城門のゲートが封鎖されるギリギリのところで王都にたどり着いた俺たちは、ギルド会館に戻った。
会館裏手に併設された、納品倉庫兼加工工場にあるシャワーをお借りして、アツシやツヨシと一緒に石鹸で体を洗い流す。
「こら、暴れんなツヨシ!」
「ホ~!」
ツヨシは特に念入りに洗う。
魔導士ギルドから派遣された高位の魔導士に金を払って、浄化魔導もかけてもらって厳重に駆虫した。
UVライトのような強力な紫外線を発生させて滅菌する浄化魔導。
金がかかるのでやってないが、もっと本格的にやるとなると白いクリーンルームに通される。
そして廊下の全面に設置された、蒼い魔光を照射する浄化装置で全身くまなく滅菌するらしい。
「ホ~!」
「ん~、問題なさそうだな……」
俺は指の輪でツヨシを鑑定し、虫が完全に駆除できていることを確認した。
魔導力で稼働するでっかい温風機で羽毛も乾かしたから、モッフモフになってやがる。
「アツシ!」
「あ、ずるい! 俺が先だぞ!」
アツシが我慢できずにモフモフに沈み込み、俺も負けじとダイブした。
至福……お日様のニオイがする。
冒険者は魔物の血脂や泥にまみれて戻ることが多いので、大抵のギルドには浄化魔導が使える魔導士や高水圧のシャワーが常備されている。
よく異世界モノとかだと、狩った大型の魔物を冒険者で賑わうカウンターの前にドサドサ山積みして、「こいつすげえ!?」、「いったいナニモンだ!?」、「潰すぞガキが!」ってなるような展開があるけど、俺もそれを少し期待していたのだけど、実際だとかなり汚れるから、本館とは別に持ち込む施設が当然あった。
血なんて感染の温床だし、虫や病気を持ち込まれたら普通に大パニックだしな。
「待たせたな! んじゃ、これを持って受け取りカウンターに行きな」
「どうも」
作業服のドワーフのおっちゃんが、加工不要で持ち込んだ薬草を項目ごとに品質チェックして『最良』のサインをくれた。
もらった書類を持って受け取りカウンターに行くと、手数料を差し引いた報酬がもらえるらしい。
手数料を引いた総額――320万2600ボル。
全てに『最良』がついて予想より値段が跳ね上がった。
一日にして大金持ちである。
「おお、すごい! おっちゃん、ありがとなっ!」
「ああ……。あんちゃん、どうでもいいけど服を着たらどうだ?」
ドワーフのおっちゃんは全裸の俺をあらためて見て眉根をひそめる。
ラッパのような口の伝声管から、査定終了のお知らせを聞いた俺は、シャワールームから飛び出て来たので全裸のフルチンだった。
だって、初の稼ぎがいくらになるか気になって仕方なかったんだもん。
しょうがないので服を着てやる。
「これでエリサの身体も治してやれるな」
「アツシ!」
夜道を移動する危険を冒すくらいなら、廃村にある簡易宿泊施設で一夜を明かせばいい。
重厚な鉄扉と頑丈な地下室があって、襲撃があっても安心して眠れる。
でもケガで動けないガキを宿屋に独り残して一泊するのも少々アレなので、仕方ないから戻ってやった。
さんざん怖い思いもしたが、結果は上々。
この世界で現代水準並みの生活を求めるなら、まだまだ引退できるほどの額ではないが、今日は自分へのご褒美になんかおいしい物でも買って帰ろう。
俺はアツシと腕を組んで、スキップしながらギルドへ向かう。
夜のギルド会館は、朝とはまるで違う様相を見せる。
危険な魔物の多くは夜に活発化するため、それを狙って狩る冒険者たちのランクは当然高い。
朝方は和気あいあいとした雰囲気があったギルド会館は、修羅場を潜り抜け危険な殺気を放つようになった、上級の冒険者たちが出没するようになる。
「……」
場違い……という言葉がこれほど似合う男がいるだろうか。
俺がギルド会館に踏み入った途端、異様な雰囲気を持つ屈強そうな連中から刺さるような視線を向けられた。
柱を背に腕組みしている、つなぎ目がほとんど見られない流麗なフォルムの鎧を纏う漆黒の戦士。
談話席で独りトランプをしている、“片眼鏡(モノクル)”をつけ燕尾服を着たの赤い兎の獣人。
二階の喫茶席に座る、重厚な白い石環を重ねて構成された、ミシュランのマスコットをカッコよくしたような不思議な鎧を纏う戦士。
体長が15メートルほどもあり片ヒザを着いて座っている、長い黒髪で目元を隠した牙を持つ緑の巨人。
黒い金属の虎を引き連れた、褐色の肌をした筋肉質の大男。
飛龍が刻まれた白銀のガントレットを両手に装着する、白髪混じりの髪を総髪にした、武骨な雰囲気を持つ眼鏡をかけた長身の男。
連中はおそらく、ファルンに集結している、世界に五十人といないS級ランカー達。
鋼鉄と同等の身体を持つドラゴンを単独で倒すことができる――そういうレベルの戦士達だ。
だがそんな連中が集まったとしも倒せないのが、上位魔王級という存在。
「こっわ……関わらんどこ」
俺は身を縮めながら、受け付け前に常設された投函口に書類を入れる。
あとは適当にブラついて待ってれば番号で呼ばれ、別室に案内されて支払いが行われる。
よく異世界モノだと、冒険者が大勢いるその場で山積みの報酬が手渡され、「すげえぞあの新人!」、「アイツ一体なにものなんだ!?」、「ガキが潰すぞ!」、「俺達でいただいちまおうぜ!」的な展開になるもんだが、俺もそれを少し期待していたのだが、普通に個人情報なのでちゃんと別室で支払われる。俺が何をしてどんだけ稼いだか、第三者に知られることはない。
「タカキ様、お疲れさまでした。初クエスト達成おめでとうございます」
「ありがとう」
美人で巨乳のミレイさんを回してくれるとは、なかなか配慮のできるギルドだ。
やや狭い応接室でソファに座っていたら、明細と金貨入りの袋をお盆に載せて来たミレイさん。
俺は報酬の入ったその袋を“異空間収納(アイテムボックス)”に収める。
ミレイさんはそれを見て目を丸くした。
「驚きました……“異空間収納(アイテムボックス)”持ちでしたか」
「ここじゃあんま珍しくないって聞いたけど?」
「王国軍ならそうかもしれませんが、こちらでは“異空間収納(アイテムボックス)”持ちの方はあまり見かけなくなりました」
「え、どうして?」
「今は国家の非常事態なので、スキル持ちの方は引く手あまたなんです。ですけど、国と庶民の方では出せる依頼料にはだいぶ差があります。ですから、冒険者のみなさんは国の依頼ばかり受けてしまいがちといいますか……」
「まあ、報酬がいいならそっちに行くか」
庶民の味方じゃ腹は膨れん。
国相手なら取りっぱぐれもなさそうだし。
「ですので、タカキさんとアツシさんにはとても期待しています。今回の任務で大きく貢献度が上がりましたので、ギルド長代行の権限でD級への昇格を承認します。仮登録終了ですね♪」
「ありがとう、何か特典はあるのかな?」
「受けられる依頼の数が増えます。ランクに合わせて報酬の高い高難度のクエストに挑めます」
「ふむふむ」
よく聞く話だ。割愛していいくらい知ってる。
「それと、本登録となるD級冒険者にはギルドとスキルの情報を共有する義務がありますので、D級に昇格した冒険者には鑑定を行ってもらっています。タカキ様、アツシ様、本日お時間がございましたら、このまま別室で鑑定に移らせていただいてよろしいでしょうか?」
「鑑定?」
「はい」
うーん……鑑定は困るな。
「そうか……。じゃあ、ギルド辞めます」
「……え? あ……そうですか。とても……残念です」
表情こそあまり変えなかったが、ミレイさんのケモ耳がしょんぼりしたように伏せている。
さすがの俺も良くしてくれた人を裏切るのは胸が痛いが、鑑定はいかん。チート能力がバレる。
「あの、途中での退会に何かペナルティはありますか?」
「いえ……特にございません。クエストの途中でしたら違約金が発生しますが、タカキ様の場合はそうではありませんので」
「そっか。じゃあ、このギルドカードは返すね。アツシも」
「アツシ……」
アツシが無念そうにギルドカードを俺に手渡――おい、離せアツシ。
キラキラしてるのがよほど気に入っていたのか、アツシがちょっと抵抗する。
「――つおらぁっ! はい、ミレイさん!」
結構粘られたが無理やりひったくって、ミレイさんに渡す。
「じゃあ、さようなら」
「アツシィ……」
「お疲れ様でした。またご縁が生まれますことを心より待ち望んております」
ミレイさんは立ち上がって深くお辞儀した。
心の底から美しいと思える、見ている者の心をつかむ丁寧なお辞儀だ。
ミレイさんは最後の最後までプロの受付嬢だった。
さらば。
あなたのような素敵な人に受付けしてもらったことを誇りに思う。
会館裏手に併設された、納品倉庫兼加工工場にあるシャワーをお借りして、アツシやツヨシと一緒に石鹸で体を洗い流す。
「こら、暴れんなツヨシ!」
「ホ~!」
ツヨシは特に念入りに洗う。
魔導士ギルドから派遣された高位の魔導士に金を払って、浄化魔導もかけてもらって厳重に駆虫した。
UVライトのような強力な紫外線を発生させて滅菌する浄化魔導。
金がかかるのでやってないが、もっと本格的にやるとなると白いクリーンルームに通される。
そして廊下の全面に設置された、蒼い魔光を照射する浄化装置で全身くまなく滅菌するらしい。
「ホ~!」
「ん~、問題なさそうだな……」
俺は指の輪でツヨシを鑑定し、虫が完全に駆除できていることを確認した。
魔導力で稼働するでっかい温風機で羽毛も乾かしたから、モッフモフになってやがる。
「アツシ!」
「あ、ずるい! 俺が先だぞ!」
アツシが我慢できずにモフモフに沈み込み、俺も負けじとダイブした。
至福……お日様のニオイがする。
冒険者は魔物の血脂や泥にまみれて戻ることが多いので、大抵のギルドには浄化魔導が使える魔導士や高水圧のシャワーが常備されている。
よく異世界モノとかだと、狩った大型の魔物を冒険者で賑わうカウンターの前にドサドサ山積みして、「こいつすげえ!?」、「いったいナニモンだ!?」、「潰すぞガキが!」ってなるような展開があるけど、俺もそれを少し期待していたのだけど、実際だとかなり汚れるから、本館とは別に持ち込む施設が当然あった。
血なんて感染の温床だし、虫や病気を持ち込まれたら普通に大パニックだしな。
「待たせたな! んじゃ、これを持って受け取りカウンターに行きな」
「どうも」
作業服のドワーフのおっちゃんが、加工不要で持ち込んだ薬草を項目ごとに品質チェックして『最良』のサインをくれた。
もらった書類を持って受け取りカウンターに行くと、手数料を差し引いた報酬がもらえるらしい。
手数料を引いた総額――320万2600ボル。
全てに『最良』がついて予想より値段が跳ね上がった。
一日にして大金持ちである。
「おお、すごい! おっちゃん、ありがとなっ!」
「ああ……。あんちゃん、どうでもいいけど服を着たらどうだ?」
ドワーフのおっちゃんは全裸の俺をあらためて見て眉根をひそめる。
ラッパのような口の伝声管から、査定終了のお知らせを聞いた俺は、シャワールームから飛び出て来たので全裸のフルチンだった。
だって、初の稼ぎがいくらになるか気になって仕方なかったんだもん。
しょうがないので服を着てやる。
「これでエリサの身体も治してやれるな」
「アツシ!」
夜道を移動する危険を冒すくらいなら、廃村にある簡易宿泊施設で一夜を明かせばいい。
重厚な鉄扉と頑丈な地下室があって、襲撃があっても安心して眠れる。
でもケガで動けないガキを宿屋に独り残して一泊するのも少々アレなので、仕方ないから戻ってやった。
さんざん怖い思いもしたが、結果は上々。
この世界で現代水準並みの生活を求めるなら、まだまだ引退できるほどの額ではないが、今日は自分へのご褒美になんかおいしい物でも買って帰ろう。
俺はアツシと腕を組んで、スキップしながらギルドへ向かう。
夜のギルド会館は、朝とはまるで違う様相を見せる。
危険な魔物の多くは夜に活発化するため、それを狙って狩る冒険者たちのランクは当然高い。
朝方は和気あいあいとした雰囲気があったギルド会館は、修羅場を潜り抜け危険な殺気を放つようになった、上級の冒険者たちが出没するようになる。
「……」
場違い……という言葉がこれほど似合う男がいるだろうか。
俺がギルド会館に踏み入った途端、異様な雰囲気を持つ屈強そうな連中から刺さるような視線を向けられた。
柱を背に腕組みしている、つなぎ目がほとんど見られない流麗なフォルムの鎧を纏う漆黒の戦士。
談話席で独りトランプをしている、“片眼鏡(モノクル)”をつけ燕尾服を着たの赤い兎の獣人。
二階の喫茶席に座る、重厚な白い石環を重ねて構成された、ミシュランのマスコットをカッコよくしたような不思議な鎧を纏う戦士。
体長が15メートルほどもあり片ヒザを着いて座っている、長い黒髪で目元を隠した牙を持つ緑の巨人。
黒い金属の虎を引き連れた、褐色の肌をした筋肉質の大男。
飛龍が刻まれた白銀のガントレットを両手に装着する、白髪混じりの髪を総髪にした、武骨な雰囲気を持つ眼鏡をかけた長身の男。
連中はおそらく、ファルンに集結している、世界に五十人といないS級ランカー達。
鋼鉄と同等の身体を持つドラゴンを単独で倒すことができる――そういうレベルの戦士達だ。
だがそんな連中が集まったとしも倒せないのが、上位魔王級という存在。
「こっわ……関わらんどこ」
俺は身を縮めながら、受け付け前に常設された投函口に書類を入れる。
あとは適当にブラついて待ってれば番号で呼ばれ、別室に案内されて支払いが行われる。
よく異世界モノだと、冒険者が大勢いるその場で山積みの報酬が手渡され、「すげえぞあの新人!」、「アイツ一体なにものなんだ!?」、「ガキが潰すぞ!」、「俺達でいただいちまおうぜ!」的な展開になるもんだが、俺もそれを少し期待していたのだが、普通に個人情報なのでちゃんと別室で支払われる。俺が何をしてどんだけ稼いだか、第三者に知られることはない。
「タカキ様、お疲れさまでした。初クエスト達成おめでとうございます」
「ありがとう」
美人で巨乳のミレイさんを回してくれるとは、なかなか配慮のできるギルドだ。
やや狭い応接室でソファに座っていたら、明細と金貨入りの袋をお盆に載せて来たミレイさん。
俺は報酬の入ったその袋を“異空間収納(アイテムボックス)”に収める。
ミレイさんはそれを見て目を丸くした。
「驚きました……“異空間収納(アイテムボックス)”持ちでしたか」
「ここじゃあんま珍しくないって聞いたけど?」
「王国軍ならそうかもしれませんが、こちらでは“異空間収納(アイテムボックス)”持ちの方はあまり見かけなくなりました」
「え、どうして?」
「今は国家の非常事態なので、スキル持ちの方は引く手あまたなんです。ですけど、国と庶民の方では出せる依頼料にはだいぶ差があります。ですから、冒険者のみなさんは国の依頼ばかり受けてしまいがちといいますか……」
「まあ、報酬がいいならそっちに行くか」
庶民の味方じゃ腹は膨れん。
国相手なら取りっぱぐれもなさそうだし。
「ですので、タカキさんとアツシさんにはとても期待しています。今回の任務で大きく貢献度が上がりましたので、ギルド長代行の権限でD級への昇格を承認します。仮登録終了ですね♪」
「ありがとう、何か特典はあるのかな?」
「受けられる依頼の数が増えます。ランクに合わせて報酬の高い高難度のクエストに挑めます」
「ふむふむ」
よく聞く話だ。割愛していいくらい知ってる。
「それと、本登録となるD級冒険者にはギルドとスキルの情報を共有する義務がありますので、D級に昇格した冒険者には鑑定を行ってもらっています。タカキ様、アツシ様、本日お時間がございましたら、このまま別室で鑑定に移らせていただいてよろしいでしょうか?」
「鑑定?」
「はい」
うーん……鑑定は困るな。
「そうか……。じゃあ、ギルド辞めます」
「……え? あ……そうですか。とても……残念です」
表情こそあまり変えなかったが、ミレイさんのケモ耳がしょんぼりしたように伏せている。
さすがの俺も良くしてくれた人を裏切るのは胸が痛いが、鑑定はいかん。チート能力がバレる。
「あの、途中での退会に何かペナルティはありますか?」
「いえ……特にございません。クエストの途中でしたら違約金が発生しますが、タカキ様の場合はそうではありませんので」
「そっか。じゃあ、このギルドカードは返すね。アツシも」
「アツシ……」
アツシが無念そうにギルドカードを俺に手渡――おい、離せアツシ。
キラキラしてるのがよほど気に入っていたのか、アツシがちょっと抵抗する。
「――つおらぁっ! はい、ミレイさん!」
結構粘られたが無理やりひったくって、ミレイさんに渡す。
「じゃあ、さようなら」
「アツシィ……」
「お疲れ様でした。またご縁が生まれますことを心より待ち望んております」
ミレイさんは立ち上がって深くお辞儀した。
心の底から美しいと思える、見ている者の心をつかむ丁寧なお辞儀だ。
ミレイさんは最後の最後までプロの受付嬢だった。
さらば。
あなたのような素敵な人に受付けしてもらったことを誇りに思う。