「なに黙って見てるのよ! なんとか言ったらどうなの!」
「うう……」
あの超人気アイドルが、真っすぐな瞳で俺を見上げながらズンズン迫って来る。
芸能人オーラが凄い。本当にキラキラして見える。嗅いだことのない良いニオイがする。
後ろでおろおろしているアスミンとの身長差はどれくらいだろうか、140センチあるかないかのミニマム級。だが若くして修羅場を潜り抜けてきた彼女の眼力は凄まじく、俺は蛇に睨まれたカエルのように圧倒されるばかりだ。
「なに!? こっち見なさいよ!」
「くぅ……!?」
目を逸らそうとするも、目の前の美少女はあまりに輝いて見えた。
なぜアリサが異世界に来て、こんなアイス屋に並んでいるのかまったく謎だが、写真や映像とは比較にならない生の迫力は間違いなく本人。
「あら……? あなたひょっとして……」
「うぅ……アリサだ……。アイドルのアリサが目の前に……」
「私の名前……!? あなた髪はなくなってるけど、その顔……! ちょ、ちょっとこっち来て!」
俺のつぶやきを聞いたアリサはハッとして、アスミンと俺の手をつかんで列の外に引っ張り出した。
「えっ!? な、なんだ!?」
「いいから来て!」
大した力はないが俺は抵抗らしき抵抗もせず、そのまま路地裏の方まで連れて行かれる。
「いたっ!?」
俺は壁に突き飛ばされ、尻もちをついたところでアリサが顔面の真横を「ダン!」と踏みつけた。
アリサはハイソックスの足を大きく上げたまま、俺を睨みつけて言う。
「あなた……ハゲてしまっているけど、王宮でウンチを漏らした高校生ね」
「げっ……! ナ……ナンノコトデショウ!?」
「いま「げっ!」って言ったじゃないの!」
「ち、ちがうっ!? ワシは「ゲッタービーム悪を滅ぼせ!」と言おうとしただけじゃっ!!」
「それはそれで転移者って自白してるようなものでしょ!?」
くっ……墓穴を掘って転移者であることがバレてしまった。
14歳のアイドルがゲッターロボを知ってるとは誤算だった。
俺は観念してゆらりと立ち上がる。
「く……ふふ……ふふふ……ふはははは……!」
「な、なによ……?」
俺が急に狂ったように肩で笑い出したので、アリサがちょっと引く。
「そうだ……ボクがあのときの『クソ漏らし』だ!」
「そう……なら訊くけど」
「はい……」
スルースキルを発動したアリサに渾身のネタを流され、俺はみずから正座して彼女の質問に答えるべくスタンバる。
「キュウ……」
ところで、イルカさんはなんでいるの?
俺の隣で一緒に申しわけなさそうに正座するイルカ。
なぜここにいるのか、それは誰にもわからなかった。
「キミはどこから来たのかな?」
「キュウ」
アリサはイルカの頭をなでなでしながら尋ねたが、キュウと鳴くだけで言葉が通じない。
「新東さん……男の人は危ないです。離れてください……」
「危なくないよ?」
「す、すみません!?」
男性にアレルギーでもあるのか、俺が話しかけるとアスミンは過剰に反応してアリサの後ろに隠れる。
「私達はあの日……あなたやユイと一緒に召喚されたのよ」
「え……あそこにいたのか?」
確か俺とユイくん以外にそれっぽい人間はいなかったが。
隠れていただけで、あそこにいたのか。
「ユイくんとは知り合いのようだけど」
「ユイは一個上の演劇部の先輩。私達は召喚される直前、文化祭でやる劇の練習で丁度ドレスを着ていた。それであそこにいた連中にまぎれ込めたのよ。幸いというのはためらわれるけど……『大きな騒動』があったから簡単に抜け出せたわ」
「……その節はどうも」
「……まあ助かったわけだし、お礼は言っておくわ。それで本題なんだけど、ユイはどうなったの?」
「あのあとホールに戻って晴れて勇者認定されたよ。もういなかったの?」
「あの騒動が起きて、気分を悪くした貴族が大勢会場を出たわ。事態が事態だし、国外からの賓客も多かったみたいだからほとんどノーチェックで通された。あのタイミング以外に抜けられるチャンスはなかったのよ」
「ユイくんを置いていくことになってもか?」
俺がそう言うとアリサの目が少しきつくなる。
言い方は悪いが事実でもある。
耳の腐る自己弁護を並べ立てるようなら、こちらも対応を考えなければならない。
「そうね……結果として親友を置き去りにした。でもね、国家主導の『誘拐現場』に小娘二人が躍り出たところでただ捕まるだけよ。敵がどの程度の規模で何をたくらんでいるのか、状況がわかるまで三人まとめて捕まるわけにはいかなかった。三人で元の世界に戻るチャンスをつかむまではね」
冷静な分析だ。
アリサはあの勇者召喚を『誘拐』と判断したわけだ。
自分が選ばれた人間だと馬鹿みたいに狂喜する人種ではなく、俺と同じ意見で安心した。
城外に出て俺が追放される様子を物陰から見ていたそうだが、あまりにも目を惹く二人じゃ追跡は不可能だった。そのときの俺には、がっちり監視も付いていたからな。
「ユイ先輩は私達のこと気づいていたのに、「こっちに来ないで」ってずっと目で言ってて……。私、本当に申しわけなくて……」
アスミンが泣きべそで語る。
あのときユイくんは貴族のお嬢様方を見ていたが、居なくなってしまった二人に想いを馳せていたのか。
アリサは座り込んで泣きじゃくるアスミンの顔をギュッと胸に抱いて、俺に強く言った。
「勇者召喚なんてクソ喰らえよ。どんだけ偉そうに祭り上げようとただの犯罪よ。私達はどんな手を使ってもユイを助け出す。その途中で私が死んでも、アスミンが死んだとしても、絶対に必ず助け出す。私達は三人で一緒だから」
「うんうん!」
頼りないアスミンがこのときばかりは力強くうなづいた。
アリサの目に噓いつわりはない。
本気で、自分達が犠牲になったとしてもユイくんを助ける覚悟だ。
美少女二人にここまで想われるなんて、うらやましすぎるぞユイくん。
「なあ、今はどうやって生活してるんだ?」
ギルドに加入してたらハゲとは面識があったはず。
見たところ身なりは整っているし、宿で寝泊まりしている俺より肌艶もよっぽどいい。
生活に困窮してないとなると、何かはやっているはずだが。
「歩いてたらアスミンと一緒に劇団にスカウトされて、今はそこにご厄介になっているわ」
「美少女特権……!」
顔のいいやつはそれだけで得だ。
俺なんて金が底を尽きそうになったときは、明日からどうしようかと悩んでいたのに。
「この世界には『冒険者ギルド』があるけど、もし何かあっても加入しないほうがいいぞ。ステータスを『鑑定』されて転移者だとバレる可能性がある」
「ありがとう。注意しておく」
「あと、魔王や霊王については知ってるか?」
「噂話程度には聞いたけど、何か注意することあるの?」
「一度だけ見たけど、絶対に近づくな。ヤバイ。かなり遠くにいてもすぐわかるから、見つけたら全力で逃げろ」
「そんなに怖いんだ……アドバイスどうも。ユイを助けるまでは城下町から離れる気はないから、遭遇する心配ないと思うけど」
「アハハ、くすぐったいです~!」
「キュルル」
俺達が話し込んでいると、アスミンが人懐っこいイルカと戯れ始めた。
イルカは大きな胸に鼻先を埋めてグリグリしているが、まさかオスではあるまいな。
「きゃあ♪」
イルカが顔をペロペロ舐めると、アスミンは楽しそうに笑う。
「この子は知り合い?」
「いや、まったく」
アリサがイルカの頭をなでながら訊いたが、俺は首を横に振る。
素性はまったく知れんが、単に愛嬌を振りまくだけの存在であるまい。
「そうだ。二人とも、もしよければこのメモ帳に名前をたくさん書いてくれないか?」
俺はふと思いついて、懐からメモ帳とペンを取り出す。
「サインか……まあいいけど」
「私もですか……?」
「いや、そういうのじゃなくて……」
俺はスキルの『百識』について説明した。
百識の能力は一度見た文章を完全に記憶する。
記憶した文章は頭の中、鮮明な映像として再現することができる。
獲得した文章の中にはごく稀に色違いの箇所があり、そこから別のリンク先へとジャンプすることができる。
冒険者ギルドの図書室ではリンク先は一つしか見つからなかったけど、色違いの単語に『映像の中で動かせる指』で触れるとちゃんとジャンプできたので実証済みだ。
「なるほど……私達の名前からリンク先を獲得して、私達の情報を元にユイへのリンク先を探すと」
「そう、もしリンクできればユイくんの動向がリアルタイムでわかる」
俺が力強く説得すると、アリサは考え込む。
自分の行動全てが赤の他人に把握されるわけだ。悩みもする。
ストーカーなんて目じゃないくらいのプライバシー侵害。
風呂や着替えやトイレや自慰の様子まで筒抜けになる可能性がある。そのときの心境までも。
俺だったら絶対ことわる。
「うう……」
あの超人気アイドルが、真っすぐな瞳で俺を見上げながらズンズン迫って来る。
芸能人オーラが凄い。本当にキラキラして見える。嗅いだことのない良いニオイがする。
後ろでおろおろしているアスミンとの身長差はどれくらいだろうか、140センチあるかないかのミニマム級。だが若くして修羅場を潜り抜けてきた彼女の眼力は凄まじく、俺は蛇に睨まれたカエルのように圧倒されるばかりだ。
「なに!? こっち見なさいよ!」
「くぅ……!?」
目を逸らそうとするも、目の前の美少女はあまりに輝いて見えた。
なぜアリサが異世界に来て、こんなアイス屋に並んでいるのかまったく謎だが、写真や映像とは比較にならない生の迫力は間違いなく本人。
「あら……? あなたひょっとして……」
「うぅ……アリサだ……。アイドルのアリサが目の前に……」
「私の名前……!? あなた髪はなくなってるけど、その顔……! ちょ、ちょっとこっち来て!」
俺のつぶやきを聞いたアリサはハッとして、アスミンと俺の手をつかんで列の外に引っ張り出した。
「えっ!? な、なんだ!?」
「いいから来て!」
大した力はないが俺は抵抗らしき抵抗もせず、そのまま路地裏の方まで連れて行かれる。
「いたっ!?」
俺は壁に突き飛ばされ、尻もちをついたところでアリサが顔面の真横を「ダン!」と踏みつけた。
アリサはハイソックスの足を大きく上げたまま、俺を睨みつけて言う。
「あなた……ハゲてしまっているけど、王宮でウンチを漏らした高校生ね」
「げっ……! ナ……ナンノコトデショウ!?」
「いま「げっ!」って言ったじゃないの!」
「ち、ちがうっ!? ワシは「ゲッタービーム悪を滅ぼせ!」と言おうとしただけじゃっ!!」
「それはそれで転移者って自白してるようなものでしょ!?」
くっ……墓穴を掘って転移者であることがバレてしまった。
14歳のアイドルがゲッターロボを知ってるとは誤算だった。
俺は観念してゆらりと立ち上がる。
「く……ふふ……ふふふ……ふはははは……!」
「な、なによ……?」
俺が急に狂ったように肩で笑い出したので、アリサがちょっと引く。
「そうだ……ボクがあのときの『クソ漏らし』だ!」
「そう……なら訊くけど」
「はい……」
スルースキルを発動したアリサに渾身のネタを流され、俺はみずから正座して彼女の質問に答えるべくスタンバる。
「キュウ……」
ところで、イルカさんはなんでいるの?
俺の隣で一緒に申しわけなさそうに正座するイルカ。
なぜここにいるのか、それは誰にもわからなかった。
「キミはどこから来たのかな?」
「キュウ」
アリサはイルカの頭をなでなでしながら尋ねたが、キュウと鳴くだけで言葉が通じない。
「新東さん……男の人は危ないです。離れてください……」
「危なくないよ?」
「す、すみません!?」
男性にアレルギーでもあるのか、俺が話しかけるとアスミンは過剰に反応してアリサの後ろに隠れる。
「私達はあの日……あなたやユイと一緒に召喚されたのよ」
「え……あそこにいたのか?」
確か俺とユイくん以外にそれっぽい人間はいなかったが。
隠れていただけで、あそこにいたのか。
「ユイくんとは知り合いのようだけど」
「ユイは一個上の演劇部の先輩。私達は召喚される直前、文化祭でやる劇の練習で丁度ドレスを着ていた。それであそこにいた連中にまぎれ込めたのよ。幸いというのはためらわれるけど……『大きな騒動』があったから簡単に抜け出せたわ」
「……その節はどうも」
「……まあ助かったわけだし、お礼は言っておくわ。それで本題なんだけど、ユイはどうなったの?」
「あのあとホールに戻って晴れて勇者認定されたよ。もういなかったの?」
「あの騒動が起きて、気分を悪くした貴族が大勢会場を出たわ。事態が事態だし、国外からの賓客も多かったみたいだからほとんどノーチェックで通された。あのタイミング以外に抜けられるチャンスはなかったのよ」
「ユイくんを置いていくことになってもか?」
俺がそう言うとアリサの目が少しきつくなる。
言い方は悪いが事実でもある。
耳の腐る自己弁護を並べ立てるようなら、こちらも対応を考えなければならない。
「そうね……結果として親友を置き去りにした。でもね、国家主導の『誘拐現場』に小娘二人が躍り出たところでただ捕まるだけよ。敵がどの程度の規模で何をたくらんでいるのか、状況がわかるまで三人まとめて捕まるわけにはいかなかった。三人で元の世界に戻るチャンスをつかむまではね」
冷静な分析だ。
アリサはあの勇者召喚を『誘拐』と判断したわけだ。
自分が選ばれた人間だと馬鹿みたいに狂喜する人種ではなく、俺と同じ意見で安心した。
城外に出て俺が追放される様子を物陰から見ていたそうだが、あまりにも目を惹く二人じゃ追跡は不可能だった。そのときの俺には、がっちり監視も付いていたからな。
「ユイ先輩は私達のこと気づいていたのに、「こっちに来ないで」ってずっと目で言ってて……。私、本当に申しわけなくて……」
アスミンが泣きべそで語る。
あのときユイくんは貴族のお嬢様方を見ていたが、居なくなってしまった二人に想いを馳せていたのか。
アリサは座り込んで泣きじゃくるアスミンの顔をギュッと胸に抱いて、俺に強く言った。
「勇者召喚なんてクソ喰らえよ。どんだけ偉そうに祭り上げようとただの犯罪よ。私達はどんな手を使ってもユイを助け出す。その途中で私が死んでも、アスミンが死んだとしても、絶対に必ず助け出す。私達は三人で一緒だから」
「うんうん!」
頼りないアスミンがこのときばかりは力強くうなづいた。
アリサの目に噓いつわりはない。
本気で、自分達が犠牲になったとしてもユイくんを助ける覚悟だ。
美少女二人にここまで想われるなんて、うらやましすぎるぞユイくん。
「なあ、今はどうやって生活してるんだ?」
ギルドに加入してたらハゲとは面識があったはず。
見たところ身なりは整っているし、宿で寝泊まりしている俺より肌艶もよっぽどいい。
生活に困窮してないとなると、何かはやっているはずだが。
「歩いてたらアスミンと一緒に劇団にスカウトされて、今はそこにご厄介になっているわ」
「美少女特権……!」
顔のいいやつはそれだけで得だ。
俺なんて金が底を尽きそうになったときは、明日からどうしようかと悩んでいたのに。
「この世界には『冒険者ギルド』があるけど、もし何かあっても加入しないほうがいいぞ。ステータスを『鑑定』されて転移者だとバレる可能性がある」
「ありがとう。注意しておく」
「あと、魔王や霊王については知ってるか?」
「噂話程度には聞いたけど、何か注意することあるの?」
「一度だけ見たけど、絶対に近づくな。ヤバイ。かなり遠くにいてもすぐわかるから、見つけたら全力で逃げろ」
「そんなに怖いんだ……アドバイスどうも。ユイを助けるまでは城下町から離れる気はないから、遭遇する心配ないと思うけど」
「アハハ、くすぐったいです~!」
「キュルル」
俺達が話し込んでいると、アスミンが人懐っこいイルカと戯れ始めた。
イルカは大きな胸に鼻先を埋めてグリグリしているが、まさかオスではあるまいな。
「きゃあ♪」
イルカが顔をペロペロ舐めると、アスミンは楽しそうに笑う。
「この子は知り合い?」
「いや、まったく」
アリサがイルカの頭をなでながら訊いたが、俺は首を横に振る。
素性はまったく知れんが、単に愛嬌を振りまくだけの存在であるまい。
「そうだ。二人とも、もしよければこのメモ帳に名前をたくさん書いてくれないか?」
俺はふと思いついて、懐からメモ帳とペンを取り出す。
「サインか……まあいいけど」
「私もですか……?」
「いや、そういうのじゃなくて……」
俺はスキルの『百識』について説明した。
百識の能力は一度見た文章を完全に記憶する。
記憶した文章は頭の中、鮮明な映像として再現することができる。
獲得した文章の中にはごく稀に色違いの箇所があり、そこから別のリンク先へとジャンプすることができる。
冒険者ギルドの図書室ではリンク先は一つしか見つからなかったけど、色違いの単語に『映像の中で動かせる指』で触れるとちゃんとジャンプできたので実証済みだ。
「なるほど……私達の名前からリンク先を獲得して、私達の情報を元にユイへのリンク先を探すと」
「そう、もしリンクできればユイくんの動向がリアルタイムでわかる」
俺が力強く説得すると、アリサは考え込む。
自分の行動全てが赤の他人に把握されるわけだ。悩みもする。
ストーカーなんて目じゃないくらいのプライバシー侵害。
風呂や着替えやトイレや自慰の様子まで筒抜けになる可能性がある。そのときの心境までも。
俺だったら絶対ことわる。