オリジナルの曲を作るのと並行して、バレットとして僕らは路上ライブも始めた。
 最初こそ僕はガチガチに緊張していたけれど、気負うほどお客さんが立ち止まることがなく、それはそれでがっかりしたのだけれど、ある意味吹っ切れた気がする。ほぼ誰も目の前にいないなら、練習と思えばいいや、と。
 シャリンバイのカバーをやると、反応がいいので毎回1曲はやるようにして、あとは数曲ずつポップスを中心としたカバー曲をやっている。

「曲、それっぽいの出来たんだけどさ、聴く?」

 今月に入って二度目の路上ライブの夕方、ライブの準備をしながらナギからそう訊かれた。メッセージアプリで昨日の夜に歌詞が出来上がったことを伝えていたので、それを踏まえての言葉だろう。
 曲作りは、二人で共通のテーマを設けて、それに対してまず僕が歌詞を書き、サビやメロの部分を出来上がり次第ナギに伝えつつ曲を作ってもらう形にした。
 本当は目の前で僕が唄いながら、ナギがギターを弾きながら併せつつ作れればいいのだろうけれど、僕もナギもそれぞれ学校やバイトがあったりして忙しく、予定が合わせにくいので、主にデータをやり取りしたり、音声チャットやビデオ通話で合わせたり、という感じが主になっていた。
 僕の歌詞のカケラと、軽くイメージして付けたフレーズの片鱗なんかを音声データで送ったものを、ナギが肉付けしていく感じとも言えるのだけれど、どうやらその形が一応できたと言うのだ。
 僕の答えを待たずに、この前完成した歌詞を見ながら、早速ナギがギターを取り出してメロディを弾き出す。
 普段エラそうで、特にギターに関しては自信たっぷりなことを言っているだけあって、ナギのギターはかなり上手いんだろう。誰も知らないはずの曲なのに、数人がゆるゆると足を停めてこちらを気に掛けるように見ている。
 それにナギは気付いているのか、心なしか得意げな顔をしている。

「――って感じなんだけど、良くない?」
「いいと思う。うん、すっごくいい」
「だろ? 俺が作った曲だからな」
「これなら次のライブの時にできそ……」
「いや、今日、いますぐやろう」

 思ってもいなかったことを提案され、僕は目を丸くする。何をまた無茶なことを、とちょっと内心呆れもしながら。
 でも、その一方でいま聴いてみていいなと思ったのは確かだし、それなら早いうちに人に聴いてもらって、知ってもらった方がいい。鉄は熱いうちに打て、ということだ。

「いいよ、やろう」

 僕の言葉にナギは嬉しそうに笑い、また拳を突き出してくる。ナギはこういう、いわゆる青春っぽいことをとよくするし、僕にもするように促してくる。
 ライブ後にハイタッチなんて当然としてやってくるけれど、正直恥ずかしいし、僕のガラじゃないんだけれど、やると心なしか気持ちがすっきりしてしまう。悪くないな、なんて思い始めている自分もいて、少し戸惑ってもいるのだけれど、その実、嬉しく思ってもいる。ナギと触れ合える貴重なチャンスに喜ぶ気持ちが、確かに僕の中に芽吹いているからだ。ごまかすことができないぐらいにはっきりとここにある。

(どうしよう……こんなこと、良くないってわかっているのに……ナギとグータッチとかするのが嬉しくて仕方ないのも事実なんだよな……)

 言葉にしてしまうのが怖いくらいに強い想いが存在を大きくし始めている。僕はそれと、ナギと、どう向き合っていけばいいんだろう。
 わからないままに、今日もぼくは彼のギターで唄う。
 それからそれぞれのパートを確認したり、軽くふたりで合わせたりしながら準備をする事30分弱。辺りは薄暗く暮れていて、帰宅する人たちでごった返している。

「葉一、いいか?」
「いつでもどうぞ」

 その言葉を交わしたのを合図に、僕らは、僕らで初めて作った曲、『リラックス・ハイテンション』のイントロが始まる。
 タイトルにあるように、リラックスを誘うようなスローなギターのメロディのイントロなのだけれど、僕が唄い出すと共に、徐々に、それこそテンションが上がるように速くなっていく。まるで気持ちとメロディを混ぜて加速していくように。
 曲のテーマとして決めたのは、「自分にとって音楽をすることとは」で、僕らそれぞれにとって音楽とはなんだろうという原点を考える曲を最初に作ろうと考えたのだ。
 僕にとって、音楽とは唄うことで、ナギにとってのそれは、ギターを奏でること。そしてそれぞれの中にある想いに命を吹き込んでいくことが楽しくて仕方ない。ナギは、更にそれを世の中に届けたいと思っている。
 そういう、音楽をこの先やっていくということが僕らにとってどうであるのか、どうあっていきたいのか。それを、それぞれ曲に込めたのがこの『リラックス・ハイテンション』だ。

「“――だから、この先も 僕は 君のために唄うんだよ”」

 最後のフレーズを歌いあげたのだけれど、僕らの曲を聴いていてくれたのはたった3人で、そのうち1人は明らかに待ち合わせ場所に僕らがいただけのようで、曲が終わると同時に待ち合わせの相手に出会って去って行った。
 ぱらぱらとした拍手はもらえたものの、投げ銭はなく、その立った二人のお客さんもすぐになくなってしまった。

「こんなもんなのかな、オリジナル曲の反応って」
「俺のギターは悪くなかったと思うんだけどなぁ」
「……悪かったね、ヘンな歌詞で」
「え? 何怒ってんの?」

 ナギは無意識に自分を優位に置こうとするのか、さらりと腹の立つことを言ったりする。それでなくとも、常日頃から自信家なところがあるから、余計に鼻につく。
 何かナギを黙らせるようなことを言いたいのだけれど、僕は元来口下手だし、作詞だってつい最近始めたばかりの素人だから、バンド経験者で、その上色々な曲を知っているだろうナギと比べてもきっと分が悪い。要するに、言い返せるだけの度胸も自信もない。

「怒ってなんかない」
「まあ、ドンマイってことだよ、葉一」
「…………」

 僕だってバレットのメンバーなのに、情けない。何のかんの言いつつも、結局はナギに頼りきりな感じなのが一層悔しい。もっと、二人で音楽をやっている感じにしたいのに……そう、ムスッとしたまま水分補給をしていると、「いま演奏していたのは、オリジナル曲?」と声をかけられた。
 僕とナギが顔を向けると、明るい髪色の短髪の若いようなおじさんのような、男の人が僕らの方をにこにこ見て立っている。

「は、はい! そうです! 俺が曲作って、こいつが歌詞書きました!」

 僕がうなずくより早く、ナギが大きな声でそう答え、男の人は感心したようにうなずく。
 もしかしてレコード会社の人だったりするのかな……なんて、僕がドキドキしているように、きっとナギも期待しているのだろう。いまにも飛びつかんばかりに前のめりだ。

「そうかぁ、どこか聞き覚えのある感じだったけれど、オリジナルなんだね」
「そうっす! クラプトンとか意識してて、タイトルは『リラックス・ハイテンション』って言って……」
「ああ、そうなんだ。じゃ、これからも頑張ってね」

 ナギが曲のタイトルを告げ終わるか終わらないかの内に、その人は軽く手を挙げて駅前のネオン街へと消えてしまい、あまりに自然に、あっさりと去られたもんだから、僕もナギも呼び止めることもできず呆然としていた。

「なんだ、ただの冷やかしかよ……。俺らが高校生だからってバカにしやがって」
「でもさ、なんか、引っ掛かった感じじゃなかった?」
「あんなおっさんに引っ掛かってもしょうがねーだろ。俺は、メジャーにいきたいんだよ!」

 それはそうだろうけれど、だからってあからさまなそういう態度もどうかと思うけど……と、僕は言いたかったけれど、角が立つ気がして黙っていた。
 僕としては、少しでも僕らが作った曲に興味を持ってもらえたことが嬉しかった。なにせ、いまやった曲は、世界中今日いまここで初めて披露したのだから。それに興味を一瞬でも持ってもらうってすごいことだと思うんだけれど……ナギは、それくらいでは彼の上昇志向は満足しないようだ。
 それからカバー曲を数曲やって、その日はライブを終えた。シャリンバイのカバー曲をやると足を停めてくれる人は多く、投げ銭も少しだけれどあったりする。
 だから、もう一度最後に『リラックス・ハイテンション』をやってみたんだけれど……さっきの男の人のように興味を持ってくれる人さえいなかった。

「ライブの場所、変えてみるかなぁ」

 ライブを終えての帰り道、独り言にしては大きく、会話にするには一方的な声で、ナギがそんなことを呟いていた。
 ナギってせっかちなところあるよなぁ……と、僕はこっそり溜め息をつき、努めて落ち着いた感じでこう言ってみる。

「まあ、まだ今日は初日だもん。今度はもっと聴いてくれるお客さんが来るかもしれないじゃん。配信でもどんどんやっていけばいいじゃん」
「…………」
「……なんだよ」
「葉一のくせに、ポジティブなこと言ってる」
「僕だって、言うことだってあるよ……悪かったね、デフォがネガティブで」

 基本がネガティブだと言うのが僕だと言うならば、ナギは軽率なポジティブ陽キャだろう! と、叫び返さなかっただけ、僕は大人なんだと思う。こんな、ナギみたいに言いたいことを脳みそも介さずにポンポン言っちゃうんじゃなくて、まだ理性がある、と。
 ムッとして黙々と歩いていると、ナギはなんで僕がムッとしているのかがわからないと言う様子で、首を傾げている。

「いや、結構まともなことだから、そうだなって思ったんだけど?」
「……え?」
「葉一って、すげー真面目だし、落ち着いてるよな。俺ら同い年なのに」

 それはナギが高校生なのに小学生みたいで落ち着きがないからでは……と、言いそうになっている僕に、ナギは構うことなく、にっこりと満面の笑みでこう言った。

「葉一のさ、そういうとこ、俺、良いなって思うよ」

 あまりにストレートな誉め言葉を投げつけられて唖然として立ち止まりナギを見つめる。でもナギは僕を置いて、「じゃあな!」と言って、駅の向こうにあるらしい家へ帰っていく。人ごみに紛れていくギターケースを背負った背中を、僕は呆然と見つめながら、投げつけられた言葉をいつまでも手に取ったまま唖然と見送る。
 「葉一のさ、そういうとこ、俺、良いなって思うよ」その言葉は、駅前のネオンライトよりも明るく僕の胸の中できらめいていて、夜道を変える僕の胸の奥をやさしく照らしてくれる。嬉しくてうれしく、ニヤニヤしたまま夜道を歩いた。