キリクのクラスは全部で十六人。十歳から十二歳の子どもたちです。
 他にも一クラスあり、そちらには七歳から九歳の子どもがいるそうです。

 リリアとクロルは窓際の後ろの席に座ることにし、ポックルはその前の机に丸まっています。
 リリアが不安そうな表情をクロルに向けると、クロルも珍しく緊張した笑みを返しました。クロルも学校は初めてなのかなと、リリアは思いました。

 連絡事項を伝えるホームルームが終わると、一時間目の理科の授業が始まりました。
 その日おこなわれたのは、光に関する実験です。
 ジーナ先生が色付きのセロファンを貼った懐中電灯を三本持ちながら、生徒に問いかけます。

「ここに、赤と青と緑の光が出るライトがあります。三つの色を重ね合わせると、何色になるでしょう?」

 生徒たちが近くの友だちと相談し始める中、真っ先に手を挙げたのはリリアでした。

「はい! 黒になる!」

 その元気な答えに、周りにいた生徒たちも「私もそう思う!」「僕も!」と声を上げます。しかしただ一人、リリアの発言を「フン」と鼻で笑う子どもがいました。
 クラスの中でも一際体格の良い男の子です。茶色い髪を短く切り揃えた、勝ち気そうな顔立ちをした子でした。その男の子が、

「違うな。白になる」

 と、自信満々に言いました。
 ジーナ先生はにんまりと笑って、

「さぁ、どうなるかしら。実際にやってみましょう。この壁に光を当てて……」

 懐中電灯のスイッチを順番に入れ、一つずつ色を重ねていきます。その行く末を、クラスの全員が固唾を飲んで見守っていました。
 そして、最後に緑色の光が加わり……三色が重なった部分は、白色になりました。
 生徒たちは「えーっ!」と驚いた声を上げ、リリアもぽかんと口を開けます。

「正解は白! ウドルフ、すごいじゃない。よくわかったわね」

 ウドルフと呼ばれた勝ち気そうな少年は誇らしげに胸を張り、リリアに「どうだ」と言わんばかりの視線を送ります。
 それに気付いたリリアは、「むぅぅ」と、悔しげに頬を膨らませました。



 ――二時間目の算数の授業でも、リリアは頬を膨らませていました。
 自信満々に答えた彼女の解答をウドルフがばっさり否定し、どんどん正解していくのです。
 そのやり取りが微笑ましくて、クロルは口元が緩むのを堪えながら、リリアを見守っていました。

 そうして午前の授業が終わり、あっという間に給食の時間になりました。
 生徒たちが配膳の準備をしている間、クロルとリリアはジーナ先生に呼び出され、職員室でこの街に来た経緯を尋ねられました。

 リリアは生まれ育った街を逃げ出し、クレイダーに乗って住む街を探していることを説明します。
 ジーナ先生はそれに納得した後、

「――それで、クロルは?」
「えっ?」

 突然そう聞かれ、クロルは思わず聞き返します。

「君は、どういう経緯でクレイダーの運転手をやっているの? まだ十三歳なのに、学校にも通わず……確かに労働自体は十一歳から認められているけれど、ごく稀なケースよ。あなたにも、生まれた街を出てクレイダーに乗っている理由があるのでしょう?」

 そう尋ねられ、クロルは……口を閉ざし、俯きます。
 ジーナ先生が聞いたことは、リリアもずっと気になっていたことでした。けれど、クロルにいつもはぐらかされていたので、よっぽど言いたくない事情があるのだと、聞けずにいたのです。

「………………」

 黙り込んでしまったクロルを見て、ジーナ先生は小さく息を吐きます。

「言いたくないのなら、無理に言わなくていいわ。急に聞いてしまってごめんなさい。ただ、職業柄、この状況はどうにも心配でね。何か相談に乗れることがあったら、遠慮なく言ってね」
「はい……ありがとうございます。すみません」

 クロルは申し訳なさそうに微笑みました。ジーナ先生もにっこり笑います。
 それから、急に険しい表情になって、

「それにしても……いくら人口が減少しているからって、就業可能年齢を十一歳に引き下げるのはやっぱりおかしいわ。街の教育委員会を通じてセントラルに抗議できないかしら……」

 などと呟きながら、顎に手を当てしばらく思案します。
 しかし、クロルとリリアの視線にハッとなって、

「ごめんごめん、独り言よ。さ、そろそろ準備ができた頃だわ。給食を食べに戻りましょう」

 再び笑顔を向け、そう言いました。
 


 ――先生に促され、クロルとリリアが元いた教室に戻ると、部屋中にいい匂いが立ち込めていました。
 クラスのみんなが、各々のお皿に給食を取り分けているところです。

「あっ、こっちこっち! 二人の分もよそっておいたよ! 一緒に食べよう!」

 机同士が向き合う形に並び替えられており、キリクが手招きをしています。
 給食のメニューは、パンとシチューとサラダ、デザートのフルーツまで付いています。ポックルにも、鶏肉と野菜を蒸したものが与えられました。

「いただきます」という大合唱の後、子どもたちが一斉に食べ始めました。
 リリアも、そしてクロルもポックルも、こんなに大勢で食事をするのは初めてだったので、なんだか不思議な気持ちになりながら給食を食べました。

 やがて食事を終えた子どもたちが、次々とリリアたちに話しかけに来ました。
 この街に来た経緯や、これまで見てきた他所の街のこと、クレイダーの乗り心地など様々なことを聞かれ、二人は少し戸惑いましたが……
 子どもたちの優しい雰囲気のおかげですぐにうち解け、教室は賑やかな笑い声で包まれました。

 大勢の友だちとご飯を食べて、楽しくおしゃべりをする。
 そんな、この街の子どもたちにとっては当たり前な時間が、二人にはとても新鮮で、特別なものに感じられたのです。