「ここだ。お先にどうぞ」
 俺達は噴水のある大広間から階段を上って、プレートに応接室と書かれた部屋にたどり着いた。
 ダンスホールほどある広い部屋は三階まで吹き抜けの構造で、モザイク模様の天窓からは仄かに光がにじんで見える。
 ゆるやかな曲線を描く高い壁を覆い隠すように蔵書が並び、部屋の中央には魔法使いみたいなハト眼鏡の老人が三人、神妙な面持ちでこちらを待ち構えていた。
 老人達の前には黒い円卓と水晶玉が置かれ、一人は水晶玉の前に座り、二人は左右に並んで立っている。
「座るがよい……」
「は、はい……」
 老人に案内されるままに少年は着席した。
 白ヒゲをモッサリたくわえた老人は戸惑う少年の手を強引につかみ、水晶の上にのせる。
 触れたとたん水晶球の中で放電したような稲妻が走り、強く光り輝いた。
「“氷塔ユイ(ひとう ゆい)”……レベル1、勇者! 能力・“第六聖剣(オラシオス)”! “異空間収納(アイテムボックス)”! “大精霊召喚”! “古代魔導”! 状態異常無効! 不老半不死! “大神の加護(オブローン)”! “女神の加護(ラーフィス)”! “力天使の加護(シリル)”!」
「おお、これは凄い! 素晴らしい♪」
 表情を輝かせたラスフィーが俺の手を取って歓喜した。
 ぴょんぴょんカワイイ。
 反応から察するにどうやら相当な当たりジョブとスキルのようだ。戸惑う少年をよそに、部屋には弛緩した安堵の空気が流れている。
「おい、やったじゃないか!」
「よくわからないのですが……」
「“第六聖剣(オラシオス)”は上位存在を斬るためのスキルさ」
 ラスフィーが一本指を立てて教えてくれる。
「上位存在?」
 たずねるとラスフィーは下からスィッとのぞき込むように俺を見上げ、息のかかる距離から不敵な笑み。
「この世界の住人はもともと平行した別々の世界に住んでいて、ある事件をきっかけに『最近』一つに統合されたんだ。統合される前の世界にはそれぞれ“階位(ランク)”があった。人間は第二階位、獣人は第三階位、エルフは第四階位、魔族は第五階位といった具合にね。階位は生物が持つ格そのもの。階位が下の種族は相当なレベル差がないと上の種族にはまず勝てない。根本的な力が違うから」
「人間低くない?」
 不安になる弱さ。
 これで戦えと言われても困る。
「ほぼ最弱だね。けど、人間は数が多くて“狡賢(かしこ)”い。情報を即座に共有し、軍隊を組織して万を超える隊列を維持し、あらゆる局面に対し創意工夫して対応する。獣人には力で勝てない。エルフには知恵で勝てない。魔族には魔力で勝てない。人間はとにかく弱い。けど現時点で、この世界で最も繁栄を誇っている。なかなかたいしたものだよ」
 遥か格下に支配されているというのに、“第四階位(エルフ)”のラスフィーはどういう心境なのか。その表情には余裕すらうかがえる。
「そして勇者の“第六聖剣(オラシオス)”は、階位六までの相手に必殺の特効を持つ輝ける光剣。盤面をひっくり返す『第六階位(魔王)』殺し。揺るぎなき勇者の証だよ」
 なるほど、もっとも待ち望んでいた人材が異世界か派遣されて来たから大喜びか。
 俺もあやかりてえな。 
 ユイくんのジョブやスキルはゲームや漫画の知識でおおよそ検討はつく。
 まず『勇者』。
 これはどのゲームでも鉄板の上位職だし、“異空間収納(アイテムボックス)”も定番の便利スキル。
 不老半不死は……歳を取らず簡単に死なない体になるといった感じのものだろう。
 神の加護ってのもなんかいい感じじゃないか。
 なんだかオラ、ワクワクしてきたぞ。
「じゃあ行ってくる!」
「がんばってください」
 俺はユイくんに見送られ、颯爽と髪をかき上げてから席に着く。
「どうぞお手を、勇者様」
 老人の対応がさっきと違う。好々爺になってる。
 俺はドキドキしながら腕まくりして、水晶球の上に手を置いた。
「“津島タカキ(つしま たかき)”――レベル1、高校生! 能力、“異空間収納(アイテムボックス)”!」
「……ほかは?」
「……」
 なんか言って!?
 水晶から顔を上げた老人は俺の方をまじまじと見て、続いて後ろの二人の方を見た。
「……ひそひそ」
 なんかこっち見ながら三人でヒソヒソ話し始めた。本人を前にやめて。
「どうかしたかい?」
 ラスフィーがとても楽しそうに老人に問う。
 老人は横柄に卓にヒジのっけて、
「ダメじゃ、このクソ漏らしは使い物にならん」
「あれまあ」
「そんな……」
 この報告は俺にとってはショックだった。
「“異空間収納(アイテムボックス)”は希少ではあるが千人に一人程度の能力。この辺にはゴロゴロおる。戦闘スキルは皆無で基本的な能力も総じて低い。戦場に出せば死ぬ。使い物にならん」
「後方で物資の支援をお任せするというのは?」
「こいつが死んだら収納したアイテムは全損するんじゃぞ? まあ……その辺はわしらの管轄外じゃ。おまえらで勝手に相談せい」
「やれやれ、しかたがないなぁ……」
 やれやれと肩をすくめるラスフィー。
 こいつらの態度よ。
 極めてなにか……クソ漏らしに対する冒涜を感じます。

「あまり落ちこまないでください」
「うん……」
 俺がしゃがみ込んでうなだれてると、ユイくんがとなりに座ってなぐさめてくれた。
「あの、いざとなったら……僕が一生懸命戦いますから!」
 ユイくんはそう言って、力ない笑みでガッツポーズ。
 カワイイ。
「ありがとう……こんなクソ漏らし野郎に優しくしてくれて」
「あ、あれは……ちょっと間が悪かっただけですよ。あまり気にしないでください」
「そうだな……ありがとう。俺もおよばずながら協力するよ……なんの役に立つかわかんないけど」
「はい、とても心強いです」
 ユイくんの澄んだまなざしが俺の腐敗した心を浄化する。
 なんという……主人公的対応。
 本当にありがとう。
 俺はな、ただ一人優しくしてくれたユイくんのためだけに戦うぞ!
 俺は友のためだけに戦う!
 しゃあっ、来いよ異世界!

「……そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました」
 あのあと、俺はやはりというか残当というか女王に追放された。
 召喚の儀に出資した各国の代表が勝手に俺の処遇を協議した結果、召喚したのが無能なクソ漏らしだと世間に知れわたると、むしろ悪い影響の方が大きいと判断されたようだ。
 女王はユイくんを勇者として認定し、多くの有力貴族たちの盛大な歓待をもって召喚の儀は幕を閉じた。
 俺はというと、そもそもいなかったことにされてしまった。
 
 現在、目の前に広がるは果てなき草原。
 広い空はクリアに青いが、俺の心は曇天だ。
 ユイくんとなぜだかラスフィーの嘆願もあって、俺は一部区画をのぞいた城下町への出入りが許され、数年は遊んで暮らせる金もいただいた。これで生きよというらしい。
 去り際に門兵のおっさんに、「冒険者ギルドに登録すると身分を証明してくれるのでなにかと便利だぞ!」と言われたが……しらん!
 追い出された上に王国の“監視(ヒモ)”つきになってたまるか!
 冒険者ギルドは各国に支部を持つ国家に属さない独立組織らしい。
 独立組織ったって建前だろ。
 国をまたぐほどでかい組織が国と裏でまったくつながってないわけないじゃん。
 なんかRPGみたく上手く誘導されてる感が嫌だったし、誰が入るか。
 ということで俺は、ひとりぼっちはさみしいもんなと思ったので、商業区の外れにある市で街頭販売していた奴隷商からリザードマンを買った。
 
 城下町は白亜の七つの大宮殿を中心に巨大な円形の城壁を築き、その大きな円の上半分に港と貴族街がある。
 そして下半分を五等分して左から順に商業区 工業区、獣人街、平民街、ギルド通りが存在する。

 鬼の角を生やした恰幅のいい女主人と交渉して、奴隷を十四万ボルでお買い上げ。
 もらった金が五十万ボル(一ボル百円くらい?)なので、まだ資金には余裕がある。
 俺は王立図書館で様々な情報を仕入れたのち、新たな相棒と共に草原で薬草集めに挑むのであった。

「よし、護衛を頼むぞアツシ!」
「アツシ!」
 アツシとしか言わないリザードマンの名前を、俺は“アツシ”とした。
 腰ミノ一丁で碧の丈夫そうな鱗を持つアツシは、身長二メートルくらいの瘦せた“狩人(ハンター)”。
 手足はかなり長く、リーチを活かせるよう中古の鉄槍を持たせている。
 一見すると子ワニのような恐ろしい顔つきだが、つぶらな黒眼は意外と愛嬌があり、額にある“μ”刻印で隷属契約を結んでいるから裏切ることは決してない。
 アツシは南大陸の砂漠のオアシスに棲息する少数部族出身。
 三代前の長が“闇商人(ゲプト)”と結んだ不当な契約により、アツシ達は棲んでいた土地を無理やり追い出されてしまった。
 アツシは親兄弟のために“闇商人(ゲプト)”と交渉し、家族を新たな水場まで行かせるわずかな金と引き換えに自分を売って、この土地まで連れて来られたのだ。
 女主人の涙ながらの話を聞いて、俺は即決でアツシを選んだ。
 まあ女主人の話はおおよそウソだと思ったが、感覚的にこいつとなら上手くやっていけそうな気がした。
 ちなみに売っていた奴隷の中に、傷ついて横たわる意味深な感じのエルフの幼女が仲間になりたそうにこちらを見ていた。
 むっちゃ見ていたが……しらん! 
 スルーしたらなんかテレパシーっぽいので頭の中に直接、『大いなる運命の歯車が回り出した』とか、『わたしは魔獣に滅ぼされた亡国の姫』だとか、『大精霊の命の灯が今まさに消えかけている』とか、『復讐のためにこの身を捧げる覚悟がある』だとか話しかけてきたけど、しらんわ! そういう重要そうなイベントフラグは他のやつに回せ!

 わたしを連れ出さなかったことを後悔するわよ!
 このうんこったれ!

「うるせえ! 回想の中にまで話しかけてくんな!」
 どうやってんだよ!?

「アツシ!?」
「なんだ!? なにかあったか、アツシ?」
 物思いに耽っているととても必死な声がしたので、俺はアツシの方を振り返った。
 見ると、熱波で陽炎が立つ草原の遥か向こうに、太陽のごとく燃え盛る無数の大火球が一面に展開していた。
 その中心には山のごとき黒い獣。
 大量の蒸気にゆらいで正体が定かではないそれは、大きな土煙を上げてゆっくりと徘徊している。
「アツシ! アツシ!」
「……」
 俺は大口をあけて唖然とした。
 かなり遠くにいるのに、直火であぶられているかのようにむっちゃ熱い。
 周辺の大気が激しく鳴動し、火傷しそうなくらいの猛烈な熱風が吹きすさんでいる。
 汗が滝のように噴き出て、肌が痺れるほど粟立ち、恐怖で歯がカチカチと鳴る。
「アツシ! アツシ!」
 手を引いて死ぬほどその場から離れたがってるアツシにしたがい、俺たちは急いで離脱した。
 
 のちに知る。
 あの巨大な獣は“太陽の霊王(ヴァオス)”と呼ばれる、“北島(ファルン)”の名物的存在だった。
 “太陽の霊王(ヴァオス)”は古代遺跡を守るように周辺を徘徊し、近づけば無差別に攻撃してくる。
 アルム=ガルムと同格とされる上位魔王級のとんでもない脅威だが、下手に接近しなければ襲って来ないため、習性が周知されて以降はずっと放置されていた。
 世界中に点在する古代遺跡は発見されているだけでも十三存在し、その全てに霊王の姿が見られる。
 人類による霊王の討伐記録は、いまだにない。