翌日の早朝。
 散財した俺は残り3万ボルという現実に震えながら目覚めた。
 そして鏡の前で硬直した。
「俺、なんでハゲてんだ……?」
 なぜだか知らんが、朝になると俺の髪の毛がいっさい無くなっていた。
 ベットの枕元には抜けた毛髪の塊が見える。
「なあに……? 朝っぱらから……なにやってんのよ……?」
「あ……」
 ベットの二階から、アツシと一緒に寝ていたエルフっ娘が眠そうな顔を出す。
 俺を見たエルフっ娘は驚いたように目を見開くが、すぐに表情を強張らせてプルプル震えだし、こらえきれず顔を隠して噴き出した。
「ぶはっ! あっはっはっは!!!」
「あ、アツシ……?」
「俺だよ俺! タカキだよ!?」
 人間の顔がいまいち見分けられないのか、エルフっ娘の隣から顔を出したアツシが俺を見て困惑している。
 
 ちくしょう! 髪は死んだ! もういない!
 けど、なんでだよっ!?

「ぷぷ……ホントにハゲてる! 天罰じゃないの~?」
「ここに来たときに罰は十分すぎるくらい受けているはずなんだけどな」
 大勢の前でクソを漏らした僕に何か罰を与えられる人なんて……いやしませんよ!
 どうしよう。
 額に目を描いて天津飯ということにできないかな……。 
「……」
 いや無理だな。
 鏡に映る引きつった笑みのブサイクがそう言っている。  

「ぷぷ……!」
 まだ震えながら笑っているエルフっ娘。
 逆さに吊るしてやろうか?
 ああ、そういや隷属契約を済ませたあと、エルフっ娘に名前がないか一応訊いてみたんだ。
「わたしの名前はもうない……それは故郷に捨てて来たから」
 二の腕に手をやり、切なそうにまつ毛を伏せてうつむくエルフっ子。
 ということで俺は提案する。
「わかった、君の名前はゴバルフスキーだ」
「エリサ。エリサ・ラメールよ」
 ということでエリサが加入した。
 隷属の刻印は見えるところに刻むのが普通だが、エリサは顔がいいので首筋に刻まれていた。そのために髪を短く切っていたのだ。 
「あと、これが最初のあいさつ!!」

 バシーン!

「いった……」
 くもないが殴られた。と同時にエリサが絶叫して地面に転がる。
 主人を攻撃したので、隷属紋が電撃のようなもので耐えがたい激痛を与えたのだ。
「大丈夫……?」
 さすがに心配になるくらい転げ回ったので、俺は恐るおそる近づく。
「お、おぼえてなさい……わたしはあんたに買われても隷属なんかしない! わたしの心はわたしのものだ!」
「ああ、わかったよ……」
 俺を殴るたびに涙と鼻水たらしながら転げ回られちゃたまらん。
 俺は手を差し出して、怒りの形相で泣いているエリサを起こしてやる。
 やれやれ、なんとも困ったお嬢さんが仲間になったな。
 これで運命の歯車回ったりするの?

 ケガのこともあってエリサは宿屋に残し、俺たちは南西方面の採取クエストを受注した。ギルドの仲介を通さずに売買するという方法もあるが、今はもうそれどころじゃないので普通に受けた。
 冒険者専用の格安馬車で移動する道中、ずっと遠くの東の青空に、雲間まで届く渦巻いた岩山が見えた。
 あれが休眠中の魔王、『焔産みの巨王アルム=ガルム』だ。
 アルム=ガルムの侵攻に乗じて魔族はファルンの東部――アルム=ガルムのお膝元である火山地帯にいくつか拠点を築き、東部側の玄関口であるマシス港を占拠して侵略の橋頭保としている。
 ガレンドーサは同盟国と連携して戦艦による海上封鎖で敵の増援を断つ作戦を展開しているが、マシス港に建造された赤き螺旋塔から放たれる――“重魔光砲(ギガ・レーザー)”によってことごとく航行を妨害され、敵艦の上陸を完全に封殺するには至っていない。  

 敵の脅威は日増しに増大しているが、各国からの支援もあってファルンの軍備は潤沢だ。
 魔族の侵攻以前から戦略拠点としてガレンドーサを重要視している西と南の帝国からは、『皇帝級』と呼ばれる数百万トンクラスの超巨大艦が派遣され、ガレンドーサを含めた三国連合による東部防衛ラインの構築がすでに済んでいる。
 戦況は拮抗して完全な膠着状態となり、現在は海でいう凪のような状態。
 睨み合いが続き、連合軍の活動はときどき起こる魔族の散発的な攻撃を防ぐに留まっている。 

「んじゃ、やりますか!」
 馬車に小一時間ほど揺られて着いた場所は、コリンという廃村。
 魔の森と呼ばれる鬱蒼とした大森林の手前にある。
 魔王が出現してからは獣害が多くなり、冒険者もあまり来てくれなかったので村人は移住して廃村となった。
 荒れた無人の村には冒険者用のシェルター……簡易宿泊施設が残されている。
 俺はアツシに護衛を任せ、ツヨシを空から哨戒させ、警戒を怠らず周囲の草花を鑑定する。
「……あった!」 
 図鑑にあったのと同じ、毒消しの効果がある薬草を見つけた。
 指の輪で『正しき名』を調べる。
「ミシグサか……」
 深くこうべを垂れた青い穂を持つ草は、『ミシグサ』という。
「よし、ついてこいアツシ!」
「アツシ!」
 俺はミシグサのあった場所を一望できる丘まで移動し、眼下に見える全てを視界に収める。
「“異空間収納(アイテムボックス)”!」
 俺は手をかざすと、直径一メートルサイズの“異空間収納(アイテムボックス)”を展開した。
「ミシグサ!」
 そして視界に写る対象をまとめて指定し、一気にミシグサを収納する。
 土煙を上げロケットのように舞い上がる、数千ものミシグサ。
 滞空していたそれが太陽を背にいっせいに進路をこちらに向けると、ひょっとして襲われるのではないかと身構えてしまう。
「うおおおおおおおおおおおおっ!?」
 土も虫も水滴も何も付着させないキレイな本体のみが、素早く確実に俺の“異空間収納(アイテムボックス)”飛び込んで来る。まさに入れ食い状態。
「うおおっ!? すげえ!?」
「アツシ!」
 単純作業すらも省いて、あっという間に周辺のミシグサ採取完了。
 あまりにあっけなくて笑えてすらくる。
 だが――まだだ。
「勘違いするな……まだ俺のターンは終わっていないぜ!」
「アツシ?」
 ついでに他の薬草もないか移動前に鑑定し、火傷によく効く軟膏になる『カレサクサ』を見つけていたのだ。
「てめえは俺を怒らせた――『カレサクサ』!」
 キラークイーンのポーズで叫ぶと、ビーズのように小さな紅い実を付けた草がいっせいに空に舞い上がった。