――そういうわけで。
ゲーム開始から五時間後の、午後二時。
クロル・リリア・ポックルは、イサカさんと共にゲームエリア内を進み、ライバルである"絶対王者"を探していました。
どうやら"絶対王者"は、エリアの最奥部から中央部のどこかに陣取っているようなのです。
イサカさんは正面から進み、クロルとポックルが端から回り込んで、挟み撃ちにする作戦で動いていました。
クロルたちと別れたイサカさんはリリアを抱えたまましばらく走ると、敵を見つけたのか、無造作に設置されたドラム缶の後ろに身を隠します。
「リリアちゃんは敵と接近戦になったらそのショットガンを使え。基本的にはそうなる前に俺が仕留める。俺の背後を確認していてくれ」
イサカさんはドラム缶の陰からバッとサブマシンガンを構え、数発撃ってまた隠れる、ということを繰り返しています。
リリアは終始おろおろした様子で、とりあえず彼の後ろから敵が襲って来ないか見張っていました。すると……
――キンッ!
ドラム缶に何かが当たりました。それがリリアの頬ギリギリを掠めたので、彼女は驚きのあまり声もなく、地面にへたり込みました。
それに気付いたイサカさんがリリアの肩を支え、
「大丈夫か? クソッ、考えることは同じか……!」
リリアの正面……四十メートルほど先でしょうか、ボロボロになった木製の小屋の方へと目を向けます。と、今撃ってきたと思われる人影が小屋の陰に隠れるのが見えました。
イサカさんは姿勢を低くし、音を立てずそちらに近付き……
ほんの一瞬、小屋の窓から出した敵の頭を、サブマシンガンで撃ちました。
撃たれた相手は両手を挙げ、その頭上には赤く光るバツ印とマイナス一六〇という数字が点滅しました。
「よし、これでオーケーだな」
イサカさんは頷き、再び正面の敵を処理しようと振り返った――その時。
今しがた一人倒したボロ小屋よりもリリアに近い、地面に突き刺さった分厚い鉄板の陰からもう一人が飛び出してきました。
それにイサカさんが反応するよりも早く、
「ひゃあっ」
パン! と、リリアが咄嗟にショットガンの引き金を引きました。
それが運良く命中したのか、相手の頭上にバツ印とマイナス二五〇という数字が浮かびました。
「あ……当たった……」
「やるじゃねぇか、リリアちゃん! もう一人いたとはな……だが、さすがにもういないようだ。これで二人仕留めたか。今日はイケるかもしれねぇ!」
そう言ってイサカさん正面にいた敵を撃破すると、リリアをひょいっと小脇に抱え、
「このまま一気に本命を叩くぞ、リリアちゃん! 気合い入れていけ!」
再び走り出しました。
その振動でがくがく揺れながらリリアは、「いっそ今のでやられていたら戦線離脱できたのに……」と、倒してしまったことを少しだけ後悔しました。
――リリアがイサカさんに抱えられエリアの中央部へと移動している時、クロルとポックルは最西端を回り込むように進んでいました。
午前中のゲームを経て、クロルとポックルは既に二人の選手を仕留めていました。"廃村"というだけあって、エリア内には壊れかけの建物やドラム缶、積まれたタイヤ、地面に突き刺さった鉄板などが至る所にあり、身を隠せるようになっています。
ポックルが少し前を行く形で、物陰に隠れつつ進んでいると、
「……待て。いる」
そう囁いて、足を止めました。それに合わせてクロルも動きを止め、崩れた壁の陰に屈みます。
ポックルの視線の先を見ると、進行方向の左手……五十メートル程先にある半壊した建物の中に、一人の人影が見えました。ちらりと見えた武器はライフルではなく拳銃のようなので、お目当の"絶対王者"ではなさそうですが、
「……あの人がいると奥へ進めない。倒そう」
「また囮作戦か? ズルっちぃニャ」
「とか言いつつ、ポックルもけっこう楽しんでいるでしょ?」
図星なのか、ポックルは目線を逸らしました。
クロルは小さく笑い、銃を構えます。
「ズルでもいいよ。僕らは初心者なんだから、使える戦略は全部使って勝ち残らなきゃ」
「……お前、何考えてるかよくわからんヤツだが、意外と負けず嫌いニャんだニャ」
「えっ、そう? んー……そうなのかな」
「まぁ、いいんじゃニャいか? 悪くニャいと思うぞ、そういうの」
珍しくポックルが肯定してくれたので、クロルは少し驚きながら、思わず笑みを浮かべました。
すると、照れ臭くなったのか、ポックルは慌てたように二本足で立ち、
「お、おれも狩りをするからには成功させたいしニャ! トラは単独で行動するものだが、ライオンは群れで狩りをするらしいから、今日はライオンにニャってやってやるニャ!」
と、前足を腰に当てて言いました。
(……群れで狩りをするのは、主にライオンのメスだけどね)
という言葉を、クロルは口に出さず胸にそっとしまっておきました。
「それじゃあライオンさん。向こうのドラム缶の裏に回り込んで、あの人を引きつけてくれる? 出てきたところを、僕が狙う」
「任せろ」
ポックルは頷き、三十メートルほど奥にあるドラム缶へと向かいます。
警戒しながら周囲を見回しているターゲットの視線の合間を縫って、その裏に回り込み……
――カンカンカン!
爪を立ててドラム缶に猫パンチをしました。
すると、その音に気付いたターゲットが不審そうに建物から顔を出し、銃を構えながらゆっくりとドラム缶に近付いてきました。
クロルはアサルトライフルを構え、片目でスコープを覗き、照準を合わせます。
五十メートル程距離の離れた相手。向こうはこちらに気付いていません。当て損なってこちらに気付かれ、接近戦にでもなったら、初心者のクロルに勝ち目はないでしょう。
……失敗はできない。この一撃に賭けるしかない。
その緊張感を、クロルはトリガーを握る手に込めます。
高鳴る鼓動を、どこか心地よく感じている自分がいる――
そんなことを頭の片隅で考えながら、ターゲットがポックルのいるドラム缶の裏に回り込もうとこちら側に背を向けた――その瞬間。
パン! パン!
二発、クロルは撃ちました。
そのどちらも見事に命中し、ターゲットにしていたその人は手を上げ、頭上にバツ印とマイナス一七〇という数字が浮かび上がりました。
「三〇〇点台の人か……助かった」
イサカさん曰く、四週目のゲームともなると千点台の猛者たちがウヨウヨいるとのことで、そういう"上手い人"は不用意に不審な音などに近付いて来ないそうです。
つまり、高得点保持者になればなるほど、この囮作戦は通用しなくなるということ。
今しがた倒したターゲットが退場していくのを見送りながら、クロルは呟きます。
「やるからには"絶対王者"さんに挑戦したいけど……どうすれば勝てるかなぁ」
暫し虚空を見つめ考えますが、ドラム缶の裏から「ニャにしている、早く先に進むニャ!」という声が聞こえたので、クロルはひとまず先に進むことにしました。