「なんかおる……」
 深夜まで街で遊び倒し、楽しい気分でホテルに戻って来た。
 だが昼間とは打って変わって人の気配が無くなったホテルの前に、まるで何かを待ちかまえるように、白い長衣を纏った何者かが立っていた。
 王立図書館でケース越しに見た『竜皮の聖書』を手にしているので神父のようだが、街灯の陰にいるため薄暗くて表情は読み取れない。
「どうしたの?」
「いや……なんか怪しいやつがいるんだよ」
 俺の経験上、こういうのは近づいたら絶対あかん。
 エリサも物陰から顔を出して確認するが、身じろぎせずたたずむ人影に眉をひそめた。
「う~ん、教会の関係者みたいね。たぶん“審問官(リーガ)”よ」
「“審問官(リーガ)”?」
「異端の抹殺部隊……女神に背く者の排除を使命とする危険な連中よ」
「心当たりあるわ……」
 あいつはたぶん、女神ラーフィスの呪いにある『十二の刺客』の1人目だ。
 このタイミングで来たか。
「アツシ!」
 アツシが槍を抜いて戦うべきか俺に確認するが、女神の刺客相手に勝ち目があるのだろうか。
 俺はしばし考え、妙案を思いついた。
「“異空間収納(アイテムボックス)”、カタン!」
 手をかざして黒玉を展開すると、山賊の1人であるカタンを呼び出す。
 黒玉から飛び出したカタンは“山賊刀(シミター)”片手に茫然と立ち尽くし、涙やよだれや鼻水を垂れ流していた。
 肩で荒い息をつき、口を半開きにして、目を見開いたまま表情を凍り付かせているカタン。
「よし、見てこいカタン!」
「……?」
 カタンが視線だけゆっくりこちらに向ける。
「お願い、見てきてカタン!」
「アツシ!」
「クルル!」
 みんなからお願いされたカタンは神父の方を見て、ふたたび俺達を見る。
「いけ、カタン! おまえしかいない!」
「がんばって!」
「アツシ!」
「クルル!」
 カタンはしばらく視線をさまよわせていたが、ややあってからうなづいて、なんか見に行ってくれた。
 接近すると神父が長袖の下から刃物を抜き、カタンの胸を刺した。倒れるカタン。
「カターーーーーーーン!!」
「いやあああああああっ!?」
 畜生! カタンがやられた!
 こちらに気づいた神父が歩き出し、だんだん小走りになって向かって来る。
「くそがァッ!? グラモ、タンズ、ヨスト、イモラ、ナフ、ノロ!」
 俺はありったけの山賊を呼び出して囮にし、みんなと一目散に逃げる。
 ややあって、背後から山賊の凄惨な悲鳴が聴こえた。

 ジグザグに逃げて神父を撒いた俺達は、簡易宿泊所で襲撃に怯えながら眠りに就いた。
 その夜のこと。
 シリルイベントが発生し、俺はいつものように雲の上の天国に。
 シリルがこちらを満面の笑顔で出迎えてくれた。
 俺は微笑み返し、寝る前に“異空間収納(アイテムボックス)”から懐に移動させておいた例のアレに手をやる。
「2回しかシコってないからキレイだぞ」
「なんで回数増えてるんですかっ!?」
 シリルは俺の差し出したパンツからサッと身を引く。
 シリルの過剰な反応も無理ないが、俺にも言い分がある。
 若いから我慢できなかったんだ。
「認めたくないものだな……若さゆえの過ちというものは」
「なに悟った風なこと言ってるんですか!? わたしのパンツですよ!? ひどいです!」
「ひどいかな?」
「訊くまでもなくひどいです! もうっ、なんなんですかっ!」
「いや、おまえのパンツこそ使用したが、妄想したのは触手の凌辱にあらがう女騎士だ」
「最低ですね!?」
 シリルが目を剥いてキレた。
「最低かな?」
「最低ですよ! とんだ童貞野郎です!」
 俺に詰め寄ってヒートアップするシリル。
 だが俺はシリルの眼前にスッと手をやり――。
「……童貞だと?」
「そ……そうなのでしょう?」
 俺が目を細め低い声で問い返したので、シリルは自信なく口ごもる。
「く……ふふ……ふふふ……ふはははは……!」
「な、なんです……!?」
 俺が急に狂ったように肩で笑い始めたので、シリルはちょっと引く。
「――そのとおりだっ!」
「なら急に怖い顔で笑わないでください!?」
 シリルがちょっぴり涙目になって怒る。
「処分してってお願いしましたよね?」
「いや……一応試しはしたんだよ。けどこのクソパンツ、火を点けても、切り刻もうとしても、濃硫酸をかけてもてんでビクともしないんだ」
「天使の装具はほぼ地上人には破壊不能ですからね……すみません、わたしが失念していました」
 シリルはペコリと頭を下げた。
「なにか壊す手立てはないの?」
「やぁ~、近づけないでくださ~い!」
 そう言ってあらためてパンツを差し出すと、シリルが本気で嫌そうに身を引く。ちょっと傷つく。
「わかったわかった。ほら、収納したぞ」
「ありがとうございます……。装具の処理のために“葬炎(そうえん)”を授けましょう」
「“葬炎(そうえん)”?」
「はい。よく燃えますよ」
「でも、火でどうにかなるかなぁ……?」
 ホテルで借りたバーナーで焙ったから1500度くらい出てたと思うが、焦げ目すらつかなかった。
 並の火ではないだろうが、燃えるイメージが沸かない。
「天使の火は天国の炎……。一度着火すれば対象を焼き尽くすまで決して消えません。“葬炎(そうえん)”は、対象が燃えるまで無限に温度が上がり続けますので大丈夫です」
「無限……?」
「はい♪」
 シリルの屈託のない無邪気な笑み。
 だが制限なしの能力に非常に嫌な思い出がある俺は、警戒して訊いておく。
「……ちなみにこのパンツの燃焼温度はいかほど?」
「えっと……だいたい一兆度くらいですかね?」
「星系が消滅するわっ!?」
 危ねえ!? こいつナチュラルに人類滅ぼそうとしやがる!?
「ええっ? そうなんですか?」
 えっ、うちの星系弱すぎ!? みたいなポーズで驚くシリル。
 神からしたら人間など微生物以下の存在なのだろうが、無知にもほどがある。
「そうなんですよ!?」
「すみません、すでにスキルは譲渡してしまいました……。お使いの際は十分にご注意ください」 
「おいっ!? いらんから取り消せ!?」
「一度付与したスキルの取り消しはできません。弱体化なら多少は可能ですが……」
「じゃあ、それやって!」
「それでは呪いをかけますので、そこに直ってください」
 シリルが鎌首もたげた両手を高く上げたので、俺はあわてて止める。
「呪わない方向でお願い!?」
「すみません、解決はこの手にかぎるのですが……」
「くっ……また厄介なものを……!」
 新しい人類滅亡スキルゲット。
 触れただけで確殺入るが、下手すると宇宙ごと滅ぼしかねんスキルだ。
 封印確定だな……。
 俺がうなだれていると、ふと視界のスミに白い鎧を着た何かが立っているのが見えた。
「……なんだ?」
 俺が気づくとそいつは走り出し、こっちに向かって来る。
 でっかい白い鎌持って。
 どんどんどんどん、鎌を振り上げてこっちに向かって走って来る。
「う、うおおおおおっ!?」
 兜の下の怨霊のような恐ろしい白い顔が目に入った瞬間、そこで目が醒めた。