翌朝。
「ふあ~!」
 堅いベットのせいで体がちょっち痛い。
 これでも虫が出ないだけマシなベットらしいのだが。
 シリルは今後も俺の夢を通じてできるだけサポートしてくれると約束した。
 まあ当然だな。
 巻き込まれたタカキもがんばるんだし、巻き込んだシリルもがんばらないとな。
「ふう、だいぶ汗かいてるな……」
 早朝だからさほど暑くないが、この辺は湿気が多くて空調もないので寝汗がだいぶ出た。
 俺は汗を拭おうとしてそこで、手に白い布地が握られていることに気づく。
 これって……。
「ま……まあ気にしないでおこう!」
 どういった原理か不明だが、夢で逢った天使のパンツを持ち帰ってしまった。
 うっすらと黄金色に輝いていて目立つので、俺はそれをさっそく異空間収納(アイテムボックス)”に収めてみることにする。
「“異空間収納(ボックス)”!」
 天使に教わったとおり手の平をかざして“異空間収納(アイテムボックス)”と唱えると、目の前にボーリング玉ほどの小型のブラックホールが出現した。
 俺の“異空間収納(ボックス)”は『なんでも』という尖った性能のため、かなり設定がピーキー。
 収納口である“黒玉(ブラックホール)”のサイズは任意で変更可能。
 なんと生物も収納可能で、収納箱の中では時間経過が“かなりゆるやか”になる。
 中に酸素がないため、酸素を必要とする生物なら早く取り出さないと数日か数ヵ月くらいで死ぬ。
 収納時には対象物の全体を視界に入れて、『正しき名』を呼ぶ必要がある。 
 たとえば草むらでウサギを見て、「ウサギ!」と呼んでも収納できない。
 なぜならそれは人間が勝手につけた学名なので、『正しき名』ではないからだ。
 『正しき名』は鑑定で探ることができるらしいので、俺はさっそくパンツを鑑定してみる。
 指で輪っかを作って、少女の穿いていたパンツを凝視する。 
 
 シリルのパンツ。
 等級・“伝説級(レジェンダリー)”。
 全属性完全防御。状態異常無効。全自動回復(極)。飛翔。光属性。不老不死。女神の友情。女神の寵愛。女神の溺愛。女神の情愛。女神の情欲。女神の監視。女神の追跡。女神の嫉妬。女神の憤怒。女神の――。

「なんか女神の加護だけ怖いくらいあるな……。えっと……『シリルのパンツ』!」
 俺が叫ぶと、パンツが黒玉の中にシュッと吸いこまれた。
 なるほど、鑑定と併用で上手く運用できそうだな。
 欠点は鑑定の有効範囲がたった三メートルしかないということだが。
「おい起きろ、アツシ」
「アウチ!?」
 ベットの二階で寝てたアツシが飛び起きようとして、天井に頭をぶつけた。
 ところで今、アウチって言わなかった?

 メシ食いに一階の食堂に行くと、朝食はパンと水だった。少々のサラダも添えて。
 テーブルの前には、口の中の水分を大量に失いそうなカッチカチのパン。
 少し考えたけどそれはアツシにあげて、俺は水とサラダだけいただいて宿をあとにする。
 腹減った……今後はメシのことも考えないと。
 
 メシも必要だが、今はとにかく情報が必要だ。
 力のない俺が生きるためには図書館でもっと知識を高める必要がある。

「すまんが、通せんな」
 ギルド通りから貴族街へと続く道には巨大なゲートがある。
 入口が波打つ青き光の膜で覆われた、高さ40メートルはある巨大ゲートの前で、俺はすげえ重装甲の兵士に制止された。
 どうやら昨日は“出る前”に寄ったから特例として許されただけで、貴族街への出入りは今後できなくなったようだ。
 俺はしばし考えて、ピンとくる。
「へへ……旦那も悪いお人で」
 俺は揉み手で邪悪な笑みを浮かべ、懐にあった金貨を兵士の面鎧の隙間からグイグイ押し込んだ。
「ん……入らんな? くそ……固いっ!」
「いい加減にせんかっ!」
 俺が手こずっていると兵士がブチキレて短槍を抜いた。
「あ……アツシ!」
「おい、やめろ! 逃げんぞアツシ!」
 アツシが健気にも俺を守ろうと槍を構えたが、確殺されるので一緒に逃げた。
 竜を模した黄色い重装甲の兵士は、貴族街の顔役的大商人お抱えの私兵――“ダチカン”。
 その実力は冒険者ランクの最上位に位置するS級相当と噂される。
 
「ハァハァ……足が遅くて助かった!」
「アツシ!」
 路地裏まで逃げ延びた俺たちは後ろを振り返って気配がないのを確認すると、そのまま壁に寄りかかってあえいだ。
 まったく、昨日からヤバイのに遭遇してばかりだ。
 どうなってんだこの国は。
「アツシ、しっかりしろ。傷は浅いぞ」
「アツシ!」
 短い尻尾をちょこっと刺されたアツシ。
 刺された箇所がほんの少しだけ白く石化している。 
「こっわ……」
「アツシ……」
 ダチカンは石化の槍で頭をぶっ刺して、脳が石のように硬化したらそれを無理やり引きずり出すらしい。それゆえ武器についた忌み名が――“頭蓋姦(スカル・ファック)”。
「石化が進行したらヤバイから、先っちょ切っとこうな」
「アツシ……」
 俺はアツシの尻尾の先をナイフで切除した。
 また生えるし大丈夫だ。

「ふん……もういい! 無いものねだりはもうやめだ! 王立図書館がダメならよそを当たるまでよ!」
「アツシ!」
 アツシも賛同してくれる。
「にゃ~!」
 通りすがりの猫も。
 そうだ、俺は一人じゃない。
 アツシがいるし……まあ、ラスフィーやシリルもいる。
 ユイくんだって、「いつでも頼って来てほしい」と言っていた。
「しゃあっ、行くぞ! アツシ! 猫!」
「アツシ!」
「にゃ~!」
 俺は猫を抱き上げ、固い決意と共に立ち上がった。
 俺はこの世界でアツシと猫と一緒に成り上がるんだ。
 俺たちの戦いはこれからだ!

「いたぞ!」
「わあっ!?」
 叫んでいると、しつこく追って来た兵士たちに見つかった。
「にゃー」
 猫が驚いて逃げる。しょせんは畜生。
 クソ……叫んでりゃ居場所もバレるか。
「しゃあっ――煙幕!」
 俺は腰のアイテム袋からスス入りの煙玉を取り出し、地面に叩きつけた。
「ぶわっ! ゴホッ!」
「くそ!? どこだ!?」
「ヘッ、バーカーバーカ! ゴホゴホッ!」
 黒煙に視界を奪われ、一般兵どもが咳きこんであわてふためく。
「アツシ!」
「いってえ!?」
 生まれながらに熱源を感知する力を持つアツシは煙にまぎれ、兵士の背を突いた。
「アツシ!」
「ぐあっ!? この野郎!?」
「おい、いいから行くぞ!」
「アツシ!」
「ゴホゴホ……ちくしょう! 逃がすな! 追え!」
「やーい、おまえのじいちゃんデ~ベソ!」
「祖父はもういない! 死んだ!」
「ごめん!」
「いいよ!」
「やさしい!」
 俺たちはしつこく追いすがる兵士どもを撒いて、どうにか逃げ延びたのだった。