一方、その頃。
リリアを小脇に抱えたまま、イサカさんはエリアのど真ん中のラインをどんどん進んでいました。
当然、いろんな選手から狙われるのですが、イサカさんはすんでのところで弾を躱し、物陰に隠れ、痺れを切らして頭を出した相手を撃つ……といったことを繰り返し、ことごとく返り討ちにしていました。
「よし、一旦ここで態勢を整えよう。今、何人倒した?」
「全部で六人……だと思う」
屋根もなく窓ガラスも全部割れている、そんな廃墟然とした小屋の中で、リリアは地面に降ろされながらそう返答します。
イサカさんの荒い走りと、それにより舞い上がる砂埃、銃弾の飛び交う恐怖の中を潜り抜け、リリアはすっかりボロボロな様子でした。
「ハッハッハ! これじゃ美人が台無しだな!」
「笑い事じゃなーい! もう、なんでこの街の人はこんな怖くて疲れることをしてるの?!」
リリアは涙目になって訴えます。
イサカさんは「ハッハ!」と笑ってから、
「確かに怖くて疲れる。が……"生きている"ってことを実感できるから、かな」
「生きている、ってこと……?」
聞き返すリリアに、イサカさんが頷きます。
「相手の弾を避ける時。相手に銃を向けた時。そして、相手を倒した時……心地よい緊張感と達成感が、一気に胸に押し寄せてくるんだ。それが、クセになるというか……」
そこまで言いかけた時、リリアが訝しげな顔をしたので、イサカさんは慌てて両手を振り、
「もちろん乱暴したいとか、人を傷付けたいってわけじゃないぞ? ただ、こうして擬似的に『命をかけたやりとり』をすることによって、自分の"生"も相手の"生"も、とても尊くて大切なものだってことが再確認できるんだ。この気持ちは、人と人とが真剣に向き合わないと味わえないんだろうな」
「人と、真剣に向き合う……あ、"人間ドラマ"ってやつだね!」
「そうそう。よくわかっているじゃねぇか、リリアちゃん!」
イサカさんは嬉しそうに笑います。
「ま、偉そうに言ったが、みんな単純にこのスリリングなゲームが好きなのさ。あとはなんと言っても、銃で『ダダダダーッ!』ってやるのはかっこいい! くぅーっ、まさにロマンだよなぁ」
「そっかぁ。やっぱり男の子はこういうのが好きなんだね。クロルとポックルもすごく楽しんでいるみたいだし」
「いやいや、男だけとは限らないぜ? なにせ――」
――と、その時。
パシュン!!
遠くの方で、そんな音がしました。
見れば、二人がいる小屋から五十メートルほど離れた場所で一人、狙撃され手を上げている人物がいました。
どこから撃たれたのか分からないらしく、キョロキョロ見回しながら退場していきす。
「今の発砲音からして、恐らく……"アイツ"だな」
「アイツ? って……例の一番強い人?」
リリアの問いに、イサカさんが頷きます。
「ああ。こっから二百メートル圏内にいるだろう。下手に進むとアイツの射程に入っちまう。さて、どうしたもんか……」
イサカさんが今しがた撃たれた人物を眺めながら思案していると……その時、
「――ん? あれは……」
イサカさんが小屋の外を指差します。
リリアがそちらを見ると、百メートルほど先の物陰から顔を出すクロルの姿がありました。その足元にはポックルのものらしきしっぽも見えています。
「クロル! すごい、無事だったんだ!」
「ああ。ってことは"アイツ"は、こっからあそこまでの間のどこかに潜んでいるってことだ。となると、あの建物の二階、もしくは――」
「――井戸の中だ」
イサカさんとリリアの姿を確認したクロルは、再び身を潜めながら呟きました。
先ほどの人が撃たれた瞬間をたまたま目撃した彼は、地面に埋れかかった古井戸の中にライフルの使い手――"絶対王者"と思しき人物が潜んでいるのを見たのです。
それは一瞬の出来事でした。建物と建物の間にターゲットが現れた瞬間、必要最低限の動作でライフルを構え、照準を合わせ、一撃で仕留める――
そして、またすぐに井戸の中へと身を潜める。
とても正確で、一切の無駄がない動きでした。
「それにしても……あんな井戸の中にいるのに、よく外の人に気付けるなぁ」
「よっぽど耳がいいか、空に目ん玉がついているか、だニャ」
ポックルと言葉を交わしつつ、クロルはどう攻めるか考えます。
相手を撃つには井戸から出てきてもらうか、こちらが井戸を覗き込むしかありません。
当然ながら、簡単には出て来てはくれないでしょう。
覗き込もうにも、相手は井戸の中で既に銃を構えているはずなので、こちらがトリガーを引くより早く撃ち抜かれる可能性があります。
そこで、クロルはあたらめて周囲を確認してみます。
今隠れている壁の向こう側――正面・五十メートル程先に古井戸。
十時の方向・百メートル先にイサカさんたちのいる小屋。
九時の方向に二つ並んだドラム缶。
その真向かい、三時の方向に二階建ての廃屋があります。
ポックルに協力してもらう、いつもの囮作戦は通用しないでしょう。挑発的な音に不用意に出てくるような相手ではない上に、こちらの位置を教えることになってしまいます。
ならば、"絶対王者"はどんな状況なら、あちらから顔を出してくれるでしょうか?
「…………よし」
クロルの脳裏に、一つの作戦が浮かびます。
それにはポックルと、イサカさんの協力が必要でした。
クロルは再び壁から顔を覗かせ、イサカさんに手を振ります。すると、イサカさんも手を振り返してくれます。
クロルはそのまま無言で井戸を指差し『"絶対王者"はそこにいる』と合図を送りました。意味が通じたのか、イサカさんが腕で丸を作って返してきます。
それを確認してから再び壁に隠れて、
「ポックル。僕は今からイサカさんに向かって何発か撃つ。おそらくイサカさんも撃ち返してくると思うから、あっちに走ってからこう叫んで」
と、ポックルの耳元で作戦を伝えます。
聞いたポックルは呆れたように目を細め、
「そんニャんで上手くいくのか?」
「大丈夫、だと思う。あ、なるべく『ニャ』って言わないようにね」
そう付け加えて、クロルはイサカさんの方へと銃を構えます。
ポックルは言われた通り、今いる位置から九時の方向……ドラム缶の方へと移動を開始しました。
いきなり銃を向けられ、驚くイサカさんの顔がスコープ越しに見えます。
が、クロルはお構い無しにトリガーを引きます。
パン! パン! パン!
三発、立て続けにイサカさんたちのいる小屋に向かって発砲します。もちろん当たらないように。
その後すぐ、三時の方向にある二階建ての廃屋へと走りました。イサカさんも作戦を知ってか知らずか、クロルが今までいた壁の辺りへと撃ち返してきます。
イサカさんの放つ銃声を左手に聞きながら、クロルは廃屋の二階へと一気に駆け上がります。
そして――
銃声の合間に、カンカンカン! というドラム缶を弾く音が聞こえ、
「やられた! 降参だ!」
というポックルの大声が響き渡ります。
すると、その瞬間――
――井戸の中から、ライフルを構えた"絶対王者"が、姿を現しました。
全身を迷彩服で覆い、フードを被っているためその顔までは確認できませんが……
彼、あるいは彼女は、実に正確に、まるで今までの銃撃を見ていたかのようにイサカさんのいる小屋へと銃口を向けました。
――狙い通りだ。
クロルはそう思いました。
"王者"が姿を現わす時。それは――
周囲の状況が把握でき、且つ確実に仕留めることのできる相手がいるとわかった時。
イサカさんの話と、先ほど実際に見た動きから、"王者"はとても慎重であることがわかりました。
むやみやたらと無駄撃ちのすることなど決してしない、確実に狙える状況が整うまではじっと身を潜める。そんな性格なのです。
では、確実に仕留められる相手とは一体、どのようなものでしょうか。
それは、警戒を解き、油断している相手。
そして、恐らく最もプレイヤーが油断する瞬間というのは……誰かを仕留めた直後。
そう考え、クロルは作ったのです。
誰かと誰かが撃ち合い、片方がやられ、片方が油断しているであろう、そんな状況を――
"絶対王者"の背後――剥き出しになった廃屋の二階から助走をつけたまま、クロルは勢いよく飛びます。
そして空中で銃を構え、落下しながら、"王者"の背中に照準を合わせました。
井戸の真上に、遮るものは何もありません。
――いける。
クロルがトリガーに指をかけ、力を込める……
……よりも、わずかに速く。
"絶対王者"は構えていたライフルを捨て、腰から抜いたリボルバーをクロルに向け――
バン!
振り向き様に、撃ちました。
それは見事なまでに、クロルのおでこのど真ん中に命中し……
「……ってぇぇえええ!」
悲痛な叫び声を上げながら額を押さえ、クロルは落下し、地面に体を打ち付けました。
――それと同時に。
ババババッ!
"王者"の後ろ――いつの間にか距離を詰めていたイサカさんが。
"王者"に向けて、銃弾を撃ち込みました。
頭を覆うフードの下から覗く相貌――燃えるように赤い瞳が、大きく見開かれ……
その頭上に、マイナス一五〇〇の表示が、明滅しました。