浅宮は自転車を降りて、それをひきながらふたりで川辺を歩いている。俺の地元にもこんなところがあったなと少し懐かしい感じのする、川に沿った遊歩道。燈色の空。夕焼け雲がどこまでも真っ直ぐ続いている。

 最初こそ有栖の話をしていたが、途中から話が逸れて浅宮と色んな話をした。
 中学の時の話や、家族の話。浅宮はやっぱり中学でもモテていて、兄弟は弟がひとりいるということがわかった。十歳も離れているから、浅宮は弟を随分と可愛がっているらしい。



 やがて浅宮は自転車を遊歩道の端に止め「ちょっと座ろうぜ」と伸びた草をかき分けて土手を下る。

「俺のカバンの上に座る?」

 浅宮が土手のコンクリートに座ろうとした俺に自分のカバンを差し出してきたから「いいよっ気にしないからっ」と断る。そうしたら浅宮はスポーツタオルをカバンから取り出して、それをコンクリートの上にひいてくれた。


 ふたり並んで座って川を眺めていたら、浅宮が話を切り出してきた。

「三倉あのさ、もしかして、カバン取りに教室に戻ったとき、俺、教室にいた……?」

 うわ。浅宮にバレてる。こいつ鋭いな。
 タイミング的に俺が『カバンを取りに行った=教室に来た』じゃないかと考えたんだな……。

「うん……いた。あの、瀬野はるかとふたりでいたからなんとなく教室に入り辛くてさ」

 誤魔化したってしょうがない。俺は正直に答えた。

「だよな。俺たちの話、もしかして聞こえてた……?」
「えっ、あの……」

 どうしよう。盗み聞きしてたことまで話してしまおうか。

「浅宮。瀬野に告白されてた……みたいで……」
「断ったけどな」
「浅宮は、有栖のことを想ってるんだもんな……」

 自分で言っててなんか胸が苦しくなる。どうしてだろう。そんなこと最初からわかっていたことなのに。
 浅宮は何も答えない。有栖を想ってるから、瀬野の気持ちに応えられない。そこに少しの罪悪感みたいなものがあるのだろう。

「俺、ちょっとだけ聞こえちゃったんだけどさ、浅宮はもうすぐ有栖に告白するの……?」
「えっ! はわっ?!」

 浅宮。慌てすぎて変な声出てるぞ。

「片想いってなんかモヤモヤするし、辛いよな……。いっそ打ち明けたくなる気持ちもわかるよ」

 今の俺には身に沁みてわかる。でも俺の想いは絶対に浅宮に伝えない。
 浅宮は有栖が好きだってわかっているんだから。

「いや、俺は——」
「俺も瀬野と同じ気持ちだ。あっ、浅宮なら告白してもうまくいくよ! 応援……してるからさっ」

 俺は無理矢理明るい声をだした。
 これは本心じゃない。最初の頃は協力するなんて言ってたけど、今の俺はすっかり心変わり。浅宮がこのまま有栖に告白しないで、ずっと一緒にいてくれたらいいのにな、なんて思ってる。


「思い切って告白してみろよ、浅宮っ」

 ドンと浅宮の背中を叩いてやる。そんなことをする俺はバカだ。浅宮を失うことになるかもしれないのに。

「いいよ、俺自信ないし……」
「浅宮と有栖はお似合いだと思うよ。そうだ、有栖に探りを入れてみようか? 浅宮のことどう思ってるかって——」
「やめろよ!!」

 間髪入れずに浅宮に怒鳴られた。そうだよな……そんなことして有栖に気持ちを勘付かれでもしたら大変だ。

「ごめん……それはしない……」

 温厚で優しい浅宮でも、怒鳴ることがあるんだな。浅宮に初めて怒鳴られて、ちょっと凹むな……。




「三倉は?」
「ん……?」
「三倉は俺のこと応援してくれるけど、逆に三倉は好きな奴いないのか?」
「なっ……!」

 なんてこと訊くんだよ! 言えるわけない言えるわけない。本人を目の前にして言えるわけないだろ!

「いっ、いいんだよ、俺のことなんて! 俺は浅宮が幸せになってくれたらそれでいいんだ」

 頼むからほっといてくれよ。俺は有栖にはなれない。有栖と比べたら俺なんて下の下の下だ。そんなことはわかっているから。

「おっ、俺そういうの別に興味……ないから……」

 もちろん嘘だ。
 最近は浅宮のことばかり考えるようになっていた。なんでこんなに浅宮が気になるんだろう……。

「付き合うとかどうでもいいし」

 なんか虚しくなってきて、泣きたくなんかないのに涙があふれてくる。それを浅宮にバレたくないからそっぽを向いたのに、こんなときだけ敏感な浅宮は、わざわざ移動してまで俺の顔を覗き込んできた。

「三倉……泣いてる……?!」

 言うなよバカ。
 俺がかぶりを振って「泣いてない」と否定してるのに、「えっ、なんで泣く?!」と浅宮は慌てている。

「ごめんっ。ホントごめん……。変なこと訊いた俺が悪い」

 本当にそうだよ。俺はギリギリのところで気持ちを抑えて耐えてるんだから。

「もしかして三倉、好きな人が……」

 駄目だ。浅宮にそんなこと言われたら涙を堪えきれなくなってきた……。
 浅宮が指で俺の涙を拭った。やめろ。優しくされると余計に辛くなるんだよ……。

「わかるよ。泣くほどそいつのことが好きなんだろ……」

 そうだよ。靄がかったみたいな気持ちだったのに、今日で俺は、はっきり自覚した。

 俺は浅宮が好きだ。



「お前を泣かせるような奴は俺がぶん殴ってやりたいよ……」

 俺を泣かせたのは浅宮、お前だ。自分の頭でもぶん殴ってろよ……。

「俺、三倉のこと応援するよ。三倉だって俺のこと応援してくれてるんだから」

 それは無理だ。この世に浅宮はひとりしかいないんだから、浅宮×有栖か、浅宮×俺のどちらかしかない。浅宮の想いが叶ったら、必然的に俺の願いは叶わないんだよ。


 浅宮は俺が落ち着くまで黙ってずっとそばにいてくれた。
 頃合いを見計らって「三倉って見てて飽きないよ」と声をかけてきた。

「泣いたり笑ったり、俺、そういうの好きだ」

 浅宮はとことん優しいな。俺を励まそうとしてそんなこと言ってくれてさ。

「はは……自分の気持ちもコントロールできないなんて情けないだけだよ……」

 俺は立ち上がる。夕日も沈んだところだし、あんな醜態を晒したあとじゃ浅宮と一緒いてもなんか恥ずかしい。

「帰る?」
「うん」
「もう大丈夫?」
「うん」
「わかった」

 浅宮も俺に合わせて立ち上がった。

 そして自転車のところまで戻ろうとしたとき、暗くなって足元が見えなくなっていたせいで、草むらで何かに足をとられる。

「うわっ!」

 よろけた俺を浅宮がサッと手を伸ばして支えてくれる。

「ありがと浅宮」

 お礼を言って浅宮から離れようとしたのに、浅宮がそれを許さない。
 え、なんで。
 なんでこいつ俺の身体から手を離さないんだよ……。

「あ……さみ、や?」

 どうしたんだと浅宮の顔を見る。
 浅宮は、思い詰めたような顔で俺を掴んだまま。

「あっ!! 悪ぃ!」

 浅宮は急にパッと俺から離れた。その様子はいつもの浅宮に戻っている。

「ったく三倉、ボヤボヤしてんなよ! 何やってんだ!」

 浅宮は笑い飛ばす。

「ご、ごめんっ! 俺昔からどんくさいんだよな……」

 俺も笑って誤魔化す。

「三倉、怪我はない?」
「うん。大丈夫」
「もしかして、俺のおかげ?」

 浅宮はやったら嬉しそうに笑ってる。

「うぜー」

 その通りだよ。ひとりだったらブザマに転んでいたことだろう。

「俺、三倉の役に立てた?」
「なんだよ急に。恩着せがましいな」
「俺がいてよかった?」
「まあね」

 浅宮。お前がいないと寂しいに決まってるじゃないか。

「そっかそっか。俺も少しは報われるわ」

 そうだなお前はいい奴だ。全力で報われるんだぞ、協力してやるから。

 はぁ……。

 好きだと気づいた途端に失恋した気分だ。

 なんで浅宮なんて好きになっちゃったんだろう……。