体温が混ざり合い、身体の境目が曖昧になった頃……
先に口を開いたのは、クロルの方でした。
「……僕ね、この街で降りるんだ」
「え……?」
「もう、羽を隠して……自分を偽って生きるのは嫌なんだ。ここしかないんだよ、羽を隠さずに生きられる場所は。それに……一週間後に着く街はね、僕の生まれた街なんだ」
クロルは、抱き締める力をさらに強めて、
「……怖いんだ。あの街に近付くのも、思い出すのも。だから、あの街に帰り着く前に、ここで降りるって決めていた……この街は、僕の旅の終着駅なんだよ」
「……そう、だったんだ」
「リリアは、どうする? 一緒にこの街で降りる? それとも……他の街へ行く?」
リリアは戸惑います。
この街でクロルと暮らせたら、どんなに幸せでしょう。
平凡な、普通の日常。この街にいれば、それが手に入ることはわかっていました。
だけど……
「…………」
答えに迷うリリアに、クロルは小さく笑って、
「……ごめんね、急にいろいろ話してしまって。気持ちの整理がつかないよね。出発まで、まだ一日ある。よく考えて、答えを見つけて」
そうしてゆっくりとリリアを離すと、クロルはドアの近くで見守っていたポックルの方を振り返ります。
「ポックルも、ごめんね。君が羽のことをリリアにバラしてくれないかな、なんて、試すようなことをしてしまった。黙っていてくれてありがとう」
ポックルはそっぽを向きながら、さらりと答えます。
「別に隠していたわけじゃニャい。言う必要がニャかっただけだ」
そう言ってくれるポックルを、クロルはそっと抱き上げました。
「君に相応しい街まで送り届けるって言ったのに……それも嘘になっちゃったね」
「何を言っている。自分の縄張りも定まっていニャいやつに心配されるほど、このポックル様はヤワじゃニャい。まずは自分が幸せにニャってから。他人のことは、その後だろ」
「うん……そうだね。本当にありがとう。大好きだよ」
ぎゅっと抱き寄せられ、ポックルはくすぐったそうに身を捩りました。
――それから、二人と一匹は列車の外に出て、線路に腰掛けながらいろいろな話をしました。
この世界のこと。
様々な街のこと。
今まで出会った人々のこと。
空には月と無数の星が輝き、目の前に広がる湖が鏡のようにそれを映しています。
ふと、クロルがこんなことを口にします。
「……昔の人は、戦争の経験から、国籍や肌の色ではなく同じ価値観を持つ人同士で暮らせるよう街を創った。確かに戦争はなくなったけど、それって……『似た者同士で群れていたい』、『似ていない者は排除したい』っていう"人間の本質"が残っただけなんだ。……臆病で、寂しがり屋なんだよね、人間って。自分と違う存在が怖くて、否定されるのが怖くて、自分が傷付くより先に傷付けてしまうのかな。だったら、まず最初に自分が心を開いたら……『あなたのことが好きですよ』って伝えられたら……傷付けられることもなくなるのかな」
「そうかもね。私も、そうしていきたいな」
「はぁ。ニンゲンはいちいち小難しく考えすぎニャんだよ。気に入らニャいやつとは目を合わせニャい。気に入ったやつには身体を擦り寄せる。ただそれだけのこと。全員に好かれようとするからややこしくニャるんだ。本当に大切にしたいやつだけ大切にできれば、それで良いニャ」
「うん……そうだね。ポックルの言う通りだ」
「ポックルは大人だなぁ」
「ふふん、まぁニャ」
「僕、リリアとポックルに出会えて本当によかったよ。……ありがとう」
「……本当に、ここで降りちゃうんだね」
「うん。もうずっと前から決めていたんだ。……黙っていてごめんね」
「ううん。クロルがここで安心して暮らせるのなら、それが一番だもん」
「でも……今日見た限りだと、黒い羽の人はいないみたいだったね。僕だけが黒いなんて……ここでもみんなから『悪魔!』って言われたりして」
「大丈夫だよ。ここの人たち、みんな優しいもん。それに、クロルさっき自分で言ってたじゃない。まずは自分から『好き』って気持ちを伝える。そうすればみんなも、心を開いてくれるはずだよ」
「甘いニャ。この街で一番強いオスにニャって、まるごと自分の縄張りにしてしまえばいいニャ。そしたら誰も文句言わニャいぞ?」
「もー、ポックルは考えがワイルド過ぎるんだよ。クロルはそんな……」
「確かに……それはアリかも」
「クロル?!」
「あはは。というのは冗談で。……ありがとう。僕、この街で自分の居場所を見つけるよ」
クロルは穏やかに微笑んで。
そうして、最後の夜は過ぎて行きました。