悪い想像ばかりしていたせいで、あっという間に街に着いた。それでも、時計を見れば、二十分経過している。

 マリンとの待ち合わせの物産館では、呑気にタコのモニュメントが動いてた。俺の焦りを嘲笑うように、ゆるゆるとタコは建物を登っていく。

 すぐにマリンに通話を掛ければ、「はいはーい」と、至って普通の声で出る。ドッと疲れて肩を落とせば、後ろから背中をトントンと叩かれた。

「おはよ、ソウくん。なんか疲れてない?」

 いつも通りの明るい表情だし、周りに変な人はいない。自分でうまく対処したらしい。

「はあああああ」

 深く息を吐き出して、脱力した。マリンが、俺に助けを求めることが初めてだったから。本当に悪い想像しかできなかった。

「よかった……」
「え、そんなに心配してくれてたの? ごめんごめん。近くだったら助けてもらお〜くらいだったの」

 俺の背中を、何度もパシパシと叩く。気の抜けた声に、ますます力が抜けた。

「とりあえずベンチで、でも休む? 飲み物買ってくるよ。疲れちゃったみたいだし」
「や、大丈夫」
「そう?」
「おう……」

 どうせ、今日の撮影予定は、昼ごはんだし。安心したら、お腹も空いてきた。それに、目の前に店があるのにわざわざ休むほどじゃない。

「とりあえず、行こう」

 時間帯的にまだ、客が少ない時間帯みたいだ。それもそうか、お昼には早いし。マリンは、待ち切れないようで俺の右手を引っ張って、物産館の前を通り過ぎていく。

「え?」
「え、ってなに?」

 驚いたマリンが、振り返る。一瞬、風が吹いてマリンの髪の毛を乱した。引っ張られてない方の手で、物産館を指さす。

「物産館」
「後で行くよ」
「ごはんは?」
「こっちでーす」

 触れた手が、微かに震えている。気丈なふりをしていたけど、意外に怖かったのかもしれない。引っ張られていた手を、引っ張って、握りしめる。一瞬、「なに?」と笑ったけど、突き放されはしなかった。

「いや、はぐれそうだったから」

 わかりきった嘘にも、マリンは「そー?」とだけ小さく答える。耳が赤く見えるのは、太陽の反射のせいだ。言い聞かせて、二人で並んで歩く。

 物産館から道路を渡ってすぐの店に、入っていく。エアコンの効いた店内は、一瞬で汗を乾かしていった。広い店内は、売り場と食堂に分かれているみたいだった。手前には、お肉やお惣菜が、スーパーのように並べられている。

 とんかつやコロッケ、お肉を使った揚げ物がたくさんだ。

 奥の方には、食堂が用意されていて、腰くらいの柵で限られている。見渡す限り、今ごはんを食べてる人はいないみたいだ。
 売り場を通り過ぎて、食堂まで進む。入り口前の券売機前で、マリンがメニューを眺める。

「ソウくん、何食べる?」

 券売機の横に置いてあるメニューの看板を、見ながら考える。はぐれる、という理由を使ったんだから、手はもう離してよかった。それでも、マリンの不安が少しでもなくなれば良い。だから手は繋いだままでいたかった。

 メニューには、鍋に入った豚汁や、カツ丼、豚丼など、ガッツリ系が多い。どれもこれも、おいしそうで勝手にお腹が鳴る。

「あ、ね、ソウくんペアセットにしようよ」
「んー?」

 マリンが指さしたメニューの中には、丼も、豚汁も堪能できるペアセットがあった。値段も二人で割れば、一人千円くらいだ。

「そうするか」
「よし、決定!」

 券売機で一人千円ずつ入れて、発券する。水はセルフサービスと書かれているし、席も自由みたいだった。

「私頼んでくるから、席確保よろしく!」

 マリンは繋いでいた手を離して、タッタッタと小走りに注文口に走っていく。俺の返事も聞かないで。
 
 気にせず、二人分の水を用意する。そして、窓際のソファ席、確保した。

 スマホを開いて、チャンネルの確認をする。習慣になってしまったクセに、ふっと笑ってしまう。いつのまにか、楽しくなってきていた。
 最初は、湊音の頃を思い出して、マリンと一緒の時以外は見ないようにしていたのに。

「ここに持ってきてくれるらしい!」

 戻ってきたマリンは、迷うことなく俺の隣に座る。くっついてるほど近くはないけど、目の前に座ると思ったから、頭が真っ白になった。

「どうした?」

 答えない俺に、マリンは心配そうな顔をする。何か言わなきゃと思うほど、喉は乾いて、くっついていく。

「あ、撮影許可もちゃんと貰ったよ! 他のお客さん映らなきゃ大丈夫だって」

 注文と同時にちゃっかり、確認してきたらしい。そういうところは、しっかりしてんだよな。変わってるから、抜けてるイメージをついついしてしまうことを恥じた。

「で、ソウくんどしたの」
「あ、いや、こっち座るんだと思って」
「だって、撮影するなら隣の方がいいでしょ」

 マリンの言葉にやっと、撮影に来たことを思い出す。普通のデート感覚になっていた。いや、違うことは最初からわかってるし、俺らは付き合ってるわけではないし。脳内で言い訳をしているうちに、豚汁と豚丼が届く。

 豚汁は、鍋から掬う形らしい。お玉と取り皿も、一緒に運ばれてきた。

「よし、じゃあ撮るよ。あ、声は後で入れるから大丈夫」
「わかってるよ」

 相変わらず、マリンはボイスチェンジャーを使っていた。だから、こうやって外で撮る時はほとんど、音は後入している。

 様々な角度からマリンが撮影してから、俺にクラゲのお面を渡す。受け取ったクラゲのお面を見つめていれば、マリンは「着けてよ、顔出すの?」と不思議そうな顔をする。
 
 こんな、人のいる場で、これを、着ける?

 戸惑っている俺を置いて、マリンはすでにお面を着けている。ためらいとか、恥じらいというものは、持ち合わせていないのか? 今更だけど。
 まだお客さんがほとんどいないとはいえ、売り場の方には数人いたし、従業員もいる。

 抵抗してるうちに、見られる確率が高まることに気づいて、諦めてお面を被った。

「じゃあ、よそって!」

 そう言いながら、前の席にマリンは移動する。結局、そっち座るのかよ!
 
 思いながらも、指示に従い豚汁をよそう。たっぷりの具材が入っていて、漂うミソの匂いにますますお腹が空いた。

「よし! おっけー! じゃあソウくん、反応するから撮って」

 マリンにスマホを渡されて、お面を外す。スマホを向ければ、「わー!」と言いながら手をぱちぱちと叩く。

 素直なところはやっぱり、可愛いと思う。可愛いと思うじゃねぇ。違う違う、そういうんじゃないから。

 誰にともわからない言い訳を脳内でしていれば、マリンはお面を外した。

「じゃあ食べようか。あとは手元だけ撮るね」
 
 隣に戻ってきて、三脚にスマホを固定する。終わったかと思えば、両手を合わせて「いただきます」とあいさつをした。俺も両手を合わせて「いただきます」をする。

 まずは、豚汁を一口。豚の脂のおかげか、豚汁は熱々だ。舌を少しやけどして、すぐさま水で冷やした。

「あっつ!」
 
 マリンも同じ失敗をしたようで、水に舌を浸している。冬とか涼しい時期に食べる方が、よりおいしいだろう。それでも、シャクシャクの大根や、じゅわりと脂が広がる豚肉とか。おいしいのは、間違いがない。

 一口飲み込めば、勝手にホッと声が出ていた。

「なんか、落ち着くねぇ」
「わかる、すげぇホッとする」

 暑いけど。胃からポカポカと温まって、全身から汗が噴き出てきた。