貿易都市として各国からいろんな人種が集まるこの地では身分がモノを言う。
 身分が定かではないと何もできん。
 王国の意向に沿うようで嫌だが、冒険者ギルドでの登録は問題解決の近道だった。
 ギルドの上階には会員に開放された図書室があり、冒険に関わる書籍がたくさんある。

「行くぞ、アツシ」
「アツシ」
 高層ビルを想わせる石造りの立派なギルド会館では、多くの冒険者がカウンターの前で列をなしていた。
 長槍をたずさえた黒い鱗の竜人、腕組みしているイノシシの顔の大きな獣人、羊角を生やしピンク色の肌をした四腕の魔人、ホバリングしながら掲示板を確認しているインコの顔の小さな鳥人、たくさんの妖精が発光しながら飛び交い、人頭を大蛇につけ替えたようなマダラ模様の生き物が長い首をのばし、その上を走る手のひらサイズのネズミの工員を次々に階上の現場へと運んでいる。
 俺たちが登録を受けつけてるガラガラの列に移動すると、眼帯つけた巨漢のハゲが通せんぼ。
「おいおい、ひょろひょろの坊主がギルドに何しに来やがった? ん~? ママはどこだ~?」
「“坊主(ハゲ)”はおまえじゃないか。そういうのいいから。お勤めごくろうさん。戻っていいよ」
 因縁をつけてきたハゲはただの初心者いじりではなく、実際はギルドと契約しているふるい落とし役。
 建前として間口を広く取っているギルドだが、登録するのもタダではない。
 この程度の問題を自力で解決できない無能は最初からいらないのだ。
 だから会館の中で鉈を抜いても誰も大騒ぎしないし、怒りに任せてそれをふるってきても大したことにはならない。
「アツシ!」
 槍の石突きから繰り出される強力な打突が、武器を握るハゲの手を弾いた。
「ぐっ……!」
 鉈が甲高い音を立てて転がり、鋭い槍の穂先がハゲの喉元にピタリと止まる。
「俺にかまうな……アツシが黙っていないぞ」
「アツシ!」
 アツシの後ろで腕を組んで見下ろしてやると、ハゲは悔しまぎれに、
「クソが……奴隷任せかよ!」
「アツシと俺は一心同体。固い絆で結ばれた魂の兄弟だ。俺の攻撃は俺の攻撃! アツシの攻撃は俺の攻撃だ!」
 俺が怒鳴りつけると、ハゲは打たれた手を押さえて悔しそうに立ち去る。
「ん? どうした、拍手は?」
 俺が肩をすくめながら要求すると、周囲からパラパラとだが拍手が起こる。
 俺は勇者だ。

「こんにちわ。登録おなしゃす」
「はい、本日はようこそ起こし下さいました。わたくし、担当のミレイと申します」
 頭にフワフワの丸耳つけた獣人の姉ちゃんが、とても丁寧に対応してくれた。
 やや吊り上がった目元には隈取があり、猫のようなカワイイヒゲも生えている。
 OLみたいなリクルートスーツを着ているが……カウンターが邪魔で尻尾は見えない。尻尾はあるのだろうか。
「あの、尻尾ありますか?」
「……ふふ。立派なのがございますよ」
 俺のセクハラめいた質問にちょっと目を大きくしたミレイさんだが、すぐに笑って答えてくれた。
 こやつプロだな。
「こちらの書類に必要事項を記入してお出しく下さい。登録時に少量の血液をいただきますので、あらかじめご了承ください。何か質問はございますか?」
「ないです」
 俺はアツシの分も書いて書類を返却。
 故郷に地球、備考に異世界転移者と書いたが、ミレイさんは特に気にせず普通の対応。
 いっぱい人が集まる場所だ。
 わけわからんことを書く人間もそれなりにいるのだろう。
 まあ、俺のは事実なんだけど。

「登録は以上になります。それと……転移者の方がお見えになったときは執務室までお通しするようギルド長に申しつけられてますが、お時間がありましたら二階の執務室までお越しいただけますでしょうか?」
「嫌です」
「承知しました。それではこちらのカードをお持ちください。本日は当ギルドをご利用いただき、まことにありがとうございました」
 俺のそっけない対応を特に気にもせず、ペコリと頭を下げたミレイさん。
 そのとき、形のいいお尻から生えた虎縞の尻尾が見えた。
 
 フッサフサや。
 
 俺は『E』と刻印された金属製のカードを受け取り、右スミにヒモを通す穴があるのでそれで首にかけ、アツシにも同じようにかけてやる。
「アツシ!」
「気に入ったか? それじゃ、ミレイさん! また機会があれば!」
「はい、お疲れ様でした」
 胸元を見る俺の薄汚い視線にも気づいていただあろうに、ミレイさんは満面の笑顔で送り出してくれた。
 さあ、これで図書室使い放題だ。
 俺はアツシと一緒に階段を上った。
 
「ふう、こんなに勉強したのはいつ以来か……」
 図書室の本は冒険者用に厳選されていて、手に取るもの全てが有益な情報であり、俺は夢中で読みふけった。
 この世界の一般常識から各国の情勢なども簡単な情報は得られたし、危険地帯や魔物の対処方なんかも百識で完全に覚えられた。
 おもしろいことに、俺の百識は獲得した知識から別のリンク先へジャンプできるようだ。
 ノベルゲームにあるザッピングシステムみたいに、記憶した文章の中に見える『色違い』の箇所を指で触れてマークすると、リンク先に跳んで追加の情報を得られるのだ。しかも一度でもマークすれば、更新された情報をいつでも閲覧できるらしい。
 ユイくんやラスフィーと上手くリンクできれば、二人の動向をいつでも把握できるということだな。
 それには文中の色違いに見える『名前』を見つける必要があるんだが、なんだか探す楽しみが出てきたな。

 百識は絵についてだけは記憶できないようなので、俺は図鑑をひたすら模写る。
 薬効のある、高値がつく植物をたくさん模写ができたのはでかい。
 さてと。
 これで明日は多少安心して仕事に入れるな。
 なにも薬草摘みに固執する必要などないが、報酬の高いクエストは危険も多い。
 アツシに無理させて重症でも負われたら詰むからな……まずは堅実に一歩ずつよ。