後宮のモブ転生妃による皇帝肉体改造計画

「え?! この彩の国に?!」
(馬族! せ、攻めてきたって事は、つまり戦になるやつ!)

 幻彩の後宮では、何度か馬族が攻めてくるシーンがある。その度に浩国や雄力らが奮闘し何とか滅亡を阻止してきた。

「此度の侵攻はこれまでとは比べ物にならない程の大規模なもので……! 金賢妃様。念のためではございますが、南方へ逃れる準備だけはいたしましょう……!」
(逃げるって事ね)
「わかりました……!」

 この宮廷の近くまで馬族がやって来る可能性もある。と考えた春蘭は脳内でゲームのシナリオを思い出していた。

(確か、メインストーリーでもこれまで何度か侵攻はあった。けど私達が逃げ出さなきゃいけないくらいのここまで大規模なのはあったっけ……?)

 すると、部屋の外からがやがやと音が聞こえてきた。どうやら兵士達が後宮へ注意喚起に訪れているらしい。

「金賢妃様。失礼いたします。雄力将軍のご指示の元、こちらへと参りました」
「は、はい……どうも。それで、馬族は今どの辺まで侵攻しているのですか?」
(とりあえずこれくらいは聞いておかないと)
「今、北方の国境を越えて、近くにある要塞で戦闘が行われていると聞いております。どうやらこの宮廷を目指して進軍を開始したようで」
(激おこじゃん! 何したのよ! でもこのまま逃げるのはなんだかもやもやするなあ……)

 このまま逃げれば自身の命が助かる確率は高い。だが、それはそれで馬族に負けたというのを認めなければならないと言う点が春蘭の胸の中を不快にさせる。

「あの、私が言うのもなんですが和睦という道はないんですかね……」
「……金賢妃様。お気持ちは痛い程よくわかります。しかしながら後宮の妃達には(まつりごと)に関して言い出せられないもので……」
(そうだよね。モブ賢妃にはそんな権力ないもんね……)

 だが、春蘭の心の中は踏ん切りがつかないでいた。それに浩国の事も気になってしょうがない春蘭は、ある事を想いつく。

「ちょっと浩……いや、陛下に直談判してきます」
「いや、それはまずいですよ金賢妃様!」
「じゃあ雄力さんにお会いします!」
「そ、それなら……私がお呼びしてまいります」

 という事で女官は慌てて雄力を呼びに行ったのだった。

 
 しばらくすると春蘭の自室にやってきたのは雄力ではなく、浩国だった。

(えっ浩国が来た!)

 驚く春蘭に浩国は、何か考えがあると聞いたが? といつものぶっきらぼう気味な口調で問う。
 彼の後ろではさっき雄力を呼びに行った女官が必死に頭を下げていた。

(仕方ない、腹を決めろ!)
「結論から申しますとですね、和睦をすべきかと存じます!」
「なぜだ?」

 浩国の言葉が春蘭の胸をド直球で射抜く。しかしこんな事でへこたれる春蘭もとい花音ではない。

「戦が発生すれば民の犠牲が増します。それに向こうだって何か言い分があると思うのです。こういう時は……その、皆で鍋を囲うとか、ですね……」
「ああ、その考えがあったか」

 何かをひらめいた浩国に対して、きょとんとした様子の春蘭はえ? と返す。

「春蘭。そなた、馬族の者を料理でもてなしてくれないか?」
 いきなりの指示に春蘭は困惑の表情を浮かべた。

「えっ……私で良いのですか?」
「そなたしか思いつかない」
(すんごい直球だな!)

 確かに浩国が頼ってくれるのは嬉しいと春蘭は感じていた。それと同時に荷の重さも知覚する。

(いや、これを私がやるのはなあ……国のあれこれが関わってるし。ってか馬族の人達の好物とかわかんないよ!)

 もし失敗したらどうしよう。という不安が春蘭の胸の内から芽生えると、どんどんと藤蔓のように伸びていき全身を包む。

(失敗したら戦争待ったなし。だもんな……一応保険はしておいた方がいいかもしれない)
「わかりました。陛下のご指示に従いましょう」
「そうか。もてなしてくれるか」

 浩国からの口数の少なめな言葉に、春蘭はただし。と返事をする。

「もし失敗した場合に備えて、保険を用意したく存じます」
「保険か。例えば?」
「戦争への準備です」

 ん? と眉間にしわを寄せた浩国を春蘭は真剣な目で見つめている。

「もてなすのは最大限頑張ります。ですがそれで馬族の者達が納得できるかどうかまでは私にはわかりません。なので備えあれば患いなし。裏で準備だけでも進めておいた方が良いと思います」
「春蘭……」
「丸腰で相手にだまし討ちされるよりかは、ましでしょうから」
 浩国は咀嚼するように首を縦に何度も振った。

「そうだな。相手はあの馬族の者達。保険はかけておいた方が良いだろう」
「ご理解いただき感謝いたします」
「とりあえず、そなたと意見を交換したい。もっと話を進めても構わないだろうか?」

 春蘭が勿論でございます。と返事をすると浩国はわかった。と言い人払いを命じた。
 春蘭はお飲み物でもお持ちしましょうか? と浩国に尋ねると、彼は良い。と断る。

「気遣い感謝する」
「いえ、それほどでも……」

 ふふっと笑う浩国を見た春蘭は最初会った時よりもだいぶ表情が柔らかくなったなあ……。と心の中でつぶやいた。

「では話を進めよう。和睦……いや、に関してはこちらから申し出る」
「お願いいたします。やはりすぐには和睦とはいきませんか」
「交渉が必要だからな。相手も一筋縄ではいかぬ。話の内容はこうしよう。わが妃のひとりがそなた達を料理でもてなしたい。とな」

 浩国からの提案を聞き届けた春蘭は、腕組みをして考え込む。

(怪しまれないかなあ……?)
「あの、陛下。直接おっしゃるのは良い案だと私は思いますが、相手に怪しまれませんかね? 毒を盛られる。とか」
「それなら大丈夫だ。そなたが料理を作る場面を馬族の者達に見せれば良い」

 つまりは公開料理……。そうすれば毒を盛る余地も無くなる。
 春蘭は緊張感を感じ取っていたが、同時にそれしか方法は無いだろう。とも考えた。

(作っている所を見せて、信頼を得るしかない。そして多分食材も、向こうが手配したものの方がフェアよね)

 自身の考えを浩国に伝えると、彼はむ……。としばらく口を閉ざす。

「……これを言うとキリがないと思うのだが、向こうが用意した食材に毒が入っているかもしれない」
「毒……」
「馬族の者達はずるがしこい面も持つ。彼女達が用意した食材に毒が入り、それを部下らが食べた事で我々が毒殺したように見せかけ戦の大義名分にする……というのも考えられる」

 浩国からの言葉に、春蘭はしばらく黙ってしまった。

(どうしよう……)
「……俺が思うには、食材はこちらで用意し毒が無いかを馬族の目の前で確認させる。というのが良いと思うんだが。春蘭はどう思う?」
(それしか、ないか)

 春蘭がそれで良いと思います。と返事をすると浩国はわかった。と告げたのだった。
 そんな中、春蘭はある部分に目線が飛ぶ。それは浩国の身体つきだった。

(ちょっとずつ肉が付いてきたかも)

 浩国の体格はまだ華奢の線を越えてはいないものの、最初に出会った時と比べると見違えるほど体格が良くなってきているのが服越しからも見て取れるようになっていた。

(これであとは……たんぱくをしっかりと摂取して、雄力さんに鍛えてもらえばもっともっとよくなるはず。私からもトレーニングメニューを伝えようかな)

 と右手を顎の下に置き浩国の身体を見つめる春蘭へ浩国はなんだ? と声をかけた。

「ああ、その……陛下のお身体が頑強になってきたなと思いまして。ここから更に鍛えましたらより、素晴らしい仕上がりになるかと」
「そうなのか? 言われてみれば最近自分に自信を持てているような気もするが」

 浩国がやや照れくさそうにしていると、春蘭はゴツゴツした彼の両手を握った。

「そのまま、高みを目指していきましょう」
「春蘭」
「向上心を持つ事は大事な事でございます」

 この言葉はかつて、花音の恩師が繰り返し唱えていた言葉でもある。
 ――花音。もっと早くなりたい。という向上心を持つ事は大事なんだよ。コツコツハードルをクリアしていくのはとても楽しい事だから。

 前世の恩師からの言葉を頭の中で唱える春蘭。すると浩国は右手を頬に当てた。

「雄力に相談してみるか」

 彼の発言に、春蘭は勢いよく食いつく。

「本当でございますか!?」
「正直あいつは暑苦しいし、苦手だが皇帝らしい身体を作るには奴の力を借りた方が良いだろう」
「……頑張りましょう。私もお支えいたします」
「……春蘭は何か武術の経験でもあるのか?」

 浩国からの質問に春蘭は少し口を閉ざす。

「そうですねぇ。身体は……動かしておりました」
「そうか」
(前世で陸上してました。なんて言えないから仕方ない)

 浩国はふう……。と息を吐くと、ではまた来る。と春蘭に告げる。

「かしこまりました。陛下」
「……良かったら春蘭。そなたも馬族との交渉の席についてみるか?」
「え?」

 これまたいきなりの誘いに春蘭は目を丸くさせ、混乱の様子を見せる。

「誰が作るかをより、明瞭にした方が良いだろう」
「た、確かにそうでございますが……」
「俺もついている」

 ニコッと笑った浩国は春蘭の右肩にポンと軽く叩き、部屋から去って行った。 
 部屋には春蘭ひとりが取り残された形となるが、すぐさま廊下で待機していた女官達が戻って来た。

「金賢妃様。お疲れ様でございました」
「皆さん……お、おかえりなさい……」
「あの、お顔が優れないご様子に見受けられますが……」

 女官達が春蘭の異変に気がつく。春蘭は我慢しきれずに実は……。と切り出したのだった。
 全てを聞いた女官達は驚きのあまり大きな声を出す。

「皆さんお、お静かに!」

 春蘭がし――っ! と、右手の人差し指を口元に立ててざわめく女官達へ静かにするように促す。女官達は慌てて口元を両手で覆った。

「し、失礼いたしました……」
「申し訳ありませぬ、金賢妃様……」
「いえいえ。こちらこそ驚かせてしまってすみません……」
「しかしながら金賢妃様。馬族の女達は一筋縄ではいかない者だらけでございますよ?」

 中年くらいのふくよかな女官が、眉間に皺を寄せながら春蘭へ近づく。

(まあ、確かに馬族の人達は怖いけど、やるしかない)