学校の和式便器でウンコしているときに猛烈な光に包まれた。
そして気づいたら――中世のお城みたいなホールのど真ん中で、俺は尻を出していた。
「よくぞ参られた、異世界の勇者達よ!」
大きな赤い毛皮を羽織った赤髪の野性的な美女が、両手を広げて高らかに声を上げる。
楽隊の勇ましいマーチが鳴り響き、映画で見るようなお貴族様達から盛大な拍手と歓声が上がった。
「え……ちょっ……!?」
俺はあわててズボンをつかんで立ち上がろうとしたが、バランスを崩して後ろに転倒。
でんぐり返しの途中で止まって尻穴を披露し、急いで立ち上がろうと腹筋に力を入れたのがよくなかった。
すでに決壊寸前であった肛門から噴水のごとく、大量のクソが噴出したのだ。
ブリブリブリブリ!!
「う……うおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!!!」
「きゃあああああっ!?」
周囲から大きなどよめきと女性の悲鳴が……。
暗転。
「ただいま……」
「お帰りなさいませ……」
トイレに案内されて戻って来たら、モップを手に清掃していたメイドさんがちょっと引きつった笑みで迎えてくれた。ホールはまだざわついている。
よし……ここから挽回だ。
俺は背筋を伸ばして表情を引きしめ、胸に勇ましく拳を当てて女王に告げる。
「召喚に応じ参上した!! “階級(クラス)”は三組を拝命している!! 問おう、貴女が――」
「追放だ」
「なんでっ!?」
だが玉座の女王は追放を言い渡した。
「どうしてリカバリーできると思った……貴様はもはや追放しかあるまい」
「それは……そうなんだけど」
納得せざるをえない!
「あのようなクソ漏らしが勇者とはな……」
「いやはや世も末……」
お貴族様たちから手痛い低評価レビュー。
楽隊の音楽がいつの間にか哀しみの旋律に変わっている。
俺は救いを求めるように辺りを見回し――。
「あ、あのぉ……」
俺は一緒に召喚されて来た、気の弱そうな少年におそるおそる声をかける。
少年は貴族のお嬢様達をボ~ッとながめていたが、俺が話しかけるとビクッとなって、無言のまま頬を赤くして顔を逸らしてしまう。
な……仲間がおらんっ!?
「ふん、幸い召喚された勇者は二人。一人死んでも問題あるまい」
追放というお話では?
女王の値踏みするような鋭い視線が少年に向けられた。
少年は俺の地元中学校の制服を着ている。
俺は高二なので後輩だな。
体付きも顔もなんだか女の子みたいで、勇者としてはちと頼りない感じだ。
「お待ちなさい女王。勝手は困りますよ」
俺達が茫然と立ち尽くしていると、玉座の後ろに隠れていた銀髪の“褐色の耳長(ダークエルフ)”がひょっこりと顔を出す。
「ラスフィー、貴様はだまっておれ」
女王はいまいましそうに頬杖をつき、懐から孔雀羽の立派な団扇を取り出してあおぐ。
ラスフィーと呼ばれた銀縁眼鏡で燕尾服の男装麗人は、流し目の不敵な微笑みをたたえながら続ける。
「残念ながらそうもいきません。この召喚の儀は各国の支援もあって成功したプロジェクトです。勇者は世界の共有財産! 無駄にできない貴重な資源ですよ? 場所を提供していただいたのは感謝してますがね」
ラスフィーはからかうような口調で女王の周りを軽快なステップで歩き、人を人とも思わぬ恐ろしげなことを言った。
「これはすでに無駄であろう」
女王は団扇の先で俺を指して言った。
そうだけど言い方。
この女王、俺にやたら当たり強くない?
「ですから女王、それを決めるのは貴女では――ない」
ラスフィーは女王に再確認させるように言って、口角を吊り上げながら瞳を大きく見開いた。
レンズ越しに映るそれは、血のように赤い。
「ふん……勝手にせい」
女王はもう知らんといった感じに頬をふくらませ、あぐらかいてそっぽを向く。
なんか子供っぽい人だな。
「ご理解いただけて何より。ささ、ということで勇者たち! カモン! 別室で鑑定をおこなうよ!」
手を叩いて俺達に急ぐよう命令してくるラスフィー。
「鑑定……?」
つぶやいた少年は戸惑いの表情。
異世界転生や異世界転移に一家言ある俺はズイッと前に出て、
「フッ……まさか鑑定とはな」
「先輩は知っているのですか……?」
「ウム……!」
俺は少年の問いに腕組みして答える。
「鑑定とは異世界モノの定番。転移者は一般人より有望な職業や強力なスキルを持っていることが多い。やつらは俺たちを効率よく運用するためにそれを“鑑定(チェック)”したいのだろう。これからの行く末を大きく左右するイベントと言っていい」
「そうですか……。ありがとうございます」
少年は丁寧に頭を下げると、俺から離れるようにさりげなく横に移動する。
俺……そんなに臭ってないよね?
ちゃんと洗ってきたよ?
まるで美術館のような広く豪華な廊下を移動中、ラスフィーはこの世界の状況をかいつまんで説明してくれた。
ここは世界の中継地点である『ガレンドーサ』という国。
東西南北の四島からなる連合国家で、世界でも有数の魔導大国として知られる。
現在地は“北島(ファルン)”と呼ばれる島の城塞都市で、北の大地から侵攻して来る魔族との最前線らしい。
魔族との戦いは、十年前に発生した月面の隕石衝突事故が発端だった。
月はエーテルという魔導物質を地上にもたらす豊穣の衛星であり、大地に生きる生命は等しくそれを享受していた。
だが巨大隕石の衝突によって月の一部が砕け、状況は一変。
北の大地はエーテルがほとんど降り注ぐことのない、死の大地へと変貌する。
エーテルは放出された魔力に反応し、さまざまな現象を引き起こす。
魔導が発達したこの世界でのエーテルは、地球におけるエネルギー全般の役割をになっていた。
厳しい極寒の地で、生命活動に必要なエネルギー資源を失った魔族は他国への侵攻を余儀なくされ、人類はそれに対抗するために戦い続けている。
戦況は、一方的に防衛戦に持ち込める人類側が有利だった。
追い詰められた魔族は切り札となる新たな大魔王の誕生を待望し、雌伏のときを過ごしていた。
そしてついに産み落とされた怪物が、“焔産みの巨王(ほむらうみのきょおう)”アルム=ガルム。
それは巨大な炎の大蛇。
全長推定一万五千メートルの災厄。
世に数多いる魔王の中でも最上位に位置する、“上位魔王級”と呼ばれる至高の存在。
岩のように頑強な灼熱の体表を持ち、放射される炎熱だけでも周囲に甚大な被害をおよぼす。
そこに存在するだけで世界が形を変えてしまう、生ける大災害が人類の敵だった。
氷山の海を渡り襲来したアルム=ガルム。
その熱によって港湾の海は煮え立ち、天高くそびえる防壁を食い破って壮絶な破壊がもたらされた。
尾の一撃で高層の建造物が根こそぎ砕けて飛び散り、大地が深くえぐり取られた。
吐き出す咆哮が台風のごとく大樹を揺らし、茜に染まった空の遥か高みより見下ろされた、星雲のごとく渦を巻くドス黒い単一の魔眼が、人々をあらぬ殺戮の狂騒に駆り立てた。
アルム=ガルムは進路上に存在するあらゆるものを燃やし潰しながら進み、”北島(ファルン)”の東方に位置する休眠中の火山地帯を占拠すると、頂上でとぐろを巻くようにして眠りに就いている。四年経った今現在も。
そして気づいたら――中世のお城みたいなホールのど真ん中で、俺は尻を出していた。
「よくぞ参られた、異世界の勇者達よ!」
大きな赤い毛皮を羽織った赤髪の野性的な美女が、両手を広げて高らかに声を上げる。
楽隊の勇ましいマーチが鳴り響き、映画で見るようなお貴族様達から盛大な拍手と歓声が上がった。
「え……ちょっ……!?」
俺はあわててズボンをつかんで立ち上がろうとしたが、バランスを崩して後ろに転倒。
でんぐり返しの途中で止まって尻穴を披露し、急いで立ち上がろうと腹筋に力を入れたのがよくなかった。
すでに決壊寸前であった肛門から噴水のごとく、大量のクソが噴出したのだ。
ブリブリブリブリ!!
「う……うおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!!!」
「きゃあああああっ!?」
周囲から大きなどよめきと女性の悲鳴が……。
暗転。
「ただいま……」
「お帰りなさいませ……」
トイレに案内されて戻って来たら、モップを手に清掃していたメイドさんがちょっと引きつった笑みで迎えてくれた。ホールはまだざわついている。
よし……ここから挽回だ。
俺は背筋を伸ばして表情を引きしめ、胸に勇ましく拳を当てて女王に告げる。
「召喚に応じ参上した!! “階級(クラス)”は三組を拝命している!! 問おう、貴女が――」
「追放だ」
「なんでっ!?」
だが玉座の女王は追放を言い渡した。
「どうしてリカバリーできると思った……貴様はもはや追放しかあるまい」
「それは……そうなんだけど」
納得せざるをえない!
「あのようなクソ漏らしが勇者とはな……」
「いやはや世も末……」
お貴族様たちから手痛い低評価レビュー。
楽隊の音楽がいつの間にか哀しみの旋律に変わっている。
俺は救いを求めるように辺りを見回し――。
「あ、あのぉ……」
俺は一緒に召喚されて来た、気の弱そうな少年におそるおそる声をかける。
少年は貴族のお嬢様達をボ~ッとながめていたが、俺が話しかけるとビクッとなって、無言のまま頬を赤くして顔を逸らしてしまう。
な……仲間がおらんっ!?
「ふん、幸い召喚された勇者は二人。一人死んでも問題あるまい」
追放というお話では?
女王の値踏みするような鋭い視線が少年に向けられた。
少年は俺の地元中学校の制服を着ている。
俺は高二なので後輩だな。
体付きも顔もなんだか女の子みたいで、勇者としてはちと頼りない感じだ。
「お待ちなさい女王。勝手は困りますよ」
俺達が茫然と立ち尽くしていると、玉座の後ろに隠れていた銀髪の“褐色の耳長(ダークエルフ)”がひょっこりと顔を出す。
「ラスフィー、貴様はだまっておれ」
女王はいまいましそうに頬杖をつき、懐から孔雀羽の立派な団扇を取り出してあおぐ。
ラスフィーと呼ばれた銀縁眼鏡で燕尾服の男装麗人は、流し目の不敵な微笑みをたたえながら続ける。
「残念ながらそうもいきません。この召喚の儀は各国の支援もあって成功したプロジェクトです。勇者は世界の共有財産! 無駄にできない貴重な資源ですよ? 場所を提供していただいたのは感謝してますがね」
ラスフィーはからかうような口調で女王の周りを軽快なステップで歩き、人を人とも思わぬ恐ろしげなことを言った。
「これはすでに無駄であろう」
女王は団扇の先で俺を指して言った。
そうだけど言い方。
この女王、俺にやたら当たり強くない?
「ですから女王、それを決めるのは貴女では――ない」
ラスフィーは女王に再確認させるように言って、口角を吊り上げながら瞳を大きく見開いた。
レンズ越しに映るそれは、血のように赤い。
「ふん……勝手にせい」
女王はもう知らんといった感じに頬をふくらませ、あぐらかいてそっぽを向く。
なんか子供っぽい人だな。
「ご理解いただけて何より。ささ、ということで勇者たち! カモン! 別室で鑑定をおこなうよ!」
手を叩いて俺達に急ぐよう命令してくるラスフィー。
「鑑定……?」
つぶやいた少年は戸惑いの表情。
異世界転生や異世界転移に一家言ある俺はズイッと前に出て、
「フッ……まさか鑑定とはな」
「先輩は知っているのですか……?」
「ウム……!」
俺は少年の問いに腕組みして答える。
「鑑定とは異世界モノの定番。転移者は一般人より有望な職業や強力なスキルを持っていることが多い。やつらは俺たちを効率よく運用するためにそれを“鑑定(チェック)”したいのだろう。これからの行く末を大きく左右するイベントと言っていい」
「そうですか……。ありがとうございます」
少年は丁寧に頭を下げると、俺から離れるようにさりげなく横に移動する。
俺……そんなに臭ってないよね?
ちゃんと洗ってきたよ?
まるで美術館のような広く豪華な廊下を移動中、ラスフィーはこの世界の状況をかいつまんで説明してくれた。
ここは世界の中継地点である『ガレンドーサ』という国。
東西南北の四島からなる連合国家で、世界でも有数の魔導大国として知られる。
現在地は“北島(ファルン)”と呼ばれる島の城塞都市で、北の大地から侵攻して来る魔族との最前線らしい。
魔族との戦いは、十年前に発生した月面の隕石衝突事故が発端だった。
月はエーテルという魔導物質を地上にもたらす豊穣の衛星であり、大地に生きる生命は等しくそれを享受していた。
だが巨大隕石の衝突によって月の一部が砕け、状況は一変。
北の大地はエーテルがほとんど降り注ぐことのない、死の大地へと変貌する。
エーテルは放出された魔力に反応し、さまざまな現象を引き起こす。
魔導が発達したこの世界でのエーテルは、地球におけるエネルギー全般の役割をになっていた。
厳しい極寒の地で、生命活動に必要なエネルギー資源を失った魔族は他国への侵攻を余儀なくされ、人類はそれに対抗するために戦い続けている。
戦況は、一方的に防衛戦に持ち込める人類側が有利だった。
追い詰められた魔族は切り札となる新たな大魔王の誕生を待望し、雌伏のときを過ごしていた。
そしてついに産み落とされた怪物が、“焔産みの巨王(ほむらうみのきょおう)”アルム=ガルム。
それは巨大な炎の大蛇。
全長推定一万五千メートルの災厄。
世に数多いる魔王の中でも最上位に位置する、“上位魔王級”と呼ばれる至高の存在。
岩のように頑強な灼熱の体表を持ち、放射される炎熱だけでも周囲に甚大な被害をおよぼす。
そこに存在するだけで世界が形を変えてしまう、生ける大災害が人類の敵だった。
氷山の海を渡り襲来したアルム=ガルム。
その熱によって港湾の海は煮え立ち、天高くそびえる防壁を食い破って壮絶な破壊がもたらされた。
尾の一撃で高層の建造物が根こそぎ砕けて飛び散り、大地が深くえぐり取られた。
吐き出す咆哮が台風のごとく大樹を揺らし、茜に染まった空の遥か高みより見下ろされた、星雲のごとく渦を巻くドス黒い単一の魔眼が、人々をあらぬ殺戮の狂騒に駆り立てた。
アルム=ガルムは進路上に存在するあらゆるものを燃やし潰しながら進み、”北島(ファルン)”の東方に位置する休眠中の火山地帯を占拠すると、頂上でとぐろを巻くようにして眠りに就いている。四年経った今現在も。