「――私、ずっと気になっていたんだけど……」
"猫の街"を出発した、その晩。
一両目の、いつものテーブルで。
ポックルの「魚が食べたい」というリクエストに「そんな高級品、そうそう買えるわけないでしょ」とクロルが返しつつ作ったチーズリゾットを食べながら、リリアがそう切り出します。
「え? 何が?」
それに、熱々のリゾットをふーふーしながら、クロルが聞き返します。
「クロルってさ、ずーっとそのリュック背負ってるじゃない? ご飯を作っている時も、食べている時も。でも、そこから何かを取り出したり、何かを入れたりはしていないよね? 鞄として使っていない、と言うか……最初はそういうものなのかな、と思っていたけど、他の人たちを見ているとずーっと背負ってるだけの人っていないみたいだから、不思議に思って。ねぇ、中身は何なの?」
その問いに、中身を知っているポックルはドキッしてから、そっとクロルの方を見ます。
『このことは…………リリアには内緒だよ?』
あの時のクロルの、氷のように冷たい瞳を思い出し、ポックルは身震いしますが……
当のクロルは全く動揺せず、さっぱりとした表情でこう答えました。
「ああ、これね。実は、クレイダーの運転手がずっと背負っていないといけないものなんだ。中には非常時にだけ使う物が入っているから、普段は使わないんだよ」
淀みなく発せられたその言葉が嘘であることを、ポックルは知っています。
クレイダーの運転手は、セントラルの紋章が入ったキャスケット帽と緑色のつなぎが目印。指定の非常用リュックなど、存在しないのです。
それに……リュックの中に入っているものは…………
「ひじょうじ? って何?」
真実を知る由もなく、リリアが続けて問いかけます。
クロルは「うーん」と考える素振りをしてから、
「列車が故障して止まるとか、大きな自然災害が起こるとか、そういう緊急事態のことだよ。運転手と乗客がこの列車の中で二、三日過ごすことになってもいいように、水や非常食、タオルやランタンが入っているんだ」
そうつらつらと話す彼を見て、ポックルは思いました。クロルはいつかこう聞かれることを想定し、嘘の答えを用意していたのだ、と。
「ふーん、そうなんだ。普段は使わないものを背負っていないといけないなんて、大変だね」
「もう慣れっこだけどね。逆に無いと落ち着かないくらい」
クロルが穏やかに笑って、それでこの話はおしまいになりました。リリアも疑問に感じることなく、納得したようです。
「ところで――ポックル」
突然クロルに話かけられたポックルは、ビクッと体を震わせます。
「ニャニャニャ、ニャんだ……?」
「明日着く街のことなんだけど……もしかしたら君が気に入るかも、と思っているんだ。一緒に降りてみない?」
微笑むクロルの目を、ポックルはじーっと見つめます。
そこには深い意図や悪意はなく、単に提案しているだけだということが、なんとなくわかりました。
「……わかった。物は試しニャ。降りてみるとしよう」
「わーい! 新しい街、楽しみだねー!」
リリアが無邪気に喜びます。
ポックルは街を出て早々、こんなに気を揉むとは思っていなかったので、
「うみゃ……は、早く降りたいニャ……」
と、こっそりと呟きました。
「――それじゃあ、おやすみ」
クロルが客室の明かりを消し、一両目の自室へと戻って行きます。
「うん、おやすみー」
リリアはそれを見送ってから、いつもの右側下段のベッドに入りました。
ポックルは反対の左側、上段のベッドに陣取っています。
「明日着く街、楽しみだね。クロルは『着いてからのお楽しみ』って言ってたけど……ポックルが気に入りそうな街って、一体どんな街だろう?」
ワクワクした声音で、リリアが言います。
ポックルはベッドの中央に丸くなりながら、
「さぁニャ。ニンゲンがいるニャらどの街も似たり寄ったりだと思うが」
「えー、そうかなぁ? 今まで見てきた街は、それぞれ全然違ったけど……"猫嫌いの街"なんかもあるかもよ?」
「ハハ、それは願ったり叶ったりだニャ」
ポックルが乾いた笑い声を上げ、リリアが「冗談だよー」と続けます。
「クレイダーに乗ってまだ一週間だけど……それぞれの街が、そこに住む人たちの"好きなものや考え方を共有したい"って気持ちで出来ていることがわかってきたんだ。だからみんな、生き生きしてて楽しそうだった。もちろん中には、ポックルみたいに悩んでいる人もいるんだろうけど……」
「おれの場合は、自分であの街を選んだわけではニャかったからニャ。たまたまあそこで、ボスとして生まれただけニャ」
「うん、私もそうだった。たまたま生まれた街があそこだっただけ。だから今度は、自分が納得できる場所を、自分で選べるといいよね」
「お前は……リリアは、どんニャ街に住みたいんだ?」
「んー……そうだなぁ」
聞かれてリリアは、真上にある二段目のベッドの裏側を見つめながら考えます。
「……私ね、最初はこの羽を取って、普通の人間として生活したい、って思っていたの。でも最近は……このままでもいいのかな、って気持ちになってきた。どの街の人もこの羽を珍しがるけど、みんな私と対等に接してくれた。私が思っているよりも世界にはいろんな人がいて、羽が生えていることも、そんなに珍しくないのかもしれなくて……」
お喋りできる猫までいる世界だしね。
と、心の中で付け加えながら。
「だから今は、どんな街に住みたいか……って考えると、みんなみたいに"好きなことや共感できる考え方"で街を探したいって思い始めている。けど、自分の好きなものが何かもわかっていないから……そこから探さないといけないのかなぁ」
そう言って、彼女は自分の"好きなもの"について考えます。
元いた街ではよく本を読んでいましたが……それは他に情報を収集できる手段がなかったからで、読書が好きかと言われると違う気がします。
クロルと観た映画は面白かったのですが、何しろその一本しか観ていないので、好きかどうか判断し兼ねます。
あと、好きなことで思いつくのは……食べることと、寝ること? でもそれは、単なる生活の一部だし……
「――ねぇ、ポックルはさ」
何が好きなの?
そう聞こうと思い、向かいのベッドの上段を見上げます。
するとポックルは、既に寝息を立て、夢の世界へと旅立っていました。
「……もう、自分から聞いたくせに」
リリアは、小さく笑ってから、
「――おやすみ、ポックル」
おやすみが言える相手が増えたことに少しくすぐったさを覚えながら、静かに目を閉じました。
* * * *
……そんな穏やかな夜のことが、嘘だったかのように。
――ダダダダダダダダッ!!
翌日。
リリアの頭上では、サブマシンガンがけたたましく唸っていました。
「チッ、一旦引いたな。このまま詰めるぞ。リリアちゃんは俺と来い!」
言いながら、迷彩柄の服に身を包んだ筋肉質の男性が、同じく迷彩柄の服と帽子を身につけたリリアを小脇に抱えます。
その横で、やはり迷彩服を着込んだクロルが、
「僕とポックルは回り込んで、裏取りを狙います」
そう言い残し、ポックルと共に腰を低くしたまま走って行ってしまいました。
リリアを抱えた男性は「ああ、頼んだ」と返すと、
「よーし、リリアちゃん! 流れ弾に当たらないように気を付けるんだぞ!!」
楽しそうに笑いながら走り出すのですが、それにリリアは目に涙を溜めて、
「な……なんでこんなことにぃぃぃ!?」
弱々しい声を上げながら、この街に来た経緯を振り返りました――
――その街に着いたのは、朝の八時頃でした。
これまで訪れたどの街とも違う、コンクリート製の四角い建物が建ち並ぶ、無機質な雰囲気の街でした。
駅を降りたリリアとポックルは目いっぱい首を反らし、そびえ立つ高い建物を見上げます。
「すっごい大きいね……これ、家なの?」
「たぶん仕事場なんじゃないかな。居住区はもう少し奥にあるみたいだから」
リリアの問いに、クロルがガイドブックを開きながらそう答えます。物珍しそうに辺りを見回すリリアに対し、ポックルは目を細めながら、
「これのどこが『おれの気に入る街』ニャんだ? スズメの一匹もいニャいじゃニャいか」
と、不満そうに言います。
ちょうどその時、駅の前にある二階建ての建物から、一人の男性が出てきました。
黒い短髪にバンダナ、重厚感のあるブーツ。長身の身体は分厚い筋肉で覆われています。
そして、その肩に……黒く光る銃器を背負っていました。
彼は建物のドアの鍵を閉めると、こちらに気付いた様子で近付いてきます。
「やぁ、お客さん! 有翼人がこの街へ来るなんて珍しいなぁ。ようこそ。見学かい?」
物々しい出で立ちとは対照的に、親しげな雰囲気で声をかけてくれました。
その笑顔に、リリアは少しほっとして、
「こんにちは。クレイダーに乗ってきました。ここはどんな街なの?」
すると男性は、「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりにニカッと笑い、言いました。
「ここは――"サバイバーの街"だよ」
男性はこれから街の重要施設に行くと言うので、一緒に連れて行ってもらうことにしました。
歩きながら男性は、この街の決まりについて話します。
この街では、月・火・木・金曜日は仕事をしたり学校に行ったりと、普通の生活を送ります。
しかし、水・土・日曜日はお店も会社も学校も全てお休み。
代わりに、街の四分の一程の面積を占めるゲームエリアで、サバイバルトーナメントをおこなうのだそうです。
男性の言うトーナメントのルールは、次のようなものでした。
・参加資格は十一歳以上であるということのみ。基本的には個人で戦う。
・開催時間は朝九時から夕方五時まで(十二時から十三時のお昼休憩を除く)。
・フィールドは三種類あり、曜日ごとに決められたエリアでバトルをする。
・勝敗はポイント制で決める。毎月初めに参加者一人ひとりに百ポイントが付与される。他の参加者を倒すと、相手の保有ポイントの五割を奪うことができる(小数点以下切り捨て)。
・武器は銃かナイフ(但し本物ではなく、弾はプラスチック製でナイフもゴム製)。撃たれたり切られたりして一度でも命中の判定が出ると、その日のゲームからは退場。保有ポイントが十以下になると、その月のトーナメントに参加できなくなる。
・その月の最終保有ポイントが最も高かった者が優勝。賞金などは特になし。但し、年内に三回以上優勝をすると、トーナメントに任意の新ルールを一つ追加できる。
「――つまり、よりポイントの高い強い相手を倒せば高得点が狙える、ということですね」
男性の説明を聞き、クロルが言います。
「お、察しがいいな少年! そうなんだよ。だから月末になるにつれ、高得点の猛者ばかりが残っていくんだ」
今日は第四水曜日。まさに猛者たちが集う月末のゲームがおこなわれる日です。
男性も今から参加するとのことで、一街の南側に位置するゲームエリアに向かっていました。
「申し遅れたな。俺はイサカ。いちおう先月のMVP選手だ」
「僕はクロルです。こっちはリリアと猫のポックル……って、イサカさんMVPなんですか?」
クロルは驚いて聞き返しますが、リリアはMVPの意味がわからず、首を傾げます。
クロルがすかさず「優勝者ってこと」と説明すると、途端にリリアも「すごーっ!」と目を輝かせました。
「ハッハッハ! まぁ、先月勝てたのはマグレだ。この街には"絶対王者"がいてな。そいつは今年既に二回優勝していて、新ルール追加の特権にリーチをかけている。今月は今の所、アイツに点数で負けているんだが……今日のバトルで一発キメられたらなぁ」
と、イサカさんが腕を組んで唸ります。
それにクロルが、珍しく興味有り気な様子で、
「その人、そんなに強いんですか? イサカさんが背負っているのはマシンガンだけど、その人はどんな武器を使ってくるんですか? 戦略は?」
と、矢継ぎ早に質問します。
彼が何かに強い興味を示す姿を初めて見たので、リリアは少し驚きました。
イサカさんはまた「ハッハ!」と笑って、
「アイツが好んで使うのは、スナイパーライフルだ。音もなく背後を取られて、いつの間にか撃たれている。空に目がついてるんじゃねぇかってくらい、敵がどこにいるか把握しているんだ。そして、一発心中の腕前……百メートル離れた距離からも確実に仕留めてくる。奴の射程に入ったが最後、気が付いたらやられているってワケだ」
「なるほど……ということは、その人は高台に陣取ることが多いのですか?」
「それがそうとも限らないんだ。アイツはモッサモサのギリースーツに身を包んで、草むらに身を潜めてじっと獲物を待つこともある。つまり、環境に合わせて身を潜めながら狙ってくるんだ。曜日によってフィールドが変わるから、山林エリアの時はより注意だな。ちなみに今日は廃村エリア。擬態はあまりできない場所だし、勝負するとしたら今日なんだ」
リリアには何が何だかさっぱりでしたが、クロルは納得したように頷いています。
そしてふと、リリアは思ったのです。
「クロル……ひょっとして、参加したいの?」
リリアの問いかけに、クロルは「へっ?」と素っ頓狂な声を上げ、
「いや、別にそういうわけじゃ……第一、住民以外は参加できないだろうし……」
と、慌てて否定しますが、それをイサカさんは笑い飛ばし、
「参加できるぞ。お試し初心者モードでな」
「お試し初心者モード?」
クロルとリリアが声を揃えて首を傾げます。
と、ちょうどその時、一行は目的地に到着しました。
街の四分の一の面積を占めるゲームエリアの入り口です。
その広大な土地全体が、白い建物ですっぽりと覆われていました。天井部分はドーム状になっているのか、少しふくらんでいるように見えます。しかしあまりにも巨大で、壁も屋根もその端が見えない程でした。
入り口にはこれまた巨大な門があり、今は左右に開かれています。その中に受付と思われるカウンターが建っていて、『ビル街エリアはこちら↑』などの案内板が掲げられていました。
一行は門をくぐり、建物の中へと入ります。
すると、
「……え……?」
クロルとリリア、そしてずっと黙ってついて来ていたポックルまでもが驚愕し、声を上げました。
何故なら……
「建物の中に……」
「……空が、ある」
「……ニャ」
外から見た時は、確かにドーム状の、白い屋根のある建物に見えました。しかしその内部には、気持ちの良い青空が広がっていたのです。白い雲が少しずつ形を変え、流れてゆくのさえ見て取れます。
「ど、どうなっているの……?」
「驚いたか? これが我が街の技術の集大成、ゲームエリア"シャングリラ"だ!」
イサカさんが両手を広げ、高らかに言います。
「空のように見えるが、あれはパネルに映し出された映像だ。実際の天候に左右されず、且つ屋外の開放的な雰囲気でゲームを楽しむことを追求した結果、こうなった。曇りにすることも、時間を変えて夜空にすることもできるぞ」
リリアが目を輝かせ「す、すごい……」と唸ります。イサカさんが自慢気に続けます。
「ちなみに、このゲームエリアにはセンサーが張り巡らされていて、ヒットを感知し自動でポイントの増減をカウントしてくれる。住民である俺たちには皆マイクロチップが埋め込まれていて、そこにゲーム内容が記憶されていくんだ」
「なるほど。すごいシステムですね」
すんなり理解するクロルに対し、リリアはパンク気味の頭をぐわんぐわん揺らしました。
「では、マイクロチップがない僕らはどうやって、その……お試し初心者モードで遊べるんですか?」
「ああ、それだが」
と、イサカさんは受付カウンターへと向かいます。カウンターにはスタッフの女性が一人いました。その女性がイサカさんを見るなり、親しげな様子で声をかけてきます。
「あ、イサカさん! 今月もあと少しですが、頑張ってくださいね!」
「おーマリちゃん、ありがとう。俺のエントリー手続き、よろしくね。あと、この子たち他所の街から見学に来たんだけど、『お試し初心者』で登録してあげて」
「あら、お客さんなんて久しぶりだわ。こんにちは。みんな、楽しんでいってね」
眼鏡をかけた茶髪の受付嬢……マリさんが、こちらにウィンクします。
「それじゃあ二人とも、パスを貸してもらえるかしら」
マリさんにそう言われ、クロルとリリアは一度、互いの顔を見合わせます。それに、マリさんは「ふふっ」と笑い、
「大丈夫、お金を取るわけじゃないわ。二人の情報をこのシャングリラのシステムに登録するのよ。そうしないと、ポイントの表示ができないからね…………はい、終わったわ」
と、マリさんはコンピューターの画面に二人のパスをかざして手早く操作すると、すぐに返してくれました。それから続けて、赤いゴム製の腕輪を二つ差し出します。
「二人とも腕に付けておいてね。百ポイント分付与したから、これで参加ができるわよ」
それがどういう仕組みなのかいまいちわかりませんでしたが、成り行きで自分まで参加することになったことに気付き、リリアは受け取ってから「はっ!」と声を上げました。
クロルが腕輪をはめながら、ポックルの方へと振り返ります。
「ポックルはどうする? 参加、してみる?」
聞かれたポックルは、だるそうに言いました。
「ごっこ遊びに興味はニャいが……他にやることもニャいし、付き合ってやってもいいニャ」
すると、それを見たイサカさんが身体を仰け反らせて驚きます。
「おぉっ! この猫、喋れるのか! 噂には聞いていたが……本当にいるんだなー、喋れる猫」
しかしポックルは返答もせず、やはりめんどくさそうにツンとそっぽを向きました。
「ハッハッハ! マリちゃん、猫はルール上参加できるのか?」
「うーん、パスがないから登録はできないけど……ポイントなしでよければ混ざってもいいんじゃない? 面白そうだし」
と、あっさりとポックルの参加も決まりました。
イサカさんはあらためて二人と一匹の正面に立ち、腰に手を当て、
「あと一時間ほどで今日のゲームが始まるぞ。その前に、君たちの服と武器を決めなくちゃな。ここまで来たら最後まで面倒見てやるから安心してくれ。さぁ、こっちだ」
そう言うと、二人と一匹を受付カウンターのさらに奥へと案内しました。
――その後。
準備スペースにてそれぞれの武器を見繕ってもらい、迷彩服に着替え(リリアは羽の、クロルはリュックの上から羽織る形で着ることにしました)、試し打ち場でそれぞれの銃の使い方を教わり、いよいよ開始時間になりました。
三人と一匹はゲームエリアへと入ります。ほかの参加者も続々と集まってきていました。月初めには三百人ほどが参加するそうですが、だんだん脱落して、月末の今日は三十人ほどしか残っていないそうです。
「さぁ、サバイバーのみなさん! 今月のゲームも残すところあと三回! 高得点の猛者ばかりが残る白熱した展開になってきたよー! まだまだ逆転の可能性はあるから諦めないでね! 視聴者のみんなも、盛り上がっていこー!」
天井の青空の一部が四角い画面に切り替わり、先ほど受付をしてくれたマリさんのご機嫌なアナウンスが映し出されます。
「しちょうしゃ?」
「ゲームの様子をライブ映像で配信しているんだ。参加しない住民はみんな視ている」
と、リリアの呟きにイサカさんが答えます。
「スタート位置の確保はオーケー? あと十秒で始めるよー!」
マリさんを映していた画面の映像が切り替わり、カウントダウンが始まります。
「スリー、ツー、ワン……スタート! グッドラック、サバイバー!」
サバイバルトーナメントの幕が開けました。
――そういうわけで。
ゲーム開始から五時間後の、午後二時。
クロル・リリア・ポックルは、イサカさんと共にゲームエリア内を進み、ライバルである"絶対王者"を探していました。
どうやら"絶対王者"は、エリアの最奥部から中央部のどこかに陣取っているようなのです。
イサカさんは正面から進み、クロルとポックルが端から回り込んで、挟み撃ちにする作戦で動いていました。
クロルたちと別れたイサカさんはリリアを抱えたまましばらく走ると、敵を見つけたのか、無造作に設置されたドラム缶の後ろに身を隠します。
「リリアちゃんは敵と接近戦になったらそのショットガンを使え。基本的にはそうなる前に俺が仕留める。俺の背後を確認していてくれ」
イサカさんはドラム缶の陰からバッとサブマシンガンを構え、数発撃ってまた隠れる、ということを繰り返しています。
リリアは終始おろおろした様子で、とりあえず彼の後ろから敵が襲って来ないか見張っていました。すると……
――キンッ!
ドラム缶に何かが当たりました。それがリリアの頬ギリギリを掠めたので、彼女は驚きのあまり声もなく、地面にへたり込みました。
それに気付いたイサカさんがリリアの肩を支え、
「大丈夫か? クソッ、考えることは同じか……!」
リリアの正面……四十メートルほど先でしょうか、ボロボロになった木製の小屋の方へと目を向けます。と、今撃ってきたと思われる人影が小屋の陰に隠れるのが見えました。
イサカさんは姿勢を低くし、音を立てずそちらに近付き……
ほんの一瞬、小屋の窓から出した敵の頭を、サブマシンガンで撃ちました。
撃たれた相手は両手を挙げ、その頭上には赤く光るバツ印とマイナス一六〇という数字が点滅しました。
「よし、これでオーケーだな」
イサカさんは頷き、再び正面の敵を処理しようと振り返った――その時。
今しがた一人倒したボロ小屋よりもリリアに近い、地面に突き刺さった分厚い鉄板の陰からもう一人が飛び出してきました。
それにイサカさんが反応するよりも早く、
「ひゃあっ」
パン! と、リリアが咄嗟にショットガンの引き金を引きました。
それが運良く命中したのか、相手の頭上にバツ印とマイナス二五〇という数字が浮かびました。
「あ……当たった……」
「やるじゃねぇか、リリアちゃん! もう一人いたとはな……だが、さすがにもういないようだ。これで二人仕留めたか。今日はイケるかもしれねぇ!」
そう言ってイサカさん正面にいた敵を撃破すると、リリアをひょいっと小脇に抱え、
「このまま一気に本命を叩くぞ、リリアちゃん! 気合い入れていけ!」
再び走り出しました。
その振動でがくがく揺れながらリリアは、「いっそ今のでやられていたら戦線離脱できたのに……」と、倒してしまったことを少しだけ後悔しました。
――リリアがイサカさんに抱えられエリアの中央部へと移動している時、クロルとポックルは最西端を回り込むように進んでいました。
午前中のゲームを経て、クロルとポックルは既に二人の選手を仕留めていました。"廃村"というだけあって、エリア内には壊れかけの建物やドラム缶、積まれたタイヤ、地面に突き刺さった鉄板などが至る所にあり、身を隠せるようになっています。
ポックルが少し前を行く形で、物陰に隠れつつ進んでいると、
「……待て。いる」
そう囁いて、足を止めました。それに合わせてクロルも動きを止め、崩れた壁の陰に屈みます。
ポックルの視線の先を見ると、進行方向の左手……五十メートル程先にある半壊した建物の中に、一人の人影が見えました。ちらりと見えた武器はライフルではなく拳銃のようなので、お目当の"絶対王者"ではなさそうですが、
「……あの人がいると奥へ進めない。倒そう」
「また囮作戦か? ズルっちぃニャ」
「とか言いつつ、ポックルもけっこう楽しんでいるでしょ?」
図星なのか、ポックルは目線を逸らしました。
クロルは小さく笑い、銃を構えます。
「ズルでもいいよ。僕らは初心者なんだから、使える戦略は全部使って勝ち残らなきゃ」
「……お前、何考えてるかよくわからんヤツだが、意外と負けず嫌いニャんだニャ」
「えっ、そう? んー……そうなのかな」
「まぁ、いいんじゃニャいか? 悪くニャいと思うぞ、そういうの」
珍しくポックルが肯定してくれたので、クロルは少し驚きながら、思わず笑みを浮かべました。
すると、照れ臭くなったのか、ポックルは慌てたように二本足で立ち、
「お、おれも狩りをするからには成功させたいしニャ! トラは単独で行動するものだが、ライオンは群れで狩りをするらしいから、今日はライオンにニャってやってやるニャ!」
と、前足を腰に当てて言いました。
(……群れで狩りをするのは、主にライオンのメスだけどね)
という言葉を、クロルは口に出さず胸にそっとしまっておきました。
「それじゃあライオンさん。向こうのドラム缶の裏に回り込んで、あの人を引きつけてくれる? 出てきたところを、僕が狙う」
「任せろ」
ポックルは頷き、三十メートルほど奥にあるドラム缶へと向かいます。
警戒しながら周囲を見回しているターゲットの視線の合間を縫って、その裏に回り込み……
――カンカンカン!
爪を立ててドラム缶に猫パンチをしました。
すると、その音に気付いたターゲットが不審そうに建物から顔を出し、銃を構えながらゆっくりとドラム缶に近付いてきました。
クロルはアサルトライフルを構え、片目でスコープを覗き、照準を合わせます。
五十メートル程距離の離れた相手。向こうはこちらに気付いていません。当て損なってこちらに気付かれ、接近戦にでもなったら、初心者のクロルに勝ち目はないでしょう。
……失敗はできない。この一撃に賭けるしかない。
その緊張感を、クロルはトリガーを握る手に込めます。
高鳴る鼓動を、どこか心地よく感じている自分がいる――
そんなことを頭の片隅で考えながら、ターゲットがポックルのいるドラム缶の裏に回り込もうとこちら側に背を向けた――その瞬間。
パン! パン!
二発、クロルは撃ちました。
そのどちらも見事に命中し、ターゲットにしていたその人は手を上げ、頭上にバツ印とマイナス一七〇という数字が浮かび上がりました。
「三〇〇点台の人か……助かった」
イサカさん曰く、四週目のゲームともなると千点台の猛者たちがウヨウヨいるとのことで、そういう"上手い人"は不用意に不審な音などに近付いて来ないそうです。
つまり、高得点保持者になればなるほど、この囮作戦は通用しなくなるということ。
今しがた倒したターゲットが退場していくのを見送りながら、クロルは呟きます。
「やるからには"絶対王者"さんに挑戦したいけど……どうすれば勝てるかなぁ」
暫し虚空を見つめ考えますが、ドラム缶の裏から「ニャにしている、早く先に進むニャ!」という声が聞こえたので、クロルはひとまず先に進むことにしました。
一方、その頃。
リリアを小脇に抱えたまま、イサカさんはエリアのど真ん中のラインをどんどん進んでいました。
当然、いろんな選手から狙われるのですが、イサカさんはすんでのところで弾を躱し、物陰に隠れ、痺れを切らして頭を出した相手を撃つ……といったことを繰り返し、ことごとく返り討ちにしていました。
「よし、一旦ここで態勢を整えよう。今、何人倒した?」
「全部で六人……だと思う」
屋根もなく窓ガラスも全部割れている、そんな廃墟然とした小屋の中で、リリアは地面に降ろされながらそう返答します。
イサカさんの荒い走りと、それにより舞い上がる砂埃、銃弾の飛び交う恐怖の中を潜り抜け、リリアはすっかりボロボロな様子でした。
「ハッハッハ! これじゃ美人が台無しだな!」
「笑い事じゃなーい! もう、なんでこの街の人はこんな怖くて疲れることをしてるの?!」
リリアは涙目になって訴えます。
イサカさんは「ハッハ!」と笑ってから、
「確かに怖くて疲れる。が……"生きている"ってことを実感できるから、かな」
「生きている、ってこと……?」
聞き返すリリアに、イサカさんが頷きます。
「相手の弾を避ける時。相手に銃を向けた時。そして、相手を倒した時……心地よい緊張感と達成感が、一気に胸に押し寄せてくるんだ。それが、クセになるというか……」
そこまで言いかけた時、リリアが訝しげな顔をしたので、イサカさんは慌てて両手を振り、
「もちろん乱暴したいとか、人を傷付けたいってわけじゃないぞ? ただ、こうして擬似的に『命をかけたやりとり』をすることによって、自分の"生"も相手の"生"も、とても尊くて大切なものだってことが再確認できるんだ。この気持ちは、人と人とが真剣に向き合わないと味わえないんだろうな」
「人と、真剣に向き合う……あ、"人間ドラマ"ってやつだね!」
「そうそう。よくわかっているじゃねぇか、リリアちゃん!」
イサカさんは嬉しそうに笑います。
「ま、偉そうに言ったが、みんな単純にこのスリリングなゲームが好きなのさ。あとはなんと言っても、銃で『ダダダダーッ!』ってやるのはかっこいい! くぅーっ、まさにロマンだよなぁ」
「そっかぁ。やっぱり男の子はこういうのが好きなんだね。クロルとポックルもすごく楽しんでいるみたいだし」
「いやいや、男だけとは限らないぜ? なにせ――」
――と、その時。
パシュン!!
遠くの方で、そんな音がしました。
見れば、二人がいる小屋から五十メートルほど離れた場所で一人、狙撃され手を上げている人物がいました。
どこから撃たれたのか分からないらしく、キョロキョロ見回しながら退場していきす。
「今の発砲音からして、恐らく……"アイツ"だな」
「アイツ? って……例の一番強い人?」
リリアの問いに、イサカさんが頷きます。
「ああ。こっから二百メートル圏内にいるだろう。下手に進むとアイツの射程に入っちまう。さて、どうしたもんか……」
イサカさんが今しがた撃たれた人物を眺めながら思案していると……その時、
「――ん? あれは……」
イサカさんが小屋の外を指差します。
リリアがそちらを見ると、百メートルほど先の物陰から顔を出すクロルの姿がありました。その足元にはポックルのものらしきしっぽも見えています。
「クロル! すごい、無事だったんだ!」
「ああ。ってことは"アイツ"は、こっからあそこまでの間のどこかに潜んでいるってことだ。となると、あの建物の二階、もしくは――」
「――井戸の中だ」
イサカさんとリリアの姿を確認したクロルは、再び身を潜めながら呟きました。
先ほどの人が撃たれた瞬間をたまたま目撃した彼は、地面に埋れかかった古井戸の中にライフルの使い手――"絶対王者"と思しき人物が潜んでいるのを見たのです。
それは一瞬の出来事でした。建物と建物の間にターゲットが現れた瞬間、必要最低限の動作でライフルを構え、照準を合わせ、一撃で仕留める――
そして、またすぐに井戸の中へと身を潜める。
とても正確で、一切の無駄がない動きでした。
「それにしても……あんな井戸の中にいるのに、よく外の人に気付けるなぁ」
「よっぽど耳がいいか、空に目ん玉がついているか、だニャ」
ポックルと言葉を交わしつつ、クロルはどう攻めるか考えます。
相手を撃つには井戸から出てきてもらうか、こちらが井戸を覗き込むしかありません。
当然ながら、簡単には出て来てはくれないでしょう。
覗き込もうにも、相手は井戸の中で既に銃を構えているはずなので、こちらがトリガーを引くより早く撃ち抜かれる可能性があります。
そこで、クロルはあたらめて周囲を確認してみます。
今隠れている壁の向こう側――正面・五十メートル程先に古井戸。
十時の方向・百メートル先にイサカさんたちのいる小屋。
九時の方向に二つ並んだドラム缶。
その真向かい、三時の方向に二階建ての廃屋があります。
ポックルに協力してもらう、いつもの囮作戦は通用しないでしょう。挑発的な音に不用意に出てくるような相手ではない上に、こちらの位置を教えることになってしまいます。
ならば、"絶対王者"はどんな状況なら、あちらから顔を出してくれるでしょうか?
「…………よし」
クロルの脳裏に、一つの作戦が浮かびます。
それにはポックルと、イサカさんの協力が必要でした。
クロルは再び壁から顔を覗かせ、イサカさんに手を振ります。すると、イサカさんも手を振り返してくれます。
クロルはそのまま無言で井戸を指差し『"絶対王者"はそこにいる』と合図を送りました。意味が通じたのか、イサカさんが腕で丸を作って返してきます。
それを確認してから再び壁に隠れて、
「ポックル。僕は今からイサカさんに向かって何発か撃つ。おそらくイサカさんも撃ち返してくると思うから、あっちに走ってからこう叫んで」
と、ポックルの耳元で作戦を伝えます。
聞いたポックルは呆れたように目を細め、
「そんニャんで上手くいくのか?」
「大丈夫、だと思う。あ、なるべく『ニャ』って言わないようにね」
そう付け加えて、クロルはイサカさんの方へと銃を構えます。
ポックルは言われた通り、今いる位置から九時の方向……ドラム缶の方へと移動を開始しました。
いきなり銃を向けられ、驚くイサカさんの顔がスコープ越しに見えます。
が、クロルはお構い無しにトリガーを引きます。
パン! パン! パン!
三発、立て続けにイサカさんたちのいる小屋に向かって発砲します。もちろん当たらないように。
その後すぐ、三時の方向にある二階建ての廃屋へと走りました。イサカさんも作戦を知ってか知らずか、クロルが今までいた壁の辺りへと撃ち返してきます。
イサカさんの放つ銃声を左手に聞きながら、クロルは廃屋の二階へと一気に駆け上がります。
そして――
銃声の合間に、カンカンカン! というドラム缶を弾く音が聞こえ、
「やられた! 降参だ!」
というポックルの大声が響き渡ります。
すると、その瞬間――
――井戸の中から、ライフルを構えた"絶対王者"が、姿を現しました。
全身を迷彩服で覆い、フードを被っているためその顔までは確認できませんが……
彼、あるいは彼女は、実に正確に、まるで今までの銃撃を見ていたかのようにイサカさんのいる小屋へと銃口を向けました。
――狙い通りだ。
クロルはそう思いました。
"王者"が姿を現わす時。それは――
周囲の状況が把握でき、且つ確実に仕留めることのできる相手がいるとわかった時。
イサカさんの話と、先ほど実際に見た動きから、"王者"はとても慎重であることがわかりました。
むやみやたらと無駄撃ちのすることなど決してしない、確実に狙える状況が整うまではじっと身を潜める。そんな性格なのです。
では、確実に仕留められる相手とは一体、どのようなものでしょうか。
それは、警戒を解き、油断している相手。
そして、恐らく最もプレイヤーが油断する瞬間というのは……誰かを仕留めた直後。
そう考え、クロルは作ったのです。
誰かと誰かが撃ち合い、片方がやられ、片方が油断しているであろう、そんな状況を――
"絶対王者"の背後――剥き出しになった廃屋の二階から助走をつけたまま、クロルは勢いよく飛びます。
そして空中で銃を構え、落下しながら、"王者"の背中に照準を合わせました。
井戸の真上に、遮るものは何もありません。
――いける。
クロルがトリガーに指をかけ、力を込める……
……よりも、わずかに速く。
"絶対王者"は構えていたライフルを捨て、腰から抜いたリボルバーをクロルに向け――
バン!
振り向き様に、撃ちました。
それは見事なまでに、クロルのおでこのど真ん中に命中し……
「……ってぇぇえええ!」
悲痛な叫び声を上げながら額を押さえ、クロルは落下し、地面に体を打ち付けました。
――それと同時に。
ババババッ!
"王者"の後ろ――いつの間にか距離を詰めていたイサカさんが。
"王者"に向けて、銃弾を撃ち込みました。
頭を覆うフードの下から覗く相貌――燃えるように赤い瞳が、大きく見開かれ……
その頭上に、マイナス一五〇〇の表示が、明滅しました。
――次の日の夕方。
クロルたちを見送りに、イサカさんが列車を訪ねて来てくれました。
「よう。昨日はよく眠れたかい?」
あの後――
見事"絶対王者"を仕留め、暫定一位の点数を獲得したイサカさんに美味しい晩ご飯をご馳走になったのですが……
全員疲労のあまり列車に戻るなりベッドへ直行し、すぐに寝てしまったのでした。
そうして、そのまま泥のように眠り続け……
「……ついさっきまで寝てました」
と、おでこに絆創膏を貼ったクロルが、まだ少し眠そうに答えます。
イサカさんは「ハッハ!」と笑って、
「なぁに、若いんだからすぐ回復するだろう。肉を食え、肉を!」
「昨日たくさん食べたはずなのに、まだ全然眠いよぅ……」
リリアも目を擦りながらそう言います。ポックルはまだ寝ていて、客室のベッドで丸くなっていました。
「あらためて、昨日はありがとうな。おかげでアイツに一発キメることができた」
「いいえ。いろいろ教えていただいて、こちらこそありがとうございました。とても楽しかったです」
イサカさんの言葉に、クロルは礼儀正しく頭を下げました。
「リリアちゃんも、美人を台無しにして悪かったな」
悪戯っぽくそう言われ、リリアも「ほんとだよ!」と笑顔を返します。
「それにしても……クロルくん。君はすごいよ。銃の扱いにさえ慣れていれば、アイツを仕留めていたのは君だっただろう。戦略といい、空間把握能力といい……この街の頂点に立てる器だ。俺も今回は君のおこぼれに与っただけに過ぎない。お守りするつもりが、逆に助けられちまったな」
イサカさんは腕組みをして、クロルの顔をじっと覗き込みます。
「――なぁ、真面目な話……この街に残らねぇか? 君ならきっと、ものすごいプレイヤーになれるぞ」
真剣な眼差しでそう言われ、クロルは思わず目を見開きました。
その横でリリアが、少し緊張した面持ちで二人を見つめています。
しかしクロルは……困ったように笑い、
「みんなで力を合わせたから、あんなことができたんですよ。一人だけで戦ったら、僕なんかだめだめで……すぐにやられちゃいます」
と、後ろ頭を掻きながら、遠慮がちに言いました。
その返答に、イサカさん口元に笑みを浮かべて、
「そうか、残念だか……強力なライバルが増えずに済んだと思っておくか。ハッハッハ!」
腰に手を当て、いつもの元気な笑い声を上げました。
「おーい。そろそろ時間ニャんじゃニャいか?」
と、客室のベッドから起きてきたポックルが言います。それとほぼ同時に、鐘の音が聞こえてきました。
クロルは慌てて運転席のある一両目に乗り込み、リリアも二両目に飛び乗ります。
「よっ、猫くん。昨日は楽しかったぜ。達者でな」
片手を上げるイサカさんを、ポックルは一瞥し、
「……まぁ、たまにはライオンにニャるのも悪くニャかった。もうやらニャいけどニャ」
と、そっぽを向いて言いました。
「それじゃあイサカさん、本当にありがとうございました!」
「楽しかったよ!」
一両目の窓からクロルが、二両目のドアからリリアが、それぞれ手を振ります。
「おう、こちらこそありがとう! 気をつけて! 元気でな!」
イサカさんも手を振り返してくれます。
それを見届けて、時刻はちょうど午後五時。
客室のドアが、ぷしゅーっと音を立てて閉まります。
クロルが笛をピーッと鳴らし、列車は動き出しました。
クロルもリリアも、イサカさんも、お互いの姿が見えなくなるまでずっと、その手を振っていました。
* * * *
――二人と一匹が乗る列車が、すっかり見えなくなった頃。
「……よかったのか? バレッタ。挨拶しなくて」
イサカさんが、そう口にします。
すると、駅の柱の陰から、美しい女性が姿を現しました。
銀色の長髪に、切れ長の赤い瞳。スラリと背の高い身体には黒のタンクトップと迷彩柄のズボンを纏い……肩にはスナイパーライフルが背負われています。
バレッタと呼ばれたその女性は、「ふん」と鼻を鳴らし、
「挨拶? 子どもや猫の手を借りないと嫁に勝つことも出来ない情けない旦那がお世話になりましたと、そう言えばよかったのか?」
腕を組み、ツンと返しました。
しかし、イサカさんは笑いながら、
「相変わらず手厳しいな! ウチの嫁さんは!」
と、まったく傷付いていない様子で言いました。
「ま、これで今月のゲームはわからなくなったぞ。俺が勝ったら、今年二勝目だ」
「私が勝ったら三勝目だがな」
「ハハ! バレッタは、どんな新ルールを願うんだ?」
その問いに、バレッタさんは暫し沈黙してから……
「……例え初心者であっても、協力プレイ禁止」
「ハッハッハ! 俺は逆に協力プレイありを追加しようと思っていたわ!」
「……最悪だな」
バレッタさんは「はぁ……」とため息をつきますが、イサカさんが続けて、
「にしても――クロルくんは惜しい人材だったなぁ。あの子なら"絶対王者"の座をお前から剥奪できたかもしれないのに」
「ふん、戯れ言を。あんな子どもに、そう易々と奪われてたまるか」
言いながら、バレッタさんは長い銀髪をかき上げます。
「……あの少年のやり方は危険だ。繊細に見えて大胆、慎重に見えて向こう見ず……だいたい、建物の二階から銃を構えたまま飛び降りて、着地はどうするつもりだったんだ? あのまま井戸の中へ落下していたら、あの子も私もどうなっていたか知れたものではない。咄嗟に弾を撃ち込んで、落下地点を修正できたからよかったものの……あんな戦い方をしていては、あっという間に壊れてしまう。自分を大切にできないやつは、このゲームに参戦すべきではない」
「ふむ……確かな。自分が傷付くことへの恐怖心があってこそ、強く巧くなっていくモンだ」
イサカさんの返答に、バレッタさんはもう見えなくなった列車の方を見つめます。
「事情は知らないが……あの歳でクレイダーに乗っているんだ。生まれた街を出る、よっぽどの理由があったのだろう。であれば自ずと、自分自身の"生"と向き合う機会も多かろう。こんな街で止まらずに、様々な出会いを通し……自分の尊さを学んでゆけばいい」
そう、淡々と言いました。
その言葉に、イサカさんはニヤリと笑って、
「やっぱり、ウチの嫁さんは世界一強くてカッコ良いな!」
「うるさい黙れ。仕事に戻るぞ」
そんなことを言い合って、最後にもう一度、列車が旅立った方を振り返ってから……
二人は、ビルの犇めく街中へと消えて行きました。
「…………クロル?」
「あれ、リリア。どうしたの? 眠れないの?」
「なんか、昼間にたくさん寝たせいか眠くなくて。そう言うクロルこそ、何しているの?」
「明日着く街の地図を確認しているんだ。迷わないように予習しようと思って」
「へー。クロルはすごいねぇ」
「そんなことないよ。こういうのが好きなだけ」
「……隣、座ってもいい?」
「もちろん、どうぞ」
「……ねぇ。クロルはさ」
「うん?」
「……運転手を辞めて、どこかの街で暮らそうとは思わないの?」
「……どうかな。もう二年近くこの仕事をやっているし、今さら辞めるのもね」
「今日、イサカさんに『ここに住まないか?』って言われていたでしょ? 本当はそうしたかったのかなって。私やポックルっていうお客さんがいるから、それで遠慮して断ったのなら、その……悪いなぁって思って」
「それは違うよ。本当に、僕には無理だと思ったんだ。確かにあのゲームは楽しかったけれど……一日でこんなに疲れるのに、週に三日もあんなことするなんて、ちょっと大変だよね」
「……ごめんね。私、本当は……クロルが断ってくれて、嬉しかったんだ。でもそれって、自分のことしか考えてないなぁって、反省したの」
「……そんなこと気にしていたの?」
「そっ、そんなことって……」
「それで眠れなかった、とか?」
「……ああもう、そうだよ! だからね、これからもしクロルが『住みたい!』って思える街があったら、遠慮なく言ってね。私やポックルのことは気にしないで。わかった?」
「……うん、ありがとう。……はは」
「笑わないでよ! 真剣に考えたのに!」
「ごめんごめん。リリアは本当に……真っ直ぐだなぁって思って」
「……馬鹿って言いたいの?」
「いや、褒めているんだよ」
「……ほんとに?」
「ほんとにホント」
……そんなやり取りを、隣の車両で聞いていたポックルが、
「……青いニャ」
ベッドの上に丸まりながら、そう呟いて。
今宵の列車は、まだまだ灯りが消えそうにありません。
――イサカさんと別れてから一週間。
クロルとリリアとポックルは、さらに三つの街を廻りました。
みんな仕事が大好きで、どこも人手が足りすぎているため常に新しい仕事を開拓している"労働の街"。
身の回りのほとんどをロボットがしてくれて、人間がロボットからの指示を待っている"機械仕掛けの街"。
住民全員がバーチャルリアリティの中で暮らし、好きな性別・容姿・あるいは動物を選択して生きることができる"電脳の街"。
どの街も、そこに暮らす人々は生き生きとしていましたが、リリアとポックルには合いそうにありませんでした。
「――明日着く街は、どんなところなの?」
"電脳の街"を出発した、その晩。
二人と一匹はいつものように、クレイダーの一両目で夕食を共にしていました。
お決まりになりつつあるリリアの質問に、しかしクロルは、
「………………」
すぐに答えることなく、口を閉ざしてしまいました。
今までにないその反応に、リリアはクロルを心配そうに見つめ、ポックルもじっと返事を待ちます。
そして……しばらくの沈黙の後。
「……前に言ったこと、覚えているかな。リリアが気に入るんじゃないかなって思う街が一つだけある、って。明日着くのが、その街なんだ」
「え……」
食事の手を止め、真剣な表情で言うクロルに、リリアは戸惑います。
そして、「あ、あはは」と笑ってから、
「そんなこと言って、また変な風習がある街なんでしょ? もう引っかからないんだからぁ」
そう戯けて言いますが、クロルは笑い返してくれません。
「ど……どうしたのクロル? 明日着くのは、一体……どんな街なの?」
リリアが再び尋ねますが、クロルは口を噤んだままです。
これまでクロルは、リリアの質問には何でも答えてくれました。難しいことでも「うーん」と考えながら、必ず答えを出してくれました。
だから、こんなクロルを見るのは初めてで……
「…………っ」
痺れを切らしたリリアは立ち上がり、クロルのベッドの横にある本棚から街のガイドブックを取り出しました。
その中の、"電脳の街"の次のページを探します。すると、
「…………え……?」
そこには、こう記されていました。
"有翼人の街"。
そこでようやく、クロルが困ったような笑みを浮かべて、
「……ごめんね。なんて言うべきかわからなくて……つまり、そういうことなんだ」
「どういうことニャ」
文字を読めないポックルが怪訝そうに尋ねるので、クロルが答えます。
「明日着くところはね、リリアと同じ、羽が生えた人たちが住む街なんだよ」
「ほー、そんニャ街があるのか。リリア、よかったじゃニャいか。仲間だぞ」
クロルの言葉に、ポックルは呑気な声で言います。
「な……仲間……」
しかしリリアは、気持ちの整理がつかず、言葉を失いました。
だって、考えたことすらなかったのです。
この世界に、街が形成できるくらいにたくさんの有翼人がいることを――
* * * *
――翌朝八時。
列車は、その街に到着しました。
朝食を済ませた二人と一匹は、どこか緊張した面持ちで列車を降ります。
駅からまっすぐに伸びるメインストリートの両脇には木製の建物が建ち並んでおり、ほとんどが小さなお店になっているようでした。開店の準備をしている人や走り回る子どもたちで賑わっています。
そして――その人たち全員に、真っ白な羽が生えていました。
「本当に……私と、同じだ」
リリアは掠れた声で呟きながら、道行く人々を見つめます。
すると、駅に一番近い建物――飲食店と見られるお店から、鞄を持った男の子が出てきました。
少し癖のある赤毛に、緑色の瞳、年の頃はリリアたちと同じくらいです。その背中にもやはり、白い羽が生えていました。
その子が「いってきまーす!」と元気な声を出してお店の扉を閉め、歩き出そうとしたその時。ちょうどこちらと目が合いました。
「あっ! ひょっとして、新しくこの街へ来た人?」
言いながら、男の子は一直線にこちらへ走って来ます。
「はじめまして! 僕はキリク。そこの店の子どもだよ。君たちは?」
「え……あ、あの……」
突然、自分と同じ羽を持つ同い年くらいの子に話しかけられ、リリアは戸惑いから言葉を詰まらせました。
なので、クロルが代わりに、
「この子はリリア。住む街を探しているんだ。自分以外に羽を持つ人を初めて見たから、びっくりしているんだよ。僕はクレイダーの運転手のクロル。こっちは猫のポックルだよ」
「よろしくニャ」
キリクと名乗った少年が、「うわぁ、猫が喋った!」と嬉しそうに驚きます。そして、
「住む街を探しているってことは、まだここに決めたわけじゃないんだね。それなら、僕についておいでよ! 今から学校へ行くんだ。先生に話して見学させてもらおう!」
「がっこう?」
「子どもたちが昼間通う、勉強を習う場所だよ」
首を傾げるリリアに、クロルがいつものようにこっそり教えます。
「この街には、大人と子ども合わせても五百人くらいしかいないんだ。その内、僕らみたいな初等学校の生徒は三十人。人数が少ないから、すぐに仲良くなれるよ!」
「い、いきなり行って大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫! この街は羽が生えている仲間ならいつでも大歓迎だから。ほら、行こう!」
そう言ってキリクは、半ば強引にリリアの手を引いて走り出します。
それを見たクロルとポックルも、顔を見合わせてから、それについて行きました。
――キリクの通う学校は、街の中心部にありました。
木製の、二階建ての建物です。
運動をするための広い庭があり、遊具があり、その周りには様々な植物が植わっていました。
その庭の真ん中を通って、三人と一匹は校舎の中へと入ります。
途中、キリクは何人かの友だちに挨拶を交わしながら、入ってすぐの一部屋へとリリアを招き入れました。
「ここが、僕らの教室だよ」
言われて、リリアはその中を見回します。
入ってすぐの壁に大きな黒板、それと向かい合う形で木製の椅子と机が二十個ほど並んでいます。奥には先ほど通ってきた庭が見える窓があり、教室の後ろの壁にはロッカーがありました。
教室には、既に十人ほどの子どもがいました。リリアたちと同い年くらいの子もいれば、もっと幼い子もいます。もちろん、みんな背中に真っ白な羽を生やしています。
その子たちが、リリアを見るなり一斉に集まってきて、
「えーっ! 君だぁれ?」
「初めて見る子だねー」
「猫もいる! 君の猫?」
「どこから来たの?」
などと口々に尋ねるので、リリアは言葉を詰まらせました。
クロルが助け舟を出そうとした、ちょうどその時。
「おはようみんなー。席に着いて……って、あら?」
後ろから、そんな声がしました。
クロルとリリアが振り返ると、一人の女性が立っていました。黒い髪をショートカットにした、背の高い人です。
その女性が、リリアとクロルに目線を合わせるように屈んで、
「はじめましての子たち、よね? こんにちは。私はこのクラスの担任よ。あなたたちは……もしかして、他の街から来たのかしら?」
優しく尋ねられ、リリアはやっと落ち着いて言葉を選ぶことができました。
「あの、私、リリアって言います。住む街を探して、クレイダーに乗って来ました。こっちは運転手のクロルと、猫のポックル」
それに続けるように、キリクが身を乗り出し、
「列車から降りて来たところを見つけて連れて来たんだ。ねぇ、ジーナ先生。学校を見学してもらってもいいでしょ?」
「うーん。でも、お家の人に断りもなしにいいのかしら?」
女性――ジーナ先生が腕を組みながら首を傾げます。
それにリリアが、
「私たちに『家の人』はいません。私たちだけでこの街へ来ました」
と、しっかりとした声で言うので、先生は驚いた顔をし、子どもたちも騒めきました。
「……そう。それじゃあ、詳しい事情は後で教えてもらうとして……もう始業時間だから、ホームルームを始めましょうか。リリアとクロルも、好きな席に座って。ポックルくんは……」
ジーナ先生が言いかけると、ポックルは日当たりの良い窓際の席にぴょんと飛び乗り、
「ここで昼寝させてもらう。お構いニャく」
と言ったので、子どもたちは「喋ったー!?」と一斉に叫びました。
キリクのクラスは全部で十六人。十歳から十二歳の子どもたちです。
他にも一クラスあり、そちらには七歳から九歳の子どもがいるそうです。
リリアとクロルは窓際の後ろの席に座ることにし、ポックルはその前の机に丸まっています。
リリアが不安そうな表情をクロルに向けると、クロルも珍しく緊張した笑みを返しました。クロルも学校は初めてなのかなと、リリアは思いました。
連絡事項を伝えるホームルームが終わると、一時間目の理科の授業が始まりました。
その日おこなわれたのは、光に関する実験です。
ジーナ先生が色付きのセロファンを貼った懐中電灯を三本持ちながら、生徒に問いかけます。
「ここに、赤と青と緑の光が出るライトがあります。三つの色を重ね合わせると、何色になるでしょう?」
生徒たちが近くの友だちと相談し始める中、真っ先に手を挙げたのはリリアでした。
「はい! 黒になる!」
その元気な答えに、周りにいた生徒たちも「私もそう思う!」「僕も!」と声を上げます。しかしただ一人、リリアの発言を「フン」と鼻で笑う子どもがいました。
クラスの中でも一際体格の良い男の子です。茶色い髪を短く切り揃えた、勝ち気そうな顔立ちをした子でした。その男の子が、
「違うな。白になる」
と、自信満々に言いました。
ジーナ先生はにんまりと笑って、
「さぁ、どうなるかしら。実際にやってみましょう。この壁に光を当てて……」
懐中電灯のスイッチを順番に入れ、一つずつ色を重ねていきます。その行く末を、クラスの全員が固唾を飲んで見守っていました。
そして、最後に緑色の光が加わり……三色が重なった部分は、白色になりました。
生徒たちは「えーっ!」と驚いた声を上げ、リリアもぽかんと口を開けます。
「正解は白! ウドルフ、すごいじゃない。よくわかったわね」
ウドルフと呼ばれた勝ち気そうな少年は誇らしげに胸を張り、リリアに「どうだ」と言わんばかりの視線を送ります。
それに気付いたリリアは、「むぅぅ」と、悔しげに頬を膨らませました。
――二時間目の算数の授業でも、リリアは頬を膨らませていました。
自信満々に答えた彼女の解答をウドルフがばっさり否定し、どんどん正解していくのです。
そのやり取りが微笑ましくて、クロルは口元が緩むのを堪えながら、リリアを見守っていました。
そうして午前の授業が終わり、あっという間に給食の時間になりました。
生徒たちが配膳の準備をしている間、クロルとリリアはジーナ先生に呼び出され、職員室でこの街に来た経緯を尋ねられました。
リリアは生まれ育った街を逃げ出し、クレイダーに乗って住む街を探していることを説明します。
ジーナ先生はそれに納得した後、
「――それで、クロルは?」
「えっ?」
突然そう聞かれ、クロルは思わず聞き返します。
「君は、どういう経緯でクレイダーの運転手をやっているの? まだ十三歳なのに、学校にも通わず……確かに労働自体は十一歳から認められているけれど、ごく稀なケースよ。あなたにも、生まれた街を出てクレイダーに乗っている理由があるのでしょう?」
そう尋ねられ、クロルは……口を閉ざし、俯きます。
ジーナ先生が聞いたことは、リリアもずっと気になっていたことでした。けれど、クロルにいつもはぐらかされていたので、よっぽど言いたくない事情があるのだと、聞けずにいたのです。
「………………」
黙り込んでしまったクロルを見て、ジーナ先生は小さく息を吐きます。
「言いたくないのなら、無理に言わなくていいわ。急に聞いてしまってごめんなさい。ただ、職業柄、この状況はどうにも心配でね。何か相談に乗れることがあったら、遠慮なく言ってね」
「はい……ありがとうございます。すみません」
クロルは申し訳なさそうに微笑みました。ジーナ先生もにっこり笑います。
それから、急に険しい表情になって、
「それにしても……いくら人口が減少しているからって、就業可能年齢を十一歳に引き下げるのはやっぱりおかしいわ。街の教育委員会を通じてセントラルに抗議できないかしら……」
などと呟きながら、顎に手を当てしばらく思案します。
しかし、クロルとリリアの視線にハッとなって、
「ごめんごめん、独り言よ。さ、そろそろ準備ができた頃だわ。給食を食べに戻りましょう」
再び笑顔を向け、そう言いました。
――先生に促され、クロルとリリアが元いた教室に戻ると、部屋中にいい匂いが立ち込めていました。
クラスのみんなが、各々のお皿に給食を取り分けているところです。
「あっ、こっちこっち! 二人の分もよそっておいたよ! 一緒に食べよう!」
机同士が向き合う形に並び替えられており、キリクが手招きをしています。
給食のメニューは、パンとシチューとサラダ、デザートのフルーツまで付いています。ポックルにも、鶏肉と野菜を蒸したものが与えられました。
「いただきます」という大合唱の後、子どもたちが一斉に食べ始めました。
リリアも、そしてクロルもポックルも、こんなに大勢で食事をするのは初めてだったので、なんだか不思議な気持ちになりながら給食を食べました。
やがて食事を終えた子どもたちが、次々とリリアたちに話しかけに来ました。
この街に来た経緯や、これまで見てきた他所の街のこと、クレイダーの乗り心地など様々なことを聞かれ、二人は少し戸惑いましたが……
子どもたちの優しい雰囲気のおかげですぐにうち解け、教室は賑やかな笑い声で包まれました。
大勢の友だちとご飯を食べて、楽しくおしゃべりをする。
そんな、この街の子どもたちにとっては当たり前な時間が、二人にはとても新鮮で、特別なものに感じられたのです。