新たな宿――『タルコス』で迎えたさわやかな早朝のこと。 
 確約どおりツヨシも入れる、大きくゴージャスな部屋に三連泊でチェックイン。
 部屋のすみで毛づくろいをしているツヨシは、みんなと一緒にいられてなんだか嬉しそう。
 南国風の景観が楽しめる全面ガラス張りの開放的な空間では、さやかな風が流れる。
 部屋の中央にあるでっかいL字型のソファーにはエリサとアツシが雑誌を開いて楽しそうに座っていて、サトシはプールで遊泳中。
 みんな楽しいひとときを満喫中ってわけだ。
 今なら言えそうだし、今なら言えそうなので、俺は思いきって言ってみた。
「性欲処理のために奴隷を買おうと思うだけど、どうだろう?」
「……」
 このときのみんなの反応、どう形容したらいいだろうか。
 俺を見るエリサが、これまで見たことのない顔をした。
 しいて言うなら、この世のありったけのクソを集めて煮しめたものを見たような顔だ。
 まあデリケートなお年ごろだし……仲間なんだし一応話を通しておこうと真摯に話したのだが、見るかぎり反応はイマイチのよう。
「……」
「ちょ……ちょっ!?」
 アツシが無言で立ち上がって槍を抜いたので跳び退く。
 やめてっ!? ご主人様だよ!? 
 
 アツシの行動を見たエリサはそこでハッと我に返り、大きく息を吐いた。
「ああ……びっくりしたわ。頭がどうかしたのかと……いや、頭は最初からどうにかなってたと思うけど……」
 あのエリサが動揺している。
 カップを持つ手が震えている。飲んどる場合か?
「俺も健全な男の子なんだし、べつにいいだろ?」
「……素直に娼館にでも行けばいいんじゃないの?」
「やだよ、怖い。それになんか恥ずかしいし」
「性奴隷買うこと以上に恥ずかしいことってこの世にある?」
 ないとは思うが、性病やら料金システムとか店独自のNGルールとかわからんし怖い。
 それに、初めてのときは相手も初めてであってほしいという強い願望があった。
 
 たったひとつの童貞捨てて(予定)、生まれ変わった不死身(半)の男。
 股間の悪魔をシコッてのばす。
 タカキが買わねば誰が買う。

「ということで、レビューで高評価の奴隷商に来たよ!」
「勘弁して……」
 エリサが額を抑えてうなだれている。
 だが俺は止まらない。
 商業区の外れにあるここは、ファルンでも有数の優良奴隷店。
 連なる大きな倉庫を利用した店舗は電飾で飾っていても安っぽくしか見えないが、取り扱う奴隷の数は業界ナンバー1を謳っている。比較となる他店舗の数は発表しないが。
 ここは性行為を承諾している奴隷(昔は命令で無理やり奴隷と行為におよぶことが当たり前だったが、隷属紋の縛りの限度を超えて殺傷事件にまで発展することが後を絶たなかったため、業界では安全策のため性行為に関しては『任意制』が設けられた。業界の決まりであって法律ではないので、個人店などではいまだにレイプまがいの性行為が行わているが、事件になることでしばしば問題になっている)も大量に扱っているので、わざわざ足をのばしてやって来た。
 システムとしては店頭に並んでいる奴隷を見て、気に入った娘がいたら顔見せ料を払ってデートして、相手がこっちを気に入ってくれたら入札に参加できるらしい。
 オークションではなく一発勝負なので、よほど気に入った娘には大枚はたくお大尽も多いようだが、ライバルがいないとみるやギリギリを狙い、みごと最低落札価格で購入する豪の者もいるらしい。そこらへんは駆け引きだな。 

「さあ、行くぞ! 新たな仲間を迎えに!」
「……」
「ねえ……ずっと無言だけど怒ってる?」
 朝からずっとアツシが口をきいてくれない。
 相変わらずのつぶらな瞳ではあるが、その目の光にはなにか軽蔑のようなものを感じる。
 サトシは……よくわからん。いつも通りだ。
「ねえ、これって顔見せ料だけ払ってバイバイされるやつじゃないの?」
「おい、失礼だな! そんなわけないだろ! そうですよね?」
「ソンナコトナイヨ」
 ゲートの前で背広着て用心棒してる、でっかいカニみたいな顔の水棲人もそう言っている。
 な、わかったろ? 
 ここはまぎれもなく優良店だってことが。

 オブローンでの奴隷の扱いについて。
 奴隷は必ず双方同意の契約によって成立するため、こちらでは鞭打ちも拷問も奴隷狩りなる野蛮な行為も存在しない。
 隷属契約は『銀の輪』を信仰する大陸で最大勢力を誇るラーセ教の各教会で認定している神聖なものなので、奴隷を希望する当人が心の底から望まねば契約できない。
 暴力や薬物や催眠術などで一時的に心身を喪失させた上で契約させようとしても、決して成立しない。
 体に刻印された隷属紋は、いわば『JISマーク』のようなもの。
 教会の認定を受けた、安心安全に買える正規品の証明書なのだ。
 
「オープン・セサミ……!!」
 たいして重くもない鉄扉を両手で大仰に開けて入ってみると、なんか思ってたのと違う店内。
「お、おお……?」
 剝き出しの鉄骨に支えられた、体育館ほどの広さの倉庫が五棟連結した広大な空間。そこには見渡す限りの美しい奴隷が……!! とはならず、カラッポの檻が多く散見する。
 広さにくらべて中はずいぶんさみしい。
 まあそれでも十五人くらいはいるから、とりあえず見てみるが……。
「ねえ、もう帰ったほうがよくない?」
「アツシ……」
 「やっぱりね」といった感じの、呆れ顔のエリサとアツシ。
 だが俺は騙されてなどいないので反論する。
「やだっ! 俺はもうここで買うと決めたんだ! 俺は今日、卒業式をすると決めたんだ!」
「ダメだこいつ……すっかり性欲に取り込まれてるわ」
 ドン引きの女性陣が俺から距離を置く。
 ふんだ、いいもん。お子様はあっちに行ってろ。 
 俺は軽いスキップでハーピー娘のいる檻へと移動する。
「ミュウ!」
「きゃわわっ!」
 茶色い翼腕と鋭い鷲爪の脚を持つ、大きな瞳の愛くるしいハーピーが、俺を見て不思議そうに首をかしげた。
「でも13か……あかん、可愛いけどパス」
「ミュウ……」
 4つ左隣へ移動する。
「ラミアかぁ……試されるなこれは」
 下半身が蛇身であるラミアは全長8メートルを超える。
 そのため檻は六角形をした特別規格の大型の物。
 ラミアの下半身は丸太ほどあり、こいつでうっかりシメ殺されんもんかと不安になる。
 長い赤髪でトップが隠れた胸元はたいそう立派で評価が高い。顔立ちも蛇族にしては柔和で、甘やかしくれるお姉さんタイプで好み。
「いいね。でも全部見てからだな。ひとまず保留と……」
「シュルル……」
 反対側の檻へ移動する。
「豹頭のアマゾネスか……」
 グイン・サーガかな?
「うーん、悪いけどパス」
 腹筋割れてるのは嫌いじゃないけど、いかんせん圧が強い。
「グルルル……!」
 なんか眉間に皺を寄せて睨まれたので、別の列に移動する。
 そこで俺は、出逢ってしまった。
「決めた……」
 そこにいたのは一瞬、リミエラと見違えるほどの美女だった。
 腰まで届く美しい銀髪、澄んだアイスブルーの深い瞳……リミエラをそのまま五歳くらい(リミエラは25くらいと想定している)若くした感じの美女。
 泥で汚れて、腕をケガしているのか包帯を巻いていて、こちらを見ず不安そうにうつむいているが、俺は電流が走ったように彼女に惹かれてしまった。
「コノ娘デイイカ?」
「はい! あの、入札価格は……」
 檻の前に特例ルールが記載されていて、事情があってこの匿名希望さんは相手を問わず入札可能らしい。
 俺は自分が出せるMAXの価格を計算して、スタッフのカニに伝えようとしたそのとき。
「1万!」
「えっ?」
 そこでエリサが横から割って入って来た。
 俺はエリサの頭を押さえてあわてて訂正しようとしたが、今度はアツシが後ろから口を塞ぐ。
「1万……承ッタ」
「ちょちょ、待って!?」
「再入札ハ受ケ入レラレナイ……明日ヲ待テ」
「おいっ!?」
 俺はエリサの肩をつかんで揺さぶった。
 エリサは静かな目で俺を見て、
「いいのよ、これで。あんた、どんだけ払おうとしてた?」
「200……いや、280万……」
 金額を自分の口で言って、その段階になってようやく頭がスッと冷える。
 わずかでも冷静だったなら、とても出していい額じゃないのはわかる。
 
「アンタ馬鹿でしょ? 取引のルールちゃんと読まなかったの?」
「……?」
 エリサはジト目でそう言って、ルールの記載されたボードのスミッこを指す。
 
 “入札したお金は手数料として返金されません”。

「なっ……なんだこりゃあ!?」
「ね?」
「サギじゃねえか!?」 
「書いてあるならサギじゃないわ。店のルールをちゃんと把握しなかったアンタが馬鹿なだけ。ヒューマンのこんなに綺麗な娘が280万ぽっちで買えるわけないでしょ。何かの手違いで入荷したんだと思うけど、あきらめなさい。1万ボルは勉強代だと思って」
「……悪い」
 俺はようやく目が醒めた。
 囚われていたんだ。若き情熱に。
 でも仕方ないじゃないか、男子高校生なんてみんなこんなもんなんだから。
「でもよ、1万はやっぱ余計じゃね……?」
「最低入札価格よ。ここってバックがヤバ目の系列店みたいだから、冷やかしで帰っても顔を覚えられてあとが怖いだけよ」
「なるほど……勉強代ね」
「そそ、わかったらさっさと帰りましょ」
「クルル!」
「アツシ!」
 エリサに背中を押され、アツシとサトシにそれぞれ手を引っ張られ、俺は無理やり外に出された。

「1万かぁ……痛いなぁ……」
「まだ言ってるわ」
 エリサは付き合いきれんと先に行くが、円換算で100万円は痛い。
 勉強代にしても高い。
 いやでも……2億8千万失うところだったのを考えればお得か……?
 甲殻種の水棲人は素手での戦闘力が非常に高く、裏の危険なお仕事に就いていることが多い。
 タカキ、覚えた!
「おまえ達、付き合わせちまって悪かったな。おわびに何かおごるよ」
 浮いた2億7千900万で。
「じゃあ、地龍皇の角の杖買って! 2800億ボルくらいだから!」
「無茶言うな……まあ、適当な杖なら買ってやるよ」
「やった」
 エリサが胸元で小さくガッツポーズ。
「アツシ!」
「アツシは……新しい槍か? ああ、いいぞ」
 アツシが槍を両手に持ってそのような感じのジェスチャーを取ったので、了承してやる。
「キュイ!」
「サトシは……あれか? 麦わら帽子がほしいのか?」
「キュイ!」
 サトシがヒレを向けた方角には大きな看板があり、麦わら帽子をかぶった人魚のお姉さんがビンのジュースを持っていた。
 ジュースとビキニはないだろうから、おそらく麦わら帽子だろう。