この世界に来る以前に俺は教室で孤立していた。
 親父はそれなりに有名な会社の社長で、俺はそのお妾さんの子だった。
 愛情はとんといただけなかったが、ほしいものは何でも買ってもらえた。
 おもちゃをたくさん持っていた俺には遊びに来る友達らしきものがたくさんいて、いつもウチでゲームばっかやってた。
 中学に上がる頃には親父もとうの立ったお袋に飽きたのか、ほとんど顔を見せなくなり、おもちゃのなくなった俺からは友達だったようなものは離れて行った。
 中二になって中二病になって黒歴史を積み重ねていた頃、親父が脱税とパワハラで告訴された。
 相当やらかしていたらしく、何人かは自殺未遂にまで追い込んだらしい。
 世間は一ヵ月ほどその話題で盛り上がった。
 苗字の違う俺は我関せずとさほど気にしていなかったが、最近のネット社会とやらは人の腹を暴くのが大好きなようで、自殺未遂に追い込まれた会社員の娘がどこからかネタをつかんだのか、俺と親父のつながりを目ざとく見つけてクラス中に広めた。
 
 まず持ち物が無くなった。
 誰がやったのか特定はできなかったので、俺は放課後にクラス中の持ち物を1つずつ集めて焼却炉に放り込んだ。
 次に机にラクガキされた。
 「バキ死ね!」だの「人殺しの息子!」だの、まあまあひどい内容だった。
 誰がやったのか特定はできなたったので、俺は放課後にクラス中の机にラクガキした。
 体育が終わったあとにガラの悪い連中に体育倉庫に連れ込まれ、ボッコボコにされた。
 誰がやったのか完全に特定できたので、その日のうちに体育倉庫からバット持ち出して、グループからたまたま離れた2人を1人ずつ後ろからボッコボコにしてやった。
 次の日にボッコボコにした件で不良がまた絡もうとしてきたが、来ると思ってたので連中が教室に入るなり防毒マスク着用の上、熊撃退用のスプレーを使って撃退した。
 教室が阿鼻叫喚の地獄絵図となり、他のクラスメートにもちょっとだけ被害が出たので教師に呼び出された。停学を食らった。
 いい休みだと謹慎無視して外に出かけたら、ボコボコにしたヤツ二人が高校生の兄貴とその仲間を連れてお礼参りに来た。
 来ると思っていたので事前に設置したカメラの撮影地点まで走って誘導し、ボッコボコにされる様子をカメラに上手く収めた。
 ひどいケガだったので病院に行ってそのまま入院したが、遠隔で自宅PCに送られた動画をスマホから動画サイトにアップロードしたら、ちょっとだけバズった。
 未成年でわりとバイオレンスな内容だったので動画はすぐに削除されたが、すぐに拡散され、数日くらいは話題になった。
 俺は眼底骨折して胸骨にヒビを入れられて左腕を折って歯を折って血も吐いたので、高校生の中には退学者も出たらしい。
 退院から一週間して、俺は電話で職員室に呼び出された。
 職員室には、ふてくされた顔の不良どもが勢ぞろいしていた。
 俺に謝るよう体育教師が腕づくで頭を下げさせたが、ポッケに手をつっこんで舌打ちしまくって睨んでいた連中は「たりーな」とか「ざけんなボケ」とかニコチン臭い口でぼやいていたので、謝罪の意味をまったく理解できなかった。
 たぶん頭にお花を咲かせている感じの体育教師が仲直りの握手までさせようとしたので、俺はギプスで固定された手を挙げて「そりゃあ悪手じゃろ……」と言って断ると、不良の一人がちょっと噴き出した。
 不良連中は三日ほどの停学で戻って来て、その後関わってくることはなかった。
 クラスの連中は完全に俺を腫れもの扱いしてちょっかいかけることは無くなったが、かわりに関わることもいっさいなくなった。
 例外があるとすれば自殺未遂した父親の娘。
 放課後に屋上に呼び出されて事件について謝れと言ってきた。
 もう面倒なので手を着いて謝ったら、えぐい罵声を浴びせて蹴られた上に、平手打ちまでされた。   
 さすがに我慢ならなかったので肩をちょっと押したら、校舎全域に響き渡るくらいの大声で十数分にわたって俺に暴力をふるわれたとわめき続けた。
 生徒と教師が来て事情聴取が始まったが、動画拡散の暗黒の力に酔いしれていた俺は放課後になる前にカメラを設置済みだった。
 ヒステリックにあることないこと俺の罪状をでっち上げまくる女にさりげなく視線でカメラの位置を教えてやると、「すみません、私の勘違いでした」と誰もがびっくりする変節を開始。
 事件が無かったので俺達は屋上から追い出され、カメラを残したまま鍵が閉められた。

「ちょっと来い」
 翌日、神妙な顔で教室に来た体育教師に職員室に連行された。
 有無を言わせぬ迫力があり、襟首をつかんで無理やり立たされ、腕を強く引っぱられた。
 職員室に着くとそこにはなぜだか警官がいた。
 あとで知ったがこの警官は体育教師の親戚らしい。
 公務としてではなく、『脅し役』としてスタンバイしてたということだ。
 警官は人間の屑を見るような目で俺に睨んでいて、包帯を手足に巻いた例の頭のおかしい女が、俺を見ていやらしい笑みを一瞬浮かべてから、ひどい暴力をふるわれたと涙声で訴え始める。
 女は俺に先んじて屋上のカメラを回収したのだろう。
 証拠を隠滅したから恐れるものはもうないということか。
 映像データを遠隔で送れるなんて今どき子供でも知ってることなのに。
 俺は女の言い分を黙って聞き、教師達から謝罪を要求されたので手を着いて謝罪した。
「津島くんも反省していると思いますし、わたしも大事にはしたくありません」
「じゃあ君は被害届は取り下げるというんだね?」 
 悲劇のヒロインムーブでつかの間の勝利に酔いしれる女は、俺を一度許すことでさらなる信頼を得ようとしていた。
 この信頼を盾に、のちに次の矢で俺を完全に仕留めるつもりなのだろう。
「本当にすみませんでした。僕が悪いんです」
「おい津島ァッ! おまえその態度で本当に反省しているのかよッ! 女の子にケガさせたんだぞ! 女の子に!  一生残るケガだったらどうするんだ!? ああっ!?」
 髪をつかんで体育教師が詰めてくるが、俺はひたすら謝るフリ。
 女はウソの涙を浮かべながら、さぞ人生の絶頂を楽しんでいただろう。

 帰宅後、PCに保存されていた動画をその日のうちにサイトにアップした。
 今度は職員室のやりとりも懐のペンカメラで撮影してたので、動画は前より少しだけバズった。
 体育教師はその後二週間ほど休んだのち、二度と学校には来なかった。
 女は10日くらいして学校に一度だけ来たが、クラスメートの冷たい視線にさらされ、耐え切れなくなってゲロ吐いて早退して、卒業間際になるまでもう来ることはなかった。

 俺は地元の高校に上がっても立場はかわらず、アンタッチャブル的存在として恐れられた。
 放課後に学校のトイレに行くまでは。