華の高校生活。私、本田桜はめでたく高校生になりました。女子高生、夢にまで見た高校生活。
可愛い制服に身を包み、新しい友達や出会い、新しい私に生まれ変われるであろう未来。なのに、
「イケメンはどこにおるんじゃー!」
「桜、欲望が駄々漏れだよ」
「だってさー、一年無駄にしちゃったんだよ? やばいって、完全に波に乗り遅れた・・・」
 莉桜は、大丈夫だって、と私に笑いかける。莉桜は初めて教室で会った時からずいぶん変わった。入学してからしばらくたった頃、私は新しい友達もいっぱいできて、それこそ青春への扉を開けたばかりだった。
その時も友達とカラオケに行く予定を入れていたが、その日はたまたま教室にスマホを忘れて取りに戻った。
みんな帰った後で誰もいないはずの教室には、静かに本を読んでいる女の子が一人。あれ、まだ入学したばっかりで部活も早く終わるはずなのにどうしたんだろ。
 私には、その子がなんだか違う世界にいるように見えてとても不思議な気がした。なんかわかんないけど、運命みたいなものを感じる・・・。
でも、誰だっけ? 同じクラスで比較的前の席に座っていたような、私、名前覚えるの苦手だかんなぁ。えーっと、もう、聞いちゃえ!
私は、そっと女の子のそばに寄る。すると、女の子の机にかけてあった鞄からスケッチブックが見えた。
それの表紙には、少し大きめな文字で『佐藤莉桜』と書いてあった。
『りお、ちゃん?』
 私が声を出すと女の子は、今まで隣にいた私に気づかなかった様子で、びくっ、と体を震わせた。あれ、怖がらせちゃったかな。まずい、このままでは私の運命が。
『これ、莉桜〈りお〉って読むの?』
 何とか場を取り繕おうと言葉を続けた。静かに机の横にかがんで女の子を見る。その子は長めの前髪を揺らしながら本を閉じた。
『え・・・うん』
 女の子から発せられた小さな声は、少し震えていてとても儚く感じた。顔色をうかがおうとしてみたが決して目を合わせてはくれない。でも、静かに揺れる茶色く細い髪の奥に見える瞳がとても美しく思えた。
『私、桜。莉桜ちゃんと私、お揃いのサクラだね』
 そう言った時、女の子の瞳が揺れた気がした。
私は、この子と友達になりたい。仲良くなりたい。なんでそう思ったのかは私もよくわからない。
でも、それでも、私はこの日を絶対に忘れない。

「莉桜。一緒に帰ろー」
 莉桜の教室を覗く。あーあ、莉桜と同じクラスだったらなぁ。マジで、クラス替えした先生たち許さんわ。リョウじゃなくって莉桜が一緒だったらよかったのに。私が莉桜を探していると、女子の一人が近づいてきた。
「あれ、本田さん。どうかしました?」
「莉桜、呼んでくれない?」
「あ、莉桜さんなら今日、早退しましたよ」
「え、そうなの?」
 莉桜が早退なんて珍しいな。どうしたんだろう。
「はい。テストが終わった後に。普通に私たちとしゃべっていたんですけど、急に体調が悪くなったみたいで」
「そうなんだ。ありがとう」
 私が教室をあとにしようとすると彼女は本田さん、と私の肩をつかむ。
彼女は少しだけ頬を赤らめ下を向いた。
「ん、どうかした?」
 あれ? 私この子になんかしたっけ。全く記憶にないけど。ってか、なんで私の名前知っているんだろう。
彼女は、ゆっくりと深呼吸をすると真っすぐに私を見た。
「本田さんは、隣のクラスのリョウ君と付き合っていますか!」
「・・・は?」
「あ、あの。本田さん、リョウ君と仲良さそうですし、距離感いつも近くて、あの、その、そういったご関係なのかと思いまして」
 彼女は完璧にテンパってしまったようで早口に言葉を続ける。
「いやだって、普通はあそこまで男女の距離感が近い人いませんし、みんなさん、本田さんとリョウ君はお似合いだとか、お昼はお弁当を交換して食べているとか、実は莉桜ちゃんと三角関係でドロドロなんじゃないかとか、あーだとか、こーだとか・・・」
「って、待って。ストップ、ストップ」
 この子はいきなり何を言い出すんだ。彼女を何とか現実に引き戻す。教室ではざわざわと雑談がなされていて、私は周りに聞かれぬように彼女に近づいた。
「落ち着いて。私、別にリョウと付き合ってないよ」
「へ・・・?」
 先程の早口はどこへやら、今度は思考回路が止まってしまったみたいだ。この子は一体何なんだ。
「いや、だから、お弁当一緒に食べてないし、莉桜と三角関係なんてありえないし、第一にまず、付き合ってない!」
「・・・え? そうなんですか?」
「うん」
「・・・え? そうなんですか?」
「うん、ってこのやり取りちょっと前にしたし」
 彼女は、よかったぁ、とその場に座り込む。
「え、いや、大丈夫?」
「はい! 元気です」
「そ、そう。ならよかった」
 怖い。なんか分かんないけど、私この子怖い。
「じゃ、じゃあね」
 私は、その場からただちに脱出すべく後ろを向く。なんか変な子に絡まれたんですけど。私、莉桜に会いに来たのに変な子に絡まれたんですけど! 
すぐさま、一歩を踏み出したがまたもや呼び止められる。
「待って下さい。本田さん! お願いがあります」
「な、何でしょう?」
「私にリョウ君を紹介して下さい!」
「は?」
「お願いします!」
「はぁ!?」
 そのあと、私は訳も分からないまま彼女に連れられ、カフェに来ていた。そういえば、ここはこの前莉桜と来たカフェだ。少しばかりインテリアを変えたようで、雰囲気が違っている。
そこで彼女に聞いたところによると、彼女は池井鈴さん。高校に入学した頃にリョウを見かけ、ひとめぼれ。それからずっと思いを寄せていたが、ある時、幼馴染の私の存在を知る。私とリョウの様子や周りの声から付き合っているのだと勘違いし、今に至る。
「・・・ということで、私にリョウ君を紹介していただけないでしょうか」
「なんでそうなった!?」
「あの、ダメでしょうか?」
 彼女、即ち鈴が私を見つめる。よく見るとこの子、すごく可愛い。
なんだか、上目遣いに私を見つめる瞳がとても愛くるしく、子犬を連想させる。恐らく、この行動も無意識のうちにやってしまっている天然だ。
「やっぱり、ご迷惑でしたよね」
 可愛い。女の私が見ても、可愛らしい。長くまっすぐに伸びたこげ茶の髪に少し青みがかった潤んだ瞳。後ろで控えめに結んである三つ編みがまるでどこかのお嬢様を思わせる。
確か、莉桜からクラスの中に学年一位の池井さんっていう人がいるというのを聞いたことがある気がする。しかも、授業の中で一番テストの点数を取りづらいフランス語を選んでいるとかなんとか。この子、ホントに純日本人ですか。
しょんぼりと鈴は小さく下を向き、頼んだアイスティをみつめる。何度も言うが可愛い。この子、めっちゃ可愛い。この可愛さに、頭も良くて天然。だめだ。これはたぶん、ドンピシャであいつのタイプの女の子だ。
「あの、池井さん?」
「鈴でお願いします」
「あ、えっと、鈴ちゃん。あなたにはもっといい人がいると思うけど」
「いいえ。私、リョウ君しか見えていないので」
 この子、リョウなんかに騙されてかわいそうに。
「だって、鈴ちゃん凄く可愛いし、あの、モテるでしょ?」
「いえ、そんなことは。でも、今まで告白された方々は全て、その場で丁重にお断りさせていただきました」
「・・・それは何回ほど」
「えっと、確か5回です」
 羨ましいなコノヤロー。なにこの子、超羨ましいんですけど。というか、リョウにはもったいないくらいの子なんですけど。私がもらいたいくらいだわ。
「鈴ちゃん。リョウを紹介するのは構わないけど、たぶんがっかりするよ?」
 引き止めるなら今だ。この非の打ち所のない才色兼備の美少女をあのバカから救うには。なんとか鈴を説得すべく、リョウのマイナスポイントをまくしたてる。
「あいつ、見た目よりずっと不器用だし力加減おかしいし、鈴ちゃんが思っているようないいやつではないと思うんだけど。それに、鈴ちゃんみたいな可愛い人はあのバカにはもったいないって」
「あの、本田さん?」
「ん?」
「本田さん、本当はリョウ君のことどう思っていますか?」
「どうって、そりゃあ、ちっちゃい頃からの幼馴染だよ?」
「ほんとにそれだけですか?」
「それだけもなにも・・・」
「気づいたら、その人を目で追っていた。いつの間にか、その人のことばかり考えていて、その人といると安心できた」
「鈴ちゃん?」
「一緒にいると楽しい。もっと話していたい。この時間がずっと続けばいいのに。そう、思ったことは一度もありませんか?」
「それは」
 それは、ないでしょ。
だって、私とリョウはただの幼馴染で他の子たちよりかは距離感近いかもだけど、でも、それ以上でもそれ以下でもなくって。
『俺は絶対にいなくなったりしねぇから』
友達以上恋人未満。漫画みたいな、たまたま家が隣同士のただの幼馴染。
それが、リョウと私の関係?
『だから、もう泣くなって』
分かんない。考えたこともなかったから全然、分かんないけど。でも
『お前らしくねぇぞ』
私は、リョウのこと。
「・・・分かった」
「本田さん?」
「紹介してあげる。リョウのこと」
「え?」
 鈴は、自分から言ってきたのにもかかわらず心なしか申し訳なさそうに見えた。手元のハンカチが少し皺になっている。
「・・・うん。私が恋のキューピットになってやろうじゃないの」
「でも」
「何? 鈴ちゃんが言ってきたんじゃない。ここであのバカを紹介して私の疑惑をなくしてやる。そうしたらきっと、私にも春がおとずれるはず。ね? だから、信じて」
「本田さん」
 鈴が、あまり感情の読み取れない表情で笑った。頼んだアイスティのグラスの表面には水滴が溜まって、テーブルの上に小さな水たまりを作っていた。
「おう! 任せといて」
 これで良かったんだ。私より先にあいつがリア充になるのは、とてつもなくむかつくけど、ここは鈴ちゃんの可愛さと思いに免じてあいつに花を持たせてやろうじゃないの。
そうすれば、バカも鈴ちゃんもみんな、ハッピーエンドよ。