俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

 浅宮(あさみや)有栖(ありす)のことを好きなんだろうなというのはうっすら気がついていた。

 俺と有栖は幼馴染で親友だ。俺はいつも有栖と一緒にいるから、浅宮がチラチラこちらを見てる熱っぽい視線を察していた。
 こういうのには昔から慣れている。勉強も運動もできてさらに美形の有栖はいつだって注目の的。有栖と一緒にいるとみんな振り返る。
 まぁ、浅宮も校内で有名になるくらい顔の整ってる奴だし、もしふたりが並んだとしたらものすごく絵になるな、なんて考えた。
 顔がいいってそれだけで得だよな。



「あ、あの、三倉(みくら)

 放課後、浅宮に声をかけられた。浅宮に話しかけられることなんて滅多にないからちょっとだけ驚いた。

「なに?」
「あのさ、お前に話があってさ。ちょっとだけ俺に付き合ってくれない?」

 浅宮は髪をいじりながら恥ずかしそうに視線を逸らした。
 なんだろう……? 浅宮が俺に話があるなんて……。



 俺は浅宮に呼ばれて誰もいない教室でふたりきりになる。

「み、三倉って有栖と仲、いいよな……?」

 浅宮はなんだか様子がおかしい。ちょっと緊張してるのかな。

「有栖? えっと、俺たち小学校からずっと一緒なんだ」

 なんで浅宮は有栖の話を……。

「そ、そっか。どうりでいつもふたり一緒にいると思ったよ。あ、有栖ってやっぱり昔からあんなふうに優秀だったのか……?」

 浅宮は俺を呼び出したのに、さっきから有栖のことばかり訊いてくる。

 ——わかった。こいつ、俺から有栖の情報を聞き出そうとしてるんだ。恥ずかしくて有栖本人には直接聞くことができないから。

 こんな目に遭うのはこれが初めてじゃない。昔からそうだ。バレンタインに呼び出されたと思ったら「このチョコ有栖くんに渡してくださいっ」とか、俺をダシにして実は有栖を遊びに誘いたいだけだったとか、そんなのばっかりだ。

「有栖はすごいよ。中学の時もモテモテだしさ、あの顔で性格もいいし頭もいいしさ」

 嘘じゃない。有栖は俺の幼馴染とは思えないくらいに優秀なんだ。いくら顔がいい浅宮でも敵わないんだぞ。

「へぇ……やっぱりモテるよな……幼馴染だし、ライバルとしては最強だな……」

 浅宮はなんだかブツブツと独り言を呟いている。

「有栖はああ見えて、実はホラー映画が好きなんだ。もし映画に誘うならそういう映画だと喜ぶんじゃないかな」

 どうだ? 浅宮。なかなか有力な有栖の情報を流してやったぞ。有栖を映画デートに誘うときの参考にするがいい。

「えっ! ホラー映画?!」
「意外でしょ?」
「それって『怖い!』とかなんとか言って抱きついちゃうパターンありじゃん……。三倉は有栖と一緒に映画観に行ったことあるのか……?」
「え? まぁ、何回か……」
「うわ、羨ましいな……」

 羨ましい、か。まぁ、確かに有栖と映画に行けるのなんて俺くらいなものかもしれないな。

「そうだ、浅宮。このあと時間ある? 有栖の好きなカフェが学校の近くにあるから教えてあげようか? 一緒に行く?」
「えっ!! それって、俺と三倉のふたりだけでってことだよな?!」

 ん……? ああ。有栖は来ないのかってことなんだろうな。あいにく今日、有栖は部活&塾で大忙しだ。

「そうだよ。有栖は来ない。それでもいいな——」
「行くっ! 行くに決まってるだろ! 急にドキドキしてきた……」

 浅宮はすごいノリ気だな。そんなに有栖が好きなのかな……? まぁ、推しの通ってる店に行くみたいなものだからドキドキしてるのか。





 俺と浅宮は、目的のカフェに到着して向かい合わせで座っている。立地の割に店内は広々としており、木の温かみを感じるような優しいインテリアが有栖の好みの店だ。

「ここは有栖が気に入ってる店で、俺もよく連れてこられるんだ」

 通学路から少し外れたところにあるカフェで、値段も安めでゆっくりできるので時々ここで有栖とダラダラ喋ったりスマホゲームをしたりしている。



「ここに来れば会えるかもしれないんだな……」

 そっか。浅宮はここにくれば偶然を装って有栖に会えるかもしれないって思うんだな。

「そうだ。今度俺と有栖がこの店に来るときに浅宮にこっそり教えようか?」
「え! だって俺、三倉の連絡先知らないし……」
「LINEでも交換する?」
「いいの?!」
「うん」
「うっそ、すげぇ嬉しい! どうやったら連絡先聞き出せるか昨日SNSで調べまくったのに、三倉のほうからそんなこと言ってくれるなんて思いもしなかったよ」

 何を陰キャみたいなこと言ってるんだよ、お前学校でたくさん友達いるだろ。


 俺と浅宮は連絡先を交換する。

「やっば、嬉しすぎる。これって俺からも三倉に連絡していいってことだよな……?」
「え? いいけど……」

 当たり前だ。こっちから一方的に連絡を受ける気でいたのか?

「俺、今日勇気出して三倉に声かけてよかった。さっきから楽しすぎる」
「まだ店に来ただけで何も飲んだり食ったりしてないけど……」

 なんだかわからないが、浅宮が楽しいならいいか。
 

「あ、あの……三倉は何をするのが好きなの……? 映画とか、カラオケとか、遊園地とかさ……」

 え? なんで有栖じゃなくて俺のことを聞いてくるんだ?
 あー、なる。有栖のことばっかり聞くのもあからさまだし、俺に悪いと思ったんだな。

「俺? 俺は映画が好きだな。でもホラーよりはもっとこう、アクション系が好きなんだけどね」
「そうなんだ。それじゃ俺もアクション系を好きになるわ」

 意味がわからないぞ。なぜ趣味を揃えようとする……?

「あっ、あとは? すっ、好きな芸能人とかいる?」
「あー。お笑いのミドルっていうコンビいるじゃん? 俺も有栖も最近結構ハマってるんだよね」

 ほら、さりげなく有栖情報も混ぜてやったぞ。喜べ浅宮。

「そいつら知ってるわ! こないだTVで見たコントがマジ面白くてさ」
「浅宮も見たのか? あれさ——」

 そこから延々と色んな話を浅宮とした。



 話してみると浅宮と案外気が合った。浅宮は話も面白いし、浅宮と話しているとすごく盛り上がって、あっという間に時間が経ってしまった。
 


 それから普通に浅宮と友達になった。浅宮は結構マメな男らしく、『今なにしてる?』とか『面白い漫画見つけたから今度貸すよ』とか『おやすみ』とか、ちょいちょい俺にLINEを送ってくる。
 浅宮のいいところは見た目だけだと思ってたけど、話してみたら気さくでいい奴だな。
 今は三限目の授業中。今朝まではなんともなかったのに、頭痛がする。
 昨日の夜ゲームをやり過ぎたせいか……?

 座ってることすら辛くなってきた。このまま机に突っ伏したいが、そんなことをしたら授業中に寝ている奴だと思われるしな……。



「三倉。お前具合悪い……?」

 俺の斜め後ろに座っている浅宮が、授業中にも関わらず席を立って声をかけてきた。

「うん……どうだろ……」

 頭は痛いし寒気もするが、よくわからない。

「先生っ!」

 浅宮が手を上げた。

「三倉、保健室連れていってもいいですか? なんかヤバそうなんで」

 浅宮の申し出に教師も「わかった。頼む」と返した。

「三倉。立てるか?」

 立とうとして気がついた。かなりフラフラする。浅宮の肩を借りつつ、保健室へ駆け込んだ。




 保健室で横になっていたら少し身体が楽になってきた。
 でも、気になるのはずっとそばに浅宮がいることだ。

「ありがとう浅宮。授業中だしもう俺ひとりで大丈夫だから」

 こんなにずっと浅宮を付き添わせちゃ悪い。

「みっ、三倉、なんか要る? 水でも持ってこようか? 頭冷やすのもう少しもらってこようか? なんか俺にできること……ないかな……」

 まったく、教室に戻っていいって言ってるのに……。

「俺は三倉が心配だからそばにいたいけど、三倉的には俺がいたら眠れないか……」

 浅宮は寂しそうに微笑んだ。
 こんなに心配してくれるなんて、浅宮は友達思いな奴なんだな。


「わかった。じゃあここで少しだけサボってけよ」

 そう言ってやると浅宮がぱっと顔を上げた。
 俺はゆっくりと身体を起こす。それを咄嗟に浅宮が「大丈夫か、無理すんな」とサポートしてくれた。

「大丈夫だよ。そうだ、有栖の話でもしようか?」

 俺の提案に浅宮はうんうんと力強く頷いて「なんでもいいから三倉と話がしたい」とキラキラ目を輝かせている。
 こいつ。急に嬉しそうだな。
 授業よりも有栖が大事なのか。


「中学の卒業式の時はすごかったんだ。その日一日で有栖が何人に告白されたと思う?」
「そんなにすごいのか……? わかんねぇ、五人くらい?」
「十一人だ。すごいよね。有栖に告白するのに待機してる人の数を見て、諦めた人もいたんじゃないかって俺は思ってる」
「すっげ……」

 あ、やば。浅宮が軽くショックを受けてる。そんな話を聞いたらさすがの浅宮でも有栖と付き合えるかどうか不安になっちゃうよな。

「でっ、でも浅宮。お前も有栖と同じくらいモテるだろ? だから大丈夫だ!」

 今更ながらに適当なフォローを入れてみたが、浅宮は「別にモテなくていい。ただひとりだけ、俺の好きな人だけ振り向いてくれればそれでいいのに……」とうつむいている。

「そっか……」

 そうだよな。浅宮は有栖さえ好きになってくれたらって思ってるんだよな……。
 有栖はちょっと中性的な美形だし、男の浅宮が好きになるのも頷ける。実際、中学校の頃も有栖は女子だけでなく、男からも告白されていた。
 有栖は人気があるから、ビジュアル最強男の浅宮でも振られてしまうかもしれない。

 

「俺も協力するよ」
「きょ、協力って何を……?」
「浅宮と有栖がうまくいくようにだよ」
「えっ……!」

 浅宮は死ぬほど驚いている。どうやら俺には有栖への気持ちはバレてないと思ってたようだ。でもはっきり言って、あんなにわかりやすく熱っぽい目で有栖を見てたら誰だって勘づくと思う。

「隠すなよ。大丈夫だ。俺は誰にも言わないから」

 そう言ってやってるのに、浅宮はとても困った顔をしている。
 まぁ、そうだよな。まさか男に惚れてるなんて絶対誰にも知られたくなかっただろうから。



「だからか……。だから三倉は俺とカフェに行ったりLINE教えてくれたりしたんだ……」
「そうだよ」

 え? 逆にそれ以外になんの理由がある?!

「別に、俺とどうこうなりたいわけじゃなくて……」
「いや、浅宮とは友達になりたいと思ってるけど」
「とも……だち……か……」

 どうしたんだよ浅宮。落ち込み過ぎだ。
 しばらく苦しそうな表情をしていた浅宮だが、「それでもいいっ」と急にガバッと顔を上げた。


「わかった。三倉。協力してくれ。これからも俺を助けてくれないか?」

 なんだよコロッと態度を変えて……。まぁ、協力するけど。だって浅宮は実は結構いい奴だし。

「うん。いいよ」
「ホントか? じゃあ今まで通り、俺と一緒に過ごしてくれる……?」
「もちろん」

 なんなんだ? そんな当たり前のことを確認したがって……。


「最後に」

 浅宮は、急に真面目な顔になる。浅宮がずいっと顔を近付けてきたから間近で浅宮を見ることになって、なんかドキドキした。だって浅宮は非の打ち所がないくらいキレイな顔をしているから。

「三倉は、有栖と付き合わない。それでいいよな?」
「へっ?!」

 急にそんなことを言われてびっくりした。そうか、有栖は親友だと思ってたからそんな目で見たことはないけど男同士のそういう関係だってあり得るよな……。
 浅宮は男が恋愛対象みたいだし、常に有栖のそばにいる俺の存在を不安に思っていたのかもしれない。

「だってそうだ。三倉は俺のこと応援してくれるんだろ? だったらお前が有栖と付き合うなんてことしないよな」

 浅宮は真剣だ。そんなに有栖のことを本気で想ってるんだな。

「うん。付き合わない。浅宮のこと応援するよ」

 俺がそう言い切ると、浅宮はほっとした顔をした。

「ありがとう。ごめんな、具合悪いのにたくさん話をして……」
「いいよ、もともと俺から言い出したんだから」

 そうは言ったものの、少し辛くなってきて再び保健室のベッドに横になる。
 それをみて浅宮が「ごめん。俺のせいだ」と心配そうな顔で覗き込んできた。

「俺、少し寝る……」

 頭がクラクラする。俺は布団に潜り込み目を閉じた。

「ごめん……三倉……」

 浅宮はもう一度謝ってきた。
 返事をしようと思ったけど、身体のだるさのせいで「ううん……」と返しただけ。

「お前の優しさにつけ込むような真似をして
……」

 浅宮が何か話しかけているようだが、なんか頭ボーッとするし、眠くなってきて、うまく聞き取れない。

「でも嫌なんだ。耐えられない。他の奴なんかに渡したくないんだよ——」
「三倉。あのさっ……」

 あれから一週間後。すっかり元気になった俺のもとに浅宮がやってきた。
 浅宮に呼ばれてまたいつかの教室でふたりきり話をする。



「また俺に協力してくれないか?」

 協力……?
 ああ。浅宮と有栖の仲を応援してほしいってことだな。

「なに? 俺に何をして欲しいんだ?」

 俺が訊ねると、浅宮は映画のチケットを見せてきた。

「こ、これ貰ったんだけど、俺と一緒に行ってくれない?」
「えっ! なんで俺?! 有栖を誘えばいいのに……」
「いや、あの……れ、練習だよ。これアクション映画だし、三倉と行って、デートの練習がしたい……」

 デートの練習?! そんなことをしなくても浅宮ならどうせうまくいくんじゃないかな。
 まぁ、でも最初のデートで失敗したらどうしようって気持ちもわからないでもない。

「いいよ。協力する」
「いいのか?!」
「うん。有栖の好みならよく知ってるし、本番のために教えてあげるよ」
「ありがとな! じゃあ今度の日曜日でいいか?」
「うん」
「うわぁ! やった、初デートだ!」

 いや、何言ってんだ。初デートに行く前の練習の間違いだろ。



 
 そして日曜日。
 駅で浅宮と待ち合わせをして、映画館へと向かう。
 イケメンってすごいんだなと思った。前を歩く女の子がハンカチを落としたから浅宮がさっと拾って、それを手渡す。「ありがとうございます!」と言って女の子はハンカチを受け取ったあと「もしよかったら連絡してくださいっ!」と連絡先を書いた紙を浅宮に差し出す。そこから「すごくかっこいいですね。私の好みですっ!」なんてアピールされて……。

 途中から気がついたけど、女の子はわざとハンカチを浅宮の目の前で落としたようだ。浅宮と話すきっかけを作るために。だからさっきから女の子は必死で浅宮に話しかけ続けてる。

 結局「急いでるから」と浅宮が振り切って、ふたりで足早に映画館の中に入った。
 浅宮に言わせると、街で声をかけられることなんて日常茶飯事らしい。




 浅宮とふたりでドッキドキのアクション映画を見終えたあと、今は、浅宮が「TVで観て美味そうだったから」と言って予約してくれていた人気店でインスタ映えしそうなチーズハンバーグを食べている。

「浅宮。こんな感じでいいと思うよ。映画館で有栖はポップコーンは食わないから買わなくていい。それで有栖はハンバーグ好きだし、これすごい美味い」

 浅宮のデートプランはいいと思う。有栖とのデートの時は、アクション映画をホラー映画に変えればいい。有栖の映画館での行動は、今日、浅宮にレクチャーしておいた。

 人気店を予約してあるっていうのも「昼メシどうしよう」ってオタオタしなくて済むし、有栖はハンバーグ好きだ。本番もこのプランで行けば有栖はきっと浅宮に好感をもつだろう。


「ホントか? 俺さ、そういうの苦手だから。でも良かった。三倉が楽しいって思ってくれたんなら」

 俺を楽しませてどうする、と浅宮に言ってやりたかったが言葉を飲み込んだ。これはデートの練習だってわかってるけど、俺自身がさっきからすっかり楽しんでしまっている。

 浅宮は一生懸命考えたんだろうな……。有栖のために。こんなに浅宮に想われてるなんて有栖は幸せだな……。



「あっ!」

 ボーッと考え事をしてたらテーブルにある水の入ったグラスを手に引っ掛けて倒してしまった。
 浅宮はさっと立ち上がり、手近にあったおしぼりだのナプキンだのでテーブルをさっと拭き、水がかかった俺の服を持っていたハンカチで拭いてくれる。

「大丈夫か? 俺のと上着、交換する?」

 浅宮はそんなことを言ってジャケットを脱いで俺に寄越そうとする。

「えっ、いいっていいって。水だしすぐ乾くし」

 そんなの浅宮に悪すぎるだろ。こんなビショ濡れのカーディガンなんて着させられない。




 それからゲーセンに行き、クレーンゲームの商品を眺めていると、キャラクターぬいぐるみが目についた。ボールチェーンが付いた、キーホルダーサイズの。
 昔から俺が密かに好きなキャラクターだ。ゆるっとしたところが癒されるが、ちょっとマイナーなのかあんまりグッズを見かけることがない。
 欲しいけど、俺はクレーンゲームにチャレンジして取れた試しがないから無理だ。

「三倉。これ、好きなの?」

 足を止めた俺の視線の先に気がついて、浅宮が後ろから話しかけてきた。

「うん、まぁ……」
「俺、取れるかチャレンジしてみるわ」

 浅宮は言いながらゲームの機械に百円を投入している。
 一度試したあと「これ、イケるやつだ。多分取れる」と言って、再びチャレンジして、今度は見事にぬいぐるみをゲットした。

「すげぇ! 浅宮!」
「俺こういうの得意なんだわ。YouTubeで攻略動画ばっか観てたときがあってさ」

 浅宮は面白いやつだな。特技はクレーンゲームなのかよ。


「はい、これ三倉にあげる」

 浅宮がボールチェーン付きぬいぐるみを差し出してきた。

「えっ、いいよ、浅宮が取ったんだから」
「三倉にプレゼントしたいから取ったんだ」
「なんだよそれ……」
「もらって。初デートの記念に」
「だからデートの練習だろ?」
「あ、そうだったな。じゃあ初デート練習の記念に」

 浅宮はぽんとぬいぐるみを俺の手のひらの上に置いた。

「あ、ありがとう……」

 浅宮は不思議な奴だ。俺にプレゼントしても、なんの得にもならないのに。クレーンゲームでゲットすることが好きなのかな。




 浅宮と過ごす時間は楽しくて、気がつけば外はすっかり暗くなってしまっていた。さすがに帰らないといけない時間だ。
 今は浅宮とふたりで大きな陸橋を歩いている。これを渡り終えたら駅だ。

「み、三倉……あのさ」

 浅宮に声をかけられ、隣を歩く浅宮のほうに視線をやる。

 浅宮は、やっぱりかっこいいよな……。こいつの見た目に弱点なんかない。頭の先から足の先まで完璧だ。
 でも、浅宮がモテる理由が浅宮と一緒に過ごしてみてわかってきた。ビジュアルがいいからモテてるだけだと思っていたけど、きっとそうじゃない。浅宮は優しいし面白いし、すごくいい奴だ。実は性格がいいからモテてるのかもしれない。



「バカなこと言ってるってお前は笑うと思うけど」
「なに?」
「れ、練習したい……」
「え? ここで? 何を?」
「あの……。手を繋ぐ……練習……」
「えっ!!」

 おい! 待てよ!
 まぁわかるけど。そういうことほど初めての時どうしたらいいのかわからないって気持ちはわかるけど……!

 浅宮は左手でそっと俺の右手に触れた。浅宮の手は俺より大きくて指が長いことに今さら気がついた。
 浅宮はそのまま俺の手を握り込んでくる。
 なんでだろう。これは練習だってわかってるのにドキドキする。



「三倉、俺、今日お前と一日過ごせてすごく楽しかった」

 少しギクシャクした感じだけど、ふたり手を繋ぎながら暗闇から明るい駅の方角へと、歩いていく。

「また、俺とこうやって会ってくれる?」

 正直俺も楽しかった。また浅宮と一緒に出かけたいと思った。

「いいよ。またデートの練習がしたくなったら付き合うよ」

 これは練習。浅宮が好きなのは有栖で、こうやって手を繋いでいるのだって、浅宮が俺のことを好きでやってることじゃない。そう俺は自分に言い聞かせる。

「うん。練習でいい。なんでもいいからまた遊ぼうな」

 浅宮がとびきりの笑顔で俺を振り返った。

 ——うわ、ヤバい。

 こいつの悩殺スマイルにやられて浅宮に引き込まれそうだ。
 そしてさっきからふたり握った手を、浅宮はぎゅっと固く握って離さない。


 浅宮は男だ。そんなことはわかっているのにこんなにドキドキさせられるなんてあり得ない。
 俺と有栖は違う。でも、浅宮なら男同士だとしても有栖を陥落させられるかもしれないなんて思った。
 だってなんか、俺、浅宮のこと……。


 浅宮はすごい。やっぱりお前はデートの練習なんて必要ないよ……。
 でも、練習は要らないなんて浅宮に教えたら、自信がついた浅宮はすぐにでも有栖に告白するんだろうか。
 そしたらもう俺とはこんなことしてくれないよな……。本命とデートをするに決まってる。

「きょ、今日の浅宮のプランは良かったと思うけど、有栖は人気があるからさ、もう少しだけ俺で練習してから告白したらどうかな」
「うん、そうする」

 良かった。あとちょっとだけ浅宮と一緒にいられそうだ。

 いやいや、ほっとする場面じゃない。
 浅宮の恋を応援するんだよな。
 なんで俺、浅宮の足を引っ張ってるんだよ……。

「有栖ごめんっ! 俺、カバン忘れた! 先に帰ってて!」

 有栖と下校しようとしていたのに、学校最寄りのバス停まで来て、バスに乗ろうとしたときに定期入れどころかカバンごと忘れたことに気がついて俺は慌てて学校に戻る。
 いやこれ結構恥ずかしい。
 カバンごと忘れるなんてどうかしてるよ。自分が情けなくなる。




 教室に入ろうとしたとき、これ絶対入っちゃ駄目だろの雰囲気を察して俺は躊躇した。

 だって教室には男女ふたりきり。しかもなんか深刻な雰囲気だ。
 浅宮と、瀬野(せの)はるか。瀬野は顔もスタイルも良くて素人ながらインスタでなかなかのフォロワーを獲得している校内でも有名な美人だ。

「どうしても駄目なの?」
「ごめん……俺好きな人いるから……」

 申し訳ないけど気になりすぎて、廊下に潜んでふたりの会話に聞き耳を立てた。
 話の内容から察するに、瀬野が浅宮に告白して、浅宮が断ったという感じだ。

「浅宮くんが好きな人って誰なの? 私その人みたいになるから。教えてほしい……」

 瀬野って案外健気なんだ。

「そんなことしなくていいし、俺の好きな人を教える気もないよ」

 たしかにそうだな。浅宮が好きなのは有栖だ。まさかここで男が好きだなんてカムアウトするわけがないだろう。

「そう……。わかった。諦めるね……。浅宮くんは好きな人とうまくいくといいね……」

 瀬野は声が震えている。泣いてるのかもしれない。

「うん……俺はいま、頑張ってるとこ。いつまでもこんな気持ちじゃいられないからさ、俺ももうすぐ告白、してみるわ」

 浅宮は有栖に告白することを決めたのか。もうすぐっていつなんだろう。

「瀬野。俺が振られたら笑ってくれよ」
「浅宮くんが振られるわけないよ」
「そうならいいけど、すげぇ自信ない。多分振られるんだ。怖くて仕方がなくて、だからずっと言えずにいる……」

 自信がないから、俺にアドバイスを求めたり、デートの練習してるんだもんな。
 でもきっと浅宮なら——。

「いいなぁ、その人。浅宮くんに想われて。あ! 浅宮くんがその人に振られたらあたしと付き合ってよっ。あたし、もう一回浅宮くんに告白するから」
「おい、さっきは『うまくいくといいね』とか言っといて急に俺が振られたあとの話をすんじゃねぇよ!」
「ごめん。冗談だよっ」

 ふたりは和やかな雰囲気だ。俺には全然縁のない高校生アオハル。


 あ! ヤバい! ふたりが教室を出ようとしてる!
 俺はいったん隣の教室に逃げ込んで、ほとぼりが冷めてから再び教室に戻った。



「えっ! 三倉?! お前有栖と帰ったのかと思ってた!」

 昇降口で、ばったり浅宮と出会った。

「そのはずだったんだけど、カバン忘れてさ……」
「カバン?! 教室に?!」
「うん、まるごと全部……。バスで定期出そうとしたときに気がついてさ……」
「そっか。そうだったんだ……」

 神妙な顔つきになったと思ったら、
「三倉っ! ありえねー! えっ、お前、カバンごととか、普通気づくだろ!」

 浅宮はデカい声で笑ってる。

「うるさいっ」
「いやっ、マジウケる。三倉って本当おっもしろいなー!」

 浅宮はすごく楽しそうだ。

「はぁ、笑った笑った」

 浅宮め! 人をネタにして大笑いしやがって!


「で、三倉はこれから帰るとこ?」
「うん、そうだけど」
「じゃ、一緒に帰ろうぜ。俺、チャリなんだけど、駅まで乗ってけよ」

 駅まで徒歩三十分。だからいつも駅からバスを使って学校に行くけど、浅宮はチャリ通学なのか。




「浅宮って、家どこなの?」

 駐輪場へと向かいながら浅宮に質問してみる。まだ浅宮と友達になって日が浅いからこいつの知らないこともいっぱいある。浅宮のこと色々知りたい。もっと聞いてみたい。

「ここからチャリで二十分くらいかな。駅の反対側なんだ」

 学校へのバスは駅の南口から出ているから、浅宮は北口のほうに住んでいるってことだよな。

「近いんだな。いいなー」
「まぁな。だからみんなよく遊びに来るんだ。……よっ……と」

 浅宮は駐輪場から自転車をとり出し、それにまたがる。

「後ろ。三倉乗って」
「うん」

 浅宮の自転車の後ろに乗る。どこにつかまろうかとちょっと戸惑う。

「俺の脇以外、どこでもいいから掴まって」

 浅宮が急に自転車を走らせるからびっくりして、慌てて浅宮にしがみついた。抱き締めるような真似はできないから、浅宮のブレザーをちょっとだけ掴んで。



「三倉、お前軽いなぁ!」

 浅宮は自転車をビュンと飛ばしてる。慣れた通学路だろうから道はしっかり頭に入ってるんだろうけど。
 さっきから俺の視界は浅宮の背中だ。広くてどこか頼りがいのある背中。

 ちょっとだけ、浅宮に不審に思われない程度にそっと背中に頭を寄せてみる。
 スンと匂いを嗅いでみる。ほんの一瞬だけど、特別な香りがした。

 ——浅宮にもっと近づきたい。浅宮に触れてみたい。

 浅宮と恋人同士だったら、こんな時ぎゅっと浅宮に抱きつけるのにな。

 俺は目の前の浅宮にそっと手を伸ばす——。

 ヤバいヤバい! そんなの駄目だ! あんまりこんなことしてると浅宮に変に思われると俺はまた姿勢を直す。

「三倉、ちょっと寄り道していい?」

 俺の心の葛藤なんて全く気がついていない浅宮は、振り返って呑気に話しかけてきた。

「いいけど、どこ行くの?」
「あー、決めてない」
「は?」

 なんだよ寄りたいところがないのに寄り道したいって……。

「だって三倉ともう少しだけ一緒がいいからさ。あ! そうだ! 川見よ、川。俺の中学の近くの川。で、あっそうそう有栖の話、聞かせてくれよ」

 お前の中学の近くの川に行ってなんになるんだと思ったが、浅宮はただ有栖の話が聞きたかっただけなんだな。


 浅宮は口をひらけばいつも有栖、有栖。こいつにはきっと俺なんか見えてない。俺と話しながらも頭の中は有栖のことでいっぱいなんだろうな。

「うん、わかった。有栖の話をするよ」

 それでもいい。浅宮とふたりでいられるなら。こんな時間だって、浅宮が告白したら終わりになっちゃうんだから。
 浅宮は自転車を降りて、それをひきながらふたりで川辺を歩いている。俺の地元にもこんなところがあったなと少し懐かしい感じのする、川に沿った遊歩道。燈色の空。夕焼け雲がどこまでも真っ直ぐ続いている。

 最初こそ有栖の話をしていたが、途中から話が逸れて浅宮と色んな話をした。
 中学の時の話や、家族の話。浅宮はやっぱり中学でもモテていて、兄弟は弟がひとりいるということがわかった。十歳も離れているから、浅宮は弟を随分と可愛がっているらしい。



 やがて浅宮は自転車を遊歩道の端に止め「ちょっと座ろうぜ」と伸びた草をかき分けて土手を下る。

「俺のカバンの上に座る?」

 浅宮が土手のコンクリートに座ろうとした俺に自分のカバンを差し出してきたから「いいよっ気にしないからっ」と断る。そうしたら浅宮はスポーツタオルをカバンから取り出して、それをコンクリートの上にひいてくれた。


 ふたり並んで座って川を眺めていたら、浅宮が話を切り出してきた。

「三倉あのさ、もしかして、カバン取りに教室に戻ったとき、俺、教室にいた……?」

 うわ。浅宮にバレてる。こいつ鋭いな。
 タイミング的に俺が『カバンを取りに行った=教室に来た』じゃないかと考えたんだな……。

「うん……いた。あの、瀬野はるかとふたりでいたからなんとなく教室に入り辛くてさ」

 誤魔化したってしょうがない。俺は正直に答えた。

「だよな。俺たちの話、もしかして聞こえてた……?」
「えっ、あの……」

 どうしよう。盗み聞きしてたことまで話してしまおうか。

「浅宮。瀬野に告白されてた……みたいで……」
「断ったけどな」
「浅宮は、有栖のことを想ってるんだもんな……」

 自分で言っててなんか胸が苦しくなる。どうしてだろう。そんなこと最初からわかっていたことなのに。
 浅宮は何も答えない。有栖を想ってるから、瀬野の気持ちに応えられない。そこに少しの罪悪感みたいなものがあるのだろう。

「俺、ちょっとだけ聞こえちゃったんだけどさ、浅宮はもうすぐ有栖に告白するの……?」
「えっ! はわっ?!」

 浅宮。慌てすぎて変な声出てるぞ。

「片想いってなんかモヤモヤするし、辛いよな……。いっそ打ち明けたくなる気持ちもわかるよ」

 今の俺には身に沁みてわかる。でも俺の想いは絶対に浅宮に伝えない。
 浅宮は有栖が好きだってわかっているんだから。

「いや、俺は——」
「俺も瀬野と同じ気持ちだ。あっ、浅宮なら告白してもうまくいくよ! 応援……してるからさっ」

 俺は無理矢理明るい声をだした。
 これは本心じゃない。最初の頃は協力するなんて言ってたけど、今の俺はすっかり心変わり。浅宮がこのまま有栖に告白しないで、ずっと一緒にいてくれたらいいのにな、なんて思ってる。


「思い切って告白してみろよ、浅宮っ」

 ドンと浅宮の背中を叩いてやる。そんなことをする俺はバカだ。浅宮を失うことになるかもしれないのに。

「いいよ、俺自信ないし……」
「浅宮と有栖はお似合いだと思うよ。そうだ、有栖に探りを入れてみようか? 浅宮のことどう思ってるかって——」
「やめろよ!!」

 間髪入れずに浅宮に怒鳴られた。そうだよな……そんなことして有栖に気持ちを勘付かれでもしたら大変だ。

「ごめん……それはしない……」

 温厚で優しい浅宮でも、怒鳴ることがあるんだな。浅宮に初めて怒鳴られて、ちょっと凹むな……。




「三倉は?」
「ん……?」
「三倉は俺のこと応援してくれるけど、逆に三倉は好きな奴いないのか?」
「なっ……!」

 なんてこと訊くんだよ! 言えるわけない言えるわけない。本人を目の前にして言えるわけないだろ!

「いっ、いいんだよ、俺のことなんて! 俺は浅宮が幸せになってくれたらそれでいいんだ」

 頼むからほっといてくれよ。俺は有栖にはなれない。有栖と比べたら俺なんて下の下の下だ。そんなことはわかっているから。

「おっ、俺そういうの別に興味……ないから……」

 もちろん嘘だ。
 最近は浅宮のことばかり考えるようになっていた。なんでこんなに浅宮が気になるんだろう……。

「付き合うとかどうでもいいし」

 なんか虚しくなってきて、泣きたくなんかないのに涙があふれてくる。それを浅宮にバレたくないからそっぽを向いたのに、こんなときだけ敏感な浅宮は、わざわざ移動してまで俺の顔を覗き込んできた。

「三倉……泣いてる……?!」

 言うなよバカ。
 俺がかぶりを振って「泣いてない」と否定してるのに、「えっ、なんで泣く?!」と浅宮は慌てている。

「ごめんっ。ホントごめん……。変なこと訊いた俺が悪い」

 本当にそうだよ。俺はギリギリのところで気持ちを抑えて耐えてるんだから。

「もしかして三倉、好きな人が……」

 駄目だ。浅宮にそんなこと言われたら涙を堪えきれなくなってきた……。
 浅宮が指で俺の涙を拭った。やめろ。優しくされると余計に辛くなるんだよ……。

「わかるよ。泣くほどそいつのことが好きなんだろ……」

 そうだよ。靄がかったみたいな気持ちだったのに、今日で俺は、はっきり自覚した。

 俺は浅宮が好きだ。



「お前を泣かせるような奴は俺がぶん殴ってやりたいよ……」

 俺を泣かせたのは浅宮、お前だ。自分の頭でもぶん殴ってろよ……。

「俺、三倉のこと応援するよ。三倉だって俺のこと応援してくれてるんだから」

 それは無理だ。この世に浅宮はひとりしかいないんだから、浅宮×有栖か、浅宮×俺のどちらかしかない。浅宮の想いが叶ったら、必然的に俺の願いは叶わないんだよ。


 浅宮は俺が落ち着くまで黙ってずっとそばにいてくれた。
 頃合いを見計らって「三倉って見てて飽きないよ」と声をかけてきた。

「泣いたり笑ったり、俺、そういうの好きだ」

 浅宮はとことん優しいな。俺を励まそうとしてそんなこと言ってくれてさ。

「はは……自分の気持ちもコントロールできないなんて情けないだけだよ……」

 俺は立ち上がる。夕日も沈んだところだし、あんな醜態を晒したあとじゃ浅宮と一緒いてもなんか恥ずかしい。

「帰る?」
「うん」
「もう大丈夫?」
「うん」
「わかった」

 浅宮も俺に合わせて立ち上がった。

 そして自転車のところまで戻ろうとしたとき、暗くなって足元が見えなくなっていたせいで、草むらで何かに足をとられる。

「うわっ!」

 よろけた俺を浅宮がサッと手を伸ばして支えてくれる。

「ありがと浅宮」

 お礼を言って浅宮から離れようとしたのに、浅宮がそれを許さない。
 え、なんで。
 なんでこいつ俺の身体から手を離さないんだよ……。

「あ……さみ、や?」

 どうしたんだと浅宮の顔を見る。
 浅宮は、思い詰めたような顔で俺を掴んだまま。

「あっ!! 悪ぃ!」

 浅宮は急にパッと俺から離れた。その様子はいつもの浅宮に戻っている。

「ったく三倉、ボヤボヤしてんなよ! 何やってんだ!」

 浅宮は笑い飛ばす。

「ご、ごめんっ! 俺昔からどんくさいんだよな……」

 俺も笑って誤魔化す。

「三倉、怪我はない?」
「うん。大丈夫」
「もしかして、俺のおかげ?」

 浅宮はやったら嬉しそうに笑ってる。

「うぜー」

 その通りだよ。ひとりだったらブザマに転んでいたことだろう。

「俺、三倉の役に立てた?」
「なんだよ急に。恩着せがましいな」
「俺がいてよかった?」
「まあね」

 浅宮。お前がいないと寂しいに決まってるじゃないか。

「そっかそっか。俺も少しは報われるわ」

 そうだなお前はいい奴だ。全力で報われるんだぞ、協力してやるから。

 はぁ……。

 好きだと気づいた途端に失恋した気分だ。

 なんで浅宮なんて好きになっちゃったんだろう……。
『明日ひま?』

 昼休みに突然の浅宮からのLINE。俺は飛びつくように確認する。最近浅宮からの連絡が嬉しくてしょうがない。

 明日は土曜日だ。何かの誘いなんだろうか。
 明日は学校のあとは特に何も予定はない。一体何の用事かわからないけれど、浅宮と一緒にいられるなら、何の誘いでもいいか。


『暇だよ何?』

 と俺が返信すると、

『学校のあと、俺んちに遊びに来いよ。ゲームやろ』

 と即レス。

 え?! 浅宮の家?!
 浅宮の家になんて行ったことがないし、浅宮の家族もいるかもしれないし、ちょっと緊張するな。

『俺の他に誰か来んの?』
『来ない。誰も誘ってない』

 おい、ふたりだけかよ! しかもまたしても即レス。俺はそんな速くレス返せないから!
 どうしよう……。行きたいけど……。



「三倉? どうしたの?」

 俺の異変に気がついて、俺と向かい合って昼メシを食べていた有栖が俺の様子を伺ってくる。

「えっ! いや……あのっ……」

 有栖には浅宮とのことを知られたくない。浅宮が実は告白前から俺から情報収集したり、デートの下見をしたりしているなんて、有栖にはバレてはいけない。

「なに?」

 うわぁやばいぞ。俺の誤魔化しが下手すぎて有栖は完全に何かあると察してる……。



「そのうちわかるよ」
「え?」
「今は言えなくてごめん。でも、有栖にとって悪いことじゃないよ」

 有栖。君はもうすぐ浅宮に告白されるんだよ。

「そうなんだ。まぁ、三倉が困るようなことじゃなければいいけど……」
「俺には関係ない話だよ」

 本当にそうだ。悲しいけど俺は脇役でしかない。

「有栖はいいよなぁ。人気があって、モテモテでさ」

 俺の言葉に有栖が目をぱちくりさせている。その動作もすごく可愛らしい。

「三倉がそんなこと言うなんて珍しいね」

 有栖はきょとんと不思議そうな顔をしている。
 今まで有栖がモテてもこんな気持ちになんてならなかった。むしろ、さすが俺の幼馴染! としか思わなかったのに、今は有栖が羨ましいと思ってしまっている。
 
 俺、耐えられるかな。
 もしも浅宮と有栖が付き合うことになったら——。

 今から覚悟を決めておいたほうがいい。親友と好きな人が付き合うことになるなんて、かなりの地獄だろうから。


 土曜日の午後、来てしまった。浅宮の家に。
 家族は夕方まで帰ってこないらしい。弟はサッカーの練習でそれに父親が付き添い。母親はパートに行っているそうだ。

「浅宮って、多趣味だな!」

 浅宮の部屋には色んなものが置いてある。テニスラケットに、野球のバット&グローブ、ギター&アンプ、本棚にはパスタ料理のレシピ本。

「うん。小学校の時は野球、中学がテニス部。とりあえずやってみたいと思ったものはやってる」

 浅宮はアンプに繋がずにジャーンとギターをかき鳴らす。そこから短くサビ部分だけ流行りの曲を弾いてみせた。

「すごいな」

 浅宮はなんでも器用にこなせるタイプなのかな。特にこれといった特技も趣味もない俺とは大違いだ。

 そこから適当にゲームやったり、マンガ読んだり、しゃべったり。



「三倉、高いとこ苦手なの?!」

 浅宮が今度スカイツリーに遊びに行こうと言うから正直に苦手なことを話したら、浅宮に笑われた。

「それでも行こうよ。ちゃんと囲まれてるし、落っこちないしさ」
「ひっ……」

 高いところに行くと考えただけで怖くなる。
 でも浅宮とだったら行ってもいいかな、なんて考える自分もいる。以前有栖に誘われた時は頑として断ったのに。


 あ。そうだ。思い出してしまった。

「有栖は高いところ好きだよ。有栖を誘えばいいんじゃないかな」

 有栖は俺に断られてガッカリしていた。その後も行きたがっていたから浅宮が誘えば喜ぶかもしれない。
 せっかくの有力情報を教えてやったのに、浅宮は途端に下を向いてしまった。有栖を誘う話をしたから緊張したのかな。

「俺は三倉と行きたいんだけど……」

 そっか。友達と出かけるほうが気が楽だもんな。意中の相手と出かけるなんて意識しまくって楽しむどころじゃないだろう。



「そうだ! 浅宮頼みがあるんだっ!」

 俺はちょっと暗くなった雰囲気を明るくするために話題を変えた。

「えっ! 俺に?!」
「そう。卒アル見せてよ!」

 人の部屋にきたら見てみたいもの。それは卒業アルバムだ。
 俺が本棚に目をやると、一番下の隅っこにあったあった。小中学校の卒アル二冊とも並んでいる。

「それはナシだ。やめろっ!」
「見せろって! どうせイケメンなんだろ?」

 隠そうとする浅宮を押しのけて俺はサッと本棚から卒アルを引っ張り出した。

「おい、こら勝手に……!」

 卒アルを取り返そうとする浅宮。俺は卒アルを腹に抱えて逃げる。

「少しだけ!」
「恥ずかしいから嫌だ!」

 浅宮とふたりで引っ張り合い。そのうち揉み合いになって、卒アルごと浅宮にぶん回された俺は床に倒れた。


 倒れたのは俺だけじゃない。浅宮もバランスを崩して俺に倒れかかってきた。

 え——。

 仰向けに倒れた俺の上に浅宮が重なって——。

 距離が近いなんてもんじゃない。浅宮に押し倒されたみたいな格好になってる!

 浅宮と目が合う。これもかなりの至近距離。
 すっごくドキドキする。これも近すぎるから浅宮に伝わっちゃうんじゃないか。



「ごっ、ごめんっ!」

 浅宮が慌てて身体を離した。俺も「いいよいいよっ!」と言って離れたものの、お互い目も合わせられずになんとも言えない空気感——。


 ヤバい! 浅宮に悟られたかな。

 有栖の情報を教えるだけの存在のくせに、浅宮のデートの練習に付き合ってただけのくせに、まさか浅宮に本気になっただなんて恥ずかしすぎる。こんな気持ちがバレたら「え? 練習って言っただろ」と笑われるだけなのに。

 やっぱ無理だったんだ。ただの友達の恋の応援なら喜んでできるけど、好きな人の恋を応援するなんて辛すぎる。そんなことをやろうなんて俺はドMだよ……。



 浅宮から離れよう。「お前のことを好きになっちゃったから一緒にいられない」とは言えないから、友達じゃいられない適当な理由を考えなくちゃ。

 浅宮とふたりで過ごすのも今日で最後かと思うとなんだか寂しくなってきた。可哀想な俺の恋心。好きと気づいた途端に終わりが決まってるなんて。



 そうだ。
 俺はずるいことを思いついた。何言ってんだよと一蹴されると思うけどそれでも試してみたい。最後の悪あがきだ。

「ねぇ浅宮」
「ん?」

 浅宮がこっちを向いた。

「浅宮ってキスしたことある……?」
「えっ!!」

 浅宮の身体がビクッと反応し「ないよっ、ないないっ! 相手もいないのにそういうことできないだろ……っ!」と、ものすごく慌てている。

 やっぱり。浅宮は今まで誰とも付き合ったことがないと言っていた。それなら——。

「そっ、それならさっ。れ、練習したほうがいいんじゃないかな……」

 言ってて恥ずかしくなってきて話じりが小声になっていく。

「そんなのいつ誰と……」

 浅宮は途中でハッと何かに気づいたようだ。俺の言わんとしていることが伝わったのかもしれない。
 デートの練習も手を繋ぐ練習もした。だったらキスだって練習してくれてもいいんじゃないか。
 浅宮、頼むから騙されてくれ! 俺のために、最後にいい思い出くれないかな……。


「おっ、俺もしたことないからさ。今後のためにどんな感じか知っておきたいしさっ」

 思いついた適当な理由を浅宮にぶつけてみる。

「あっ、浅宮だって、いきなり本番でかっこ悪いところ見せたくないだろ?」

 俺は説得にかかるが、浅宮は困った顔をしてる。
 だよな。
 さすがにそれはないよな……。
 どうせダメだとわかってたし。
 浅宮は俺のこと、バカな奴って思ってるんだろうな……。



「三倉はそれでいいの?」

 浅宮は真面目な顔で俺を見た。もしかしてこいつ、俺の提案を受け入れてくれるのか……?

「う、うんっ!」

 俺はコクコクと頷く。練習だってなんだっていい。浅宮とそういうこと、してみたい。

「じゃあ、してみる……?」

 浅宮が俺に迫ってきた。さっきの卒アル事件でお互い離れていたのに、四つん這いの姿勢で近づいてきて、床に座っている俺の顔をじっと見つめてくる。

 自分から言い出したくせに、いざそんなことをすると思うと緊張してきた。浅宮の切なそうな瞳のキラキラも、見ているとぎゅっと胸が締め付けられる。

 なんだか浅宮に悪いな……。練習にかこつけて最後の思い出に、俺は浅宮とキスがしたいだけ。そんなあざとい俺の気持ちなんて知らずに浅宮は——。



「三倉。俺にどこまで許してくれる……?」

 えっ、どこまでって?!

「唇同士はナシ? 俺、お前のどこにキスしていいの?」
「なっ……!」

 ちょっと待て。俺が唇でもいいとか言ったら浅宮はまさか……。

「させてよ。キスの練習。俺、三倉としてみたい」

 浅宮は気がついたら俺のすぐ隣にいる。それも身体が触れ合うんじゃないかというくらいの距離。

「あっ、浅宮こそ、いいの……?」

 浅宮だってファーストキスみたいだし、さすがにそれは好きな人としたいんじゃないか……?

「うん。もちろん。そういうことしたら、少しくらい俺のこと意識してくれるかもしれないし……」

 はっ?! どういう意味だ……?

「三倉。ここにキスしていい……?」

 浅宮が人差し指でそっと俺の唇に触れた。
 本当にいいのか?! 俺は嬉しいけど、浅宮は?!

 戸惑いもあるけれど、俺は何も言わずに目を閉じる。浅宮を受け入れたいから。浅宮がしたいと思ってくれるなら、して欲しいから。

 浅宮の両手が俺の頬を包み込む。
 それから柔らかくてあったかい浅宮の唇が俺の唇に触れた。
 その瞬間、なんとも表現し難いものがブワっと身体中を駆け巡った。まるで、稲妻みたいな何か。

「三倉……どう? 少しは俺にドキドキしてくれた?」

 なんでそんなこと訊くんだよ。さっきからドキドキしっぱなしだよ! と思ったが、そうだった、浅宮にしてみれば相手をドキドキさせるような甘々なキスの練習をしているだけだったなと大前提を思い出した。

「うん。いいと思う……」

 思わず本音がこぼれる。浅宮がほっとしたような、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
 しまった。浅宮に自信を持たせてしまったら、浅宮は有栖に告白を決めちゃうかもしれないのに。


「男同士でも、恋愛できるかなとか、思ってもらえた……?」

 そうだよな。友達と恋人の違いって、キスとか抱き合うとかそういうことまで許せるかってとこだよな。
 俺は浅宮が好きだよ。練習でもキスしてもらえて泣きそうなくらいに嬉しい。

 有栖はどうだろう。有栖も浅宮を好きになるかな。ふたりが付き合うことになったら、今日のこのキスのことは黙っておかなくちゃ。これはノーカウント、ただの練習だけれどそれでも有栖は良くは思わないだろうから。

 有栖はいいな。いつもみんなに慕われて。俺はたくさんの人に慕われなくてもいいから、浅宮に想われたい……。

「み、くら……? なんで涙目なの? 俺、調子に乗り過ぎた? してみたらやっぱり気持ち悪かった……?」

 浅宮も泣きそうじゃないか。さっき「いい」と感想を伝えたのに、なんでそんなこと言うんだよ。
 初恋なんて実らない。だから、練習とはいえキスまでしてもらえた俺はきっと幸せなんだ。

「そんなことないよ。ありがとう、浅宮」

 だからこのキスを思い出に浅宮のことは諦めなくちゃ。
 そんなことを思ったら余計に目が潤んでくるよ。

「浅宮。俺、もう帰るね。じゃあっ」
「えっ!!」

 浅宮は俺を引き止めようとしていたけど、その手を振り切って、俺は浅宮の部屋から飛び出した。こんなみっともない顔、浅宮に見せられないから。



 俺は浅宮と少し距離を取ることにした。浅宮とはもとから一緒にいたわけじゃないし、LINEの返事をわざとしなかったり、なるべく浅宮と目を合わせないようにしたり、その程度。

 浅宮も何か勘づいたのか、前みたいに俺に話しかけてこなくなった。少し寂しい、いやかなり寂しいけど傷口が浅いうちに引き返したほうがいい。浅宮と一緒にいればいるほど浅宮をどんどん好きになるだけだ。




「三倉、帰ろ」

 背後から有栖に肩を叩かれた。俺は「うん」と頷き、さっさと帰り支度を済ませる。

 一緒にいる有栖の様子は何も変わりはない。念のため「最近は誰かに告白された?」と有栖に確認したら、「そんなのないよ。三倉が思うほど俺はモテないから」なんて返された。
 有栖は謙遜するけれど、俺は知ってる。みんな密かに有栖が好きで、告白したいけどできないだけなんだってこと。
 でも、まぁ、有栖の様子から察するに、浅宮はまだ有栖には告白していないようだ。



 有栖とふたりでバスに乗って、最寄り駅のバスの終点にたどり着き、そこから駅に向かって歩いていたときだ。

「そういえばさ——」

 有栖に話しかけようと横を見たら、さっきまで俺の隣にいたはずの有栖がいない! 慌てて振り返ると有栖が男三人に絡まれてる。俺たちと同じ制服を着ているから同じ高校のようだけど、顔ぶれから同級生じゃない。多分三年生だ。
 そのうちのひとりが有栖の腕を掴んで嫌がる有栖を無理矢理に路地裏へと引っ張っている。

「おいっ! 何してんだよっ!」

 俺は男たちのもとに駆けていって怒鳴り込む。そして有栖を掴んでいた男の腕を捻って、有栖を引き剥がし、有栖を庇うようにして有栖の前に立つ。

「お前誰? 俺は有栖に話があるんだよ、お前なんかに用はない。あっち行けよっ!」

 睨みつけられるが、俺も睨み返す。
 ここで引くわけないだろ。こんな乱暴そうな奴らに連れて行かれたら有栖が何されるかわからないのに。
 俺は睨んでいるのに、相手の三人は余裕そうに俺を嘲笑ってる。
 だ、だよな……。はっきりいって俺は喧嘩はできないし、どう見てもザコキャラだ。

「こんな奴ほっといて、ちょっと付き合えよ有栖」

 呆気なく俺を突き飛ばして、有栖の肩に腕を回す。有栖も抵抗するが、三人はしつこく絡んでくる。

「ふざけっ……んなっ!」

 俺は再びそいつに掴みかかり、有栖に触れる手を退けようと必死になる。
 昔から俺は有栖と一緒にこういう面倒臭い奴らに対抗してた。性的に興味を持たれたり、嫉妬されたり、有栖は目をつけられることが多かった。でも、俺は諦めることだけはしない。いつだって有栖を守ってきた。


 やり合う俺たちのところへ、一台の自転車が猛スピードで近づいてきた。
 自転車は、そのまま先輩三人にめがけて突っ込んでくる!

「うわっ!!」

 さすがに先輩たちもおののいてその場から逃げる。自転車はぶつかる寸前で急ブレーキ。

「あー、すいませんブレーキ調子悪くて止まれなくて突っ込んじゃいました」

 浅宮だ。浅宮はふざけたことを言ってるけど、さっきしっかり急ブレーキできてたじゃないか。
 これってまさか有栖を助けにきた……?

「先輩。このふたりは俺の友達なんすけど、俺の友達に何か用ですか」
「いっ、いや別に何も……」
「ああ。ちょっと話をしてただけで……」

 なんだ? 構図がおかしいぞ。二年の浅宮が先輩三人を見下ろしているようだ。三人が浅宮に怯えてるみたいにみえる。

「そうですか。ならいいんすけど、このふたりに手を出したら、俺、今度こそブチ切れると思うんでそこんとこよろしくお願いします」
「わかってるよ浅宮」
「ごめんごめんっ。じゃあ……」

 えっ、おいおい! 浅宮の睨みひとつで三人がそそくさと退散していく。
 浅宮すごいな! な、なにをしたら先輩たちがああなるんだ……?



 三人がいなくなり、浅宮は俺たちのほうに振り向いた。さっきまで先輩たちに対してすごい圧だったのに、俺たちには優しく微笑んでる。

「大丈夫か? 怪我はない?」

 掴まれた右腕が痛むのか、左手で右腕を気にする様子を見せた有栖を浅宮が心配している。

「大丈夫……」

 有栖が浅宮を見上げた。

「あ、浅宮。ありがとう……」

 少し照れながらも浅宮に礼を言う有栖。

「全然いいよ、大したことじゃない。たまたま通りかかってよかったよ」

 ああ。浅宮の優しい笑顔が有栖に向けられている。
 これって、結構イイ雰囲気なんじゃ……。

 悪い奴に絡まれた有栖を助けた浅宮。有栖は浅宮に感謝して、浅宮に好感を持つ。そこから始まるふたりのラブストーリー。

 ヤバい。
 俺は今すぐこの場から消えなくちゃ。

 なんとなくふたりから距離をとる。うまく離れたつもりなのに、浅宮に「三倉?」と声をかけられてしまった。

「ごめんっ! 俺用事思い出した! 有栖先に帰って!」
「えっ、なんで?」

 俺の奇行に有栖が驚いている。ごめん有栖。浅宮と有栖がふたりきりになる絶好のチャンスなんだ。ちょっと不自然だけどなんでもいいから俺はここからいなくなるから。

「浅宮っ」

 俺は今度は浅宮を見た。浅宮と久しぶりに目が合った。キスの練習をした時以来かな……。

『頑張れよ』

 有栖がいるから声に出せないけど、口パクで浅宮に言ってやる。
 そのまま俺は振り返らずに走り去る。

「おい、三倉っ!」

 浅宮が俺の名前を呼んだ気がした。やっぱ空耳かもしれない。それでも俺はとにかく走った。
 行く当てなんかないけど、とりあえずいなくならなきゃ。
 俺は走れるところまで走った。
 やがて俺の目の前に現れたのはいつか浅宮と来た川沿いの遊歩道だった。