これは、今よりずっと前のお話。
ある古びた街に一人の少女がおりました。
少女は、周りのお友達と少し見た目が違いました。
ミルクココアのように輝く髪に白い肌、それらはあまりみんなと変わりません。
しかし、唯一みんなと違ったのは赤く澄んだ瞳でした。
少女のお友達も少女の両親もみんな茶色い目をしていました。
『悪魔。お前、ほんとは悪魔なんだろ』
そう言って、お友達はいつも少女をいじめていました。
少女の家は貧乏でお金がなく家には鏡がなかったので、古い大きな桜の木の下を流れる川に映る自分を見ては、いつも一人で泣いていました。
『どうして君は、泣いているの?』
少女が顔を上げると、同じくらいの歳に見える男の子が目の前に立っていました。男の子は少女の顔を覗き込みます。
少女は突然のことで驚いていましたが、すぐに下を向いてしまいました。
『なぜ下を向くの?』
男の子は不思議そうに首をかしげます。
『だって、私は悪魔の目なんだもの』
少女は下を向きながらそうつぶやきました。
すると、男の子は突然笑い出し少女に言いました。
『悪魔の目? 君は悪魔なのかい?』
『違うよ!』
少女が男の子をにらむように見ると、男の子は淡いサクラのような目をしていました。
『綺麗な澄んだ赤色だ』
そう言って少女を見る男の子は、少女が今まで話してきた誰よりもまっすぐにしっかりと目を見て言いました。
それからというもの、少女は毎日男の子に会いに行きました。一緒にお話をしたりサンドイッチを食べたりしました。その何でもないような日々が少女にとっては、どんなにおいしいものよりも価値のある宝石よりも愛おしいものとなっていきました。
そしていつの間にか時は過ぎ、あんなに咲き誇っていた桜も少しずつ散っていきました。柔らかかった日差しも次第に痛いものになり、小さく咲いていた花も虫もいなくなっていました。
少女はいつからか、お友達と遊ぶようになりました。あんなにも苦しく、ただ一人泣いていた日々は少女の記憶の隅っこに、それ以上のキラキラとした思い出でいっぱいに溢れていました。お友達も目のことは何も言わなくなりました。
そんな桜の花も残りあと少しという頃。
少女は久しぶりに男の子に会いに行きました。
しかし、男の子の姿はありません。
『遊びに来たわ。どこにいるの?』
そう呼びかけてみても返事はありません。
何度呼びかけても、どこを探しても男の子はいませんでした。
少女はなんだか悲しくなって久しぶりに泣きました。目の前の川に映る赤い瞳が風に吹かれて揺れていました。
泣いて、泣いて、気がつくと川に一枚、桜の花びらが浮かんでいました。
『また泣いているの?』
男の子の声でした。でも、姿は見えません。
『どこにいるの?』
『ごめん。もう、君とは会えないんだ』
『どうして』
少女は必死に呼びかけました。
『ごめんね。だから、僕のことは忘れるんだ』
『嫌よ!』
男の子と遊んだ日々が浮かんでは消えていきます。それと同時にお友達との楽しい日々が流れていきました。どうして忘れていたのだろう。あんなにも大好きだったのに毎日楽しかったのに。
『会いに来なかったことを怒っているの?』
『違うよ。君と過ごした時間は宝物さ』
『それなら、隠れてないで一緒に遊びましょう?』
なんだか心の奥がモヤモヤして、少女は周囲を見渡しながら必死に呼びかけます。きらきらと動く川の水が少女の白いワンピースの裾を暗く染めていました。
『私、あなたに話したいことがたくさんあるの。お友達もできたのよ』
『うん。君は優しい子だから、お友達もたくさんできるよ』
『あなたも、ずっと前から私のお友達よ』
『ありがとう。でもね』
しかし、少女はもう反論しませんでした。
なぜなら、聞こえてくる男の子の声が震えていたからです。
『君は胸を張って生きて、周りの言葉なんて気にしちゃだめだ。君は、強いのだから』
少女は涙ながらに『でも』と言いかけましたが、なぜだか何も言えませんでした。少女の鼻をすする音と、男の子の声が重なります。
『だから、僕のことは忘れて』
最後に、男の子はこう付け加えました。
『僕の名前は―』
ある古びた街に一人の少女がおりました。
少女は、周りのお友達と少し見た目が違いました。
ミルクココアのように輝く髪に白い肌、それらはあまりみんなと変わりません。
しかし、唯一みんなと違ったのは赤く澄んだ瞳でした。
少女のお友達も少女の両親もみんな茶色い目をしていました。
『悪魔。お前、ほんとは悪魔なんだろ』
そう言って、お友達はいつも少女をいじめていました。
少女の家は貧乏でお金がなく家には鏡がなかったので、古い大きな桜の木の下を流れる川に映る自分を見ては、いつも一人で泣いていました。
『どうして君は、泣いているの?』
少女が顔を上げると、同じくらいの歳に見える男の子が目の前に立っていました。男の子は少女の顔を覗き込みます。
少女は突然のことで驚いていましたが、すぐに下を向いてしまいました。
『なぜ下を向くの?』
男の子は不思議そうに首をかしげます。
『だって、私は悪魔の目なんだもの』
少女は下を向きながらそうつぶやきました。
すると、男の子は突然笑い出し少女に言いました。
『悪魔の目? 君は悪魔なのかい?』
『違うよ!』
少女が男の子をにらむように見ると、男の子は淡いサクラのような目をしていました。
『綺麗な澄んだ赤色だ』
そう言って少女を見る男の子は、少女が今まで話してきた誰よりもまっすぐにしっかりと目を見て言いました。
それからというもの、少女は毎日男の子に会いに行きました。一緒にお話をしたりサンドイッチを食べたりしました。その何でもないような日々が少女にとっては、どんなにおいしいものよりも価値のある宝石よりも愛おしいものとなっていきました。
そしていつの間にか時は過ぎ、あんなに咲き誇っていた桜も少しずつ散っていきました。柔らかかった日差しも次第に痛いものになり、小さく咲いていた花も虫もいなくなっていました。
少女はいつからか、お友達と遊ぶようになりました。あんなにも苦しく、ただ一人泣いていた日々は少女の記憶の隅っこに、それ以上のキラキラとした思い出でいっぱいに溢れていました。お友達も目のことは何も言わなくなりました。
そんな桜の花も残りあと少しという頃。
少女は久しぶりに男の子に会いに行きました。
しかし、男の子の姿はありません。
『遊びに来たわ。どこにいるの?』
そう呼びかけてみても返事はありません。
何度呼びかけても、どこを探しても男の子はいませんでした。
少女はなんだか悲しくなって久しぶりに泣きました。目の前の川に映る赤い瞳が風に吹かれて揺れていました。
泣いて、泣いて、気がつくと川に一枚、桜の花びらが浮かんでいました。
『また泣いているの?』
男の子の声でした。でも、姿は見えません。
『どこにいるの?』
『ごめん。もう、君とは会えないんだ』
『どうして』
少女は必死に呼びかけました。
『ごめんね。だから、僕のことは忘れるんだ』
『嫌よ!』
男の子と遊んだ日々が浮かんでは消えていきます。それと同時にお友達との楽しい日々が流れていきました。どうして忘れていたのだろう。あんなにも大好きだったのに毎日楽しかったのに。
『会いに来なかったことを怒っているの?』
『違うよ。君と過ごした時間は宝物さ』
『それなら、隠れてないで一緒に遊びましょう?』
なんだか心の奥がモヤモヤして、少女は周囲を見渡しながら必死に呼びかけます。きらきらと動く川の水が少女の白いワンピースの裾を暗く染めていました。
『私、あなたに話したいことがたくさんあるの。お友達もできたのよ』
『うん。君は優しい子だから、お友達もたくさんできるよ』
『あなたも、ずっと前から私のお友達よ』
『ありがとう。でもね』
しかし、少女はもう反論しませんでした。
なぜなら、聞こえてくる男の子の声が震えていたからです。
『君は胸を張って生きて、周りの言葉なんて気にしちゃだめだ。君は、強いのだから』
少女は涙ながらに『でも』と言いかけましたが、なぜだか何も言えませんでした。少女の鼻をすする音と、男の子の声が重なります。
『だから、僕のことは忘れて』
最後に、男の子はこう付け加えました。
『僕の名前は―』