さやかな月が夜に浮かんでいた。
 星は恐れをなしたかのように輝きを控え、満ちるには一筋分たりないだけの月が、川沿いを歩く二人を青白くこうこうと照らす。

 二人が歩いているのは堤防を兼ねた道路だ。
 青年とまだ幼い男の子だった。青年はスーツ姿で、男の子は子どもらしいラフな服装だった。

 平然と歩く青年とは対照的に、男の子は落ち着きなく周囲を見回している。
 男の子はおそるおそる川を見る。

 さほど大きくはない川だった。流量は少なく、入れば足首までの深さしかない。
 だが夜ともなればその流れは黒く、せせらぎはまるで彼を飲み込もうとしているかのように響く。澄んだ冷たい風が吹くたびにススキはざわめき、彼の心をざらりと撫でた。

「ねえ、若様、帰りましょうよぅ」
 不安げな声を出す男の子に、スーツの青年はくすりと笑った。

「だから鯉池(こいけ)と一緒に待っていろと言ったのに」
 彼は少年の頭を撫でてから手を繋いだ。大きく温かな手に、少年は小さく安堵の域を漏らした。

 鯉池敦成(こいけあつなり)は青年の秘書で、一緒に出張にきている。現在はホテルでゆっくり休んでいるはずだった。

「若様だけ行かせるわけにはいきません。オレはおめつけですから!」
 鼻息も荒く少年は言う。
 だが、その手はしっかりと青年の手を握っている。