――次の日の夕方。
 クロルたちを見送りに、イサカさんが列車を訪ねて来てくれました。

「よう。昨日はよく眠れたかい?」

 あの後――
 見事"絶対王者"を仕留め、暫定一位の点数を獲得したイサカさんに美味しい晩ご飯をご馳走になったのですが……
 全員疲労のあまり列車に戻るなりベッドへ直行し、すぐに寝てしまったのでした。

 そうして、そのまま泥のように眠り続け……

「……ついさっきまで寝てました」

 と、おでこに絆創膏を貼ったクロルが、まだ少し眠そうに答えます。
 イサカさんは「ハッハ!」と笑って、

「なぁに、若いんだからすぐ回復するだろう。肉を食え、肉を!」
「昨日たくさん食べたはずなのに、まだ全然眠いよぅ……」

 リリアも目を擦りながらそう言います。ポックルはまだ寝ていて、客室のベッドで丸くなっていました。

「あらためて、昨日はありがとうな。おかげでアイツに一発キメることができた」
「いいえ。いろいろ教えていただいて、こちらこそありがとうございました。とても楽しかったです」

 イサカさんの言葉に、クロルは礼儀正しく頭を下げました。

「リリアちゃんも、美人を台無しにして悪かったな」

 悪戯っぽくそう言われ、リリアも「ほんとだよ!」と笑顔を返します。

「それにしても……クロルくん。君はすごいよ。銃の扱いにさえ慣れていれば、アイツを仕留めていたのは君だっただろう。戦略といい、空間把握能力といい……この街の頂点に立てる器だ。俺も今回は君のおこぼれに(あずか)っただけに過ぎない。お守りするつもりが、逆に助けられちまったな」

 イサカさんは腕組みをして、クロルの顔をじっと覗き込みます。

「――なぁ、真面目な話……この街に残らねぇか? 君ならきっと、ものすごいプレイヤーになれるぞ」

 真剣な眼差しでそう言われ、クロルは思わず目を見開きました。
 その横でリリアが、少し緊張した面持ちで二人を見つめています。
 しかしクロルは……困ったように笑い、

「みんなで力を合わせたから、あんなことができたんですよ。一人だけで戦ったら、僕なんかだめだめで……すぐにやられちゃいます」

 と、後ろ頭を掻きながら、遠慮がちに言いました。
 その返答に、イサカさん口元に笑みを浮かべて、

「そうか、残念だか……強力なライバルが増えずに済んだと思っておくか。ハッハッハ!」

 腰に手を当て、いつもの元気な笑い声を上げました。

「おーい。そろそろ時間ニャんじゃニャいか?」

 と、客室のベッドから起きてきたポックルが言います。それとほぼ同時に、鐘の音が聞こえてきました。
 クロルは慌てて運転席のある一両目に乗り込み、リリアも二両目に飛び乗ります。

「よっ、猫くん。昨日は楽しかったぜ。達者でな」

 片手を上げるイサカさんを、ポックルは一瞥し、

「……まぁ、たまにはライオンにニャるのも悪くニャかった。もうやらニャいけどニャ」

 と、そっぽを向いて言いました。

「それじゃあイサカさん、本当にありがとうございました!」
「楽しかったよ!」

 一両目の窓からクロルが、二両目のドアからリリアが、それぞれ手を振ります。

「おう、こちらこそありがとう! 気をつけて! 元気でな!」

 イサカさんも手を振り返してくれます。
 それを見届けて、時刻はちょうど午後五時。
 客室のドアが、ぷしゅーっと音を立てて閉まります。
 クロルが笛をピーッと鳴らし、列車は動き出しました。

 クロルもリリアも、イサカさんも、お互いの姿が見えなくなるまでずっと、その手を振っていました。



 * * * *



 ――二人と一匹が乗る列車が、すっかり見えなくなった頃。

「……よかったのか? バレッタ。挨拶しなくて」

 イサカさんが、そう口にします。
 すると、駅の柱の陰から、美しい女性が姿を現しました。
 銀色の長髪に、切れ長の赤い瞳。スラリと背の高い身体には黒のタンクトップと迷彩柄のズボンを纏い……肩にはスナイパーライフルが背負われています。

 バレッタと呼ばれたその女性は、「ふん」と鼻を鳴らし、

「挨拶? 子どもや猫の手を借りないと嫁に勝つことも出来ない情けない旦那がお世話になりましたと、そう言えばよかったのか?」

 腕を組み、ツンと返しました。
 しかし、イサカさんは笑いながら、

「相変わらず手厳しいな! ウチの嫁さんは!」

 と、まったく傷付いていない様子で言いました。

「ま、これで今月のゲームはわからなくなったぞ。俺が勝ったら、今年二勝目だ」
「私が勝ったら三勝目だがな」
「ハハ! バレッタは、どんな新ルールを願うんだ?」

 その問いに、バレッタさんは暫し沈黙してから……

「……例え初心者であっても、協力プレイ禁止」
「ハッハッハ! 俺は逆に協力プレイありを追加しようと思っていたわ!」
「……最悪だな」

 バレッタさんは「はぁ……」とため息をつきますが、イサカさんが続けて、

「にしても――クロルくんは惜しい人材だったなぁ。あの子なら"絶対王者"の座をお前から剥奪できたかもしれないのに」
「ふん、戯れ言を。あんな子どもに、そう易々と奪われてたまるか」

 言いながら、バレッタさんは長い銀髪をかき上げます。

「……あの少年のやり方は危険だ。繊細に見えて大胆、慎重に見えて向こう見ず……だいたい、建物の二階から銃を構えたまま飛び降りて、着地はどうするつもりだったんだ? あのまま井戸の中へ落下していたら、あの子も私もどうなっていたか知れたものではない。咄嗟に弾を撃ち込んで、落下地点を修正できたからよかったものの……あんな戦い方をしていては、あっという間に壊れてしまう。自分を大切にできないやつは、このゲームに参戦すべきではない」
「ふむ……確かな。自分が傷付くことへの恐怖心があってこそ、強く巧くなっていくモンだ」

 イサカさんの返答に、バレッタさんはもう見えなくなった列車の方を見つめます。

「事情は知らないが……あの歳でクレイダーに乗っているんだ。生まれた街を出る、よっぽどの理由があったのだろう。であれば自ずと、自分自身の"生"と向き合う機会も多かろう。こんな街で止まらずに、様々な出会いを通し……自分の尊さを学んでゆけばいい」

 そう、淡々と言いました。
 その言葉に、イサカさんはニヤリと笑って、

「やっぱり、ウチの嫁さんは世界一強くてカッコ良いな!」
「うるさい黙れ。仕事に戻るぞ」

 そんなことを言い合って、最後にもう一度、列車が旅立った方を振り返ってから……
 二人は、ビルの犇めく街中へと消えて行きました。