【“新東愛里沙(しんとう ありさ)”】
 放課後の視聴覚室。
 私、“新東愛里沙(しんとう ありさ)”はどこにでもいる普通の中学二年生(アイドル)。
 ほとんど幽霊に近いが演劇部にも所属していて、今日はみんなと放課後の視聴覚室で文化祭に向けて打ち合わせをしていた。
 文化祭でやる劇のタイトルは――『魔女と少年』。
 魔女狩りが横行していた暗黒時代と呼ばれる中世ヨーロッパ、事故で偶然にもタイムスリップした薄幸の美少年セイヤが、のちに魔女と呼ばれる妙齢の未亡人に助けられ恋に落ちるという、愛と苦悩と葛藤とオネショタを描く超大作……と脚本家は豪語していた。
 まあ中学生の素人が考えた三十分程度のお話なので内容はお察しくださいというものだけど、今日は届いたドレスの衣装合わせを済ませ、みんなで台本の読み合わせをして解散という流れになったあと、鍵の返却を任された私はアスミンとユイと一緒に残って、お菓子を食べながら長机の上でひさしぶりに駄弁っていた。

「ユイのその制服似合ってるじゃん」
「男の子の服って……仕事でいつも着ているけどさ、アリサに近くで見られるとちょっと恥ずかしいな」
 幼馴染のユイは私の兄貴のおさがりの制服を着ているが、れっきとした女の子。
 ソデやスソを詰めたりしてサイズを合わせたが……あいかわらず見事に化けるもんだ。
 この子を好きな女の子は冗談抜きで万はくだらない。
 私もアスミンのそのうちの1人だけど、ガチで付き合っているのがバレたら殺されるだろう。

 ユイの男装はもはや定番で、そろそろ新しい風をとオーディションもしたのだが、残念ながら我が部には『美少年』に化けられる存在は他になかったので、いつものように美少女に一役買ってもらったわけだ。
 スラリとした身体、シミひとつない肌、艶のあるショートの黒髪、やや切れ長の綺麗な瞳、シャープな輪郭の顎、どれを取っても完璧な美少年。
「かわいいなぁ……かわいいなぁ……♪」
「もう……からかわないでよ」
 私が欲望のままに抱きついて頬ずりすると、照れ笑いを浮かべるユイ。
 こんなにカワイイ子が、男の子なわけないじゃない。
「アリサの服だっていい感じだと思うよ?」
「私はなぁ……」
 高校の演劇部からお借りした貴族令嬢のドレスをなんとか着こなしてるけど、残念ながら胸にだいぶ詰め物をしてサイズを合わせた。
 素敵なドレスだけど、はっきりいって私には似合わない。
 アイドルなんてやらせてもらってるけど、しょせんはキワモノ。
 バリバリのナイスバディには勝てない。
 鏡に写る自分を見て、となりのアスミンと比較して……ため息が出る。
「ん? なんですか?」
「なんでもない」
 お菓子を口いっぱいに頬張って幸せそうなマヌケヅラは――幼馴染の“木永明日魅(きなが あすみ)”。通称アスミン。
 ユイと同じく愛すべき我が恋人であり、新東さんと呼ぶたびにしたキスにすっかり味をしめたのか、新東さん呼びと敬語をいっさいやめない。
 回数はきちんと数えているので、あとでまとめてやる。
 ユイも巻きぞえにしてやる。

 私も仕事がいそがしくて、最近なかなか会う機会がないから、どうしても一緒の時間がほしくて、アスミンには演劇部の助っ人として来てもらった。
 まあモブの大した役じゃいから説得できたけど、アスミンは恥ずかしがり屋だから、女子だけの演劇部じゃなかったら決して首を縦に振らなかっただろう。

「な……なあに……?」
 じ~と見てたので、アスミンが困ったように頬をかく。
 しっかし、自分だけすくすく育ちやがって……。
 ドレスからはみ出さんばかり胸の谷間を横目に見て、私はギリッと歯ぎしりする。
 同じ環境で育ってきたのにこの差はなんだろう。
 私はアイドルだけど小学生みたいなチビで、アスミンは外国のモデルみたいな長身。
 おまけに顔も性格もいいのでクラスの人気者ときている。
 彼女じゃなかったら絶対許せないところだ。
「この裏切者めっ!」
 私は正当な怒りと共にアスミンの太ももに頭をポスンとのせる。
「ど、どうしたの、新東さん?」
「……裏切者への制裁」
 横からジト目で見てやる。 
「せ、制裁?」
「制裁をくらえ~!」
「きゃ~♪」
 私はアスミンの脇腹をまさぐった。
 くすぐったそうに身を強張らせるアスミン。
 その次の瞬間、私達は真っ白な光に包まれた。