「これ、売り切れたんだ」
「あなたとデートしたスーツの人が来て全部買って行ったの。会社で配るんですって」
 美穂が答えた。
「へえ」
 宣言通り、買い占めて行ったわけだ。
 それで責任をとったつもりなのか、と責めたくなる。
 人の気持ちを弄んで楽しいのか。
 彼が微笑むとそれだけで空気が輝いて見えた。
 最初の冷たい印象とは違う優しさに、また胸がときめいた。
 わかっている、勝手にときめいただけだ。
 だけど。
 結婚だのなんだのと言って萌々香の心を翻弄したのもまた事実だ。
 さっさと忘れよう、と萌々香は心に誓う。
 一晩眠れば、夢みたいに記憶は(おぼろ)になってくれるだろうか。
「そういえば名刺をもらったのよ」
 母がポケットから名刺を取り出して見せた。