榛名はフラペチーノを落とした。
「はぁ…はぁ…はぁはぁ…」
声を掛けてきた人物を認識しただけで嫌な記憶が蘇えり、息が荒く、呼吸が上手くできなくなるほど体中が震えあがる。
「おい、そんなにビビるなよ忌み子ちゃん♪」
「誰?」
「あーコイツ、俺の番の姉だった女」
叫ぼうとすると首を掴み「あっちいこうぜ」と連れていかれた。
人気のない場所に連れていかれると地面に叩きつけるように殴られた。
「翼様……」
「忌み子のくせに名を呼ぶな!呪われんだろぉ」
先程、肩を叩いたのは雪愛の番、アヤカシ最高位の天狗の次期当主、翼だ。
他に2人いるが、彼らもアヤカシだろう。
「な、なぜアヤカシがいるのですか!人に手を出すのは禁止なはずです!」
「ぷはははっ。忌み子は人間じゃねぇだろ!なーに勘違いしてるんだよ!」
「なあ、忌み子ってなんだよ」
「この女は東丿島出身の霊力の高いはずの長女なんだが、コイツは霊力0の島のお荷物。いや、存在しちゃいけない塵だ」
東丿島を出てから数日しか経っておらず、榛名はまだ島中から受けた心の傷は深く、癒えてはいない。
「なぁ、生贄に出されたよな?なんで生きてんの」
「……り、龍神様の生贄になりました……でも……ふぐ!んーー!んー!」
手袋を丸め榛名の口に押し込み、マフラーで口と手足を縛りつけた。
翼の仲間のアヤカシも面白そうだと翼に協力し、榛名を抑えつけた。
「雪愛の迷惑になるだろ、消えろ」
翼は天狗の扇で鎌鼬のように風を操り、榛名の体を切り裂いた。
「んんんん!!」
恐怖心が蘇る。
翼は雪愛の為なら何でもする男。
昔から回数は少ないが本当に殺そうとしているように痛めつけられた。
癒やしの力がなければ榛名は死んでいたほどに。
「うっ…」
力で治っても痛みは感じるので耐え難いものがある。
(十六夜様っ……)
豪雨と共に雷が鳴る
「うわっ!なんだ!」
翼達アヤカシは突然の豪雨に戸惑う
コツ…コツ…と革靴の音を鳴らしながらやってきたのは…
『俺のモノを傷つけるとはいい度胸だな?』
翼たちは青ざめる。
「………!!」
「わ、我々は人間の災いになる忌み子を始末しようと…」
「そ、そうです!神の……」
十六夜はギロッと睨みつけ言葉を遮った。
『言ったはずだ。この女は俺のモノだと……どう扱うかは俺が決める!』
十六夜が手を上げると雷はゴゴゴゴゴッと鳴り、翼達に直撃し、白目をむき倒れた。
十六夜は榛名の元に行き、マフラーを外す。
「……ありがとうございます」
『怯えているな?俺が怖かったか?』
「いえ、違います。十六夜様はとても格好良かったです」
『そうか…』
十六夜は小さく呟き、榛名を抱きしめ、榛名も十六夜の服をぎゅっと握った
「十六夜様…あの…キスして……」
頼める立場ではないが、お役目でキスをするので許してくれるかと思った
『ああ』
十六夜は優しくキスをし少しずつ激しいキスをした
(十六夜様のキス…気持ちいい…安らぐ…)
榛名と十六夜はこのまま帰った。
✱✱✱✱✱✱✱Side 十六夜 ✱✱✱✱✱✱✱
帰るとすぐ榛名の顔をみる
『顔色は良くなってきたな。湯浴みして体を温めてこい』
「はい」
「あのアヤカシ、ボク達がトドメさしてきていいですぅ?」
「なの!なの!」
ムクとミクは殺る気満々だ。
『やめろ。もう目覚めて帰ってるだろ』
「ちぃーですぅ」
ムクは舌打ちが上手くできずただ可愛いだけだ。
十六夜は着替え、ベッドに入った。
基本的にやる事もないので暇なのだ。
少しすると榛名がやってきた。
両膝をつき、頭を下げた。
「先程はお見苦しいところをお見せしました。今一度、御礼を申し上げます。ありがとうございました」
『気にするな。役目を果たせるな?』
「はい」
榛名は浴衣を脱ごうとするが十六夜が止めた
『抱くまで脱がなくていい。骨が見えなくなったら脱げ』
榛名と唇を交わす。
(まだ…下手だな。そういうところも人間の女らしいな)
『ご苦労だった。今日は寝ろ』
腰を抱き、近くまで引き寄せた
「はい。おやすみなさい…」
すぐに寝た榛名、疲れているのかもしれない。
(榛名はあんな美しい女になるとはな)
化粧をした榛名を思い出す。
(…それにしても東丿島はどうなっているんだ…いや、俺もう捨てたんだからどうでもいいか。……俺は八重の魂が無事なら…………ん、俺は八重を助けたかったのか?………)
怯えながらキスを望む、榛名が一瞬よぎる
『…榛名を守りたかった?…いや、八重の魂を持つ、役に立つ女なだけだ』
十六夜は一晩中、眠ることなく榛名を見つめ続けた
✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱
目覚めると十六夜の顔があった。
「!」
ビクッとして起き上がるが、すぐに引き寄せられお役目のキスをされるも数秒で離された。
『唇が荒れているな』
枕の下からリップバームを出し、榛名に塗った。
『紅のような色だな』
ほんのり薄いピンクが付くリップバームのようだ。
保湿されプルプル潤った榛名の唇を満足そうに呟く。
『うむ。これはそそる』
「ぅ…あっ…んんぅ…!」
(十六夜様のキスいつもと違う!)
唇を重ねては離しを何度も繰り返した。
最後に榛名の唇をペロッと舐めた
「ひゃぅ!」
『すまん。お前の唇が美味そうだった』
「いつもと違うんですね」
『たまにはな。同じだと飽きるだろ、嫌か?』
「十六夜様の生贄ですからお好きにどうぞ」
リップバームを渡される。
「十六夜様がお使いのものでは?」
『俺は使わない。お前の唇が乾いていたなと思って買ってきたんだ』
「私のため…?」
『役目のためだ』
(それでも嬉しい…)
リップバームを大切そうに両手で包み、大事に使おうと思った。
榛名の朝食はご飯と大根の味噌汁、卵焼きで簡単にすませる。今日はこれから忙しいのだ。
手を合わせ、目を瞑りながら一礼し
「十六夜様に感謝し、いただきます」
『ああ、いただけ』
「十六夜様!どうしてここに?」
『暇だから。お前がメシ食ってるとこでも観察しにきたが文句あるか?』
「ありません」
(食べにくい…でも温かいご飯は美味しいぃ〜)
『量が少なくないか?』
「私は少食ですから」
『…まともに与えられなかったんだな』
「…………」
『まぁいい。ここでは好きな物を好きなだけ食え。そして肥えたお前を俺が食うだけだ』
「はい」
(十六夜様になら食べられたいな…なんて…)
洗い物をしている榛名を十六夜は横でみていた
(見られてるだけで緊張する。私、粗相してないよね)
『これからどうするんだ?』
「昨日のワカメを食べられるように処理しようかと」
『俺もやろう』
十六夜とムクとミクが手伝ってくれたので思ったより早く終わった。
まったりとティータイム…といっても十六夜とムクとミクは水だ。
「ムクちゃんとミクちゃんは鹿だからともかく十六夜様は水飲めるんですか?」
『水も飲む。酒ばかりじゃない』
『お前は檻に入れられた生活してたんだろ?言葉遣いといい知識はあるんだな』
「8歳の誕生日までは普通に生活していましたし、神楽家は神代家に近い分家なので、上位のアヤカシの番になる可能性があるので失礼がないよう厳しく躾られてましたから。牢屋に入れられてからは大人に混じって働き、罰を与えられないよう必死に人の機嫌や可能な限りは色々と覚える事はしました」
(雪愛やお兄様は特に機嫌が悪いと八つ当たりのように折檻されたから無意味だったけど…)
思わず俯いてしまうと十六夜は少し無言になるが聞いておかなければいけない事かあった。
『思い出させてすまんが、昨日のアヤカシは知り合いか?お前を忌み子と言う事は東丿島の誰かの番か?』
「3人中2人は存じ上げませんが、天狗のアヤカシは私の妹、雪愛の番です」
『あの女の…下品な者同士お似合いだな』
十六夜は東丿島に行った時に榛名の悪口を言っていた雪愛をみていた。
十六夜でも雪愛の性格は悪い意味で思うことがあったのだろう。
『家族や島の住人を憎んだり復讐したいと思わなかったのか?』
「いいえ。私は自分の事で手一杯でしたし今は十六夜様に出会えた事が私にとってご褒美で幸せですから」
榛名は精一杯の笑顔を作る、本当に幸せを感じていたからだ。十六夜は肩を引き寄せた。
『お前は優しいな。俺なら許せなかった…』
十六夜は一瞬だけ表情が変わった気がしたが、すぐ榛名を見つめると微笑んだ
(十六夜様…?)
十六夜は榛名にキスをする
「1日2回で言ってませんでした?」
『そうだったか?』
✱✱✱✱✱✱✱Side 雪愛 ✱✱✱✱✱✱✱
「きゃっ!雪愛様お許しください!」
「ハァ〜?許す許さないは私が決めんの。下位のアヤカシの番ごときが、誰に口ごたえしてんのよ!!お兄様やって」
「ああ」
「きゃああっ!!やめてぇぇ!!」
雪愛と同級生の女子は雪愛の虐めのターゲットになっていた。雪愛の言いなりの冬史郎は女子生徒に鞭を振るっていた。
女子生徒は気を失うと冬史郎は舌打ちをし仕方なくやめる。
「あーあー榛名はもっと虐めがいあったのにつまんなぁ〜い」
「生贄に行ったのはいいがストレス発散できないのはな」
「翼様、昨日ブランドの服買ってくれる約束すっぽかすし最悪〜」
雪愛と冬史郎はイライラが止まらなかったようで大きな声で話してた。
「榛名さんだけでは飽き足らず、愚かな事をなさっているのですね」
いつの間にか気を失った女子生徒の近くまできて介抱していたのは神代光希。
「み、光希様!突然倒れただけなんですよ」
雪愛は慌てていいわけをする
「榛名さんの事もそうです。忌み子だからとよく残酷な事ができますね。家族として守ってあげるべきでしょう。…今回の件は神代家当主に被害を報告させていただきますわ」
光希は雪愛と冬史郎を睨んだ。
「くっ!」
雪愛たちはその場から逃げ出した。
場を離れると雪愛は爪をギリギリと噛んだ
「本家の人間だからって最高位の天狗のアヤカシの番の私に何様よ!!狐なんて天狗の下のくせに!!」
「………」
イライラを隠さない雪愛とイラついている冬史郎。
そこに天狗のアヤカシ、翼がやってきた。
「翼様!昨日は私の家に帰ってこなくて心配したんだから!」
「翼様!お怪我が…なんて酷い」
「…っ、龍神にやられた」
悔しそうに体を引きずり、番の雪愛を抱きしめた。
「龍神ってただの守り神で実際はいないのでは?」
「いる。…島から出られない雪愛に頼まれて街に買い物西行っただろ?その時に忌み子に会ったんだ…」
「榛名に…!」
雪愛は目付きが鋭くなる
「島の…雪愛の為に生贄が生きてると災いが起きたらと、忌み子を殺そうとしたら龍神が出てきて逆にやられた!気を失いかけた時に龍神は忌み子を大事そうに抱きしめてキスしてたんだ…」
「生贄なのに?」
「龍神はどんな人だったの?」
「まさに神級の絶世の美形だった。相手は神の眷属、神獣だからな、地位も力も俺じゃ敵わない」
「絶世の美形…そんな方とキスを…?」
(忌み子の分際で私より上なんてありえない!!)
「榛名が生きているのか?そういえば光希様は生贄の時、榛名を庇ったり、榛名を何かと気にしていたから、光希様が手引きしたんじゃないか?」
冬史郎の言葉で更に怒りが増す雪愛。
何かを考えたのかクスッと嘲笑う。
「忌み子を庇うなんて島の裏切り者じゃん」
(光希も榛名も許さないんだから!まずは光希から…格下の番のクセに生意気だものね!)
『な、なんだこれは〜』
「違います!そこは…」
『まてまて!……あ、終わってしまった…』
「私なんかより上達してます」
『そうだろう』
悲しそうな十六夜を励ますと十六夜は気持ちを持ち直したのかドヤる。
十六夜は基本的に寝るか、水遊びが殆どで稀に人のいる街に行ってるらしいが暇を持て余しているとの事で、ゲームを買った。
レーシングゲームでハンドル型のコントローラーを使うのだが、榛名も十六夜もゲーム自体初めてなので説明書片手に四苦八苦している。
「お茶は飲めますか?煎れてきます」
『ああ、頼む』
十六夜は次に遊ぶゲームソフトを悩みながら吟味していた。
(ふふっ。十六夜様、楽しそう)
外をみるとムクとミクは反芻中でまったり休憩していた。
ムクとミクの話しではここ最近の十六夜は凄く楽しそうにしているとお礼をいわれた。
「本当に何度目かな…神の力凄い」
東ノ島では電気ガス水道もない。
日本から見えない島なので仕方がない部分だが、この島は神の力(神通力)でライフラインが揃っている。
十六夜は全く使ってなかったそうだが、キッチンの装備や屋敷も大きい。
更にネットに繋がるとか神パワーが不思議で仕方がない。
「ついでにお金の出どころも謎だー…」
お茶を煎れながらバレンタインの贈り物を考えていた。
榛名は十六夜の感謝を形で伝えたかった。
一生牢屋か生贄で干からびるかだった人生を十六夜は救ってくれた。
自分にも価値や役に立てるんだと思わせてくれた。
「何か考えないと…」
もうすぐ1月も終わる。
榛名がそんな考えをしているとは知らない十六夜は、榛名とパズルゲームをやろうと考えていた。
✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱
『これだな…くっ!』
「十六夜様、ババ引いたなの」
「わかりやすいですぅ」
今日はトランプで遊んでいる。
ムクとミクは難しいことはできないが、簡単なゲームならやりたいと参加した。
『榛名、さぁ引け!』
あからさまにババであろうカードが突き出ていた。
「……」
榛名がババのカードを引くとニヤリとする十六夜
『勝ったな』
「ビリですぅ〜」
「び〜り〜なの」
『なぜだ…俺様は神だぞ?』
「ふっ…あははっ!可愛い〜…あ。失礼しました」
『構わない。最近はよく笑うな。いい事だ』
十六夜は榛名の腰を引き寄せる。
十六夜がキスをしよう、顔を近づけると外の方からカコンと音がなった。
『珍しいな』
「?」
音のした場所に向かうと鳥が大怪我をして瀕死状態だ。
「鳥さん?怪我してる…助けないと!」
隙間にハマってしまったようで手が届かない
「ボクたちに任せるですぅ」
「なのっ!」
榛名では難しいのでムクとミクに任せることにした。
『…榛名のお手並み拝見だな』
十六夜は呟きながら榛名達を眺めていた。
助けた鳥は海鳥だろうか?妙に傷が酷い。
海鳥の傷をみた榛名は一瞬、家族からひたすら折檻を受けていた事を思い出した。
(まさか…罪もない鳥さん相手にやってるわけないよね…。)
『この鳥は東丿島辺りから来ているようだな。人間には見えない島も鳥などの動物には見えているからな』
「東丿島の住人に怪我をさせられたって事ですか?」
『…かもな』
「そんな…ごめんね…私の島の人たちのせいで…」
海鳥を優しく抱きしめ涙を流した
『泣いて謝る暇があるならお前が救ってみせろ』
「え?どうやってですか…」
海鳥を寝かせた。
『お前には癒やしの力がある。俺の闇を祓い浄化する癒やしの力と自身や他者の傷を治療する癒やしの力だ』
十六夜の説明でなんとなくわかった。
「私が助けられるんですね!どうすればいいんですか!」
早く助けなきゃと焦る
『まずは手を鳥に置き、手に気を集めればいい』
「えっ?えっ?手に気?」
訳がわからないが手を置いて集中してみた。
(鳥さんの傷が治りますように!鳥さんの傷が治りますように!)
心で何度も何度も唱えていると、榛名の体は虹色の光を放つ。
海鳥は傷が塞がれ、お気持ち程度だろうが穏やかな表情になった気がする
「はぁ…はぁ…」
一気に疲れてしまった。
『上出来だ』と頭を撫で繰り回した。
「ありがとうございます。でも髪が乱れます」
海鳥は少しすれば目覚めるだろうとのことで、ムクとミクに任せた。
ムクとミクは珍しいお客さんにちょっと興奮気味だ。