「ありがとうございまーす!」
 城門を通り抜けてすぐ、おじさまの馬車から降りた。
 おじさまは馬車の中からほがらかな表情で私達に手を振り、立派なお屋敷が並ぶ街の方へと消えて行った。
「いいおじさんでよかったですね」
「うん……」
 アスミンの表情が少し柔らかい。
 ここに来て初めて人の優しさにふれた思いだった。
 けど――。
 振り返ると、そびえる長大な城門と頑丈そうな鉄扉が見える。
 重装の白い兵士が槍を持って整然と並び、あらためて入ることへの困難を見せつけてくる。
 
 ユイを助けたいけど……今はまだダメだ。
 私達にはなんの力もない。
 
 どこか懐かしい雰囲気を漂わせる建物、街往く異形の人々を見て不安に駆られる。
 行先も定まらず立ち往生していると背後で、重厚な音を立て城門の鉄扉が開かれた。
 まるで囚人でも護送しているかのような窓のない鉄造りの馬車が、騎乗した兵士に囲まれながら通り過ぎ、アスミンをこの上なく恐怖させた先輩がそこから降りて来たではないか。

「あのぉ……」
「おらっ、金だ! とっとと行きやがれ、このクソったれがッ!!」
 先輩は馬車の行者さんからお金の入った袋を顔面に投げつけられ、すごい罵声を浴びせられた。
 馬車が去って行くと先輩は散らばった金貨を這いつくばって回収し、枚数が足りているのを確認してホッとすると、城門を守護している兵士の1人に話しかける。
「冒険者ギルドに登録すると身分を証明してくれるのでなにかと便利だぞ!」
「いや……この辺で泊まれそうな場所は知りませんか?」
「冒険者ギルドに登録すると身分を証明してくれるのでなにかと便利だぞ!」
「すみません、もういいです」
 ひたすら同じセリフを繰り返す兵士。
 目がガンギマリだったのに恐れをなしたのか、先輩はそそくさとその場から離れた。
 
 どうする……? 追う……?

「あわわわわ……!」
 先輩を見てホールでの『あの光景』が脳裏にフラッシュバックされたのだろう。
 私の背中に隠れたアスミンが震えながら「あわあわ」言っているので、あまり追いたくはない。
「あわあわ!」
 先輩は通りの向こう側まで走って行き、『タクシー』とカタカナで書かれた馬車の停留所に並んだ。
 
 なんで日本語が普通にあるんだろう?
 
 けど、そんな疑問は今はどうでもいい。
 遠くから観察してようやくわかったけど、先輩には複数の監視がついているようだ。
 フードを目深にかぶった黒衣の追跡者が三人、自分達の描く三角形の中心に常に先輩を置くようにしてフォーメーションを組み、建物の屋上から屋上へと素早く跳んで移動している。
 人間とは思えない機動力。
 四足歩行に近い前傾の姿勢は人間以外の何かを想起させる。
 注意深く目を凝らしていると、200メートル近い距離にも関わらず、追跡者の1人が弾かれたようにこちらに振り返る。
「やばっ!?」
 私は背筋が冷たくなり、アスミンの手を引いてすぐに建物の陰に移動する。
 
 ダメだ……とても近づけない。
 下手に近づくと私達もマークされてしまう。
 残念だけどあきらめるしかない。

「まだこっち見てる……」
「アリサちゃん、どうしたの?」
 アスミンの不安そうな顔。
 私も不安だったので、アスミンの大きなおっぱいにおもいっきり顔を沈める。
 
 これやると……本当に落ち着く。

「……先輩についている監視がいたのよ……こっちに気づいたみたい」
 でもまだ、屋上で走り回ってる怪しいヤツにたまたま気づいた一般人で通る。
 先輩に近付きさえしなければ。
「急いで離れよう。ここは危ない」
「う、うん」
 おっぱいの力でネジを巻き直せた私は気合を入れて顔を離し、ここで生き抜くためにまず必要な物を二点考えた。
 拠点と情報……。
 安定して行動するために、落ちつける居場所は絶対に必要だ。
 そして生き抜くためには何よりも情報……これが大切。
 私達はこの世界のことをろくに知らない。
 アスミンの戦闘力はあっちでは頭抜けてたけど、この非常識な世界ではたぶん役に立たない。
 戦うより逃げることを優先にして生き延びるしかない。