「ところでさ……この“惑星(ほし)”の名前ってどう知るんだ?」
「ん?」
 食事を済ませた俺達は、次の拠点となる宿屋を探してブラついていた。
 さっきのメシ屋はお値段手ごろで、クオリティも十分だった。
 いいメシ屋は水もキレイだ。
 水がいい土地は上下水道設備が整っている。
 水源の流動がしっかり確保できているこの辺は漂う空気も下層とは違い、臭くはないし煙っぽくもない。
 人々は活気にあふれ、多くの笑顔が見られる。
 この辺ならどこを選んでも外れは引かないだろうという安心感から、血眼になって宿を探す必要はなくなった。今日はみんなの装備や生活必需品を買うついでに適当にブラついて、どこでもいいので目についたところに泊まろうと考えていた。

「俺はこの“惑星(ほし)”の名前なんて知らないぞ。それに、俺の鑑定の有効範囲は三メートルだ。仮に月に行けたとしても調べようがない。今試しに地面を鑑定してみたんだけど、石や土の『正しき名』しか得られなかった。ここからじゃ惑星の名前を調べようとしても他の対象が邪魔してできない。つまりよ、調べるのは無理なんじゃないか?」
「よかったわね。土がこの世から消えれば世界を滅ぼせるわよ?」
「だから、別に滅ぼしたいわけじゃないんだよ!?」
 あれっ!? 俺、また破壊神に近づいちゃいました!?
 俺が頭を抱えてのけぞってると、エリスはしれっと言った。
「この惑星の“真名(まな)”は『オブローン』よ」
「な……なんで知ってる?」
 世界を破滅に招く禁断のワードを!!
「な、なんで……! よりにもよってそれを俺に教えんだよ!?」
 
 嫌じゃ嫌じゃ!? 
 聞きとうなかった!?

「別にわたしが言わなくても、その辺の子供でも知ってるわよ。赤ん坊でもなければみんな知ってるんじゃないかしら?」
「ど、どういう意味でござる?」
 混乱のあまり俺が武士になっていると、エリサは小走りに前に出て振り返った。
「この世界をお創りになられた大神様の御名前よ♪」
「おっふ……」
 そもそも隠す意味がなかったということか……!
 それでも知りたくなかった!!

「神様の言うなんでもって、たぶん『無形物』も含まれるわ。たとえば「アツシの記憶」って言えば、アツシの記憶すら収納できてしまえるかもね」
「まさかそんな……おい、なぜ距離を取るアツシ」
「アツシィ……」
 べつに取らないよ?
「もう無敵じゃねーか」
「無敵なのよ。困ったことに」
「そうだな……これは困ったぞ」
 第三者が俺の能力を知ってその危険性を理解できたのなら、たぶん俺は殺される。
 俺を殺すことはこの世界にとって間違いなく正義だ。
 俺個人の善悪なんて関係ない、できてしまうのが問題なのだ。
 捕われて拷問されたとき、洗脳されて命令を聞かされたとき、世間に絶望したとき、死に際に、なんか気分的に、俺が『それ』をやらないと誰が断言できるだろう。
 誰にもできない。
 そんな危険人物は即座に殺した方がいいと、殺害対象となる俺ですら思う。
「シリルのやつ……とんでもないもの押し付けやがって……!」
「とにかく、鑑定は厳禁! “異空間収納(アイテムボックス)”もできれば二度と使わないことをオススメするわ」
「ああ、仕方ないな……」
 早々にチートを失ったが、幸い仲間も増えたしなんとかなるだろう。
 この世界の未来はユイくんに任せるとしよう。

 不幸中の幸いというか。
 最初に王宮で改良前の“異空間収納(アイテムボックス)”を鑑定されたことで、俺が国からマークされる可能性はほぼない。
 だって国家お抱えの魔導士が直々に無能認定したのだから、連中からすれば俺はもう興味の対象外。ギルドでうっかり鑑定でもしないかぎり『異空間収納(改)』の馬鹿げた性能がバレる心配はない。
 たが……お嬢様とリミエラだけは、わずかだがそれにたどり着く可能性があった。

 俺は街をブラつきながら、エリサに地球から転移して来たことを話した。
 エリサの知識は役に立つ。
 下手に隠すよりちゃんと情報を共有したほうが有利に働くと考えての判断だ。
「まさかあの伝説の召喚者と直接話してたなんてね……」
「まあ追放されたんですけどね……」
 クソを漏らして。
 エリサは召喚者に対して何か畏敬の念を持っているようなので、あえてその話はしないでおく。
「そうだ! 召喚者ならさ、ドラゴンボールの17巻ってどうなったか知らない? わたし、16巻から後の話知らないの!」
「え……なんで急にドラゴンボールの話?」
 なんで知ってるの?
「召喚は人間だけを対象にしてるわけじゃないのよ。こっちじゃ、漫画は大人気でよく召喚されてたの」
「マジかよ……」
 異世界で漫画流行ってんのか。
 どうりで日本語が通じるわけだ。
「日本人の賢者『サカモト・リエイ』様が召喚されて以来、こっちじゃ空前の日本ブーム! 折しもそのときは、古代人による平行世界同士の『大統合』が起きて間もないとき! 文化や言語の違う異種族が一同に会した大混迷時代! そこにまったく関係ない日本の文化が白船来航!」
「なんだよ『白船』って……?」
「ホワイトな来航ってことよ!」
「ホワイトな来航ってなに!?」
 黒船が武力による強行外交なら、白船は国民に歓迎された外交ってことか? 知らねえけどよ。
「世界を揺るがすほどの種族間戦争が勃発したわ! 人類に騙された魔族は開戦前に早々に北の大地に引きこもったけど……戦争は数十年に渡って繰り広げられた!」
「なにしてくれてんだよ古代人」
 平行世界をいきなり統合したら大混乱するなんて、わかり切ったことだろうに。
「もはや世界滅亡待ったなし! そんなとき現れたのが……漫画よ!」
「お、おう……」
 なんか話があまりに壮大すぎて、漫画の登場に脈絡を感じないのだが。
「誤召喚によって取り寄せられた一冊の漫画! 人々は初めて読む漫画にたちまち夢中になった! 絵が動いて見える!? 躍動している!? 知ってる日本語と違うから読みにくいけど、面白くてたまらない!? この娘カワイイ好き! マジかよ男だった!? ああでも……なんだこの湧き上がる衝動は!! 最初は有志によってこじんまりとした翻訳作業が進められてだけど、騒動が大きくなるにつれやがて国家プロジェクトにまで発展し、『サカモト・リエイ』様からもたらされた叡智を参考に、各国から招聘された天才達によって最新の日本語の研究が推し進められたの。漫画熱が国民の間で熱狂的に高まるにつれ、日本語を人類の共通言語として定め、共に学ぶことで友好を築こうという運動が全国で始まったわ!」
「漫画すげえ」
「そうなよ! すごいのよ! 世界大戦を止めたんだから!」
「むっちゃ興奮してやがる……」
「でさ、もし知ってたら教えてほしいんだけど。ドラゴンボールの17巻はどうなった? 悟空が勝ったんでしょ?」
「ああ、勝ったな。そのあとマジュニアが悟空と一緒にラディッツと戦ったぞ」
「どういうことっ!?」
 エリサが見たこともない食いつきで俺に詰め寄る。
 まあそうなるか。
 俺も初めて読んだときは混乱したもん。
「ラディッツって誰!?」
「悟空の兄貴」
「ええっ!? なになに!? なにがあったの!? ああ、すごく聞きたい……!! でも、17巻が『当たり召喚』されるまでこれ以上は……!!」
 エリサが苦しそうに悶えている。
「当たり召喚?」
「漫画を簡単に買えるアンタと違って、こっちは思い通りに召喚できるほど楽じゃないの! ランダム召喚一回あたりに使用するエーテルと魔力の使用量は大公級戦艦を起動させられるほどかかるし、魔導陣回しすぎてエーテル枯渇して、工場どころか産業ストップしたことが何度もあったわ! そこまでしてもシリーズ物の漫画は歯抜けが当たり前だし、そもそも漫画と関係ないゴミもちょくちょく召喚されて来るのよ!?」
「ガチャみてえ」
「そうなのよ! ガチャみたいなの! 召喚はガチャそのものなの!」
「おう……」
 ファンタジー世界であっちの言葉の意味が普通に通じるのになんか違和感。
 でも、なんで日本語が普通に使われてるのかこれでよくわかった。
 召喚特典でなんとなく言葉が通じてるわけじゃなかったんだな。