淡色の君と、透明なセカイ


🔶
「あ」


「あっ‥‥‥‥」



朝。

下駄箱に向かう途中、体育館から来た桜庭君とはちあわせた。




「「おはよう(ございます)」」


「‥‥‥‥」


「‥‥‥‥」



全く同じタイミングで話しかけてしまって、なんだか照れてしまう。

少しだけ、耳が熱い気がする。



「‥‥‥おはよう」


「‥‥‥はい、おはようございます」



それは桜庭君も同じみたいで、少し顔を赤くする。

はちみつ色が、淡くにじんで、消える。



「‥‥‥‥」


「‥‥‥‥」



なんだか、照れちゃうな‥‥‥。

別に何てことない、いつものことなんだけど。

少しだけ、今までの彼と違うことに、嬉しくなる。


🔶

「____何してんの、お前ら」



その萌黄色の声に振り向くと、泉君が立っていた。




「‥‥‥あ、泉君」


「いずみん、おはよー」


「おー」私たちの前を通りすぎて、下駄箱に向かう。




「いつの間に、そんな親密な仲になったわけ?」


「なにが?」


「や、いい」きょとん、とする桜庭君に呆れて、上靴に履き替える。




「体育祭終わったのに学校とかダルくね?」


「だね」


「次の日は、普通休みだろー」休みたかったー、なんて言っている。


今年は授業日数の関係で、少しだけ休みが減ったんだっけ。


「そろそろ、あいつが動き出す頃だな‥‥‥」と意味深なことを言う。


「なに?」


「ほら、校外学習?つか、修学旅行?みたいなの、あんじゃん」


「あ、6月の‥‥‥」

🔶

「そー」


「なんか、クラスを親密な仲にしよう、みたいなやつですよね」


「そー、それ」口には出さないけど、"めんどくさい"と顔に書いてある。


「2年とか、もうグループできてるっしょ」今更じゃね?と聞いてくる。


2年の行事だからそこまで疑問にも思わなかったけど、言われてみればそうかもしれない。


「今年はなんか、東京に行くらしいじゃん?」はぁ、とため息を吐く。


「そうなんですか?」知らなかった。


「なんか、噂になってるらしい」


「へぇ」言いながら、桜庭君が教室のドアを開けてくれる。





「あれ、誰もいねーじゃん」

めずらし、と自分の席に荷物を置く。



「いつも麻ちゃんいるのにね」


「ですね」



教室のドアを開けると、いつも真っ先に「おはよう!!」って挨拶が飛んでくるのに。

今日は、静かだ。



「怖いな、なんか」

🔶

「なんで」


「嵐の前の静けさって言うじゃん?」



そこで、さっきの話と繋がる。

東京って言ってたし、もしかしたら笑菜ちゃんが色々と言ってくることを想定していたのかもしれない。



「ほんと、麻ちゃん好きだよね」


「違うっつの」


「お休みでしょうか‥‥‥‥?」


「あいつはバカになっちゃったから風邪引かないはず」中学の時も皆勤賞だったし。と教えてくれる。


「こういうとき、真っ先に飛んできそうなのにね」


「今日は騒がしくなるかもなー‥‥‥」




「あの、桜庭君」


「‥‥‥‥ん?」


「大丈夫、ですか」東京だし。


「うん。そのくらいは」前の学校に戻る訳じゃないしね、と笑う。


「‥‥‥‥そ、そうですか」


🔶


「なんかあったら言えよ」と、泉君が言ってくれる。


「ありがとう」



まだ、彼に話せるのは先だろうけど。

少しだけ表情がいつもより和らいでいることに、安心する。




「1時間目から科学とかだるい」


「ねー」


なんて話をしていると、次々とクラスの人たちも入ってくる。

少し早い時間だけど、教室にはほぼ全員がそろう。

彼女を除いて。





「まじで来ねーな」寝坊してんじゃね?と泉君がスマホのトーク画面を開いたころ。




「みんなー!!」オレンジ色。



だだだだ、と音がして、ものすごい速さで教室に駆け込んできた。

ばぁん、と押し退けられた扉が、勢いで戻る。



「おはよっ!!」かなり走ってきたのか、今日は熱いからか、なんだか顔が赤いような気がする。

鼻息も荒いような気がする。


なにがあったんだろう。


🔶


「みんな聞いてー!!」


その1言で、教壇の上の彼女に注目が集まる。






「今年は、夢の国だって!!」





ゆめのくに‥‥‥‥???


ぽかん、とする私を置いて、クラスの人たちがわぁ、と歓声を上げる。

視界が一気に眩しくなって、思わず目をつむる。




音が遠くなる。




「大丈夫?」


「‥‥‥‥はい」ビックリした。突然のことで。



私が言うと、桜庭君が笑って、少ししてから手を退けてくれる。

私の手の上に重ねてくれたから、音が聞こえにくくなってたんだ。

その頃には歓声も収まって、教室にはわくわく感が残っていた。





「夢の国‥‥‥‥」


あんなに興味無さそうだったのに、スマホで調べている泉君。

やっぱり行きたかったのかな。



「おはようっ!!」

前に立っていたはずの彼女が、いつの間にか隣にいた。


🔶

「お、おはようございます」


「おはよー」


「‥‥‥‥ん」


「いずみん、嬉しくないの?」


「ん?」


「夢の国だよっ!?」瞳がキラキラ眩しい。


「や、なんかいろいろ面倒だった」


「何が?」


「結構時間押すし、迷いそうだし、物価高いし」


「そりゃだって、都会だし!!」


「‥‥‥‥まぁな」お土産代が足りなくなりそう、なんて言っている。


「いずみんも楽しみなんだね」


「それとこれは別」下に何人いると思ってんだよ、とひとりごちる。

スマホの液晶画面には、お土産の一覧が映し出されている。



「用意周到だね」


「や、本当に夢の国だったら出費が凄そうで」


🔶

「あ!!これかわいい!!」


「お前の探してんじゃねーっつの」


「いずみんがいじめる~ぅ」どっか行け、と言われて、私の方に寄ってきた。重い。




「‥‥‥‥つか、本当に夢の国なの?」


「うん!!さっきヒデちゃんに聞いたから!!」


「学年主任をヒデちゃんとか言うのやめない?」


「えー、別によくない?」ね?と私の肩にのしかかってくる。


「ってか、普通に聞いたら教えてくれたよ?」


「それはお前がいつも媚び売ってるからだろ」


「仲良いだけだしー!!」


「はいはい‥‥‥」スマホの電源を落として、机に向き直る。




それからすぐに先生が来て、校外学習の行き先が「夢の国」であることが知らされたけど。

先に聞いてしまっていたせいで、いまいち盛り上がらなかった。


🔶


「わー、どーしよどーしよ!!今から楽しみになってきたー!!」言いながら、私の前を歩く。



4人で科学室に向かっているところだ。

他のクラスが体育で外に出ているせいで、静かな廊下に私たちの声が色鮮やかに響いていた。



「いや、来月だからね?」まだ先じゃんよ、と泉君が呆れる。


「ええ?そんなんすぐだよー!!2週間寝たら!!」


「小学生みてぇ」まだ1ヶ月近くはあるじゃん、なんて言いながら、口元がにやついている。


「楽しみだね、いずみん」


「あ?」


「ずっとそわそわしてんじゃん」


「‥‥‥‥っ!?」



さすがに恥ずかしかったのか、「武者震いだ!!」なんて言っている。

薄桜色が、淡く光る。



「隠せてないじゃん」私の隣で桜庭君が笑う。


泉君のこういうところ、面白いなと思う。


「えー?やっぱいずみんも楽しみなんだ!?」前を歩いていた笑菜ちゃんが、こっちに近づいてくる。

🔶

「東京だもんねー!!都会だもんねー!!」


「それはお前の話じゃん」


「だって、なかなか行けないじゃん‥‥‥!!」もうお土産も決めてるんだ♪なんてキラキラの笑顔で言う。


「気が早ぇよ」


「早くしないと売り切れちゃうじゃん?」


「あーゆーとこは無限に在庫あるから平気だって」


「無限は言い過ぎでは‥‥‥」


「かもな」


なんて話をしているうちに、ぐるっと校舎を回って目的地にたどり着く。





「科学やだ~、サボりたい~‥‥‥」笑菜ちゃんが席に着くなり、そう言ってとろけてしまう。


「ここ暑いし‥‥‥」何でこんな暑いとこでやんの~?なんて言っている。



今は5月も半ばで、このところぽかぽかした日が続いている。

外の気温は20度行かないくらいだし、半袖になるほどでもないけれど、科学室のあるところはなぜか湿気が多くて、それでも少し蒸しているように感じる。

笑菜ちゃんは運動部だし暑がりだから、余計に暑く感じるのかもしれない。

🔶

「大丈夫?」桜庭君が向かい側で、ノートで風を送っている。


「あ~、めっちゃ涼しい~」さいこ~‥‥‥と寝そうになっている。


「授業寝るなよ?」


「んー‥‥‥」でも、今日は寝るかも~と眠そうに答える。


「ビデオだっつー話だし、あながちサボりで間違ってないかもなー」言いながら、資料集をペラペラと捲《めく》っている。


「ビデオ見るだけなら寝たいよ~‥‥‥」とまた眠そうな声が聞こえる。



授業中も薄暗いままだろうから、余計に眠くなるんだろうな‥‥‥。









____響いていた音が収まって、教室に明かりが戻る。


先生が「感想は前に置くように」と呼び掛ける。

千草《ちぐさ》色が、淡く弾けた。



「あー‥‥‥‥疲れた」この椅子腰痛くなるわー、と泉君が立ち上がる。


「いずみんもう書けたの?」隣で、桜庭君が顔を上げる。


「おー」見ながらちょっとずつな、と見せてくれる。


すごい。最後の行まで埋まってる‥‥‥。


「途中から記憶なくってさ‥‥‥」あはは、と笑って泉君のを少しだけ写している。


「大丈夫、あいつずっと寝てたから」と笑菜ちゃんを指差す。



彼女はといえば、かなり後半に轟いた爆発音に起こされて、今は他の班の女の子たちと感想を練っているみたい。


🔶

「え、笑菜ちゃん‥‥‥?」ふと見えた背中に触れると、びく、としてこっちに振り向いた。


「あ、シノちゃん‥‥‥なに?」


「あの、もう私たち出ちゃいますけど‥‥‥」



ちら、とその手元を見る。

まだ半分くらいしか埋まってない。

他にもいくつも感想用紙が置かれているのが見えた。



「あー、うん。まだ出来てないから、先行ってて!!食堂埋まっちゃうし!!」あとで追い付くから!!と返される。


「わ、分かりました‥‥‥‥」







ぱたぱた、と元の場所に戻ると、入り口で2人が待ってくれていた。



「すみません、後から来るみたいです」


「おっけー」


「んじゃ、行くかー」





「お待たせー」やっと出せたよー!!とやって来たのは、もう食べ終えた頃だった。


「おつかれー」


「お疲れ様です‥‥‥!!」


「もうほんと疲れたー‥‥‥」言いながら、お弁当の中身を口に運ぶ。


「また頼まれてたわけ?」呆れた表情《かお》で、泉君が言う。

🔶
「え、何が?」


「感想。他のヤツの」


「あー‥‥‥‥うん」あたしのは、割とすぐ出来たんだけどね、と苦笑いを浮かべた。


「____にしては、早かったじゃん?」普通に昼休み潰れるかと思った、なんて言っている。



私が知らないだけで、よくあることなのかもしれない。

横を見ると、桜庭君も「そうなんだ」って表情《かお》をしていた。



「今日めっちゃお腹空いてたからさー!!」他の子に任せて出てきちゃった!!と笑う。

いつの間にか、お弁当の中身が半分になっていた。







「あー、来月になったら、船の上とかでランチしてるんだろうなー!!」


「なにその妄想」


「やぁ、ほら、あるじゃん?船の上でランチできるとこ!!」他のレストランとかも行ってみたいんだよね!!と黄色が浮かぶ。


「あ、確かにあるね‥‥‥」


「サク、行ったことあんの?」


「ん、何回か‥‥‥」と苦笑いする。


「え!?デートっ!?」その向かい側で、瞳をキラキラさせている。黄色が眩しい。


「んー‥‥‥‥」


「あんま言ってやんなって。話したくなさそうじゃん」


🔶

「えー‥‥‥」話できるかなって思ったのに、とふくれている。


「行くんだからその時教えてもらえば?」詳しそうだし、と桜庭君を見る。


「それもそっかー」残りのご飯をかきこんで、お弁当の蓋を閉める。





「‥‥‥てか、浮かれてるとこ悪いんだけどさ」


「なに?」


「再来週から中間だぜ‥‥‥?」


「えっ!?うそぉ!!」


「だってもう体育祭終わったし、テスト6月の2週目じゃん?確か‥‥‥」


「先生何も言ってなかったじゃんっ!!」


「テストの提出物の話してましたよ‥‥‥?」


「全然聞いてなかった‥‥‥!!」後で見してー!!とお願いしてくる。


「寝てるからだろ。‥‥‥ま、おれもまだだけど」


まだなんだ。

テストの話するから、もう勉強始めてるのかと思った。


「いずみん、もうやってるのかと思って焦った」隣で桜庭君がほっとしたように言う。


「や、ワークとかはちょくちょく進めてはいるけど」


「おー、優秀ー」


「そう言っといて、2人はもう範囲できてんだろ?」

🔶「‥‥‥‥」2人、ってことは、私も入るよね‥‥‥?



「俺は、まだこれから」部活あって進まなかったんだよね、なんて言っている。


「お嬢は?」


「私はちょっとずつやってますが‥‥‥」あと2/3くらいは残っている。



体育祭のあとにすぐテストがあるから、意外と忙しい。
テスト後は、校外学習もあるし。

今年の体育祭後に休みがなかったのは、テストのこともあるんだろうな、と少し考える。

勉強も、まだ提出物が出揃ってないから全部とは言えない。



「いいもん!!船でランチするために頑張る‥‥‥!!」


「行くのだってどうせ数時間だけなんだから、レストラン並ぶ時間ないと思うぞ」


「夢のないこと言わないで!!夢の国なんだから!!」


笑菜ちゃんの返事を聞いて、「仕方ないな」という表情でこっちを見てくる。




「じゃぁ、レストラン行くために頑張ろってことで!!」


桜庭君の1言で、彼女の表情がぱぁっと華やぐ。




「「テスト頑張るぞー!!」」

えいえいおー!!とガッツポーズをする。


なんとなく、私もやった方が良い気がして、控えめに拳をあげておく。

「なんでおれまで‥‥‥」全然乗り気じゃない泉くんの手を、笑菜ちゃんが引っ張りあげる。



なんだか少しだけ、元気が沸いてきた気がする。