いつもとは違って、派手に飾り付けられた教室。老若男女問わず、多くの見慣れない人が行き交う校内。そんな様子を確認する時間すらなく、遂にやってきた文化祭にキッチンはてんやわんやの状態だった。
一番人気の教室はここだと胸を張って言えるぐらい、廊下には長い長い列ができている。そのほとんどが三枝目当ての女子生徒。うちの生徒だけじゃなくて、他校の制服を着た人もかなりの割合を占めているらしい。
「委員長、これ持っていくね」
「うん、頼んだ」
執事服に身を包んだ螺良がキッチンに顔を出した。髪もセットされていて、いつもよりぐんと大人っぽい。さっき女子たちが「螺良やばくない?」とひそひそ話していたのを思い出す。働き者の彼の耳にはきっと入らないだろうけれど、仲のいい友だちが褒められていることになぜか俺が誇らしい気持ちになった。
ひっきりなしに上がり続ける黄色い悲鳴。三枝を一目見た女子が、その威力の高さにやられて思わず声を上げてしまうそうだ。繁盛するのはいいことなのに、三枝の人気を見せつけられたみたいで、心臓を鷲掴みされたみたいに苦しくなる。ずっと声が聞こえてくるものだから、痛みに気づかないフリをするのは困難で、休憩する時間も取らず、一心不乱に担当のパフェを作り続けた。
一緒に回ろうと言っていたけれど、この調子じゃ絶対に無理だ。定期的にやってくるチェキの時間は三枝がいないと成り立たないし、きっと抜けられても五分から十分しか無理だ。交代の時間は決まっているけど、ホールの方が明らかに人手不足で余裕がなさそう。
俺は見たいものも特にないし、このままキッチンを手伝おうかな。そんなことを考えていると、キッチンのリーダーを担当している調理部の天谷さんが声を上げる。
「ねぇ、誰かキッチンからホールに変わった方がいいかも」
「確かに、ずっとバタバタしてるもんね」
「どうしよう、誰が変わる?」
「やりたい人とかいる?」
キッチンを担当しているのは、目立つことが苦手なメンバーばかり。ホールになりたくないから、みんなキッチンに立候補したのだ。加えてこのお客さんの多さ。三枝目当てがほとんどで、他の人には興味無いだろう。でもだからこそ、三枝と比べられて嫌な思いをすることもあるかもしれない。口では賛成しているけれど、全員やりたくないと考えているのは、顔を見ればすぐに伝わってきた。
「……俺がやろうか?」
「ほんとに? 委員長ならしっかりしてるし、接客向いてそう!」
「余りの衣装あるか、紅野さんに聞いてくるね」
さっきまで目を合わせないように下を向いていたのに、立候補した途端、パッと顔を輝かせながら俺を見るものだから、その現金さに笑ってしまった。ぱたぱたと足音を響かせて、俺の気が変わらないうちにと走り去っていく姿を見送る。
執事服なんて似合わないだろうな、俺。見苦しいものを見せることになるのが心苦しいけれど、俺の犠牲で大変そうなホールメンバーが少しでも楽になるならそれでいい。そう思っていたけれど、キッチンにやってきた紅野さんは目を輝かせて高らかに話し始める。
「委員長! 私はずっとホールをしてくれないかなと思っていたので、念願叶って嬉しいです」
「どうも?」
やばい、なぜかあの演劇モードに入っている。嫌な予感しかしない。つーっと、冷や汗が背中を流れていった。