その日の収穫はゼロだった。
 俺たちは泥まみれになりながらとぼとぼ帰還し、宿泊している宿屋に戻った。
 宿のランクはそこそこなので宿泊費もそれなり。
 今はまだ金はあるが、稼ぎないと厳しくなる一方だ。
 だが都会育ちの俺に不衛生な宿は無理だ。
 俺だって無計画じゃない。
 生活が安定するまではとにかく節約だと、平民街の“地下街(スラム)”にある安宿をたずね歩いたが、数十メートル先から漂う悪臭だけでUターンした。
 空気のよどんだドブ臭い場所では怪しそうな輩の集団にも尾けられたし、ここは絶対に無理だ。 
 しかたないので地下は避けて、最低でもトイレと寝床がマシな場所を選んだのだ。
「あの、これ……」
「あいよ!」
 宿代の支払時にもらった食券をテーブルに置いて、俺はアツシと空いてる席に着く。
 宿の一階にある食堂は冒険者と呼ばれる荒くれ者でにぎわっていたから、からまれないように隅っこを選んだ。
「ほいよ、おまたせ!」
「どうも」
 丈夫そうな木皿の上に鉄板が敷かれ、その上ではジュジュウと肉汁したたるステーキ。
 草原に生息するグレート・バイソンという獣の肉らしい。
 そして一番肝心の水だが……。
「う~ん……」 
 目を凝らして見ても特に何も浮いてないし、たぶん大丈夫だろう。
 精製されたこれが飲めないとなると後がないので、俺はコップの水を一気に飲み干す。
「ア~~~~ッッ!!」
 カラカラだった喉に……染みわたる。
「アツシ!」
 アツシも白い喉をうねらせて、とても嬉しそうだ。
 さて、お次はメシだ。見た目は悪くない。
 俺はステーキにナイフを入れ……入れ……けっこう固いな。 
 入れて、ほおばる。
 やっぱり固い……。何度も咀嚼するが……。
「……マッズ」
 味はそれほど悪くないが……固くて臭い。
 獣臭さに耐えられない!
 下処理か保存方法が悪いのか、とにかく不味かった。
 飲料水という喫緊の問題は解決したが、食の不味さはモチベに影響する。
「ダメだこの宿……早くなんとかしないと!」
 それには金。とにかくもっと金がいる。
 俺はアツシに残りのステーキを与え(アツシは旨そうに食べた)、申しわけ程度にそえられた野菜のみいただくことにした。

 その夜のこと。
 たいした娯楽もないし疲れてたので俺は早々に寝床にINした。
 でも堅いベットに慣れず、何度も寝返りを打ってウトウトしていた。
 すると体が急にスゥーと軽くなって、まぶたを閉じているのに視界が真っ白な光に包まれた。
 そして――。
「本当に申しわけありません!」
「およ……?」
 気づくとそこは雲の上。
 白く輝く雲海にはギリシア神殿のような立派な石の建造物が並び、白く澄んだ空には赤ん坊のような天使達がラッパ持ってちんちん出して飛び回り、大きな雲と雲をつなぐ虹の“階(きざはし)”の上を羊の群れと羊飼いの少年が渡っている。
「こちらの手違いで、とんだご迷惑を!」 
 俺の目の前で天使が土下座している。
 頭に光る金の輪を浮かべた、ノースリーブの純白の薄絹を纏った金髪の少女が、見事な土下座しているではないか。
 少しずつ状況が呑みこめてきた俺は素の表情になり。
「手違い?」
 俺が震える声で問い返すと、天使はゆっくり顔を上げる。
 年のころはユイくんと同じくらいだろうか。
 まだ幼さの残るあどけない顔立ちで、吸い込まれそうなほど美しい金色の大きな瞳が俺の顔を映している。
「はい! 本来、召喚するはずではなかったタカキ様を巻きぞえにしてしまい……この世界に!」
「手違い?」
 俺は素の表情のまま首をカクンと横に傾け。
「は、はい! ユイ様達が正当な召喚勇者でして、タカキ様はその……わたしが人数や範囲指定を失敗して、特に意味もなく召喚してしまったというか……その、すみません!」
 天使が立ち上がって深々と頭を下げたそのとき、俺は目の前に揺れるスカートをおもいっきりまくり上げた。
「ザッッッケンナコラァーーーーーーーー!!」
「きゃあああああああああああっ!!?」
「手違いだと!? 手違いでこんな目に遭ってんのか!?」
「いやあああああああああああっ!!?」
 天使はスカートの上から俺の頭を必死に押さえ、まるで暴漢にでも襲われたかのように泣き叫ぶ。
 なんだぁこいつ!?
 薄汚ねぇ誘拐犯のクセに、純白のパンツなんか穿きやがってよぉーーーーっ!!
 
 ――“楔打ち(強烈なヒジ)”。

「ぐはあっ!?」
「信じらんないっ!? 信じらんないっ!!? 信じらんないっ!!!?」
 間合いは魔合い。つまりは魔物に会う。
 うかつにも天使の領域に踏みこんだ俺は脳天に楔打ちを喰らい、前のめりに倒れた。遅れて、頭頂から血がブシューッと噴き出る。
「なんてことをするんですかっ!? 神の使徒に! 聖なる存在に!!」
「ぐうぅ……! な、なんだ……パンツくらい!」
「なんですって!?」
 天使は目をむいて怒るがこちらとて譲れん。
「おまえの手違いで、こっちは尻と睾丸と排便を大勢に見られたんだぞ! それにくらべたら、パンツくらい大したことないだろ!」
「うぅ……それはそうですけどぉ……」
 天使もさすがに悪いと思っているようで、言葉をにごらせ涙目になる。
 
 まったく、この男女平等の修羅の時代に!
 天使だからって平等から逃れられると思うな!
 本来ならパンツも下ろして排便させるところを、パンツ見るだけで済ませてやったんだぞ?
 ついでに桜色のつぼみのようなのも見えたけど、おっぱいが小さすぎるので謝罪にはぜんぜん足りない。
 
「ごめんなさい……」
 どうにか落ち着きを取り戻した天使は正座して頭を下げる。
 その顔は少々……というかかなり不服そうだったが俺も大人なので、ひとまず謝罪を受け入れる。
「あの……お詫びもかねて一時的に天界にご案内したのですが、タカキ様、何かご希望はありますか?」
「地球に帰らせて」
「無理です」
「ザッケンナコラァー!!」
「やめて!? もうやめて!?」
 しれっと笑顔で即答した天使にキレて、俺は激情のままスカートに手をつっこんでパンツに手をかける。
 天使は絶叫して、スカートの上から俺の顔面を殴りまくった。
 
 ちくしょう……やっぱり帰れないのかよ……!
 神の眷属の力をもってしても!
 
 意外といいパンチだったので、俺の顔面は血まみれだった。
 パンチと引き換えにパンツは奪取できたけど、俺の心はどんより沈んでいた。
「グホッ……! じゃ、じゃあ……なんならできるの?」
 全部見られた天使は耳まで真っ赤にして、スカートの裾を押さえてモジモジ落ち着かない様子。
 こっちは真面目な話をしているというのに。
「ザッケ――」
「もう穿いてないっ!? もう穿いてないからっ!?」
 ちい。ガードが堅くてもう無理か。羽ひろげて飛びやがった。
 
 テイク2。

「で、何ができるんだい?」
「……えっと、鑑定と“百識(ひゃくしき)”の能力の追加でしたら可能です」
「百式? 金色の?」
「いえ、モビルスーツではなく、一度見たあらゆる知識を保管しておける完全記憶能力です」
「おお、なかなか便利じゃないか」
 なんで天使が『ひゃくしき』と『金色』からモビルスーツを連想できたのか知らないが、ありがたい。
 力のない俺にとって情報こそ生命線。
 完全記憶能力はかなりほしいチートだ。
 こいつをいただいたら図書館の本、全部読み漁ってやる。
「鑑定能力だけど……これはまあ大体わかるな」
 ゲームの定番だし。
「はい、たぶんお考えのものと違いはないかと。指で輪っかを作ってみてください」
「こうか?」
 俺はシリルを真似して指で輪っかを作ってのぞきこむと、隠された天使のステータスが数字で表示される。
 
 力天使・シリル
 レベル14300――。 

「……ぶるぶるぶる」
「どうしたんですか? 急にぶるぶる震えたりして……?」
 シリルは無垢な目を不思議そうに向けている。
 もう……決して怒らせないでおこう。
 俺はほのかにぬくもりを持つパンツを握りしめながら、心にそう誓った。
 あの化物じみたレベルで殴られてよく死ななかったもんだ。

「あ、それと! お詫びにタカキ様の“異空間収納(アイテムボックス)”は特別に『なんでも』入るようにしておきましたから!」
「……ん? いまなんでもって言ったよね?」
「はい! なんでもです!」
 シリルはとても無邪気な笑顔で答える。
 しかしなんだ。
 なんでもと言っても、今は収納に困るほど入れるもんがないからなぁ。
 世知辛いぜ。