後宮のモブ転生妃による皇帝肉体改造計画

 目を丸くさせた浩国は、もうひと口分ほうれん草の和え物を食べる。

「酸味が身体に染み渡るな。美味しい」
「本当でございますか?」
「ああ。これならほうれん草も美味しく頂けそうだ。早速明日から厨房の者に作らせるとしよう」

 浩国からの好意的な反応に、春蘭は満面の喜びを見せた。

「あ、ありがとうございます!」
(いいじゃん! あとはこのままご飯をしっかり食べてくれば……!)

 浩国はそぼろ入りの炊き込みご飯のおむすびも他の品々もパクパク食べ進めていく。

(細かく刻む。すり潰す。味付けを濃いめにする作戦は成功かな。やった)
「金賢妃……いや、春蘭」
(名前で呼んでくれた!)
「そなたも頂くがよい。ほら、俺の隣に座れ」

 にこやかに笑う浩国に、春蘭は頭を軽く下げて席に着くと自身が手掛けた料理を頂くのだった。

(我ながら美味しい出来だ……)

 周充儀と雪もにこやかに語らいながら、食事を楽しむ。

「どれも美味しゅうございますね、周充儀様」
「まあ、雪。口元にご飯粒がついていてよ」
「あ、すみません……」

 雪の口元についたご飯粒を、周充儀が取って口の中に入れた。

「ふふっ、美味しいわね」
「へへ、周充儀様……」
 それから浩国は春蘭達が手掛けた料理の九割を頂いたのである。本人もここまでの量を食べるのは記憶にないと語る程だった。

「いやぁ、食べすぎた……」
(量も徐々に増やしていけば、健康的な身体つきと体重になっていくはず)

 こうして宴はあっという間に終わり、妃達は皆自室へと戻っていった。

「お疲れ。春蘭」
「いえ、陛下。お楽しみいただき光栄でございます」
「ああ。そなたのおかげだ。またそなたの手料理をいただいてもいいか?」

 浩国からの願いに、春蘭は迷う事無くはい! と返事をする。

「……あ、陛下の料理番の者達へ此度の品々を記した紙をお渡ししますね」
「そうか。助かる。では」

 浩国が宦官達を引き連れて、広間から去っていく。彼の華奢な背中が消えるまで見送った春蘭は、女官達とともにお皿を回収していった。

「皆様、ほとんど完食なされていますね」

 女官の言葉に春蘭はそうですねぇ。と返す。

「料理を作って振る舞うのって、こんなに楽しいのですね」
「そうですね。とても楽しいですよね」
「はい! やりがいもあって楽しいです!」

 やりがいを感じた表情を見せた女官達を見た春蘭は、満足そうな笑顔を浮かべたのだった。

(浩国の肉体改造計画はまだ始まったばかり。こっからもっと頑張らなきゃね!)
 春蘭は早速今回提供した品々を、作り方や材料と共に紙に書き留めて、浩国専属の料理人へと手渡した。

「徐々にで良いので、陛下の食事量を増やしてください。そして出来るだけ朝昼晩1日三食お召し上がりになるように掛け合うのをよろしくお願いします」
「かしこまりました。1日三食に関しては陛下の重臣の方々にもお声がけをお願いします」

 料理人からの言葉に、春蘭はわかりました。と返す。

(本当はおやつも考えた方がいいんだろうけど、まずは朝昼晩しっかり取って食事量を増やす方が先だな)

 料理人への指示を終えた春蘭は、宇翔と雄力を呼んだ。いきなり見知らぬ重臣達へと指示を出すのは気が引けるからである。

「金賢妃様。いかがされましたか?」
「陛下には朝昼晩の1日三食、忙しくても食事をしっかりと取る時間を設けて頂きたいのです」
「なるほど。かしこまりました。雄力殿はいかがか?」

 春蘭は宇翔から雄力へと視線を変える。

「勿論こちらとしても賛成の考えでございますなあ、腹が減ってはなんとやら。でございましょう」
「すみませんが、重臣の方々にもそのようにお声がけいただけないでしょうか?」

 春蘭からの頼みを宇翔と雄力は快く引き受けてくれた。

(良かった……)
「では、よろしくお願いします。宇翔さん、また1週間後くらいにこちらへ報告をお願いしますね」
「かしこまりました。金賢妃様」

 雄力と宇翔の後ろ姿を見届けた春蘭は、ふう。と息を吐いた。

「さあ、一旦休憩しようかなあ」

 次の日の午前。春蘭は女官達を引き連れて後宮から少し離れ、同じ宮廷内にある皇帝用の厨房を訪れた。

「お忙しい所すみません。食材を少々見せて頂けませんか?」
「金賢妃様。どのような食材を拝見いたしますか?」
「肉と魚を」
「かしこまりました」

 塊に切られた鳥肉と牛肉と豚肉、そして川魚が調理台の上に並ぶ。

(ふむふむ……豚肉は薄く切ってしゃぶしゃぶにしてみようか。それなら食感も硬くないし、匂いも気にならないはず)

 豚肉の調理法が決まったが、他の食材をどう調理して浩国に出すかが決まらないでいる。

(やはりハンバーグにしてみるか。いや、牛丼ならご飯も一緒に食べられるけれど……鳥肉はいきなりかりっとした唐揚げに出すんじゃなくて、柔らかめのチキン南蛮にすれば食感は硬くないから、その辺は気にならないかも)

 春蘭はまず、料理人へ鍋を出すように指示を出した。

「鍋ならこちらになります」

 料理人が出してきたのは、金色に光る鍋だった。

(ん? これもしかして火鍋用のやつ?)

 火鍋用の鍋を見せる料理人へ、春蘭は陛下は辛いものは大丈夫なのかと尋ねる。

「少々辛いのでしたら大丈夫でございます。しかし、風味に癖があるものは苦手でございますね」
(やっぱり!)

 春蘭は火鍋用の鍋には水を入れて一切れの昆布を入れて浸け置くと、料理人から何をしていらっしゃるんですか? と問われた。

「昆布から出汁を取り、その出汁を使って鍋料理を作ってみようと思いまして」
「香辛料は使わないのですか?」
「はい。ひとまずは。あの、豚肉を薄く切ってくださいますか?」

 豚肉を指さす春蘭へ、料理人は低く芯の通った声でかしこまりました。と返事をする。

「どのくらいに薄く切りましょうか?」
「若干透けて見えるくらいにお願いします」

 料理人達が春蘭の指示通りに豚肉を切る。見事なしゃぶしゃぶ用豚肉が完成すると、しばらく浸け置いた昆布の入った鍋に火をつける。

(だしは濃いめがいいもんね……)

 沸騰直前の所で昆布を取り出し、少しだけ醤油を入れたらしゃぶしゃぶ用の豚肉を鍋に入れる。

(あまり煮詰めない方が、硬くならない)

 豚肉に火が通ると、鍋の火を止めて出来上がり。となる。

(どうかな?)

 箸で灰色になった豚肉を掴んで食べてみる。食感はちょうど良い感じの柔らかさで硬くない。臭みも春蘭からすれば気にならない程度だった。

「どうぞ、いただいてみてください」

 春蘭は女官や料理人達にも試食を勧めた。

「うん。柔らかくて食べやすいですね」
「これなら、陛下も頂くかもしれません」
「さらに葉野菜も入れて煮詰めたら美味しいかもしれませんね」
「残ったおだしでお雑炊にするのも美味しそう」

 あちこちから感想や新たな考えが泉のように湧いて出て来るのを聞いた春蘭は、手ごたえを感じた。

「金賢妃様はお料理にお詳しいのでございますね」

 ひとりの料理人からの言葉に春蘭はいやいや……。と照れ笑いを浮かべた。

「ここまで料理に詳しい妃は見た事ありません。金賢妃様のお考えになる料理が気になって仕方がないくらいに」
「そう仰っていただき嬉しいです。……へへ……。あ、この豚肉のお鍋なのですが早速今日の夜に提供してみてはいかがでしょうか?」
「はい! 提供してみます!」

 豚肉のしゃぶしゃぶが浩国の夕餉に提供される事も決まり、春蘭の心の中は更にやりがいであふれ出す。

(とりあえず、浩国の反応が楽しみだ)



 夜。夕餉を頂いて自室の架子床の上でくつろいでいる春蘭の元へ宇翔が訪ねてきた。

「金賢妃様。いきなりですみません」
「いえいえ。何かありましたか?」
「陛下、今日の夕餉を喜んでお召し上がりになられていましたので早速ご報告に参りました。勿論、また1週間後にも金賢妃様がおっしゃる通りそちらへ報告に参る予定でございます」
(やった! しゃぶしゃぶはオッケーって事ね!)

 宇翔曰く、今日の浩国はきちんと朝餉昼餉夕餉を食べたそうだ。朝餉はおかゆをほんの少し食べただけだが、昼餉と夕餉は余す事なくしっかりと食べたと言う。

「薄く切った豚肉のお鍋、あれは金賢妃様がご考案されたものとお聞きしました」
「そうなんです! 薄く薄く切ったら食べるかな? と思いまして……」
「臭みや硬さもなく、食べやすいと陛下は仰っておりました。あれならいくらでも食べられる。と……」
(マジか! じゃあ、しゃぶしゃぶ肉で色々応用とかできないかな……)

 春蘭が考えていると、宇翔はにっこりと笑う。

「雄力殿ら武人の者達はある事を仰っておりました。このまま陛下が食事により身体つきがしっかりしてくれば、武術の鍛錬もより力が入るのではないか。と……」
「そうですか。ほほう……」
(となれば、もっとお肉や魚もしっかり食べてもらわないとなあ……しゃぶしゃぶ肉やミンチだけではどうしても限界がある)
「また、品を考えねばなりませんね」
「金賢妃様、頑張ってくださいませ。応援しております」

 宇翔からの優しい言葉に春蘭はありがとうございます。と返したのだった。
 宇翔が部屋から去った後、春蘭は改めて肉と魚の料理について本で調べる。

(魚というか魚介類だけど、海老なら焼売にしてみようか。問題は魚だな。鮭系なら豚肉と一緒にお鍋にしてしまえば良いだしもでて美味しい。だけどそれくらいしか思いつかない……!)

 何とか料理本を飲み込みながら頭を巡らせる春蘭。しかし彼女の頭は次第に沸騰しかけてしまう。

(やばい! これ以上はダメだ! 一旦頭を冷やそう!)

 女官にお冷を持ってくるように頼むと、架子床の上でごろんと大の字になった。

「う――ん。どうしよっかなあ……」
「金賢妃様、お冷をお持ちしました!」
「ありがとうございます……! 助かった……」

 ごくごくと冷えた水を飲み、身体を冷やす春蘭は再び料理本に目を通す。
「何かお考えのようでございますね」
「はい。陛下が頂くような魚料理、肉料理ってなんだろうなと思いまして……」
(魚と肉は生臭いのが無理だと言ってたしなあ……)

 女官は迷うようにして首を右に傾けると、すっと向き直り頭をほんの少し下げて口を開く。

「やはり硬くなくて臭みも気にならないものにはなるかと存じます。私はまだ新人なので、陛下がどのような方なのかは詳しくは存じ上げないのですが……なので間違っていましたら申し訳ありません」
(そりゃあそうだよな)
「いえいえ、気にしないでください」

 両手を軽く振る春蘭は、やはり生臭いのが無理なら薄い肉の方が良いんだろうなあ……。と考え始めた。

「あ、待てよ……。無理に塊の肉を食べさせなくてもいいんじゃない? 薄い肉や挽き肉でも十分なんとかなるかも」

 春蘭の頭の中には、しゃぶしゃぶ用の肉にハンバーグや水餃子、そして薄く切った叉焼(叉焼)に、薄めのとり天の姿が映し出される。
 そして白徳妃の声で、無理はしなくてもよいのですよ? というセリフが再生された。

(そうじゃん! 塊にこだわってたかも……!)

 早速春蘭は、栄華宮内にある厨房に足を運ぶ。

「すみません! 厨房お借りします!」

 まさに思いついたら一直線。春蘭は宮女達の力も得てお肉と小麦粉などの材料を調理台の上に並べた。