「ガタンゴトン」

電車に揺られながら、今日から行く新しい学校に向かう。
周りには数人の人が一定の距離を取りながらポツンポツンと立っている電車の中。
朝の落ち着いた時間、春草中高一貫校(はるくさちゅうこういっかんこう)の制服を着ているのは、この電車に私ともう一人の人しか乗っていない。
けれど、私はその人がこの電車に乗っている事に気づいていなかった。
私は物珍しい街の風景を見ていて、もう一人の青年は静かに立って音楽を聴いていた。
私はその青年が聞いていた音楽に聞き覚えがあった。
「クラシックですか?」
私―松橋真澄(まつばしますみ)が同じ学校であろうと思われる男子生徒に話しかけた。
声が聞こえたのか、ゆっくりイヤフォンを外し真澄の方を見る。その時初めて、真澄はその男子生徒の顔が見えた。
(めっちゃ綺麗な人だな)
そんなことを思った自分が恥ずかしかった。青年はなんて言おうか悩んでいるのか少し間を空けてから、ゆっくり息を吸い、包み込むような声で「すみません、音、大きかったですか?」と、言う。
私はそんなつもりで言ったんじゃない。
確かに音は洩れていたが、近くにいなければ聞こえない音量だった。
「いえ、言い方が悪くてすみません。私は生まれつき耳が良くて。その音楽の一部分を聴いただけでなんとなくわかっただけです」
確か…この曲名は、「永日」だったはずだ。
「すごいですね。この曲、クラシックの中でも比較的マイナーなのに」
「クラシックマニアなので」
作曲者は不明。この曲が作られて日も不明。全てが不明の曲だけれども、一度聞けば何か作った人の思いが頭に直接響くような音だ。
ピアノが感情を表しているようだと、私はよく思う。
「他にも何か知っているんですか」
彼もマニアなのか興味津々の顔で聞いてきた。私は静かに息を吸い答える。

「シオン」


その少年の名前は分からないまま私は学校に着いてしまった。
同じ制服だから学校も同じだと思っていたが、少し寄り道をしていくと言われてしまい事実は分からない。
けれど、どっちにしろ私は職員室に行って転校手続きをしなければならないからどこかで道が分かれるのは決まっていた。
「失礼します」
せめて無礼の無いようにゆっくりドアを開け、先生を探す。
確か…今日はグレーのスーツに黒い靴を履いていると言われていた。探すのも面倒くさいから「転校生の松橋です」と伝えると、すぐに近くにいた女性の先生が担任らしき人を連れてきてくれた。
「君が松橋か。担任の、加賀宏之(かがひろゆき)だ。改めてよろしくな」
電話で聞いた声から想像していた人物とは違ったが、優しくていい先生っぽい。
私は安心して「よろしくお願いします」と伝えた。
そしてちょうど朝礼の時間になったみたいだから私は先生と移動していた。

そんな忙しい時間の間、心ではずっと電車の青年が離れなかった。


「よし、全員いるな。今日はいい知らせがあるぞー」
それを言われたクラスメイトとなる子たちは「どうせテストだ」「どんな知らせ?」と先生の言葉を待っているようだった。
「なんと、このクラスに転入生が来る。」 
その一言だけで教室内は喜びの言葉だけだった。

そんなに期待されたら出にくいじゃんか。

心のなかで文句を言いながら、「入ってこい」という一言でドアを開ける。
男子は「女子!女子…!」と願っていて、女子は「どっちでもいいけど友達になりたいな」と近くの子と話していた。

「失礼します」

一応丁寧に挨拶して教室に入る。
その瞬間、クラスが歓喜に満ちた。

「え、かわいくね?」
「狙っちゃおうかな…」
「友達になりたい」
と言い言葉ばかりだった。

否、私にその言葉は届いていない。
私は、滅茶苦茶緊張していた。
(やばい。みんなの声が耳に入ってこない)
転校には慣れているけど、この最初の挨拶には慣れていなかった。
「よ、よろしくお願いします!
松橋真澄です」
そんな一言だけなのにクラスメイトたちは
「よろしくー」と返してくれた。
それだけでとても嬉しかった。
(うん、うまく行けそう)

「じゃあ一限目は歓迎会するか!」
先生がそう言って、朝礼が終わった。