――イサカさんと別れてから一週間。
クロルとリリアとポックルは、さらに三つの街を廻りました。
みんな仕事が大好きで、どこも人手が足りすぎているため常に新しい仕事を開拓している"労働の街"。
身の回りのほとんどをロボットがしてくれて、人間がロボットからの指示を待っている"機械仕掛けの街"。
住民全員がバーチャルリアリティの中で暮らし、好きな性別・容姿・あるいは動物を選択して生きることができる"電脳の街"。
どの街も、そこに暮らす人々は生き生きとしていましたが、リリアとポックルには合いそうにありませんでした。
「――明日着く街は、どんなところなの?」
"電脳の街"を出発した、その晩。
二人と一匹はいつものように、クレイダーの一両目で夕食を共にしていました。
お決まりになりつつあるリリアの質問に、しかしクロルは、
「………………」
すぐに答えることなく、口を閉ざしてしまいました。
今までにないその反応に、リリアはクロルを心配そうに見つめ、ポックルもじっと返事を待ちます。
そして……しばらくの沈黙の後。
「……前に言ったこと、覚えているかな。リリアが気に入るんじゃないかなって思う街が一つだけある、って。明日着くのが、その街なんだ」
「え……」
食事の手を止め、真剣な表情で言うクロルに、リリアは戸惑います。
そして、「あ、あはは」と笑ってから、
「そんなこと言って、また変な風習がある街なんでしょ? もう引っかからないんだからぁ」
そう戯けて言いますが、クロルは笑い返してくれません。
「ど……どうしたのクロル? 明日着くのは、一体……どんな街なの?」
リリアが再び尋ねますが、クロルは口を噤んだままです。
これまでクロルは、リリアの質問には何でも答えてくれました。難しいことでも「うーん」と考えながら、必ず答えを出してくれました。
だから、こんなクロルを見るのは初めてで……
「…………っ」
痺れを切らしたリリアは立ち上がり、クロルのベッドの横にある本棚から街のガイドブックを取り出しました。
その中の、"電脳の街"の次のページを探します。すると、
「…………え……?」
そこには、こう記されていました。
"有翼人の街"。
そこでようやく、クロルが困ったような笑みを浮かべて、
「……ごめんね。なんて言うべきかわからなくて……つまり、そういうことなんだ」
「どういうことニャ」
文字を読めないポックルが怪訝そうに尋ねるので、クロルが答えます。
「明日着くところはね、リリアと同じ、羽が生えた人たちが住む街なんだよ」
「ほー、そんニャ街があるのか。リリア、よかったじゃニャいか。仲間だぞ」
クロルの言葉に、ポックルは呑気な声で言います。
「な……仲間……」
しかしリリアは、気持ちの整理がつかず、言葉を失いました。
だって、考えたことすらなかったのです。
この世界に、街が形成できるくらいにたくさんの有翼人がいることを――
* * * *
――翌朝八時。
列車は、その街に到着しました。
朝食を済ませた二人と一匹は、どこか緊張した面持ちで列車を降ります。
駅からまっすぐに伸びるメインストリートの両脇には木製の建物が建ち並んでおり、ほとんどが小さなお店になっているようでした。開店の準備をしている人や走り回る子どもたちで賑わっています。
そして――その人たち全員に、真っ白な羽が生えていました。
「本当に……私と、同じだ」
リリアは掠れた声で呟きながら、道行く人々を見つめます。
すると、駅に一番近い建物――飲食店と見られるお店から、鞄を持った男の子が出てきました。
少し癖のある赤毛に、緑色の瞳、年の頃はリリアたちと同じくらいです。その背中にもやはり、白い羽が生えていました。
その子が「いってきまーす!」と元気な声を出してお店の扉を閉め、歩き出そうとしたその時。ちょうどこちらと目が合いました。
「あっ! ひょっとして、新しくこの街へ来た人?」
言いながら、男の子は一直線にこちらへ走って来ます。
「はじめまして! 僕はキリク。そこの店の子どもだよ。君たちは?」
「え……あ、あの……」
突然、自分と同じ羽を持つ同い年くらいの子に話しかけられ、リリアは戸惑いから言葉を詰まらせました。
なので、クロルが代わりに、
「この子はリリア。住む街を探しているんだ。自分以外に羽を持つ人を初めて見たから、びっくりしているんだよ。僕はクレイダーの運転手のクロル。こっちは猫のポックルだよ」
「よろしくニャ」
キリクと名乗った少年が、「うわぁ、猫が喋った!」と嬉しそうに驚きます。そして、
「住む街を探しているってことは、まだここに決めたわけじゃないんだね。それなら、僕についておいでよ! 今から学校へ行くんだ。先生に話して見学させてもらおう!」
「がっこう?」
「子どもたちが昼間通う、勉強を習う場所だよ」
首を傾げるリリアに、クロルがいつものようにこっそり教えます。
「この街には、大人と子ども合わせても五百人くらいしかいないんだ。その内、僕らみたいな初等学校の生徒は三十人。人数が少ないから、すぐに仲良くなれるよ!」
「い、いきなり行って大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫! この街は羽が生えている仲間ならいつでも大歓迎だから。ほら、行こう!」
そう言ってキリクは、半ば強引にリリアの手を引いて走り出します。
それを見たクロルとポックルも、顔を見合わせてから、それについて行きました。
――キリクの通う学校は、街の中心部にありました。
木製の、二階建ての建物です。
運動をするための広い庭があり、遊具があり、その周りには様々な植物が植わっていました。
その庭の真ん中を通って、三人と一匹は校舎の中へと入ります。
途中、キリクは何人かの友だちに挨拶を交わしながら、入ってすぐの一部屋へとリリアを招き入れました。
「ここが、僕らの教室だよ」
言われて、リリアはその中を見回します。
入ってすぐの壁に大きな黒板、それと向かい合う形で木製の椅子と机が二十個ほど並んでいます。奥には先ほど通ってきた庭が見える窓があり、教室の後ろの壁にはロッカーがありました。
教室には、既に十人ほどの子どもがいました。リリアたちと同い年くらいの子もいれば、もっと幼い子もいます。もちろん、みんな背中に真っ白な羽を生やしています。
その子たちが、リリアを見るなり一斉に集まってきて、
「えーっ! 君だぁれ?」
「初めて見る子だねー」
「猫もいる! 君の猫?」
「どこから来たの?」
などと口々に尋ねるので、リリアは言葉を詰まらせました。
クロルが助け舟を出そうとした、ちょうどその時。
「おはようみんなー。席に着いて……って、あら?」
後ろから、そんな声がしました。
クロルとリリアが振り返ると、一人の女性が立っていました。黒い髪をショートカットにした、背の高い人です。
その女性が、リリアとクロルに目線を合わせるように屈んで、
「はじめましての子たち、よね? こんにちは。私はこのクラスの担任よ。あなたたちは……もしかして、他の街から来たのかしら?」
優しく尋ねられ、リリアはやっと落ち着いて言葉を選ぶことができました。
「あの、私、リリアって言います。住む街を探して、クレイダーに乗って来ました。こっちは運転手のクロルと、猫のポックル」
それに続けるように、キリクが身を乗り出し、
「列車から降りて来たところを見つけて連れて来たんだ。ねぇ、ジーナ先生。学校を見学してもらってもいいでしょ?」
「うーん。でも、お家の人に断りもなしにいいのかしら?」
女性――ジーナ先生が腕を組みながら首を傾げます。
それにリリアが、
「私たちに『家の人』はいません。私たちだけでこの街へ来ました」
と、しっかりとした声で言うので、先生は驚いた顔をし、子どもたちも騒めきました。
「……そう。それじゃあ、詳しい事情は後で教えてもらうとして……もう始業時間だから、ホームルームを始めましょうか。リリアとクロルも、好きな席に座って。ポックルくんは……」
ジーナ先生が言いかけると、ポックルは日当たりの良い窓際の席にぴょんと飛び乗り、
「ここで昼寝させてもらう。お構いニャく」
と言ったので、子どもたちは「喋ったー!?」と一斉に叫びました。