「しゃあっ、第二弾収納完了!」
 あんなに激しく飛んで来たのに、さわるとこぼれ落ちそうな小さな実が一つも落ちていない。 
 どうやら対象指定後は、収納されるまで『無敵状態』……あるいは『強化状態』になるようだ。そのうち検証してみてもいいかもな。
「さて……もう少し待つか」
 俺は上空で悠々飛行するツヨシを見上げながら、草っぱらで寝転ぶ。
 たぶん、普通にやったら一週間かけてもこの量の良品を集めるのは無理だろうな。
 土を丁寧に落としたり、葉をしおらせないよう保管したり、根を切ってしまわないようにすると、かなりの時間と手間がかかる。
 図鑑で見た参考価格は一束あたり10ボル。カレサクサは8ボル。良品だとこの1.5倍になる。さらにファルンは戦時下なので、価格はもう少しだけ高めになるだろう。
 収納された薬草をウインドウ画面でチェックすると、個数を指定してまとめられるようなので、この作業もワンタッチで終わる。
「ステータスオープン!」
 俺は寝そべりながら、シリルからもらったスキルを確認してみる。
 鑑定(極)。異空間収納(改)。百識(極)。“力天使の加護(シリル)”。“女神の呪い(ラーフィス)”。
 確かにスキルがプラスされている。五つになっている。
 いやそんなことより……。
「ナンデ!? メガミノロイナンデ!?」
 俺は混乱した。
 なぜだか知らんが呪われている。
 
 たぶんこいつのせいだ! 俺がハゲたの!
 会ったこともないのになんでや!?

 理由がわからないので詳しく調べてみる。
 “女神の呪い(ラーフィス)”を指でタップするとサブウインドウが開くので、スキルの備考を確認してみる。

 “女神の呪い(ラーフィス)”
 シリルに危害を加える男に与えられる、女神の怒りの呪い。
 毛髪が永遠に失われる。
 わたしのパンツ返してください。
  
「おおう……やっぱり!?」
 なんか説明に個人的メッセージ入ってないか?
 パンツ返すと毛髪返るの?  
 じゃあ返すけど?

「今度呼ばれたらシリルにパンツ返さないとな……」
 絶対に。
 話し合いで解決するといいのだが……。
 シリルにしでかした所業の数々を思い返して暗たんたる気持ちになる。
 このあと他の能力の備考も確認したが、鑑定(極)はレベル差を無視して詳細をあきらかにするようだ。通常の鑑定だと対象とのレベル差があると鑑定できないが、俺には制限がない。
 
 百識(極)
 見た文章の全てを完全に記憶する。絵は記憶できない。
 百識を通して記憶した情報の中から、色違いの『ワード』をマークするとリンク先へジャンプし、リンク先から新たな情報を得ることができる。リンクを外すまで情報は更新され続ける。百まで同時接続可能。

 “力天使の加護(シリル)”
 光属性。不老半不死。全自動回復(小)。飛翔。天空弓術(極)。光剣(中)。光攻撃無効化。物理攻撃耐性(極)。“精神体(アストラル・ボディ)”。
 
「お、不老半不死あるじゃん」
 これで老いずに済む。
 ユイくんにはデフォで付いてたけど、これってシリルの加護と重複してるけどどうなるのだ?
 もし今度会ったら教えてもらおう。
 さてと、そろそろ今日の仕上げといくか!

「来い、ツヨシ!」
 しばらく付近を周回させて飛行タイプの敵がいないことを十分確認したので、俺は指笛を鳴らした。
 急降下して来たツヨシが地面スレスレで大きな翼を羽ばたかせ、スピードを相殺して着地する。
「よしよし、ごくろうさん」
「ホ~」
 アゴの辺りをワシャワシャしてやると、ツヨシはくすぐったそうに目を細める。
 
 フクロウをそのまま巨大化させたようなツヨシ。
 鳥人の多くは人型だが、ツヨシのように鳥の姿のまま大きくなるタイプもいる。
 人に対し友好的なこと以外は魔物と大差ないため、差別的な扱いと受けることもあるが。
 このタイプの長所は人を乗せて安定して飛行できることにある。
「たのむぞ、ツヨシ! アツシ、そこで待っててくれ!」
「ホ~」
 ツヨシの背には固定ハンドルつきの丈夫そうな鞍がある。女主人のサービスだ。
 俺はツヨシにまたがり、等間隔にならぶベルトで両足を二重に固定した。
 密着した状態だと隷属紋を通して感覚を共有し、俺は言葉を発することなくツヨシに指示を出すことができる。
 
 ――飛べ!

「ホ~!」 
 心の中で命じると、ツヨシが大きく羽ばたいてホバリングを始める。
 ツヨシの重量は800キロ以上ある。
 これほどの重さだと生物が飛翔することは通常不可能だが、羽ばたくツヨシのフサフサの羽からは、不可視の光の粒子が放出されている。
 この光の粒子は、羽を持つ生物の一部が発生させることができる魔導物質。
 科学者ケルマースの発見によって名付けられた“重力遮断物質(ケルマース・ゼロ)”は、エーテルに反応して重力を遮断する特異な性質を持ち、この光の粒子を利用することでドラゴンのような超重生物も飛翔を可能とする。
 
「お、お、おお……!」 
 圧倒的浮遊感に心臓が高鳴る。
 少しずつ地面が遠くなり、肌を打つ風が強くなった。
 体を無防備にさらしたまま飛ぶなんて人生初体験のことで、俺は感激のあまり心の底から叫んでいた。
「うっひょおおおおおおおおっ!!!」
 ざっと高度千メートル以上――玉がヒュンと縮み上がり、雲が近くなる。
 遠く西の空では、巨大な蒼い竜種の群れが優雅に飛翔する姿が見えた。
 その航跡には光る黄金の川が流れ、二重の輪を持つ虹を背景にシャンパンのように煌めく。
 そしてさらに上の空には、空を覆い尽くさんばかりに巨大な白い月。
 重力に捕われた月の破片が周辺に浮かび、弧の軌跡を描く光線がたびたび走って小爆発を起こしている。
「すげえすげえ! これが飛ぶってやつかよ!」
 飛行機は乗ったことがあるが、完全に別次元の感覚。
 興奮のあまり脳が痺れる。
「おっと……浮かれてる場合じゃないな」
 俺は気を取り直し、眼下に広がる雄大な景色に目を向けた。
 
 今日の朝――。
 俺は馬車に乗る前に薬屋に立ち寄り、特にレアな薬草の鑑定を行った。
 店頭は商品が雑多に陳列され、見たこともない文字が書かれた荷物が高く積み上げられ、黒イモリや蝙蝠や三葉虫のような干物が逆さに吊るしてあったり、薬の原料となる赤や黄色や青のカラフルな粉末が透明な容器の中に入って、グラム単位で量り売りされている。
 お目当ての薬草は店のカウンタ―のすぐ近く、藍色の着物を着たカエルの人型が突っ伏してジッとしている手前の、高級そうなガラスケースの中に鎮座していた。
 それは厳重に容器で守られ、さらには魔導で『不断の強化』をした盗難防止用の鎖まで付けられている。
 こいつが万能薬の材料となる薬草――『ドネルブ』。
 地味でどこにでもありそうな黄色い花を付けた草だが、実はとんでもない価値を持つ。
 雑草のごとく生えるドネルブの中には、稀に突然変異種が生まれる。
 億に一つの希少なものであり、さらに見分けることが非常に困難なため、その価格は最新のもので三十万ボル。
 その変異種の正しき名は――。
 
 さらに高く高く……島のかなりの範囲が見渡せるほど高く昇り、俺はガタガタ震えながら“異空間収納(アイテムボックス)”を展開した。 
「いくぞ……『ポーラ』!」
 ドキドキしながら叫んだが……なんの反応もない。
「さすがに距離がありすぎるか……?」
 俺は寒さに震える体をさすりながら意気消沈した。
 だが次の瞬間に風切る音が聴こえ、黒玉の中にシュッと何かが飛び込んで来た。

 シュッ! シュッ!

「お、おお!?」
 一つ、二つ、島のあちこちから次々に飛んで来るポーラ草。
「七……八……!」
 八株!
 一株三十万が八株も集まった!
「やったなツヨシ! 明日はホームランだ!」
「ホ~!」
 ツヨシの頭をワシャワシャして抱きついた。
 明日をも知れぬギリギリの状況から一転、大金持ち。
 ありがとうシリル!
 これって最強の能力じゃないか!
 俺はハゲたことなど忘れて、すっかり有頂天になって浮かれていた。
 だが……人生の落とし穴というのはこういうときにこそ現れるもんだ。