「風紀委員が味田に決まったところで、次は副委員長だね。やりたい人、いるかな」
「はい」
また誰も手を挙げないと、思っていた。
さっきの流れを見て、どうせくじ引きで決めることになるだろうと、多分みんなが思っていた。
いつものように頬杖をついたまま、やる気なさそうに手を挙げたのは、三枝だった。驚きのあまり、隣を凝視してしまう。
「え、頼が副委員長なら委員長やってもよかったじゃん」
「だよね、今からでも変えてもらえないかな」
前の方の席で女子がひそひそと話している。予想外の立候補に混乱しているのがよく分かった。状況についていけてないのは女子だけじゃない、俺だってそうだ。
「お! 三枝、副委員長やってくれるか?」
「はい」
「じゃあ、三枝に決定! 拍手!」
戸惑いの疎らな拍手の中、俺の方を向いた三枝はその美しい顔に笑みを浮かべて囁いた。
「よろしくね、くるちゃん」
「……くるちゃん?」
初めて言われた、馴染みないあだ名を反芻する。
すぐに前に向き直った三枝は、さっきよりもずっと機嫌が良さそうだった。
そうして、LHRが終わり、全ての委員会と係が決まった。体育委員に決まった螺良が、唇を尖らせながら俺の席までやって来た。
「何その顔、体育委員やりたかったんじゃないの?」
「やりたかったけど、そうじゃない」
「んー?」
「俺が腹立ってんのはあいつら」
そう言う視線の先は、まだ落ち込んでいる味田を元気づけようとしている集団。最早、三枝の取り巻きというより、味田軍団だろという気がするのはこの際置いておこう。
「委員長が今年も変わらず委員長なのは俺もしっくりきてるけどさ、あいつらのやり方は納得いかない」
「螺良……」
「委員長がやり返したの見て、ちょっとすっきりしたけどね」
「ありがと」
いつも明るくて、誰にでも優しい螺良がここまでなるのは珍しいと思ったら、俺のために怒ってくれていたらしい。他人のためにここまで怒れる螺良は、やっぱり良いやつだ。
「それにしても、頼が副委員長やると思わなかったからびっくりしたんだけど。前からそうするつもりだったの?」
「いや……」
螺良にツッコまれて、何故か気まずそうに視線を落とす三枝には俺も立候補した理由を聞きたかった。
この一週間、授業に全く参加しないと聞いていた三枝は、毎日休むことなく教室に顔を出していた。新学期が始まってまだ五日しか経っていないのに、百パーセントの出席率を確認した職員室では、歓喜の声が上がったとかいう噂まである。
どれだけ問題児扱いされてたんだと呆れそうにもなるが、いろんな人から「不良だ」「問題児だ」と言われている三枝にとって、委員会なんてめんどくさいものは参加する気さえ起きないものだと思っていたのに。どういう心境の変化なのだろうか。
「じゃあ、何で急に立候補したのさ」
「……くるちゃんが委員長だっていうから、釣られたというか、気づいたら手挙げてたというか」
「俺?」
「はーん、そういうことね。分かった、分かった」
耳を赤くした三枝が、手で口元を隠しながらぼそぼそと小さな声で言い訳をするみたいに白状するけれど、その理由に更なる疑問が追加される。しかし螺良は納得したのか、訳知り顔でニヤニヤ頷くと、満足そうにしながら自分の席に帰っていった。
「どういう意味……?」
「ほら、くるちゃん。先生来たから、号令」
「お前なぁ……」
俺だけ意味が分かってないのも、なんかムカつく。けれど、問いただそうとしたところで、桃ちゃん先生がSHRを始めるためにタイミング悪く教室に入ってくる。
話題を逸らされた先が委員長としての役目なら、俺はそれを甘んじて受け入れるしかなかった。そんな俺の扱い方がバレているのも、俺ばっかり知らないことだらけなのが明白になったようで、ちょっぴり不愉快だった。
「起立」
不機嫌にそう声を上げる俺の隣で、三枝は下を向く。そんな彼がじんわりと広がる喜びを必死に隠そうとして、けれど口角が勝手に上がってしまうのを止められずにいたなんて、俺は全く知る由もなかった。