「ちょっと、ちょっとごめんなさい!」
「おっと?」
 出口まで来たところで、急に後ろから腕にしがみつかれました。
 見るとそこには、目の覚めるような華憐な美少女がいて、背後を警戒するようににらんでいます。
 その視線を追って見ると、そこには王子様がいました。
 金髪碧眼の甘い美貌の持ち主。
 絵に描いたような美青年で、世間的にはさわやかなイメージで売ってますが、性格の悪さが顔ににじみ出ていて、デレラはこの王子がかなり嫌いです。
 デレラを見た王子は不機嫌そうに目を細め、少女はデレラにさらに強くしがみつきます。
「おい、その女性から手を離せ。僕を誰だと思っている」
「王子様だろ? 捕まっちゃいるが、捕まえちゃいないぜ?」
 デレラは残った方の手を挙げて、面倒くさそうに言います。
 ですが少女は大きな胸を押し付けるようにしてしがみつき、かぶりを振ります。
 そして小声で、
「お願い、何も言わずに私と踊ってちょうだい! 一生のお願い!」
「え~……」
 厄介ごとはごめんですが、女の子の必死な様子にデレラも断りきれません。
「おい、何をひそひそ話している!」
 王子が語気を強めると、取り巻きがデレラ達を取り囲みます。
 騎士団や運動部に所属している大柄な少年達は、壁のように二人を阻みました。
「チッ! こいつら気にくわねぇなあ……!」
 腕づくもじさないという横暴な態度に、デレラはちょっとカチンときました。
 女だからとナメられるのは我慢できないのです。
「いいぜ……のってやろうじゃねえか! レディ、どうか私と踊ってくださいますか?」
「ええ、もちろんよ!」
 デレラが紳士的に優しく手を取ると、女の子はさも当然の顔で承諾します。
 会場がどよめきました。

「おい、パートナーは成立したんだ。どけよ」
「う……」
 正式に結ばれた契約は王族といえど覆せません。
 少年達は困惑の顔で王子を振り返り、王子は舌打ちして下がるように手を挙げます。
「ありがと。助かったわ。あいつ、しつこいなんてもんじゃないんですもの。本当に気持ち悪い……!」
 ホールの中央に移動しながら、女の子は後ろでにらんでいる王子を見て心底嫌そうな顔をします。
「ま、王子の気持ちもわからないでもないか……」
 そう言って、デレラは横目に女の子を見ます。
 選りすぐりの美男美女が集う舞踏会の中にでも、女の子の美しさはひときわ輝いて見えました。
 腰まで届く白銀の煌めく髪、見るものを虜にする神秘的な深みを見せる紅い瞳、あどけなさを残しつつどこか憂いを帯びた表情が男の庇護欲をくすぐります。
 それに加えて――大迫力のボリューム。
 腕にぎゅうぎゅう押しつけられた豊満な胸の感触に、デレラも王子の気持ちをなんとなく理解してしまいます。
「あなた、ダンスはちゃんと踊れる?」
「誘っといて今さら言うことかよ。ガキのころに仕込まれたら大丈夫さ」
 もっとも教わったのは女性パートのみですが、デレラは天才なので会場で一番の踊り手である子爵家の少年の動きをトーレスして、おおよその感覚はつかんでいます。
「よかった! 踊れないんじゃ、可哀そうなことをしたと後悔してしまうわ」
「そんなことにはならねえよ。ところで、あんたの名前は?」
「私の名前は――パルフォアよ!」
 パルフォアは不敵な笑みを浮かべると、デレラの手を取ってクルッと鋭く回転しました。
「おおっ?」
 緩急の急速な入れ替わりにデレラは多少戸惑いましたが、すぐさま調整して、素早い動きに合わせて踊ります。
「あら、なかなかやるじゃないの!」
「あんたこそな!」
 広い会場を所せましと駆け抜ける最高峰の踊り手。
 暴れ馬のごとく激しく躍動するパルフォアの挑戦的な瞳が輝き、それを受けたデレラは額に玉の汗を浮かべながら不敵に笑う。
 絶世の貴公子ようなデレラの姿に見惚れた女性達は、パートナーのことなどすっかり忘れ釘付けになります。
 ですが、その姿を他とは違う別の感情が捉えていました。

「あいつ……!」
 上手く踊れず会場のスミで立ち止っていたチレーヌは、デレラを見て憤慨します。
 来るなと言ったのに、知らない女の子と踊っている。
 
 あんなに楽しそうに踊って……!
 悔しい……! 許せない!

「なんでよ……! なんで……!」
 キレイな女の子と楽しそうにしているデレラを見てなんで泣いているのか、チレーヌは自分でもわかりませんでした。
 けど、どうしようもなく胸が苦しくなってしまうのです。
 こんなに苦しい思いをしたのは初めてのことでした。