「かゆいかゆい!?」
ツヨシの羽毛から何か虫を移されたようで、俺は馬車の乗車を断固拒否され、夕暮れどきの帰路をダバダバ走っている。
獣人の奴隷を買ったらまず、健康診断と身体の洗浄消毒は欠かさずにね!
「夜になると危険度が超増すぞ! とにかく街まで急げ!」
「アツシ!」
「ホ~!」
そんなこんなで、俺たち三人の採集クエストはクソミソに終わったのだった。
否――終わらない。
空が薄暗くなりいよいよピンチというところで、異世界では定番の『追われる馬車(豪華な)』が凄いスピードで俺たちとすれ違う。
跳ねるようなスピードで走っていた馬車は脱輪し、馬のいななきと共に脇道に滑り落ちる。
「おおう……」
これはひどい。
転げ落ちた行者が肩を押さえながら林の方へ逃げ出し、危険を感じた俺はアツシたちと一緒に反対側の脇道に隠れた。
少し遅れて、馬の駆ける音とランタンの灯りが近付いて来るのが見えた。
「ツヨシ、もっとシュッてなれない? シュッて」
どうしても目立つのでツヨシにお願いしたら、ツヨシがシュッと細くなる。
「ヘッヘッヘ、とうとう追い詰めたぜ!」
「手こずらせやがってよ!」
「おとなしく金を置いて行きゃあ、何もしないぜ!」
山賊刀を抜いたボロい鎧の山賊たちが八人、ゲスな笑いを浮かべながら馬から飛び降り、横転した馬車を囲んで近づく。
「おい、見てこいカタン!」
カルロ役の山賊がボスっぽいヤツの命令にうなづき、先行してドアを軽く叩くが……返事はない。
「おらっ!」
焦れたカタンが強引にブチ破ろうと山賊刀を振り上げると――ドアの窓ガラスが割れ、飛び出した“刺突剣(レイピア)”の一撃が腕をかすめた。
「ちっ! この野郎っ!」
激昂した他の山賊がブラ下がって揺れているランタンを投石で砕き、草むらに火を点けた。
火はすぐ馬車にまで延焼し、倒れて動けない馬が大暴れする。
「おらっ、焼け死んじまうぞ!」
「とっとと出て来やがれ!」
少しして……黒煙に包まれた馬車から鎧姿の女騎士が、栗毛の華憐なお嬢様を守るように出て来る。
銀色の髪を束ねた美しき騎士は、何者にも屈することのない鋭い瞳を向け、凛とした勇ましい声で威嚇する。
「さがれ、下郎! この御方をどなたと心得る!」
「ハハッ、知らねえって!」
山賊が馬鹿にするように笑いながら斬りかかるが、それが届くより前に女騎士の“刺突剣(レイピア)”が鋭く喉元を二度突いた。
「が……がぁっ……!?」
「ひっ……!?」
喉を押さえ苦悶の表情で倒れた山賊に怯え、お嬢様は青ざめた顔で息を呑む。
女騎士は片手でお嬢様を下がらせつつ“刺突剣(レイピア)”で牽制し、ジリジリと後退する。
「リミエラ……」
「ご安心を……私がお護りいたします」
「すげえ、襲撃だ! 本当にあるんだな!」
「アツシ!」
俺は興奮しながらその様子を見守っていた。
でもまあ、さすがにのんびり見ているわけにもいかんようだ。
「人助けなんて趣味じゃないんだけどなー……」
俺は草陰から“匍匐(ほふく)”で近づいて山賊全員を鑑定――『正しき名』を得る。
「“異空間収納(アイテムボックス)”、グラモ、タンズ、ヨスト、イモラ、カタン、ナフ、ノロ」
「うおおっ!?」
「ぬわあっ!?」
名前を告げると山賊どもが次々に黒玉に吸い込まれ、あっという間に辺りは静けさを取り戻す。
決死の思いで戦おうとしてたら山賊がいきなりどこぞに跳んで消え――茫然となる“女騎士(リミエラ)”とお嬢様。
リミエラは警戒するように周辺を見回し、俺たちの潜む草むらをしばらくジッと見ていた。
「……」
安全を確認したリミエラは“刺突剣(レイピア)”を鞘に納め、火を避けて遠巻きに見ていた山賊の馬を走って捕まえると、お嬢様を前に乗せて去って行った。
「誰だか知らぬが感謝する!」
「……」
リミエラは去り際にそう言って、俺たちは二人が消えるのを待ってから街に戻った。