【大丈夫?】

心配そうに顔を覗き込む高橋くんに、小さく頷く。

【どこか痛いの? 保健室行く?】

あまりの的外れな心配に、思わずクスッと笑ってしまった。

そういえば彼は私の名前を知っているのだろうか。
昨日の朝礼で挨拶はしたけれど、念の為、【私、泉本涼音(いずもとすずね)っていうの】と伝えると、高橋くんは【昨日転校してきたんだよね】と返してくれた。
よかった。私のことを知ってくれていた。
もし知られずに勝手に演奏を聴き、一方的に話しかけていたら、それこそ完全なる不審者だった。

【高橋くんも一週間前に転入してきたばかりなんだよね?】

【うん。よく知ってるね?】

【友梨ちゃんが教えてくれたから】

高橋くんは”友梨ちゃん”が誰だかわからなかったようで、首を傾けた。
【私の前の席に座っている石川さんだよ】と伝えても、微妙な顔をしている。
まあ、そうか。私だってまだクラスメートの名前をほとんど覚えていない。
特に男子生徒は、高橋くん以外名前がわからないし。

勝手に自分の中で納得していると、高橋くんはフッと笑った。

【どうしたの?】

【こうやって同年代の人と会話するの、久しぶりだなと思って】

【どうして?】

理由を聞いていいものなのかためらいながらも尋ねると、【俺、人と会話出来ないから】と、彼は文字で伝えた。
少し寂しげな表情に、胸が詰まる。

【今、私と会話してるじゃん】

【それは泉本さんが優しいからだよ。俺、皆んなみたいに話せないから、話すのめんどくさがられるんだ】

【そんなこと】

打ち掛けた文字を消す。

もしかすると過去に、何か彼にそう思わせるような出来事があったのだろうか。

「そんなことないよ」という言葉を伝えるのは、浅はかすぎる気がした。

その代わり、私は昨日からずっと気になっていたことを聞いてみることにした。