俺に義理の弟ができるらしい。親父からそう聞いたのは、去年の十二月のことだった。
 やっと取れたオフの日程を親父にLINEで報告すると、『丁度いいから碧に話しがある』と返信が返ってきた。
 なんのことだろうか。まあ、自由奔放な親父のことだし、俺が驚くことだろう、とは思っていたが。

「実は父さん、お付き合いしている人がいるんだ。その人と結婚したいと思っている」

 迎えたオフ当日。
 俺が椅子に腰掛けたのを確認するなり、親父がそう告げた。
 俺に言いたくて仕方がなかったのだろう。かなりの早口だった。

「へえ、いいんじゃないの」

 俺はスマホをいじりながら、端的に答えた。
「もう少し驚いてもいいんじゃないの⁉︎」とほざいている親父をスルーする。
 俺としてはどっちでもよかった。今はアイドルとしてかなり忙しくなってきていて、家に帰るのは週に一回あるかどうか。ほぼほぼホテル暮らしの状態だ。
 だから、母親が出来ようが出来まいが俺と関わることがないのだ。

「話はそれだけ? 俺、自分の部屋に戻りたいんだけど」

 自室に戻ろうと席を立とうとしたその時、「ちょっと待った」と声が掛かった。
 親父の方を見てみると、「いや、そのだな、」と歯切れの悪い言葉を発している。

「実は、碧に義理の弟ができるかもしれないんだ」
「は……? 親のそういうのとか聞きたくないんだけど」
「いや、今から産まれるんじゃなくてだな。六花さん──父さんとお付き合いしている人には、来年高校生になる息子さんがいるんだ」

 バツイチで、双方ともにいい年齢の息子がいるというわけか。
 
「いいよ、俺が関わることはないし」
「なあ、一度でいいから会ってみないか」

 今回はやけに食い下がるな。十六年生きてきた中で、親父はかなり頑固なのだと知っている。こうなったら、俺がOKを出すまで言い続けるだろう。面倒臭いので、「いいよ、会う」と軽くあしらった。
 すると、父さんは安堵の笑みを浮かべるのだった。

 
♦︎

 六花さんの息子──雪都は只今受験の真っ只中であるため、落ち着いたら顔合わせをしようといった話になったらしい。
 取り敢えず、今日は俺と六花さんが都内にある料亭で顔合わせをする運びになっている。
 
「はじめまして。私は柚木六花と申します。よろしくね、碧くん」

 親父は俺が所属する事務所の社長であるため、これまで玉の輿に乗りたい妙齢の女性が数えきれないほど俺に近づいてきた。
 誰もが甲高い声で呪文のように「父さん、父さん」と俺に話しかけてきた。
 どうせその六花という人もその類の人間なのだろうと思っていたが、違った。
 ふんわりとした雰囲気を纏いながらも自分自身を持っている六花さんは、どこか母さんの面影を感じる。
 
「雪都くんを一人にして大丈夫なのか、六花さん」
「雪都は今最後の追い込み合宿とかで遠方に泊まりに行っているから、今家には居ないわ」

 二人の会話を軽く聞き流しながら、俺は雪都という義理の弟がどんな人なのかと考える。
 先程からの二人の会話を聞いている限り、悪い印象は抱かなかった。まあ、実の息子のことを悪く言う親なんて居ないだろうから、実際に会ってみないと分からないけど。
 
「ねえ、六花さん。雪都……くんってどんな子なんですか?」

 会話が途切れたタイミングを見計らって、六花さんに問いかける。すると俺の方を見て、嬉しそうにはにかんだ。

「雪都はすっごく優しい子なのよ。ふふ、私の自慢の息子。碧くんも雪都のことを気に入ってくれたら嬉しいわ」

 六花さんはそれは楽しげに雪都のことを俺に話してくれる。
 俄然興味が湧いてきて、

「写真はありませんか」

 と、思わず身を乗り出しながら問いかける。

「ふふっ、沢山あるわよ。まずはどれがいいかしら」

 六花さんはスマホを取り出して、俺の方に向けた。写真フォルダーには雪都であろう男の子の写真で埋め尽くされている。

「最近の写真でいえば、これかしら。十月にあった体育祭」

 写真の中の雪都は、3位と書かれたプラカードを手に持ち、恥ずかしそうに微笑んでいた。
 そして六花さんは遠足や文化祭の写真など様々な写真を見してくれた。
 そこに映る雪都の表情はどれも笑っていて、かなり六花さんに愛されていることが見て取れた。

「可愛いな、雪都くん」

 気がつけば、愛おしさが溢れていた。
 無意識のうちに呟いていた自分の言葉に驚く。
 まさか、自分が誰かにこんな感情を抱くだなんて思っていなかった。

「なにか言ったか、碧」
「いや、なんでもない」

 幸い、二人に俺の呟きは聞こえていなかったようだ。

 それから、俺は雪都くんに会える日を楽しみにしながら、日々を過ごすのだった。

♦︎

「ただいまー」

 本当はもっと帰りたかったが、なんやかんやあり結局十八時を過ぎてしまった。
 リビングへと続くドアを開けると、カレーのいい香りが鼻を掠めた。

「おかえりなさい、碧くん。ちょうどよかったわ。夕飯ができるから雪都のことを起こしに行って欲しいの」

 六花さんがカレーの鍋をかき混ぜつつ、俺に告げる。
 親父と二人暮らしの時は外食やデリバリーをすることが多かったから、誰かが作った食事を食べるのはかなり久しぶりだ。

 雪都くんの部屋まで行くと、二度ノックをする。……返答は、返ってこない。

「雪都くん? 起きてる?」

 ドア越しに呼びかけてみる。……返答は返ってこなかった。

「ごめん、開けるよ」

 中に入ってみると、雪都くんはベッドの上で寝息を立てながら気持ちよさそうに眠っていた。

「雪都くん、夕飯ができるって」

 身体を揺さぶりながら呼びかける。自分と同じ男と思えないほど細い身体だ。折れてしまうのではないかとひやひやしてしまう。

「ふぁ……おはようございます、碧さん」

 欠伸混じりに話しかけてくる。寝起きだからか呂律が回っていなくて、目がとろんとしている。

「おはよう、雪都くん」

 そんな雪都くんの姿を見ていると、なんだかいけないものを見ているような気分になった。鼓動が早くなっている気がする。

 そんなことを雪都くんに悟られたくない。
 にやりと気持ちの悪い笑みを溢すのを我慢しながら、雪都くんとともにリビングに向かうのだった。