冬馬の双眸が目の前にある。涙の雫は、もうなくなっていた。これ程の距離で見詰め合ったのは、口付けを交わした時以来か。思い出すだけで、体中が熱を持つ。冬馬の紅い唇を見てしまわないように、翔はゆっくりと後退り、視線を逸らした。
 机からガーゼを取り、傷口に宛てがって、サイズを確かめる。冬馬はもう、前屈みになることはなかった。ほっとしたような残念なような心境のまま、サージカルテープでガーゼを固定した。
「はい。完了」
 冬馬は膝の動きを確かめるように、脚を軽く前後に振った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 冬馬は勢いよく立ち上がり、机からテーピングに使うテープと、湿布薬を手に取る。
「次は、翔の番だよ」
 真顔で、冬馬はテープを構える。
「……え?」
「こっち来て」
 冬馬は保健室の奥に位置するベッドの前に立ち、翔を呼ぶ。困惑した翔に、座るように冬馬は言った。上履きを脱いでベッドの上に腰を下ろした。冬馬はベッド回りのカーテンを引く。状況が読めず、翔は表情を引き攣らせたまま何も言えない。白いカーテンに囲まれた空間に、二人きりだ。
「脱いで」
 冬馬の硬い声が、上から降ってきた。
「……え!?」
 真意を計りかね、冬馬を見返すと、目が据わっていた。
「……こ、こんなところで!?」
 たじろぎ、聞き返すと呆れたように言われた。
「馬鹿言ってないで。脱いでくれないと、手当てできないでしょうが」
「なんだ、そういうことか」と翔は嘆息した。そして、また表情を強張らせる。
「……どうしたの?」
 冬馬が、翔の変化に気付き、聞いてきた。
 目まぐるしく、色々なことを考えた。ジャージ越しに、自分の両腕を見る。六月になれば、否応なく夏服になる。半袖になれば、前腕部は確実に見られてしまう。「もしかしたら気付かれないかもしれない」と一縷の望みに縋りたい気もするが、冬馬ならきっと気付くだろう。
 覚悟を決めて、翔は視線を上げる。ずっと翔を見ていたであろう、冬馬と視線がかち合った。
「……驚かないでくれよ……」
 わずかに震えた声で、翔が言った。意味を聞き返すことなく、冬馬は頷いてくれた。こういう優しいところを、とても好きだと思う。
 翔はゆっくりと、ジャージのファスナーを下まで降ろす。袖を引き抜いて、半袖一枚になる。腕の傷跡は、目を凝らさなければすぐにはわからないはずだ。問題はこの後だ。大きく息を吐き出し、体操着の裾に手をかける。頭を抜き、体操着をベッドに置いた。
 冬馬はおそらく目を見張っただろう。ベッドの脇に立っている冬馬には、きっと見えているだろう。翔の背には、肩甲骨の間にケロイド状の火傷の痕がある。そして両腕には、よく見なければわからないが、小さな火傷の痕が無数に残っていた。
 冬馬は何も言わずに、ベッドに片足を乗り上げてきた。顔を見ると、真顔に戻っている。