「あいかわらず女難が絶えないわね」
「女の子のキミがそれ言っちゃう?」
 指についたタレを小さな舌でぺろりと舐め取りながら、エリサは呆れた風に言う。
「タカキがいいなら協力してあげたら?」
「いいのか? おまえはおまえで、なんか大精霊がどーとか魔獣がどーとか言ってたじゃん」
 知らんけど。
「大丈夫よ。結末は……決まってるから」
「……?」
 あいかわらず意味深なことを言う。
 俺はそういう思わせぶりな引き延ばし展開が嫌いなので、この場で詳細を訊いておく。
「さしつかえなければその辺のことくわしく」
「いいわ。わたしのこの左眼……大切な友達から譲り受けたこの眼は、俗にいう『魔眼』ってやつなの。この眼はこの世界の未来を見通せるのよ」
 エリサは自分の顔の左側にある、金色に輝く神秘的な眼を指さした。
「魔眼……!」
 未来を視る力はわりとよく聞く話だけど、いざ直面するとちょっと感動だな。
 俺もときどきうずく腕か眼がほしいぞ。
「魔眼の未来視で視えるのはわずかな断片と結末だけで、過程についてはほとんどさっぱりなのよね。だから、下手に口をはさんでタカキの行動を変化させたくないの」
「なるほど。知っているが今は教えられんという定番みたいな話に、一応の筋は通るな」
「そうそう♪」
 と言いつつ、俺の服のすそで手を拭かないでくれます?
 未来視は、ゲームでいうところの『攻略チャート』の一部が視える感じの力か。
 選択肢は完全に不明で、能力を持つ人間の行動いかんによっては未来が変化してしまうようだ。
「タカキにわたしの力を教えるという選択で未来は変わらない。わたしの視る結末がとても強固に定められた運命だからよ」
「ささいな波風程度じゃどうにもならないのか」
 よく聞く“蝶のはばたき(バタフライエフェクト)”では、運命を変えるきっかけにはならないのか。
「結末だけ教えてあげる。夜の燃え盛る大森林を背景に、横たわる数千もの魔族や巨大な魔獣の前で、うず高く積み上げた脈打つ心臓の前で、タカキは両手を広げて笑っているわ」
「……マジ?」
「うん。それも悪魔的な哄笑を上げてるわ」
「善良なタカキに何があったん!?」
「……善良? さあ? 魔獣さえ殺してくれるなら細かいことは別にいいわ」
「俺が特に因縁もない魔獣と魔族を笑いながら殺すわけかよ……」
 それもかなり猟奇的に。
「タカキの傍らに知らない獣人がたくさんいたわ。大きいのも小さいのも。追加で仲間になったのかしらね」
「え~……じゃあ、もう仲間増やすのやめる」
「あ、そいつら消えたわ」
「未来変わった!?」
 めちゃ簡単に変わるやん!
「そのかわりアツシが隻腕隻眼になってる。黒い甲冑を纏って紅い水晶の槍を持ってる。わたしとツヨシがいなくなったわ。死んじゃったわね。頭がキズだらけで目つきがとっても悪くなったサトシの色がピンクになってる」
「なんだよもう!? じゃあ、やめるのやめる!」
「あ、戻ったわ」
「むっちゃ影響受けてるじゃん!? ちょっと考えただけで!」
「結末は変わってないわ」
「それ以外が変わりすぎだろ!? こええよ!?」
 復讐の鬼と化したエリサにとっては自分の死すら些事なのか。
 エリサ・ラメール、恐ろしい子……!

「ふう……この件はまた今度考えよう」
 俺は喉が渇いたので屋台で代金を払って水を購入し、カップを受け取る。
 熱移動の機能を持つ魔導サーバーでキンキンに冷えた水……ちょい高いけど旨い。
 サーバーは“錫(すず)”のような質感をしていて、樽みたいに大きくて、ポットのような注ぎ口が付いている。注がれる透明な水からはふわりと冷気が立ち、それを見ただけでもう喉が鳴る。
「フハァーーッ! うんまい! もう一杯!」 
 やっぱ雑味のない綺麗な水が一番だな。
 なんちゅうもんを飲ませてくれるんや。
 この水とくらべたら宿屋はんの水はカスや。
「アツシ!」
「キュイキュイ!」
 水が特に重要な水棲人であるアツシやサトシも同感のようだ。 
 氷を融かしたような冷たい水にむっちゃ喜んでる。
 というかサトシ、サーバーから直飲みするな。トカゲみたいな顔した店のおばちゃんがジッと見てる。
 サトシはなかなかロックな奴だな。
「ぼりぼり……そろそろ行くか」
「そうね」
 尻尾だけになったキュウリを歯で噛み砕きながら、俺達はアリサとアスミンさんの待つ路地裏に向かうことに。

「おまたせ、冷めた串焼きしかないけどいいかな?」
「そんなものいらないから遅刻しないでほしいわ……」
 路地裏では半眼のアリサが腕組みして待ってた。
 おみやげの串焼きをお断りされたので、俺はそれらをまとめて空に放り投げた。
「ホ~!」
 ツヨシがクチバシで上手にキャッチする。 
「頼りになる仲間がいるのね」
「まあな」
 アリサが上空のツヨシを見上げたあと、後ろのエリサとアツシを見て言った。
「こいつらは俺の奴隷だ。魔導で契約を結んでいるから、ここでの話は口外できないから安心してほしい」
「奴隷……」
 アリサはまだ年端もいかないエリサを青ざめた顔で見てから、今度は気持ち悪いものでも見るような目を俺に向ける。
「おっと、何を想像したかは想像できるが、それは違うと否定させてもらおう」
 後ろのアスミンさんが俺を殺しかねない殺気を放っていたので、即座に否定しておく。
「わたしのことは気にしないで。奴隷になったのもこちらにとって都合がよかったからよ」
「そう……もし少しでも嫌なことがあったら私に言ってちょうだい」
「……どうも」
 エリサは相手にできないといった様子で、肩をすくめてうなづく。
 勝手にそっちの常識でこちらをはかるなってとこか。
 
 でも、二人の反応は当然といえば当然。
 奴隷を買うなんて、現代人の感覚じゃド級の犯罪行為だしな。
 だが奴隷制度はこの世界では合法であり、みんなは対価を受け取って納得した上で俺に従っている。
 小遣いもやってるし休憩もやってる。
 メシも寝床も着る物も支給するし、休みもやるつもりだ。
 ケガしたら休ませるし、絶対に不可能だと思うひどい無茶もさせる気はない。
 現代の雇用状況と照らし合わせてもさほど差はないはず。むしろ良いまである。