「あ、お帰り」
 宿屋に戻ると、吊り目でツインテールの美少女がいた。
 タンクトップにホットパンツの、素肌をさらしたラフな格好で、腰に手を当ててコップを傾けていた。
「……どちらさま?」
 人見知りな俺が警戒しながらたずねると、少女はコップをテーブルに「タン!」と置いて近づいて来る。
「はあっ? アンタなにバカ言ってんの?」
 エリサだった。声がエリサだ。
「え? なにおまえ、普通に歩いてるじゃん?」
 それどころかほぼミイラだったのに包帯がなくなって、髪ものびてるし、ぜんぜん印象が変わっている。
 包帯で隠れていた左目は金色のオッドアイで、俺を見る目がカスを見るそれ。
 このメスガキ感はエリサだ! エリサにちげえねぇ!
「魔力がやっと戻ったから回復使ったのよ」
「へ~、こんなキレイに治るもんなのかよ」
 俺は素直に感心した。

 仮契約中の奴隷は脱走防止のため魔力を封じられる。
 檻の底部には魔力を吸収する仕かけがあり、エリサはそのため力を発揮することができなかった。

「でも、奴隷商に回復魔導士って申告したほうが待遇よかったんじゃない?」
 顔もいいし。
 包帯グルグル状態でもわかるくらい美少女だったが、完全体となったエリサは物語に出てくる姫そのもの。これならもっと上流階層の人間に買ってもらえたろうに。
「アンタ以外の他の連中に買われるわけにはいかなかったからね。あのクソみたいな檻に入れられたから、“耳を使って”までステータスを偽装して、貴重な回復魔導士だとバレないようにしたのよ。ボロボロのままでね。おかげで……不便極まりなかったわ~!」
 エリサはそう言って、包帯の取れた白く輝く腕をう~んと伸ばす。
 ベットで寝ていた弱々しい姿からかけ離れ、別人にしか見えない。
 ほっときゃ死にかねんと思ったから急いで帰って来たが……まあいいや。元気なら。
「ふんふ~ん♪」
 不自由な状態から解放されたエリサは上機嫌で鼻歌を歌い、ベッドの上で素足を組みながらドリンクを飲む。
 見た目はほぼ完ぺきだ。 
 だが……欠けた左耳だけは戻ってない。
 エリサは「耳を使って」と言っていたけど、再生しなかったことに何か関係あるのか?

「タカキ、運命の歯車はすでに回り始めている……その中心に立つのは勇者」
「またその話かよ。俺は勇者じゃないぞ」
 ただの高校生だ。
 ここに高校はないしギルドも辞めた。もはやニートに近い。というかニートだな。
「けどわたしに必要なのは勇者じゃない、悪魔を殺すのは悪魔よ」
「俺が悪魔を殺す悪魔の役ってわけか……なかなか笑えるぜ」
「アツシィ……」
 エリサの姿が変わりすぎて、さっきからアツシが俺たちを交互に見て困惑している。
 俺はアツシの背中に手を当て、隷属紋の効果で俺のエリサに対する認識を共有する。 
「アツシ! アツシアツシ!」
「そうよ、わかる? エ・リ・サ!」
「アツシ!」
 外から「ホ~」という鳴き声が聴こえたので、ツヨシもエリサの回復を喜んでいるようだ。
 ツヨシは残念ながらこの宿屋には泊まれないサイズだ。屋上で待機中。
 悪いな、明日はおまえも絶対一緒の宿に入れてやるからな。

 その夜、待望のシリルイベント発生。
 光に包まれて目覚めた先は、前に会った場所と同じ雲の上である。
「急にお呼び立てして申しわけあり……あら? あらあら? アナタはどなた?」
「ハハッ……なかなかおもしれぇジョークだ」
 俺を見たシリルは目をクリクリさせて不思議そうな顔。
 そりゃ、いきなりハゲ散らかしてくりゃあ見分けもつかなくなるだろうよ。
「俺だよ! タカキだよ! 急にハゲたんだよ!」
「え~!? タカキさん!? ど、どうしてそんな……無惨な」
 無惨言うな。
「女神の呪いでこうなったんだ」
「まっさかぁ~♪ 何かの間違いですよ~!」
 シリルは、ウワサ好きのおばさんみたいに手をパタパタさせて笑う。
 何が違うんだ、言ってみろ?
「神聖にして公正なる女神様が、そんなことするわけないじゃないですか♪」
「ほう……」 
 俺はステータスをオープンプンしてシリルに見せてやる。
 女神のおぞましい呪いを。
「ひ……ひぃぃ!? 呪われてるぅぅ!?」
「おい、逃げんなこらっ!?」
 青ざめたシリルが尻もちをついたまま後ろにシャカシャカ逃げようとしたので、足をつかむ。神聖な天使にとって呪いとは、ウンコを直接こすりつけられるようなものらしい。バイキン扱いかよ畜生。
「ご、ごめなさい! でも、あまり近づかないでください!」
「ああ……悪い。いっさい近づかないから、これをどうにかする方法を教えてくれ。パンツ返せばいいのか?」
 そう言うとシリルは一瞬ほけっとした顔になり、
「そーです! パンツ返してくださいっ!」
 馬鹿なので忘れていたのか、伸ばした手を何度も振って返却を要求する。
 俺は“異空間収納(アイテムボックス)”を発動してパンツを取り出す。
 俺はさわかな笑みでシリルにパンツを差し出した。
「一回しかシコッてないからキレイだぞ」
「一回でもシコッたらキレイじゃないですよっ!?」
 そう言って、シリルはパンツから思いっきり身を引いた。

 いや、あれだ。そうだな。
 俺も健全な高校生だし日に一度や二度はシコりたくなる。
 でもここじゃロクにプライバシーもないし、自宅のパソコンに置いてきたおかずも使用不能。となると現地調達となる。
 直近で見たエロがシリルのピーと乳首しかなかったので、本当にやむを得ずしかたなくパンツを使用するほかなかったのだ。俺は悪くない。

「あ……天使だから言葉の意味はまったくわかりませんけどっ!? ぜんっっぜんわかりませんけど、よくないことですよね! わかりますよ!」
「ウソつけこの、カマトトぶったエロ天使がっ!」
「いやあっ!? そのパンツをわたしに近づけないでぇ~!?」
 飛んで逃げたシリルが肩を抱いていやいやする。
「じゃあ……持ち帰るけどいいのか?」
「あっ! またいけないことに使うつもりですねっ!? 何に使うかはわたし、まったく知りませんけどっ!!」
「じゃあ返そうか?」
 パンツを差し出す。
「やだぁ~!? それ近づけないでぇ~!?」
「どうしろと……?」
 明らかに知ってる反応じゃねえか。
 パンツを引っ込めてやる。
 出しっぱなしの俺の“異空間収納(アイテムボックス)”がブーンブーンと困ったようにうなる。
 入れるのか入れないのか、どっちなんだ早くしろって感じに。
 結局その日は話し合いにならず、俺は返却を拒否されたパンツを再び“異空間収納(アイテムボックス)”に収めて帰ったのだった。