も迫っていたので、分かった。そう一言送る。
ありがとう。返ってきた言葉にほんとに感謝しろよと思いながら、部活へ急いだ。
部室に着いたときには、もうみんな着替え終えていて、垂や胴をつけ始めていた。顧問がまだ来ていないとはいえ、新学期初日から部長が遅刻はまずい。とはいえ、もう9年続けているため着替えや防具をつけるのなんてなれたものだ。無事、時間までに間に合い、練習メニューを始めていく。
「かまえ!気合だし始め!」
剣道の稽古が始まった。
約2時間の稽古が終わった。今日の稽古について顧問から言葉をもらい、挨拶をして終了した。その後、俺と女子の部長の山崎は、顧問に来週から始まる部活動体験について軽く説明を受け部活動の時間が終わった。ふー、今日も疲れたー。下校時間まで時間ないな、急がないと。なんか今日急いでばっかだななんて思っていると、
「水宇くん」
はっ!そうだった。あいつと帰る約束をしたんだった。羽瑠は武道場の扉から少し顔を出していた。ちらっと横目で羽瑠を見ると、バッチと目が合った。俺は恥ずかしくて思いっきり目を逸らしてしまった。あいつ、いつも通りだ。平然としてやがる。たった数時間前にあんなことがあったのに。もんもんとしていると、
「水宇くん、下校時間過ぎちゃうよ」
その声にハッとし、すぐ着替えてくると言い、部室に駆け込む。
着替えを終え、部室から出ると羽瑠が壁にもたれ掛かり本を読みながら待っていた。
「ごめん!お待たせ、時間ないから校門まで急ごうぜ」
少し声が上ずってしまった。恥ずかしい。羽瑠は、うんと言い俺の後を追ってきた。なんとか時間までに門を出ることができた。羽瑠ーと振り返りながら名前を呼ぶと、ぎゅっと手を掴んできた。しかも恋人繋ぎだ。
「へぁっ!」
びっくりして変な声が出てしまった。なにその声、初めて聞いたんだけど、と言いながらクスクス笑っている。俺はまたもや、熱があるんじゃないかというくらいまで顔が熱くなっているのが分かる。とりあえず、手を解こうとするのに、羽瑠の力が強すぎて全然解けない。こいつ運動できないはずなのにどこからこんな力出してんだ。羽瑠はというと未だに笑っている。一発殴りたい。こっちは周りに人もいて恥ずかしいってのに。部室でのキスだって、なんでもないような顔しやがって。恥ずかしい思いをしてるのは俺だけかよ。そもそも俺達本当に付き合っているわけじゃないんだし、なにもこんなことまでしなくていいだろ。顔を真っ赤にして黙ったままいると、急に手を引っ張られハグをされた。
「水宇くん、外でそんな顔しちゃだめだよ。俺だけの前だけにして」
は?そんな顔ってどんな顔だよ。羽瑠以外の人の前じゃこんなドキドキしないし、顔も熱くならないし。少し反論しようと思い
「お前の前以外こんな顔にならないけど」
強気に出た…つもりだった。そうしたらなぜかさっきよりも思いっきりハグされてしまった。苦しいので声を掛けようとしたらいきなりバッと離れたかと思えば耳元に羽瑠の唇が近づいていき
「水宇くん、大好き」
と囁いた。いきなりのことでびっくりし、耳を抑えてあわあわしていると、次は
「かーわいい」
と囁いた。なんだこれ。何かの罰ゲームか。恥ずかしくて死にそうなんだけど。イケメンの破壊力にやられながら、歩いているといつの間にか家の前だった。俺の家から高校までは徒歩十分ほどなので近いほうだ。電車通学の友達からはいつも羨ましがられている。ちなみに羽瑠の家は俺の家から徒歩五歩だ。俺達の家は道路を挟んだ向かい側に建っている。
じゃあ、また来週なと声を掛けようとしたら
「水宇くん。今週末空いてる?」
にっこり問いかけてきた。なんだかとっても嫌な予感がする。
「今週末?今週の土曜は部活あるし、日曜は夜に塾があるけど…」
「じゃあ日曜日の昼間俺とデートしない?」
で、でででーと!?
「ほら、僕たち付き合うことになったんだし、付き合って初めてすることといったらやっぱりデートでしょ?だから…」
まてまてまてまて、さっきまで流されていたからここではっきりさせるが、確かに付き合うとは言ったが、あくまで羽瑠が安心して学校生活を送るためであって、デートまでする必要ないんじゃないか?言ってしまえば恋人のフリをしてるわけだから、そのことを伝えると
「恋人の…フリ」
「そう。恋人のフリ!」
「分かった。恋人のフリでいいから僕とデートしてよ」
ん!?こいつ何にも分かってないな。
「だから、恋人のフリするのは学校の中だけで大丈夫だろ」
「…水宇くんさぁ」
急にいつもより低い声にビクッとする。
「僕が告白したこと忘れちゃった?さっきも耳元で大好きって伝えたのに、デートの話をし始めたら、少し驚いただけでさっきのことなんか何もなかったかのような顔してさ」
「…僕、水宇くんと久しぶりに一緒にお出かけしたかっただけなのに」
拗ねた口調になりながらそんなかわいいこと言われたらダメとは言えないだろ。
「そうだったのか。だったら最初から一緒に出かけたいって言え。どっか行きたいとこあるのか?」
「…いいの!新しくできた水族館に一緒に行きたくて」
「りょーかい。また時間とかは連絡してくれ」
「うん。分かった。初デート楽しみだね。じゃあ日曜日に」
おう、日曜なーそう言って別れた後玄関の扉を開け、一息つく。あいつ初デートっていってたか!?玄関の前で頭を抱え込んでしまい、母さんに声を掛けられるまで、ずっとそのままだった。
むかえた日曜日。本日の天気は曇天。今日の俺の気持ちを表しているようだった。天気予報では、雨が降るかもしれないと言っていた。
昨晩、雨が降るかもしれないから違う日にするか?とメールしたところ、
違う日にするなら明日は僕の家か水宇くんの家でおうちデートになるけどいいの?と返ってきた。いいわけあるか。今あいつと二人っきりになったら何をされるか分かんねえからな。
明日は何が何でも水族館行くぞ。と返信したら、
『水宇くんなんか気合入ってるね。明日のデート楽しみにしてて。おやすみ』
羽瑠からの返事を何回も読み直す。デート…デート、やっぱり明日はデートなのか!?いやでも俺達が付き合っているのは学校の中だけだし。もんもんとしながら眠りについたので今朝は少し寝不足だ。…緊張で眠れなかったのもある。
…答えが出ないことを金曜に羽瑠と別れた後からずっと考えている。おかげで部活ではミスを連発し顧問に怒られ、塾の小テストでは名前を書き忘れるという受験生にあってはならない失態を起こし、先生に疲れてんのか?と心配されてしまった。他にも、勉強に集中できなかったり、食事中ぼーっとしたりと、頭の中は羽瑠のことでいっぱいだった。
だけど、俺があの日の出来事を振り返って、出た答えは1つ。今日のデートの最後、羽瑠にこの気持ちを伝えようと思う。覚悟を決め、息巻いてると、向かいの家の扉が開き、水宇くん、おはよと羽瑠がやってきた。おはよーと返事し、じゃあー行くかーと声を掛け駅に向かおうとする。その時、羽瑠に手首を捕まれ手を繋いできた。しかも恋人繋ぎだ。おい、と俺が怒る前に羽瑠が
「今日はデートだから、ね」
デート。そう、今日はデート。…やっぱりデートなのか!?その一言で顔を真っ赤にすると羽瑠にクスクスと笑われた。こっちは四六時中悩んでいたのに。少しムッとなる。
「電車の時間あるから行くよ」
そう言われ少し駆け足で駅に向かった。…手は繋いだまま。
なんとか電車に間に合い、開園と同時に水族館に入場した。今日は日曜日ということもあって、お客さんが多い。中でも家族連れが多い気がする。中にはカップルもいてなんか恥ずかしい。入ってすぐ目に入ったのは、大きな水槽。
「わあーデケぇ」
水族館に来るのは小学生以来だったので、実は少し楽しみにしていた。新しくできた所というのもあって、きれいで設備も整っているようにみえる。大きい水槽は迫力があって見ごたえがある。水槽ではイルカが元気に泳いでいる。自由気ままに泳いでる気がして羨ましく思う。イルカをゆっくり眺めていたら、向こうにはシャチがいるからと手を引いて誘ってきたのでそちらに向かった。シャチを見た後は小さな生き物のコーナーがあったり、場所を移動しペンギンとふれあいできるところに行ったりと楽しい時間を過ごした。
思っていたより緊張せず、純粋に水族館を楽しむことができ、すこしほっとしている。羽瑠が何か仕掛けてきたりするんじゃないかと思っていたからだ。…手はずっと繋いだままだったけど。それに羽瑠が時折俺をじっと見ていた気もする。考えるのはやめよう。今は水族館を楽しむことに集中しよう。そんなこんなで11時を過ぎ、少し早めのお昼ごはんをとることにした。午後一番にあるイルカショーを見たいからだ。俺達はレストランに入った。レストランの中は広々としていて、外の景色を見ることもできるテラス席もある。せっかくならとテラス席に俺達は座った。海が見えるし、何より風が気持ちいい。
「羽瑠ー。水族館出たら帰る前に海行かねー?」
「いいよ、それより水宇くん何食べる?」
あっさりOKが出て少し拍子抜け。なんならどうでもいいみたいな反応だ。いいさ、俺は決めた。帰り際に言うんだ。この気持ち。
羽瑠からメニュー表を受け取りメニューを見る。普通のファミレスと変わんねーなと思ってると、羽瑠がぼそっと水族館なのにメニューは普通のレストランと変わらないねと言ってきたので、ブッと吹いて2人でクスクス笑ってしまった。そんなことを言いながら、俺はカレーうどん、はるは味噌ラーメンを注文した。
注文した品が届き2人でいただきます、と言って食べ始める。水族館のここがよかったとか、どの生き物が好きかとか午前中に観た感想を話しながら食べる。
「このあとだけど、イルカショー見て、お土産見て、海行って帰るでいいんだよな?」
「うん。イルカショー楽しみだね。16時くらいの電車に乗れば大丈夫だよね?」
「おう。悪いな。夜まで遊べなくて」
「ううん。誘ったのは僕だもん。わがままなんて言えないよ。それより、今日デートだってちゃんと分かってる?水宇くん全然僕のこと意識してくれないんだもん。手だってずっと繋いでるのに」
「うっ、ちゃんと分かってる…つもり」
「絶対分かってない。今日は水族館をを楽しんでもらおうと思って、あんまり引っ付かないようにしてたけど、意識してくれないからいつもみたいに抱きつこうか悩んでたんだよ」
なんだよそれ。そんなこと言うなら俺だって。
「いつもみたいってお前。いつもが抱きつき過ぎなんだよ、だいたいこっちは手を繋いでるだけで、頭いっぱいいっぱいだっつうの」
あ、言ってしまった。俺の本心。今まで腕組んだり、キスされたり、何されても腹の底にある本心は言ってこなかった。いや、言えなかった。それが今。こんな形で言ってしまうなんて。おそるおそる羽瑠の顔を見ると、にんまりとした笑みを浮かべていた。悪魔の笑みに見える。この状況はまずい。どうしよう。とりあえず、トイレに逃げ…る前に腕を掴まれた。
「とりあえず、店出ようか」
そう言われて俺には、はいと言う以外の選択肢はなかった。
お会計を済ました後、イルカショーを見る予定だったためそちらに向かって歩いているのだが、空気が重い。俺が羽瑠にムキになって思わず本心をもらしてしまった。本当はこんな形で本心を告げるつもりはなかったのに。羽瑠は店を出た後から黙ったままだし。どうしよう。怒ってるよな。俺が羽瑠に気持ちを隠してたから。頭をぐるぐる悩ませていたせいで、前から人が近づいてくるのに気づかず
ドンッ
「うわぁ」
相手と肩がぶつかりあってしまい後ろに転びそうになる。自業自得だなと思い目をギュッと瞑る。…あれ?衝撃がない。おそるおそる目を開けると目の前に羽瑠の顔があった。
「水宇くん、大丈夫?」
羽瑠が俺の腰を支えながら、顔を覗き込み問いてくる。
「ああ…大丈夫。ごめん。ぼーっとしてた。ありがと」
「水宇…」
羽瑠が口を開きかけた瞬間。
「すみませんでした」
ぶつかった相手が謝ってきた。どうやら走り回る子どもを追いかけていたらしい。その男性は何度も謝ってくれた。こっちが反応に困るくらい、それはもうたくさん。最後にはデートの邪魔をして本当にごめんねと言って去っていった。…デート。他人から見たら俺達、恋人に見えてたってこと!?脳内でパニックが起こりあわあわしていると、いきなりギュッと羽瑠が抱きついてきた。
「水宇くんが怪我しなくてよかった」
「おう。ありがとな。羽瑠のおかげで怪我せずにすんだわ」
そう答えながら、頭を撫でてやる。たくさんの人がいる中でいきなり抱きついてきて内心ドキドキなのは隠す。
「水宇くん、ごめんね。俺が水宇くんと手を繋いでたら、水宇くんのことちゃんと見ていたらあんなこと起こらなかったのに。ほんとごめん」
「いや、俺が前見て歩いてなかったのが悪いんだし、羽瑠が謝る必要はないよ」
そう言って体を離す。羽瑠の顔を見るのは恥ずかしいけど、今しかない。羽瑠の目を見て告げる。
「羽瑠。好きだよ」
頭から足先まで体が一気に熱くなるのが分かる。
「今まで、誤魔化してごめん。俺、最初は冗談だろってスルーしてたんだけど、6年ぶりに会った羽瑠と一緒に居たら、胸がこうギュッてなって、しかも部室でキスしちゃったし。そっから羽瑠のこと意識しちゃって。あの、告白も本気なのかなって思うようになって。その、羽瑠と居るとすごくドキドキして、心臓がもたなくて。他の女子とかといるとこんな気持ちにならないのにって。それでよく考えて、この気持ちが恋だって気づいて。ほんとは今日のデートすごく楽しみにしてたんだ。デートじゃないって否定してたけど、ほんとは嬉しくて。だから今は学校に居るときだけ、恋人のフリをしようって言ってたけど、今からは本当の恋人としてお付き合いをしてほしいです」
言えた!!ほっと胸を撫で下ろす。さっきから羽瑠が一言も発さないけど大丈夫だろうか。羽瑠の顔を見たくても、俯いているため見ることができない。心配になり、羽瑠…?と呼びかける。するといきなりしゃがみ込んで顔を伏せる。どうしたんだ、やっぱり冗談だったとか。
え…?もしかして俺振られるのか。え、どうしよう。それは考えてなかった。もう一度呼びかけようとしたら、ガバっと起き上がって、またハグをしてきた。そして、俺の目を見て
「こちらこそ、よろしくお願いします」
顔が赤くなるのが分かる。嬉しい。俺もハグをするために羽瑠の腰に手を回す。今までは恥ずかしくてできなかったから。
いろいろあったが、イルカショーの時間には間に合い見ることができた。濡れたくはないので、後方の席に座った。イルカが高くジャンプしたり、2匹のコンビネーションを見ることができ、とても盛り上がった。最後にイルカを触ることができるというので、せっかくならと羽瑠と話し列に並んだ。自分たちの番が来て、触ってみたがツルツルしていた。あと、目の前でイルカを見ると迫力があった。羽瑠は、かわいかったと呟いていた。
その後おみやげコーナーに向かった。お土産といっても家族にお菓子を買うくらいなのでぬいぐるみや雑貨のコーナーはスルーしようとしたら、恋人繋ぎしていた手をグイッと引っ張られた。
「水宇くん、せっかくならお揃いのもの買いたい。付き合った記念と初デート記念で。…だめかな?」
相変わらずかわいすぎる。もちろんだめではないので、いいよと返事をする。そう言うとパアッと顔を輝かせる。2人で何にしようか話す。文房具やキーホルダーが多くみられる。羽瑠はぬいぐるみをお揃いにしよと言ってきたが、この年になってぬいぐるみは恥ずかしかったので却下した。結局羽瑠と相談して、この水族館限定のイルカのキーホルダーにした。
「水宇くん。このキーホルダー、一緒に通学鞄に付けない?」
俺は少し恥ずかしいと思ったが、せっかくお揃いで買ったのでそれを了承した。羽瑠は嬉しそうに笑う。
「じゃあ、海見て帰ろっか」
「おう」
2人で手を繋ぎ海へ向かった。
お昼すぎなので、風が気持ちよく感じる。この時期に海に来ることはないから、なんか新鮮だ。
「海、きれいだな」
「うん。今日来れてよかった」
そう言って2人は黙り、海を眺める。
「…あのさ、ほんとはここで言おうと思ってたんだ。その、好きだって」
羽瑠は黙って聞いている。
「それなのに、あんな変な場所で告白しちゃって。羽瑠もなんか怒ってたから、どうしようって頭いっぱいになっちゃって。あんな形になっちゃって悪か…」
「そんなことない!」
最後まで言い終わる前に羽瑠が否定してきた。
「僕、水宇くんに好きだって言われて本当に嬉しかったんだよ。怒ってたように見えたならごめん。嬉しすぎて、どう反応したらいいか分からなかった。僕、小学生の頃から水宇くんのことが大好きで、6年ぶりに会えるって分かった時から絶対自分の気持ちを伝えようって。でも、きっと水宇くんは僕のことそういう目で見てないと思ったから、必死にアタックして僕のこと意識させようって」
怒ってなかったことに安堵し、そんな昔から好きだったことに衝撃を受け、まんまと作戦にハマってしまっている自分に呆れるという感情のジェットコースターが起きた。
「でも、強引にいろいろしちゃったからさ。嫌われてもしょうがないと思ってたんだ。だから今日のデートの最後に水宇くんの本当の気持ちを聞いて、なんとも思われていなかったら諦めて、学校だけ恋人のフリをしてもらおうと思ってたんだ」
そうだったのか。手を繋いでいない方の手を取り、両方の手で手を繋ぎ、向かい合わせになる。
「でも、俺は羽瑠のそんな強引なところ結構好きだぞ。そりゃあ最初はびっくりしてなんだコイツって思ってたけど。…部室で押し倒されてキスした後かな。俺、羽瑠のこと好きなのかもって思ったのは」
自分の本心を話しているので恥ずかしさが絶えない。
「…ねぇ、またキスしてもいい?」
「ふぇ!?」
突然そんなことを言われなんて返せばいいのかわからない。
「この前は付き合ってないのにしちゃったから、次は本気のやつ」
本気ってなんだ。この前のは本気じゃなかったのか。恥ずかしいとか思ってる場合じゃない。覚悟を決めろ俺。たぶん、いやきっと羽瑠と一緒にいる限り恥ずかしいと思うことばかりだから。これは慣れるための一歩だと思うことにする。
「おう。どんと来い」
緊張から声が少し上ずったが、手を胸に当て答える。羽瑠に伝わったのかふふと笑って、緊張しなくても大丈夫だよと声を掛けられた。あの時みたいに、頬に手を添えられる。そうして、静かに2人の唇は重なった。どちらともなく離れた後、2人で見つめ合いもう一度キスを交わした。
幸せな時間だった。帰りの電車で今日のデートを振り返る。最初は、緊張してたけどお互い生き物が好きだったから、トークも弾んだ。羽瑠との関係もはっきりさせて、無事正式な恋人になることができた。予定外なことも起こったが、デートの最後はキスもしちゃった。唇を指先で触れる。まだ、キスしたときの熱をもっている。隣を見れば、俺の肩に頭を乗せた羽瑠がぐっすりと寝ていた。どうやら羽瑠は今日のデート1日中緊張していたみたいだ。顔に出ないから全く分からなかった。羽瑠にはもう少し表情筋を鍛えてほしい。もうすぐ最寄り駅に着くので、羽瑠のほっぺをつつきながら、起きろーと小声で何度か呼びかける。起きる気配がないので、次はほっぺをムニムニしやった。すると、さすがに気がついて目を覚ました。
「水宇くん、何かわいいことしてるの」
かわいいことって、かわいいって言われるたび否定してるけど、俺のどこがかわいいんだ?それをそのまま聞いてみると、そーゆーとこ、と返ってきた。どーゆーとこ?俺の頭ははてなでいっぱいだった。
電車から降り、改札口を出て家に向かう。
「今日は楽しかった。ありがと」
「僕も水宇くんとデートできてすごく楽しかった」
「また2人でどこか出かけたいな」
「うん。そうだね」
今日のデートや小さい頃の思い出話、他愛もない話、将来の話。朝、緊張で話せなかった分たくさんの話をした。思い出話に花を咲かせていたら、いつの間にか家の前だった。少し寂しいが明日また会えるしな。
「じゃあ、また明日な」
そう告げ、玄関に向かおうとしたとき
「水宇くん」
耳元で____と言われボッと顔が熱くなる。
「じゃあまた明日」
一言そう言って羽瑠は家の中に入っていった。
俺はこの先ずっと羽瑠に振り回されるのかもしれない。けど、それもいいかなと思った。
入学式が終わり、家に着いたとき、名前を呼ばれた。
6年前より少し低くなった声。だけど、僕には誰か分かる。ようやくだ。そんな思いを胸に込めて、声の主の元へ向かう。
「入学おめでとう!!大きくなったなー」
そう言って僕の頭をなでなでしながら、にかっと向日葵のような笑顔で笑う。そんな彼に一言僕は言う。
「水宇くん、僕、水宇くんのことが好きだよ。」
4月、俺の2個下の幼馴染が同じ高校に入学してきた。幼馴染といっても再会したのは久々だ。彼は小学3年生の時、親の転勤で引っ越してしまって6年ぶりにこっちに戻ってきた。そんな彼は今俺の隣にいる。俺の腕をがっしり組んで。
昨日の入学式のあと、6年ぶりに羽瑠の家に行ったら…告白された。俺はへ!?あ、ありがとなーと言って一瞬驚きつつも頭をなで続けていたら、急に手首を掴まれて
「誤魔化さないで。僕は本気だよ。明日から覚悟してね。」
と6年前と変わらず無表情で無愛想な彼がにっこり笑った。その時の俺は6年ぶりに会って一段とかっこよくなった彼に内心ドキドキしていた。
これが昨日の出来事。
そして朝、学校に向かおうとしたら家の前に羽瑠が居て、一緒に行こうと誘われた。朝挨拶したときは、いつもどおりの無表情だったから昨日の告白は嘘だったのかなんて思っていたら、耳元で昨日の告白、嘘じゃないよと囁かれた。びっくりして俺は耳を押さえながら羽瑠から距離を取ってしまった。それでも羽瑠は長い足ですぐ距離を詰めてきて俺の腕を取り、学校行こと言われ、今に至る。
そして周りの視線が痛い。だってこいつ入学2日目にしていろんな女の子から声を掛けられている。昨日新入生代表挨拶した影響もあるのかもしれない。声を掛けたくなる気持ちも分かる。表情こそないが頭はいいし、運動もできる、身長も高いし、優しいし、何より顔がいい。もう最高にかっこいい。羽瑠のせいで目立ちに目立って、昇降口まで辿り着く。校舎に入るため、腕から離れようとすると、思いっきりギュッと抱きついてきた。顔をじっとこちらに向け、離れたくないという無言の圧をかけてくる。くそ顔がいいな、と思いつつも授業があるからまた放課後なと言って、何とか腕を取り払い教室に向かった。少しむすっとしていたような気もするが無視しておく。教室に入り友達におはよーと声を掛け席に着く。俺の学校は2、3年はクラス替えがないから友達作りとかしなくていいし、慣れたクラスメイトばかりだから楽だ。荷物を整理していると
「水宇、朝目立ってたな。モテ期到来か〜」
話しかけてきたのは高校でできた初めての友達の慎吾。やっぱり見られてたか。あんだけ目立ってたもんな。
「そんなわけないだろ。目立ってたのは俺の幼馴染のほうだっつの。」
「あれが例の幼馴染くんか。俺朝初めて見たけど、すっげえイケメンだな。」
「だろ!」
「何でお前がドヤるんだよ〜」
いつもどおりの会話をしていると先生が入ってきた。
「席につけー。HR始めるぞ。」
そういって新学期が始まった。
「やっと昼休みだー」
「新学期早々テストあるのだるいよなー」
全くだと思いながらうんうんと頷く。慎吾と机を向かい合わせにして昼飯を食べる準備をする。弁当箱を取り出し、今日の弁当は何かななんてうきうきしながら弁当の蓋を開ける。うおお−!今日はトンカツ弁当だ。俺が弁当の中で一番好きな種類だ。
「いっただっき…」
と言いかけたそのとき、廊下から女子の悲鳴にも近いような声が聞こえてきた。羽瑠くん、私とお昼食べよう、おかず交換しよ〜などの声が聞こえてくる。中には、羽瑠くんは私と一緒にお弁当を食べるのよ、など言い合いをしている女子もいる。どうやら羽瑠はお弁当を一緒に食べようと大量の女子達から誘われてるらしい。羽瑠は、女子から逃げるべく全力で廊下を走っている。羽瑠、モテモテだなー。なんて呑気に考えているとうちの教室の前を通り過ぎ、またうちの教室の前まで戻ってきた。羽瑠は教室のドアの前で停まり、キョロキョロと教室を見渡す。俺を探しているのだろう。俺の席は窓側なので見つからないことを祈る。視線を合わせないように弁当を食べ続ける。それから俺を見つけたのかじっと視線を向けてきた。無視を続けていると、何かを諦めたようにズカズカと教室に入ってきた。3年の教室だぞ。何か一言くらい言ってから入れよ。廊下の女子達は3年の教室には入りづらいのかドア付近で固まっている。また羽瑠を一目見ようと押し合っているようにも見える。気づいたら、目の前にはるが負のオーラを出しながら立っていた。
「水宇くんお昼一緒にたべよ」
少し声に力が入ってるように聞こえる。廊下の女子たちはえ、と固まっている。まあ、想像してた通り。羽瑠がうちの教室の前で止まったときから嫌な予感はしていた。お昼一緒に食べるのは別にいいんだ。いいんだけど、こんな視線がたくさんある中で誘うことないだろ。恥ずかしい。不特定多数の人にモテモテの羽瑠は慣れているかもしれんが、俺は慣れていないので恥ずい、普通に恥ずい。朝でさえ普通にしてたけど、内心ドッキドキだった。何にも発しない俺を怪訝に思った羽瑠が顔を覗き込みながら、水宇くん?と声を掛けてきた。俺は意を決して弁当箱を一つにまとめ慎吾に一言声を掛ける。
「わりー。ちょっと行ってくるわ」
おー、いってらーと軽く返してきた。俺のことは気にすんなと言ってるようだった。心の中で感謝しつつ羽瑠に向き合う。羽瑠は、席を立ってくれたのが嬉しいのか、水宇くん!と言っている。かと思えばむっとした口調で
「ねえ、水宇くん。隣に居たおと…」
「その前に、この廊下の女子達をどうにかしろ。」
羽瑠の言葉を遮りながら俺は小声で言う。開きかけていた口が閉じられた。顔にめんどくさいと書かれている。お昼一緒に食べるんだろと言うと少し考え込み、女子達の方に顔を向けた。すると、固まっていた女子たちが息をしだした。廊下から声を出し、また羽瑠をお昼に誘っている。羽瑠は俺の手を取り、女子達がいる廊下に近づいていく。そして、俺の肩に腕を回しハグをしてきた。これでは前が見えない。ちょ、羽瑠と声を掛ける間もなく衝撃的な言葉を発する。
「僕、この先輩と付き合っているから。もうこういうことやめて。」
ピシャーン。
俺の頭に雷が落ちた。いや、俺だけじゃない。廊下の女子達もうちのクラスメイトもだ。え、なにいってんだ、俺と羽瑠がつきあっている?違う。確かに告白はされたが、返事は何もしてないし、何ならまだ冗談だと思っている。そう思いつつも身体が、顔が熱くなっていくことが分かる。
「ちが…」
弁明しようとした瞬間、廊下からも教室からも、えーーーーーー!という声が聞こえてきた。耳を塞ぎたくなるくらいうるさい。もう一度弁明しようと試みるも、今度は廊下からショックを受けて泣いている声やなんであんたなんかとという怒りの声が聞こえてきた。教室は教室で、お前まじか!羨ましい、おめでとうなどと大変盛り上がっている。この状況をどうにかしなきゃと頭をぐるぐる回していると、目の前が明るくなった。羽瑠に手を引かれこっちと声を掛けられる。俺はされるがままに手を引っ張られていった。誰かが逃げるぞと声を上げた。ショックで泣いていている子達、付き合っていることが許せない女子達が追いかけてくる。運動部なので体力はある。ひとまず人が来なさそうなとこに逃げよう。羽瑠は入学して二日目、当然人気がないとこなど知らないので、俺が声を掛けながら女子達から逃げた。
逃げた場所は俺が入っている剣道部の部室。多少匂いが気になるがそんなこと気にしていられない。はあ、はあ、体力はあるものの走ることは少ないので多少疲れた。隣を見ると息切れ一つしてない羽瑠がいた。
「ここ、水宇くんのにおいがする」
何だとこいつと怒りを露わにすると、汗臭いって意味じゃないよと付け足してきた。
「懐かしい匂いって感じ」
どんな匂いだよと心のなかでツッコミを入れつつ、教室での発言についてどういう意味だと問いただそうとしたら
「水宇くん。お弁当たべよ。お昼休み終わっちゃう。」
そういえばそうだった。問いただす前に腹ごしらえをしよう。肩の力が抜けお腹がぐ〜と鳴り2人で笑った。
「「ごちそうさまでした」」
2人揃って手を合わせる。スマホで今の時間を確認すると、お昼休みは残り20分。弁当を食べているときは羽瑠の俺と付き合っている発言で頭がいっぱいで、羽瑠との会話に集中できなかった。正座をして羽瑠と向かい合わせになる。羽瑠もただならぬ雰囲気を感じたのか正座をする。
「羽瑠、さっき教室での発言なんだが、、」
「なに?なにか間違ったこと言った?」
こいつ、目をキュルンとさせて俺の目をじっと見てくる。甘くなるな。そう自分に言い聞かせてゴホンと前置きをする。
「まず、大前提として俺と羽瑠は付き合ってない。なのになんで大勢の前であんな嘘をついたんだ?」
「それは…言わなきゃだめ?」
「当たり前だ」
「じゃあ、長い話になるけど聞いて。僕の中学時代の話」
そう言って語りだしたのは、羽瑠の中学で起こった事件だった。
中学生の僕も今と同じようにモテていた。どこにいっても女子達が僕の周りに群がってくる。僕は一人が好きだったから、友達も恋人もいらなかった。毎日毎日女子達から話しかけられて、鬱陶しかった。だから、
「彼女いるから僕の周りをうろつくのやめて」
って嘘をついた。そしたら女子達が僕の周りからいなくなりほっとした。でも次の日学校に行ったら、女子達は僕の彼女は誰なのか探していた。まるでドラマに出てくるような刑事の目つきで。そのうち誰かが
「誰かが嘘付いてるんじゃない?」
たったその一言で、お互いを疑うような目に変わった。そしてよく僕の近くにいたグループのリーダー格の子が、当時僕の隣の席だった大人しい性格の矢野さんの席に近づいて
「あんたでしょ」
まるでお前以外いないというような言い方だった。矢野さんはもちろん関係ないのですぐに否定していた。でも、何回も本当のこと言えと問い詰めており、周りの女子たちもそれに賛同するかのように声を出していた。そして事件は起こった。
バチン。
うるさかった教室がしーんと静まる。リーダー格の女の子が矢野さんの頬を叩いたのだ。そっからはもうめちゃくちゃだった。矢野さんの胸ぐらを掴もうとする彼女を止めるのに必死になったり、先生を呼んだり、矢野さんを保健室に連れていったり。そのときの僕は、何もできなかった。僕のせいでこうなってしまった自覚はあった。僕が嘘をついたせいで。頭を抱えることしかできなかった。それから、彼女達の親が呼ばれ、先生達と話し合ったあと僕の元に先生が来た。こんなことが起きてしまった原因は僕が嘘をついてしまったせいだからだ。先生にはいろんなことを聞かれた。どうしてこうなってしまったのか、なぜ嘘をついてしまったのか、どうして彼女達を止めなかったのか。僕はすべて正直に話した。先生は真摯になって聞いてくれた。
この事件の後、矢野さんは転校した。僕が原因で事件が起きてしまったのだから一度謝りたかったのだが、先生曰くクラスメイトとは会いたくないという理由で願いは叶わなかった。矢野さんを叩いた子は、クラスメイトからは一定の距離が置かれ、誰も彼女とは話そうとしなかった。それから、僕の周りに群がる女子もいなくなった。あの事件の影響から、話しかけたら何をされるか分からないという噂が流れたからだ。
ほとんどの人があの事件が起きたのは、僕のせいだと決めつけていた。実際そうなのだから別によかったけど。それから僕は、誰とも関わらず、嘘をつかず正直に生きていこうと誓った。こうして僕は中学3年間を1人で過ごした。
「…そんなことがあったのか。大変だったな」
「うん、まあね。おかげで女の子のことは苦手」
「そうなのか、俺からすればモテモテで羨ましい限りだけどな」
そういうと羽瑠は、むっとした表情をし、
「水宇くんにモテないと意味がないよ。」
「なんだそれ笑。で、結局なんで嘘ついたんだ。話を聞く限り嘘つくのやめたんだろ。でも、お前さっき堂々と嘘ついたよな」
「…中学の時とは状況が違って、ちゃんと水宇くんっていう相手がいるし、同性だし大丈夫かなって思ったから。それに、同じ学校だから、何かあっても水宇くんのこと守ってあげられるし…僕が学校生活を安心安全に送るために協力してほしいんだけど、、だめだった?」
…かわいい子犬のような視線を向けてくるな。頷きそうになるだろ。散々悩んだ結果、羽瑠の提案を受け入れることにした。俺のデメリットが目立つことくらいだし、何より羽瑠には学校生活を楽しんでほしい。中学であんなことがあったなら尚更。
「理由は分かった。そういうことなら付き合っているっていうことにしてもいい」
「ほんと!!ありがとう!」
そう言って抱きついてきたが、勢い余って後ろに倒れてしまった。いててと頭を擦っていると、目の前に羽瑠の顔があった。…改めて見るとほんとにこいつの顔整ってるな。みんなイケメン、イケメン言うけど、こいつの顔はイケメンっていうより美人っていうほうが似合っていると思う。後ろに倒れたまま羽瑠の頬に手を伸ばして、むにむに触る。柔らかくて気持ちいい。肌もすべすべだ。そのままむにむに触っていると、突然手首を捕まれ顔が近づいてきた。
ちゅっ。
は、今何が起こった。俺の唇に羽瑠の唇が近づいてきてそのまま…さっきの出来事が思い浮かぶ。こいつキキキキスした…のか…?あまりにも突然のことにびっくりして、思考が追いつかない。身体が熱い。顔も真っ赤になっていることだろう。自分でもいつもよい体温が高いことが分かる。
「ふふ。水宇くん。かーわいい」
は、なんだこいつ。めずらしく笑っていやがる。こんなニコニコな羽瑠を見たのは、幼稚園以来かもしれない。どうすることもできずそのまま固まっていると、キーンコーンカーンコーンとグッドタイミングでお昼休み終了のチャイムが鳴った。
チャンス!羽瑠がチャイムに気を取られている間に、羽瑠に押し倒されていた状況から脱出し、弁当箱を持つ。水宇くんと叫んでいたが、無視して部室から全力ダッシュで教室に向かう。心臓がうるさい。キスされた時からずっとドックン、ドックンいっている。身体の熱が冷めそうもない。なんで俺こんなになっているんだろう。そう思いながら、教室へ向かった。
6限が終わるチャイムが鳴り、ファイル等を鞄に詰め部活に行く準備をしていると、ブーブーとメールの通知が1件来た。何となく想像はつくが、無視したい気持ちを抑えメールを見る。
『みうくん、一緒に帰ろ』
ほらな、やっぱり思った通り。さっきあんなことあったばかりなのにどうして一緒に帰ろうとか誘えるんだよ。恥ずかしくないのかよ。てか俺部活あるから無理だし。断りのメールを送ると、待ってるとすぐ返事がきた。
『2時間もあるんだぞ』
『待ってる』
何でだよ、こっちが恥ずかしいの察しろよばか。俺は若干イライラしながらメールを打つ。
『お前それしか言えないのか』
『図書室にいるから、終わる頃迎えに行くね』
あーもう、話が噛み合わない。部活の時間も迫っていたので、分かった。そう一言送る。
ありがとう。返ってきた言葉にほんとに感謝しろよと思いながら、部活へ急いだ。
部室に着いたときには、もうみんな着替え終えていて、垂や胴をつけ始めていた。顧問がまだ来ていないとはいえ、新学期初日から部長が遅刻はまずい。とはいえ、もう9年続けているため着替えや防具をつけるのなんてなれたものだ。無事、時間までに間に合い、練習メニューを始めていく。
「かまえ!気合だし始め!」
剣道の稽古が始まった。
約2時間の稽古が終わった。今日の稽古について顧問から言葉をもらい、挨拶をして終了した。その後、俺と女子の部長の山崎は、顧問に来週から始まる部活動体験について軽く説明を受け部活動の時間が終わった。ふー、今日も疲れたー。下校時間まで時間ないな、急がないと。なんか今日急いでばっかだななんて思っていると、
「水宇くん」
はっ!そうだった。あいつと帰る約束をしたんだった。羽瑠は武道場の扉から少し顔を出していた。ちらっと横目で羽瑠を見ると、バッチと目が合った。俺は恥ずかしくて思いっきり目を逸らしてしまった。あいつ、いつも通りだ。平然としてやがる。たった数時間前にあんなことがあったのに。もんもんとしていると、
「水宇くん、下校時間過ぎちゃうよ」
その声にハッとし、すぐ着替えてくると言い、部室に駆け込む。
着替えを終え、部室から出ると羽瑠が壁にもたれ掛かり本を読みながら待っていた。
「ごめん!お待たせ、時間ないから校門まで急ごうぜ」
少し声が上ずってしまった。恥ずかしい。羽瑠は、うんと言い俺の後を追ってきた。なんとか時間までに門を出ることができた。羽瑠ーと振り返りながら名前を呼ぶと、ぎゅっと手を掴んできた。しかも恋人繋ぎだ。
「へぁっ!」
びっくりして変な声が出てしまった。なにその声、初めて聞いたんだけど、と言いながらクスクス笑っている。俺はまたもや、熱があるんじゃないかというくらいまで顔が熱くなっているのが分かる。とりあえず、手を解こうとするのに、羽瑠の力が強すぎて全然解けない。こいつ運動できないはずなのにどこからこんな力出してんだ。羽瑠はというと未だに笑っている。一発殴りたい。こっちは周りに人もいて恥ずかしいってのに。部室でのキスだって、なんでもないような顔しやがって。恥ずかしい思いをしてるのは俺だけかよ。そもそも俺達本当に付き合っているわけじゃないんだし、なにもこんなことまでしなくていいだろ。顔を真っ赤にして黙ったままいると、急に手を引っ張られハグをされた。
「水宇くん、外でそんな顔しちゃだめだよ。俺だけの前だけにして」
は?そんな顔ってどんな顔だよ。羽瑠以外の人の前じゃこんなドキドキしないし、顔も熱くならないし。少し反論しようと思い
「お前の前以外こんな顔にならないけど」
強気に出た…つもりだった。そうしたらなぜかさっきよりも思いっきりハグされてしまった。苦しいので声を掛けようとしたらいきなりバッと離れたかと思えば耳元に羽瑠の唇が近づいていき
「水宇くん、大好き」
と囁いた。いきなりのことでびっくりし、耳を抑えてあわあわしていると、次は
「かーわいい」
と囁いた。なんだこれ。何かの罰ゲームか。恥ずかしくて死にそうなんだけど。イケメンの破壊力にやられながら、歩いているといつの間にか家の前だった。俺の家から高校までは徒歩十分ほどなので近いほうだ。電車通学の友達からはいつも羨ましがられている。ちなみに羽瑠の家は俺の家から徒歩五歩だ。俺達の家は道路を挟んだ向かい側に建っている。
じゃあ、また来週なと声を掛けようとしたら
「水宇くん。今週末空いてる?」
にっこり問いかけてきた。なんだかとっても嫌な予感がする。
「今週末?今週の土曜は部活あるし、日曜は夜に塾があるけど…」
「じゃあ日曜日の昼間俺とデートしない?」
で、でででーと!?
「ほら、僕たち付き合うことになったんだし、付き合って初めてすることといったらやっぱりデートでしょ?だから…」
まてまてまてまて、さっきまで流されていたからここではっきりさせるが、確かに付き合うとは言ったが、あくまで羽瑠が安心して学校生活を送るためであって、デートまでする必要ないんじゃないか?言ってしまえば恋人のフリをしてるわけだから、そのことを伝えると
「恋人の…フリ」
「そう。恋人のフリ!」
「分かった。恋人のフリでいいから僕とデートしてよ」
ん!?こいつ何にも分かってないな。
「だから、恋人のフリするのは学校の中だけで大丈夫だろ」
「…水宇くんさぁ」
急にいつもより低い声にビクッとする。
「僕が告白したこと忘れちゃった?さっきも耳元で大好きって伝えたのに、デートの話をし始めたら、少し驚いただけでさっきのことなんか何もなかったかのような顔してさ」
「…僕、水宇くんと久しぶりに一緒にお出かけしたかっただけなのに」
拗ねた口調になりながらそんなかわいいこと言われたらダメとは言えないだろ。
「そうだったのか。だったら最初から一緒に出かけたいって言え。どっか行きたいとこあるのか?」
「…いいの!新しくできた水族館に一緒に行きたくて」
「りょーかい。また時間とかは連絡してくれ」
「うん。分かった。初デート楽しみだね。じゃあ日曜日に」
おう、日曜なーそう言って別れた後玄関の扉を開け、一息つく。あいつ初デートっていってたか!?玄関の前で頭を抱え込んでしまい、母さんに声を掛けられるまで、ずっとそのままだった。
むかえた日曜日。本日の天気は曇天。今日の俺の気持ちを表しているようだった。天気予報では、雨が降るかもしれないと言っていた。
昨晩、雨が降るかもしれないから違う日にするか?とメールしたところ、
違う日にするなら明日は僕の家か水宇くんの家でおうちデートになるけどいいの?と返ってきた。いいわけあるか。今あいつと二人っきりになったら何をされるか分かんねえからな。
明日は何が何でも水族館行くぞ。と返信したら、
『水宇くんなんか気合入ってるね。明日のデート楽しみにしてて。おやすみ』
羽瑠からの返事を何回も読み直す。デート…デート、やっぱり明日はデートなのか!?いやでも俺達が付き合っているのは学校の中だけだし。もんもんとしながら眠りについたので今朝は少し寝不足だ。…緊張で眠れなかったのもある。
…答えが出ないことを金曜に羽瑠と別れた後からずっと考えている。おかげで部活ではミスを連発し顧問に怒られ、塾の小テストでは名前を書き忘れるという受験生にあってはならない失態を起こし、先生に疲れてんのか?と心配されてしまった。他にも、勉強に集中できなかったり、食事中ぼーっとしたりと、頭の中は羽瑠のことでいっぱいだった。
だけど、俺があの日の出来事を振り返って、出た答えは1つ。今日のデートの最後、羽瑠にこの気持ちを伝えようと思う。覚悟を決め、息巻いてると、向かいの家の扉が開き、水宇くん、おはよと羽瑠がやってきた。おはよーと返事し、じゃあー行くかーと声を掛け駅に向かおうとする。その時、羽瑠に手首を捕まれ手を繋いできた。しかも恋人繋ぎだ。おい、と俺が怒る前に羽瑠が
「今日はデートだから、ね」
デート。そう、今日はデート。…やっぱりデートなのか!?その一言で顔を真っ赤にすると羽瑠にクスクスと笑われた。こっちは四六時中悩んでいたのに。少しムッとなる。
「電車の時間あるから行くよ」
そう言われ少し駆け足で駅に向かった。…手は繋いだまま。
なんとか電車に間に合い、開園と同時に水族館に入場した。今日は日曜日ということもあって、お客さんが多い。中でも家族連れが多い気がする。中にはカップルもいてなんか恥ずかしい。入ってすぐ目に入ったのは、大きな水槽。
「わあーデケぇ」
水族館に来るのは小学生以来だったので、実は少し楽しみにしていた。新しくできた所というのもあって、きれいで設備も整っているようにみえる。大きい水槽は迫力があって見ごたえがある。水槽ではイルカが元気に泳いでいる。自由気ままに泳いでる気がして羨ましく思う。イルカをゆっくり眺めていたら、向こうにはシャチがいるからと手を引いて誘ってきたのでそちらに向かった。シャチを見た後は小さな生き物のコーナーがあったり、場所を移動しペンギンとふれあいできるところに行ったりと楽しい時間を過ごした。
思っていたより緊張せず、純粋に水族館を楽しむことができ、すこしほっとしている。羽瑠が何か仕掛けてきたりするんじゃないかと思っていたからだ。…手はずっと繋いだままだったけど。それに羽瑠が時折俺をじっと見ていた気もする。考えるのはやめよう。今は水族館を楽しむことに集中しよう。そんなこんなで11時を過ぎ、少し早めのお昼ごはんをとることにした。午後一番にあるイルカショーを見たいからだ。俺達はレストランに入った。レストランの中は広々としていて、外の景色を見ることもできるテラス席もある。せっかくならとテラス席に俺達は座った。海が見えるし、何より風が気持ちいい。
「羽瑠ー。水族館出たら帰る前に海行かねー?」
「いいよ、それより水宇くん何食べる?」
あっさりOKが出て少し拍子抜け。なんならどうでもいいみたいな反応だ。いいさ、俺は決めた。帰り際に言うんだ。この気持ち。
羽瑠からメニュー表を受け取りメニューを見る。普通のファミレスと変わんねーなと思ってると、羽瑠がぼそっと水族館なのにメニューは普通のレストランと変わらないねと言ってきたので、ブッと吹いて2人でクスクス笑ってしまった。そんなことを言いながら、俺はカレーうどん、はるは味噌ラーメンを注文した。
注文した品が届き2人でいただきます、と言って食べ始める。水族館のここがよかったとか、どの生き物が好きかとか午前中に観た感想を話しながら食べる。
「このあとだけど、イルカショー見て、お土産見て、海行って帰るでいいんだよな?」
「うん。イルカショー楽しみだね。16時くらいの電車に乗れば大丈夫だよね?」
「おう。悪いな。夜まで遊べなくて」
「ううん。誘ったのは僕だもん。わがままなんて言えないよ。それより、今日デートだってちゃんと分かってる?水宇くん全然僕のこと意識してくれないんだもん。手だってずっと繋いでるのに」
「うっ、ちゃんと分かってる…つもり」
「絶対分かってない。今日は水族館をを楽しんでもらおうと思って、あんまり引っ付かないようにしてたけど、意識してくれないからいつもみたいに抱きつこうか悩んでたんだよ」
なんだよそれ。そんなこと言うなら俺だって。
「いつもみたいってお前。いつもが抱きつき過ぎなんだよ、だいたいこっちは手を繋いでるだけで、頭いっぱいいっぱいだっつうの」
あ、言ってしまった。俺の本心。今まで腕組んだり、キスされたり、何されても腹の底にある本心は言ってこなかった。いや、言えなかった。それが今。こんな形で言ってしまうなんて。おそるおそる羽瑠の顔を見ると、にんまりとした笑みを浮かべていた。悪魔の笑みに見える。この状況はまずい。どうしよう。とりあえず、トイレに逃げ…る前に腕を掴まれた。
「とりあえず、店出ようか」
そう言われて俺には、はいと言う以外の選択肢はなかった。
お会計を済ました後、イルカショーを見る予定だったためそちらに向かって歩いているのだが、空気が重い。俺が羽瑠にムキになって思わず本心をもらしてしまった。本当はこんな形で本心を告げるつもりはなかったのに。羽瑠は店を出た後から黙ったままだし。どうしよう。怒ってるよな。俺が羽瑠に気持ちを隠してたから。頭をぐるぐる悩ませていたせいで、前から人が近づいてくるのに気づかず
ドンッ
「うわぁ」
相手と肩がぶつかりあってしまい後ろに転びそうになる。自業自得だなと思い目をギュッと瞑る。…あれ?衝撃がない。おそるおそる目を開けると目の前に羽瑠の顔があった。
「水宇くん、大丈夫?」
羽瑠が俺の腰を支えながら、顔を覗き込み問いてくる。
「ああ…大丈夫。ごめん。ぼーっとしてた。ありがと」
「水宇…」
羽瑠が口を開きかけた瞬間。
「すみませんでした」
ぶつかった相手が謝ってきた。どうやら走り回る子どもを追いかけていたらしい。その男性は何度も謝ってくれた。こっちが反応に困るくらい、それはもうたくさん。最後にはデートの邪魔をして本当にごめんねと言って去っていった。…デート。他人から見たら俺達、恋人に見えてたってこと!?脳内でパニックが起こりあわあわしていると、いきなりギュッと羽瑠が抱きついてきた。
「水宇くんが怪我しなくてよかった」
「おう。ありがとな。羽瑠のおかげで怪我せずにすんだわ」
そう答えながら、頭を撫でてやる。たくさんの人がいる中でいきなり抱きついてきて内心ドキドキなのは隠す。
「水宇くん、ごめんね。俺が水宇くんと手を繋いでたら、水宇くんのことちゃんと見ていたらあんなこと起こらなかったのに。ほんとごめん」
「いや、俺が前見て歩いてなかったのが悪いんだし、羽瑠が謝る必要はないよ」
そう言って体を離す。羽瑠の顔を見るのは恥ずかしいけど、今しかない。羽瑠の目を見て告げる。
「羽瑠。好きだよ」
頭から足先まで体が一気に熱くなるのが分かる。
「今まで、誤魔化してごめん。俺、最初は冗談だろってスルーしてたんだけど、6年ぶりに会った羽瑠と一緒に居たら、胸がこうギュッてなって、しかも部室でキスしちゃったし。そっから羽瑠のこと意識しちゃって。あの、告白も本気なのかなって思うようになって。その、羽瑠と居るとすごくドキドキして、心臓がもたなくて。他の女子とかといるとこんな気持ちにならないのにって。それでよく考えて、この気持ちが恋だって気づいて。ほんとは今日のデートすごく楽しみにしてたんだ。デートじゃないって否定してたけど、ほんとは嬉しくて。だから今は学校に居るときだけ、恋人のフリをしようって言ってたけど、今からは本当の恋人としてお付き合いをしてほしいです」
言えた!!ほっと胸を撫で下ろす。さっきから羽瑠が一言も発さないけど大丈夫だろうか。羽瑠の顔を見たくても、俯いているため見ることができない。心配になり、羽瑠…?と呼びかける。するといきなりしゃがみ込んで顔を伏せる。どうしたんだ、やっぱり冗談だったとか。
え…?もしかして俺振られるのか。え、どうしよう。それは考えてなかった。もう一度呼びかけようとしたら、ガバっと起き上がって、またハグをしてきた。そして、俺の目を見て
「こちらこそ、よろしくお願いします」
顔が赤くなるのが分かる。嬉しい。俺もハグをするために羽瑠の腰に手を回す。今までは恥ずかしくてできなかったから。
いろいろあったが、イルカショーの時間には間に合い見ることができた。濡れたくはないので、後方の席に座った。イルカが高くジャンプしたり、2匹のコンビネーションを見ることができ、とても盛り上がった。最後にイルカを触ることができるというので、せっかくならと羽瑠と話し列に並んだ。自分たちの番が来て、触ってみたがツルツルしていた。あと、目の前でイルカを見ると迫力があった。羽瑠は、かわいかったと呟いていた。
その後おみやげコーナーに向かった。お土産といっても家族にお菓子を買うくらいなのでぬいぐるみや雑貨のコーナーはスルーしようとしたら、恋人繋ぎしていた手をグイッと引っ張られた。
「水宇くん、せっかくならお揃いのもの買いたい。付き合った記念と初デート記念で。…だめかな?」
相変わらずかわいすぎる。もちろんだめではないので、いいよと返事をする。そう言うとパアッと顔を輝かせる。2人で何にしようか話す。文房具やキーホルダーが多くみられる。羽瑠はぬいぐるみをお揃いにしよと言ってきたが、この年になってぬいぐるみは恥ずかしかったので却下した。結局羽瑠と相談して、この水族館限定のイルカのキーホルダーにした。
「水宇くん。このキーホルダー、一緒に通学鞄に付けない?」
俺は少し恥ずかしいと思ったが、せっかくお揃いで買ったのでそれを了承した。羽瑠は嬉しそうに笑う。
「じゃあ、海見て帰ろっか」
「おう」
2人で手を繋ぎ海へ向かった。
お昼すぎなので、風が気持ちよく感じる。この時期に海に来ることはないから、なんか新鮮だ。
「海、きれいだな」
「うん。今日来れてよかった」
そう言って2人は黙り、海を眺める。
「…あのさ、ほんとはここで言おうと思ってたんだ。その、好きだって」
羽瑠は黙って聞いている。
「それなのに、あんな変な場所で告白しちゃって。羽瑠もなんか怒ってたから、どうしようって頭いっぱいになっちゃって。あんな形になっちゃって悪か…」
「そんなことない!」
最後まで言い終わる前に羽瑠が否定してきた。
「僕、水宇くんに好きだって言われて本当に嬉しかったんだよ。怒ってたように見えたならごめん。嬉しすぎて、どう反応したらいいか分からなかった。僕、小学生の頃から水宇くんのことが大好きで、6年ぶりに会えるって分かった時から絶対自分の気持ちを伝えようって。でも、きっと水宇くんは僕のことそういう目で見てないと思ったから、必死にアタックして僕のこと意識させようって」
怒ってなかったことに安堵し、そんな昔から好きだったことに衝撃を受け、まんまと作戦にハマってしまっている自分に呆れるという感情のジェットコースターが起きた。
「でも、強引にいろいろしちゃったからさ。嫌われてもしょうがないと思ってたんだ。だから今日のデートの最後に水宇くんの本当の気持ちを聞いて、なんとも思われていなかったら諦めて、学校だけ恋人のフリをしてもらおうと思ってたんだ」
そうだったのか。手を繋いでいない方の手を取り、両方の手で手を繋ぎ、向かい合わせになる。
「でも、俺は羽瑠のそんな強引なところ結構好きだぞ。そりゃあ最初はびっくりしてなんだコイツって思ってたけど。…部室で押し倒されてキスした後かな。俺、羽瑠のこと好きなのかもって思ったのは」
自分の本心を話しているので恥ずかしさが絶えない。
「…ねぇ、またキスしてもいい?」
「ふぇ!?」
突然そんなことを言われなんて返せばいいのかわからない。
「この前は付き合ってないのにしちゃったから、次は本気のやつ」
本気ってなんだ。この前のは本気じゃなかったのか。恥ずかしいとか思ってる場合じゃない。覚悟を決めろ俺。たぶん、いやきっと羽瑠と一緒にいる限り恥ずかしいと思うことばかりだから。これは慣れるための一歩だと思うことにする。
「おう。どんと来い」
緊張から声が少し上ずったが、手を胸に当て答える。羽瑠に伝わったのかふふと笑って、緊張しなくても大丈夫だよと声を掛けられた。あの時みたいに、頬に手を添えられる。そうして、静かに2人の唇は重なった。どちらともなく離れた後、2人で見つめ合いもう一度キスを交わした。
幸せな時間だった。帰りの電車で今日のデートを振り返る。最初は、緊張してたけどお互い生き物が好きだったから、トークも弾んだ。羽瑠との関係もはっきりさせて、無事正式な恋人になることができた。予定外なことも起こったが、デートの最後はキスもしちゃった。唇を指先で触れる。まだ、キスしたときの熱をもっている。隣を見れば、俺の肩に頭を乗せた羽瑠がぐっすりと寝ていた。どうやら羽瑠は今日のデート1日中緊張していたみたいだ。顔に出ないから全く分からなかった。羽瑠にはもう少し表情筋を鍛えてほしい。もうすぐ最寄り駅に着くので、羽瑠のほっぺをつつきながら、起きろーと小声で何度か呼びかける。起きる気配がないので、次はほっぺをムニムニしやった。すると、さすがに気がついて目を覚ました。
「水宇くん、何かわいいことしてるの」
かわいいことって、かわいいって言われるたび否定してるけど、俺のどこがかわいいんだ?それをそのまま聞いてみると、そーゆーとこ、と返ってきた。どーゆーとこ?俺の頭ははてなでいっぱいだった。
電車から降り、改札口を出て家に向かう。
「今日は楽しかった。ありがと」
「僕も水宇くんとデートできてすごく楽しかった」
「また2人でどこか出かけたいな」
「うん。そうだね」
今日のデートや小さい頃の思い出話、他愛もない話、将来の話。朝、緊張で話せなかった分たくさんの話をした。思い出話に花を咲かせていたら、いつの間にか家の前だった。少し寂しいが明日また会えるしな。
「じゃあ、また明日な」
そう告げ、玄関に向かおうとしたとき
「水宇くん」
耳元で____と言われボッと顔が熱くなる。
「じゃあまた明日」
一言そう言って羽瑠は家の中に入っていった。
俺はこの先ずっと羽瑠に振り回されるのかもしれない。けど、それもいいかなと思った。