広い……ダンスホール?
目をしばたかせる。いつの間にか見知らぬ場所に立っていた。
アスミンのヒザから顔を上げると、耳が痛くなるほどの歓声が鳴り響き、興奮した大勢の人たちが前へ前へ行こうと殺到する。
「きゃっ!?」
「新東さん!?」
私は思わず身を固くして目を閉じたが、アスミンが私を守るように覆いかぶさった。
「アスミン!?」
「アリサちゃん大丈夫!? ケガはない!?」
アスミンの大きな体に包まれて、私は心底安堵した。
けどすぐに、ユイが近くにいないことに気づく。
「ねえ、ユイは……ユイはどこ?」
「わ、わかんない……! ここはどこ……!?」
震える声のアスミンの問いに、私は答えられない。
王侯貴族のような豪華な服を纏った連中が熱狂して、もはや話を聞けるような状況ではない。
ブリブリブリブリ――!
泣きそうな気持でユイの姿を探していると、とても汚い音が群集の中央から響き渡った。
一瞬の静寂のあと、ホールを揺るがす激しい怒号と悲鳴が巻き起こる。
「きゃあああっ!?」
「うっ……! なんと……ひどい!」
「なんだこれは!? 一体どうなっている!?」
「最悪だ! 最悪の日だ!」
「やだぁ……」
音の発生源から離れるように群衆の輪が広がり、そこで私はユイの姿を見つけた。
「よかった、ユイ! アスミン! ほらっ、ユイだよ!」
「お、おおおお男の……!? 男の人のお、おち……おち……!?」
ダメだ。
あまりにもひどい物を見たショックで聴こえていない。
「アスミン落ち着いて! ほらっ、あれ! ユイだよ!」
こちらの声は届かなかったけど、間違いなくユイ。
本当に……本当によかった。
アスミンも私も二人してヘナヘナと全身の力が抜けて、大粒の涙をこぼした。
様子を見ているとユイは脱糞した男から引き離されるように、兵士に手を引かれて輪の外へ連れて行かれる。
「どうしよう、ユイが連れていかれちゃう……」
「ゆ、ユイ先輩ー!」
アスミンが大声で呼んでも楽隊の激しい音楽が鳴り響いてまったく気づかない。
もう、オーケストラ邪魔!
もっと近づかないと……ユイに聴こえない!
「おい、早くそれを片づけろ! 見るにたえん! おまえら、大騒ぎするでないわ! 静まらんか!」
玉座に座る迫力のある女性が群集にイラつき、声を張り上げている。
このままだとユイが助けられない。
今すぐ名乗り出て一緒に連れて行かれるべきだろうか……?
ダメだ! アスミンも巻きぞえになる!
連れて行かれた先が牢屋だったら三人一緒に捕まるだけだ!
リハーサルはない! 失敗できないんだ!
冷静になれ……私!
「うう……ユイ先輩……」
「……」
アスミンが今にも泣き崩れそうな顔でユイを見ている。
悪臭に耐えかねた貴族が津波のように入口に押し寄せ、名簿帳で出入りの確認をしている役人達が殺気立った貴族相手にあわてふためいている。
時間はもうない。
あの波が途切れたら、私たちはもう籠の鳥だ。
「おい、とっとと出せ!」
「役人のクセに儂の顔をしらんのか! いい度胸だ!」
「すみません! 今しばらくお待ちください!」
よほどの身分差なのだろう、役人はかわいそうなくらい平身低頭しているが、その隙に何人かが外に出てしまう。
「おい、確認はもういい……! すぐにこの御方達をお通ししろ!」
「は、はい!」
役人の上司っぽい人の判断で、名前の確認は省略された。貴族達が入口に殺到する。
今しかない。
「行くよ、アスミン!」
「で、でも、ユイ先輩が……!」
アスミンの涙ながらの訴えに私は胸を裂かれる気持ちになった。
それでもアスミンを無理やり立たせて入口へ走る。
「やれやれ……とんだものを見せられたな」
「2億ボルの援助の見返りがあれとはな……どう報告したらよいものか」
廊下は人で混雑していた。
嗚咽をこらえるアスミンの手を引いて、私は貴族連中を壁にして兵士の目をやりすごす。
「あ、トイレこっちじゃないんですか……?」
「きゃあっ!?」
さっきのウンチを漏らした男がしれっとした顔で廊下に来た。
アスミンが青ざめた顔で悲鳴を上げ、私の腕にしがみつく。
「いや、どうもすみません……お騒がせしまして」
「チッ!」
貴族連中は露骨に嫌な顔をして、地元高校生の制服を着た先輩を見て舌打ちする。
「ゴミが……!」
「あれだけの金がかかってなければ、今すぐこの手でくびり殺してやりたいわ!」
あの先輩、出会ったばかりの貴族達に殺意まで抱かれている。
あのひどい登場なら無理もないけど……いやいや、そんなことよりアスミンを連れて脱出しなきゃ!
「行くよ、アスミン!」
「うっ……うっ……!」
アスミンは泣いてしまって返事もできない。
体はとっても頑丈なのに心は本当に繊細な子だ。
私がしっかり守らないといけない。
目をしばたかせる。いつの間にか見知らぬ場所に立っていた。
アスミンのヒザから顔を上げると、耳が痛くなるほどの歓声が鳴り響き、興奮した大勢の人たちが前へ前へ行こうと殺到する。
「きゃっ!?」
「新東さん!?」
私は思わず身を固くして目を閉じたが、アスミンが私を守るように覆いかぶさった。
「アスミン!?」
「アリサちゃん大丈夫!? ケガはない!?」
アスミンの大きな体に包まれて、私は心底安堵した。
けどすぐに、ユイが近くにいないことに気づく。
「ねえ、ユイは……ユイはどこ?」
「わ、わかんない……! ここはどこ……!?」
震える声のアスミンの問いに、私は答えられない。
王侯貴族のような豪華な服を纏った連中が熱狂して、もはや話を聞けるような状況ではない。
ブリブリブリブリ――!
泣きそうな気持でユイの姿を探していると、とても汚い音が群集の中央から響き渡った。
一瞬の静寂のあと、ホールを揺るがす激しい怒号と悲鳴が巻き起こる。
「きゃあああっ!?」
「うっ……! なんと……ひどい!」
「なんだこれは!? 一体どうなっている!?」
「最悪だ! 最悪の日だ!」
「やだぁ……」
音の発生源から離れるように群衆の輪が広がり、そこで私はユイの姿を見つけた。
「よかった、ユイ! アスミン! ほらっ、ユイだよ!」
「お、おおおお男の……!? 男の人のお、おち……おち……!?」
ダメだ。
あまりにもひどい物を見たショックで聴こえていない。
「アスミン落ち着いて! ほらっ、あれ! ユイだよ!」
こちらの声は届かなかったけど、間違いなくユイ。
本当に……本当によかった。
アスミンも私も二人してヘナヘナと全身の力が抜けて、大粒の涙をこぼした。
様子を見ているとユイは脱糞した男から引き離されるように、兵士に手を引かれて輪の外へ連れて行かれる。
「どうしよう、ユイが連れていかれちゃう……」
「ゆ、ユイ先輩ー!」
アスミンが大声で呼んでも楽隊の激しい音楽が鳴り響いてまったく気づかない。
もう、オーケストラ邪魔!
もっと近づかないと……ユイに聴こえない!
「おい、早くそれを片づけろ! 見るにたえん! おまえら、大騒ぎするでないわ! 静まらんか!」
玉座に座る迫力のある女性が群集にイラつき、声を張り上げている。
このままだとユイが助けられない。
今すぐ名乗り出て一緒に連れて行かれるべきだろうか……?
ダメだ! アスミンも巻きぞえになる!
連れて行かれた先が牢屋だったら三人一緒に捕まるだけだ!
リハーサルはない! 失敗できないんだ!
冷静になれ……私!
「うう……ユイ先輩……」
「……」
アスミンが今にも泣き崩れそうな顔でユイを見ている。
悪臭に耐えかねた貴族が津波のように入口に押し寄せ、名簿帳で出入りの確認をしている役人達が殺気立った貴族相手にあわてふためいている。
時間はもうない。
あの波が途切れたら、私たちはもう籠の鳥だ。
「おい、とっとと出せ!」
「役人のクセに儂の顔をしらんのか! いい度胸だ!」
「すみません! 今しばらくお待ちください!」
よほどの身分差なのだろう、役人はかわいそうなくらい平身低頭しているが、その隙に何人かが外に出てしまう。
「おい、確認はもういい……! すぐにこの御方達をお通ししろ!」
「は、はい!」
役人の上司っぽい人の判断で、名前の確認は省略された。貴族達が入口に殺到する。
今しかない。
「行くよ、アスミン!」
「で、でも、ユイ先輩が……!」
アスミンの涙ながらの訴えに私は胸を裂かれる気持ちになった。
それでもアスミンを無理やり立たせて入口へ走る。
「やれやれ……とんだものを見せられたな」
「2億ボルの援助の見返りがあれとはな……どう報告したらよいものか」
廊下は人で混雑していた。
嗚咽をこらえるアスミンの手を引いて、私は貴族連中を壁にして兵士の目をやりすごす。
「あ、トイレこっちじゃないんですか……?」
「きゃあっ!?」
さっきのウンチを漏らした男がしれっとした顔で廊下に来た。
アスミンが青ざめた顔で悲鳴を上げ、私の腕にしがみつく。
「いや、どうもすみません……お騒がせしまして」
「チッ!」
貴族連中は露骨に嫌な顔をして、地元高校生の制服を着た先輩を見て舌打ちする。
「ゴミが……!」
「あれだけの金がかかってなければ、今すぐこの手でくびり殺してやりたいわ!」
あの先輩、出会ったばかりの貴族達に殺意まで抱かれている。
あのひどい登場なら無理もないけど……いやいや、そんなことよりアスミンを連れて脱出しなきゃ!
「行くよ、アスミン!」
「うっ……うっ……!」
アスミンは泣いてしまって返事もできない。
体はとっても頑丈なのに心は本当に繊細な子だ。
私がしっかり守らないといけない。