「関係ないとこはなるべく見ないよう努めるが、ユイくんを助けるには行動を把握する必要がある」
「私がユイの名前をたくさん書くから、そこからリンクできないかしら?」
「それはもうやった」
「え……?」
「悪いとは思ったが必要なことだったんで、ユイくんの名前をたくさん――千回以上書いたけど一度も色違いにはならなかった。名前に関しては本人が書く必要があるのかもしれない」
「……わかった。書くわ。でも、アスミンは無理だよね。この子は勘弁してあげて」
「ダメですよ! 新東さんが書くくらいなら私が書きます!」
 アリサが力なく笑うと、パンパンに頬をふくらませて怒ったアスミンが物凄い力で俺からペンと手帳を奪った。
「新東さんの秘密は誰にも見せません! 私が書きます!」
「お、おい?」
「アスミン、返して!」
「やです!」
 アスミンは壁を下敷きにして自分の名前を書きなぐった。アリサがあわてて止めてもビクともしないので、俺は黙って見ているしかない。
「あ、ストップ!」
「はい……?」
 見開きのページ半分以上埋めたところで、アスミンこと“木永明日魅(きなが あすみ)”の色違いが出現した。
「もう、なにやってんの! そのページ破って! 私が書くから渡しなさい!」
「ごめんなさい! 無理ですっ!」
 アリサがメモ帳を奪おうとするも丸まって阻止するアスミン。
 大人と子供の体格差があるので、アリサが脇をくすぐったり手刀で突いても全然動かない。
「ほい、パス」
「あ、はい……」
「あ、ちょっと!?」
 俺は前に回ってアスミンから手帳を受け取り、アリサがこっちに来る前にリンクに指をふれる。
 刹那、頭の中に猛烈な勢いで大量の文章が飛び込んで来る。
 “木永明日魅(きなが あすみ)”に関するありとあらゆる記述が視える。
 デリケートな箇所はなるべく飛ばして、“氷塔ユイ(ひとう ゆい)”の名前にしぼって検索する。
 どこかに色違いが……あるといいんだが。

「どう……?」
「ハァハァ……これ、すっっっごい疲れる!?」
「いきなり笑顔で白目剥いてガクガク震えだしたから、どうなるのかと思ったわ……」
「使用中って、そんな風になってんの!?」
 俺のちんまい脳じゃ処理落ちしかけるほどの情報が一気に流れ込んで来た。
 百まで接続可能とか書いてあったけど、あと99は無理だろこれ。
 残念ながらユイくんへのリンク先はなかった。
 かわりにアリサに関する記述が山ほど見つかり(というか見た限りほぼそれ一択)、リンク先が見つかった。
「ユイくんのは無かった。でもかわりにアリサさんのリンク先が見つかった……」
「え?」
 アリサが驚いた表情を見せた瞬間、
「わ、忘れてくださーい!」
「ぐええー!?」
 突進して来たアスミンが泣きながら俺をハンギング・ベアーで吊り上げる。
 両手で喉を絞め上げられ、一瞬だが地獄の光景が見えた。
「先輩、お願いです! 忘れてくださ~~い!」
「アスミン! それはダメだっていつも言ってるでしょ!」
 前科ありかよっ!?
「ごめん! でもでも! 『アリサちゃん』の秘密が~……!」
 ぐええええ……アリサちゃんにどんな秘密があるんだァーー!?
 でもアスミンがそれを知ってる時点で、俺はそれを知ることができるのだがぐえええええ……!! 

「ごめんなさい、アリサちゃん……」
 俺に謝って?
 アリサが背中をさすさすしているうちにアスミンの殺意の波動が薄れたのか、俺は解放される。
 壁を背にゲホゲホ咳をしていると、アリサがしゃがんで俺にハンカチを差し出した。
「本当にごめんなさい」
「あ、う、あ、お……!」
 俺は恐怖でまともにしゃべれず、震えながら首をカクカク縦に振る。
「ごめんなさい……。この子、私のことになるとちょっと我を失っちゃうの」
「あ、ああ……」
 ちょっとか!? ほとんどバーサーカーじゃねえか!?
 と心の中で叫んだが、目に涙を浮かべている後ろの“怪物(アスミン)”が怖いので言わない。たぶん痣になってるだろう喉をさすりながら、俺はただただ恐怖に震える。
「わかった。先輩、私にリンクしてちょうだい」
「アリサちゃん!?」
「他に方法はないわ。時間が経てばたつほどユイは私達から遠ざかる。迷うヒマだって惜しいくらいよ」
「いいの?」
「絶対にダメです!」
「いいから! やってちょうだい!」
 俺に猛然とつかみかかろうとしたアスミンを後ろからタックルして、アリサは揺るぎなき“眼(まなこ)”で言った。
「……じゃあやるけど、恨みっこなしでお願いね! あとで訴訟とかしない?」
「さっさとやる!」
「はいっ!」
 命じられて、俺は反射的に百識を起動した。
 アスミンの色違いの記述から“新東愛里沙(しんとう ありさ)”のリンク先へとジャンプする。

「……ユイくんとリンクできた」
 芸能人であるアリサの情報量はそれはもう凄まじく、オーバークロック状態の頭でも探すのに三十分くらいかかった。
 ごく一部とはいえアイドル“新東愛里沙(しんとう ありさ)”の人生を小説形式で追体験し、故意ではないのだが見てはいけないものもちょっと見てしまった。
 が……それはいま関係ないので割愛する。
「あの……ところで、やっぱりユイくんって女の子なんですか?」
「まあね。男装は劇の衣装よ」
 アリサの情報からリンク先を探しているうちにユイくんの正体が判明した。
 まさかの「おまえ女だったのか……」展開に愕然となる。
「そんな……俺はもう何を信じて生きていけば……」
「なんでちょっとショック受けてるのよ……?」
 俺が苦しそうに頭を抱えているのを見てアリサが半眼になる。
 
「それより先輩、ユイは今どうしてる?」
 俺の肩を揺すって、不安そうな顔を近づけるアリサ。
 俺に飲酒経験はないが二日酔いみたいに頭がグワングワンして、すぐにはお答えできない。
「無事だ……今、ちょうどトイレに入――おぶっ!?」
「ごめんなさい、でも一度リンクを切って」
「はい……」
 真顔のアリサから目を隠すように手の平を打ち付けられたので、いったんリンクを切る。
 
 ユイくんは勇者としての素質を磨くため、その道のエキスパートから訓練を受けているようだ。
 順調にレベルを上げスキルを磨き、勇者として着実に成長を続けている。 
 ひとまずは安心といったところか。 

「三十分くらい待ってからリンク再開する? 連れを待たせてるからいったん大通りに戻りたいんだけど」
「そうね……こちらの都合ばかり押し付けてしまって本当にごめんなさい。この借りはいつか必ず返すわ」
 俺に秘密を知られたことはなんとなく察しているのだろう、アリサはちょっと気まずそうな顔。
 まさかこの三人が……いや、それは今はどうでもいい。
「先輩、本当にすみませんでした……」
「いえ、アスミンさんはお気になさらず……」
 俺は謝ってきたアスミンさんに逆にペコペコ頭を下げる。
 アスミンさんに対する恐怖がもう骨の髄まで刻まれてしまっている。