約束通り十時に星川駅前にいると、真っ黒なリムジンがロータリーに止まった。

「乗れよ、雪都」

 かなり高圧的に告げられ、無理やり車の中に押し込まれてしまった。

「え、ちょっ、」

 僕の抵抗虚しくである。
 そのままリムジンはどこかに向かって走り出した。

「ねえ、どこに向かっているの」

 そう問いてみても、ガン無視である。つんと身体を正面を向いて僕の方を見る気配もない。
 しばらくなんとも言えない空気感が漂う。息が詰まりそうになる時間が続き、過呼吸になってしまいそうだ。
 することもなくてぼんやりと視線を窓の外に向ける。

「あれ」

 見知った顔を見つけて、びっくりする。今から行く場所ってもしかして……。

「着いたぞ」

 リムジンが停車して高橋くんと一緒に降りる。やはりというか、芸能人がたくさんいる。

「行くぞ」

 高橋くんに背中を押されて、居心地の悪さを感じながら歩く。
 
「おーい、碧」

 やっぱりだ。高橋くんの視線を追うと、驚いた表情を浮かべた碧さんが居た。
 二人が一緒にいる姿を見て、初めて気がついた。高橋くんは、Shiny BoysのKAEDEだ。

「え、なんで雪都くんが事務所のパーティにいるの」
「雪都くんと仲良くなってここに招待したんですよ。碧さんの弟ですし、問題はありませんよね!」

 今さっきの険しい顔つきとは打って変わって、人当たりが良さそうな笑みを浮かべている。今さっきまで「雪都」呼びだったのに、碧さんの前では「雪都くん」呼びだ。

「な、雪都くん」

 急にこっちに話を振られて、反射的に頷いた。

「へえ……そうなんだ。これからうちの弟をよろしくね、高橋くん」

「っ……はい!」

 碧さんがなにやらドス黒いオーラを放っている。そんなことに気づく様子はない高橋くんは、碧さんに羨望の眼差しを向けていた。

「ちょっと雪都くんのこと借りてもいいかな?」
「は、はい!」

 碧さんは、有無を言わさせないキラースマイルを浮かべている。

「行こうか」

 僕にしか聞こえない小声で囁かれ、しっかりと右腕を掴まれてしまった。思ったより力強くて吃驚してしまう。

「え、ちょっ、碧さん⁉︎」

 僕の言葉が聞こえていないのだろうか。飼い主に引かれるペットみたいに歩かされる。
 碧さんは正面を向いていて、表情が読めない。
 
 ──怖い。

 そう感じてしまった。
 
 人気のない所まで連れてこられてると、壁の方に追い込まれた。身体を囲むように碧さんの腕がある。壁ドンに近い状態である。
 恐る恐る碧さんの方をみていると、僅かに怒りを滲ませた表情を浮かべていた。

 怖い。一度その感情に支配されてしまうと、どんどん支配されてしまう。
 目の前にいる碧さんが知らない人に思えた。

「あの、碧さん。僕、なにかしましたか……?」

 震える声で、なんとか絞り出す。

「っ、いや、ごめん。嫉妬でどうにかなりそうだった……」

 表情を緩めて、碧さんは僕の肩に体を預けた。

「あー……雪都くんが好き過ぎて困る……」
「そんなに愛してもらってうれしいです」
「え、あ、うん、そーだね。鈍感な雪都くんも可愛いよ」
「かわ……?」
「あーもう言いたい。雪都くん、好きだよ」
「それはさっき聞きましたよ」
「そういう意味じゃなくて……」

 言い淀んだ碧さんを見て、えっと目を丸くした。

「分かった?」
「え、え、え」
「返事は今じゃなくていいから」

 顔を真っ赤にして、碧さんは去ってしまった。

♦︎

 僕は碧さんのことをどう思っているのだろうか。
 自室のベッドに沈み込んで、色々と考える。
 碧さんのことは好きだ。それが、恋愛感情かと聞かれれば……どう、なのだろう。
 今まで付き合った人はいないし、好きな人もいなかったからよく分からない。

「あーどうすればいいんだろう……?」

 このまま答えを出したら、碧さんとの関係性は変わってしまうだろう。OKを出しても、フッてもどっちでも。
 ──それは嫌だ。そう漠然と思う。
 それを言えばいいのではないか。いやでも、それは答えではないしな。

 コンコン、と部屋の扉がノックされた。

「雪都くん、いる?」
「あ、碧さん!」

 慌てて起き上がり、碧さんを自室に招き入れる。

「今さっきは困らせるようなことを言ってごめん。気にしないで」
「そうは言われても気になります。その、すぐには答えは出せませんが、碧さんの好きになるように頑張ります」
「じゃあ、俺は雪都くんに好きになってもらえるように頑張るね」

 碧さんの顔が近づいてきた。キスされると身構える。

「くっくっ、雪都くんは可愛いね」

 碧さんが僕に触れることはなかった。意地悪そうな笑みを浮かべている。
 これからどうなってしまうのだろうか。
 まだ初恋もまだだというのに。告白された相手が芸能人だなんてハードルが高すぎる。
 
「これから覚悟してね、雪都くん」

 ぽかんとしている僕を残して、雪都さんは部屋を出て行くのだった。

 ……これから僕はどうなってしまうのでしょうか。

【完】