『莉桜、今日も休むの?』
『・・・うん』
 大丈夫、具合でも悪いの? と、心配するお母さんの声。ちょっと、体調が悪いだけ、と押し通してきたがそれも限界に近づいた頃、私がいつものようにスマホを見ているところをお母さんにみつかってしまった。
「何をしてるの!」
 いつも泣いてばかりで控えめなお母さんが声を荒げるのは初めて見た。動揺するのと同時に自分から発せられた声の冷たさに驚く。でも、私はいつ見えなくなるかもわからないのに一秒でも無駄にしたくなかった。
「別になんだっていいじゃん」
 スマホを片手に応える。視点は鮮やかな画面に置いたままだ。
「こんな暗い部屋でそんなことして!」
 そう言ってお母さんは私のスマホを奪った。
「何すんの!返して!」
 綺麗に光り輝くスマホは、電源一つで真っ暗になる。
「莉桜、しっかりしなさい! こんなところでスマホなんか見て、目にも良くないでしょ!」
「うるさいな、どうせ見えなくなるんだったら私が何しようと私の勝手でしょ! お母さん、マジでうざい! 早く出てって」
 自分でもびっくりするくらいの言葉が口から溢れてくる。
「私だって、みんなみたいに、お母さんみたいに自分の目で色々なものを見ていたいよ!」
 今まで出したことのない大きな声。
ずっと、自分に蓋をしてきた分。自分の知らない苦しみが音となる。
「もう嫌だよ。なんで、私ばっかり」
 顔を上げると、お母さんは静かに泣いていた。泣き虫のお母さんの泣き顔なんて、もうずいぶん前から見飽きているのにその涙は私にとって重く感じられた。
いつだったか、泣きながら『ごめんね』と言い続け私の頭を撫でてくれたあの優しい温かい手は暗く光るスマホを震える手で握っていた。見えづらいはずなのに、はっきりとお母さんの透明な涙が見えた気がした。
 それからお母さんは部屋に入って来なくなった。でも、毎日学校に休みの連絡を入れてくれているらしかった。そんな風な日々をだらだらと過ごして、一日、また一日と時間は過ぎていく。
 そんなある時、知らないアカウントから連絡が来た。
〈HARUTO 久しぶり。木下だけど覚えてる?〉
 木下? そんな人知り合いにいたっけ? 友達は決して多い方ではないから知り合いだったら覚えていると思うのだけれど。かろうじて覚えているクラスメイトの名前を思い浮かべていると通知音がなった。
〈HARUTO あれ? 佐藤さんだよね。もしかして、覚えてない?〉
 知り合いでしょうか、と返信すると慌てたようにすぐに通知が来た。
〈HARUTO ちょっと待ってて〉
 しばらくすると、ポンと音がした。通知を開くと何かの画像が送られてきていた。なんだか、写真のようだけどあんまり見えないな。
私は部屋の電気を消して、スマホの明るさ調整を最大にした。
〈HARUTO これならどう?〉
 それは、犬の絵だった。鮮やかな水彩絵の具で彩られたその絵は記憶と重なる。
〈りお 中学の時の?〉
〈HARUTO お! よかった。そうそう! てか、勝手に追加してよかったかな?〉
 私の過去で一番の綺麗な思い出。忘れられるはずがないのに、記憶の中で霞んでいたことに気付く。
〈りお 全然大丈夫だよ〉
 その日から、私はハルト君とスマホを通して話すのが毎日の楽しみになっていった。
〈HARUTO じゃあ、佐藤はそこの高校に行ってるんだ。遠いね〉
〈りお うん。でも、毎日電車で通うのも楽しいよ〉
〈HARUTO そんなもんかな〉
〈りお そんなもんだよ笑〉
 久しぶりに話すハルト君は、昔のままでとっても優しかった。高校にいるクセの強い先生の話や新しい友達の話。私は、主に聞く側だったけどとても楽しかった。でも何より嬉しかったのは、私の描いた絵を今でも大事に取っておいてくれていたことだ。
〈HARUTO あのさ〉
〈りお ??〉
〈HARUTO 佐藤って彼氏とかいる?〉
〈りお え? いや、いないけど〉
〈HARUTO そっか〉
〈りお どうかした?〉
〈HARUTO いや、なんでもない笑 じゃあ、明日早いからこの辺で〉
〈りお うん。じゃあね〉
 そう文字を打ち込み電気をつけた。真っ暗な部屋で明るい画面を見ているからか、電気をつけてからしばらくは真っ白で何も見えない。
それが嫌で、強く目を閉じた。
『あのさ』
 閉じたはずの瞼の裏にスマホの画面が見える。
『佐藤って彼氏とかいる?』
 なんだか、よく分からない気持ちになった。今のハルト君ってどんな表情で笑うのだろう。私が知っているハルト君は中学生の中では少し小さめの身長で、声変わりする前の少し不安定な高い声。でも、こんな私にも何でもないように話しかけてくれる。そんなちょっと変わった男子。なのに、なんでこんなに文字に、
「ドキドキするのかな」