「コンテストテンペスト」自体が色々な歌い手にカバーされる有名曲であるせいか、早速先日投稿した動画は僕史上最高記録の120ほどの再生回数を叩き出した。
 3桁なんて初めてなので、目にした時僕は思わず、「おおッ」なんて言ってしまったんだけれど、その報告をしてもナギは全く喜んでいない。

「何だよその数字。しょぼすぎだろ。シャリンバイだぞ? しかも、コンテストテンペスト。せめて500くらい行くもんじゃねーの、フツー」

 フツーじゃなくて悪かったね、と悪態をつく代わりに黙ってにらみ返すと、ナギは一層苛立った感じで僕をにらみ返す。
 僕のバイト前、夕方のファミレスでミーティングと称してナギと顔を合わせたのだけれど、正直、ハラスメントをするおじさんような、ナギの横柄な態度が腹立たしくて仕方ない。なんで彼はこんなに自信たっぷりなんだろうか?
 でも、僕がそれに対して何か意見できるなら、きっともっと早く歌うことを再開させていただろうし、もしかしたらあの時をきっかけにやめることもなかったかもしれない。要するに、ただ言われるがままになっていたのだ。

「なあ、聞いてる?」
「……聞いてるよ、一応」

 ささやかな反論として、「一応」なんて言ってみたのだけれど、ナギには全く聞こえていなかったのか、「聞いてるならリアクションしろよな」と言っただけで、またひとりギターの話を始める。
 ナギはデビットボウイとかレッド・ツェッペリンとかも聴くし、場合によってはパンテラなんかも聴いたりするという。雑食なの? と、さっき言ったら、「多才だと言えよな」と、ムッとされてしまった。

「ナギってさ、落ち込んだりするの?」

 あまりに自分に良いように物事を解釈していくので、少しイライラしながらそう言ってやると、ナギは食べかけていたポテトを摘まむ手を停め、僕をまたにらむ。

「お前さ、俺を何だと思ってんだよ?」

 やばい、人でなしみたいに言っていると思われただろうか。確かにいまの言い方はそう取られても仕方ないだろう。なにより、いくらポジティブな陽キャのナギとは言え、先日脱退させられたところを目撃していたのだから、それは言わずもがなだ。
 ちょっと露骨な嫌味を言いすぎた……と、僕が慌てて謝ろうとしたら、ナギは停めていた手を動かしてポテトを口に放り込み、咀嚼しながら片頬をあげた。

「シャリンバイのギター再来なんて言われてんだぞ? 落ち込むなんて時間の無駄なことはもうしないんだよ」
「…………」

 やっぱりこいつは根拠のない自信家なんだな……と、ムッとして思いかけた時、ふと、その言葉が気になった。「落ち込むなんて時間の無駄なことは“もう”しない」ということだ。
 “もう”ってことは、いままでには落ち込んだこともあったってことなんだろか?

「“もう”ってことは、前はしてたの?」
「まあな。にんげんだもの」

 それはやはり、あの脱退の件が絡んでいるんだろうかと確かめようと口を開こうとしたら、ナギはポテトを支持棒のように摘まんで僕を指し、小さな子に言い聞かせるように言った。

「つーかさ、この俺がギターやってやったのに、その再生回数とかありえねーだろ。葉一、ちゃんと宣伝したのか?」
「し、したよ……一応」
「お前、MITEのフォロワー何人だよ」
「……3人」
「は? それ、芽衣ちゃんとか抜いてか?」
「芽衣が僕の動画のチャンネルフォローしてるかは知らないよ……」
「いや、どう考えても身内しか登録してねーだろ、それ」
「うるさいなぁ。僕は友達いないんだよ」

 ナギは呆れた顔をしてポテトを何本も頬張り、「参ったな……思ったより手こずりそうだな」なんて、聞こえよがしに呟いている。
 そっちから押し切るように誘っておきながら、その言い草はないんじゃないのか? と、言い返したかったけれど、動画を公開したチャンネルが僕のところなので、目の前の現実の責任の半分は僕にもあるだろう。
 そうは言っても、やはり言い方というものがあるんじゃないだろうか。まだ僕らは、出会って一週間くらいしか経っていないのに。

「動画がバズらないのは、悪いと思ってるけど……でも、それ全部僕のせいじゃないだろ」
「そうは言っても、フォロワーがいないと話にならないだろ。まず葉一のフォロワーからじゃなきゃ広がっていかないんだからさ」

 一理あるけど、すべてじゃないだろう、というナギの言い分に、思わず、「そんなに言うなら、ナギもなんか考えてよ。ナギだってメンバーなんだから」と、言い返してしまう。ナギは頬杖をついて少しバツが悪そうな顔をし、「わかってるよ」と、呟いているのが少しおかしく思った。
 ナギは思ったことをそのままに言うし、感情的にものを言いがちなタイプだけれど、拗ねつつも素直に非を認めるあたり、根は悪い奴じゃないんだろうなと感じる。そういう、子どもみたいな無垢なところがあるからこそ、ああいうギタープレイができるんだろうか。素直な性格で、いいな、と思ってしまう。羨ましい、とはまた少し違う感じで。

「そもそもさ、フォロワーが少ない僕のところからいきなりバズるわけないじゃん。それにさ、ナイトシンガーのチャンネルだと、動画は僕名義になっちゃうから、バレット名義のチャンネル作った方が良くない? 見る方だって、その方がわかりやすいんじゃないかな」
「んー……じゃあ、この前の動画、バレットのチャンネル作って、そっちにあげ直すか?」

 MITEのアカウント自体は割とすぐ作れるのと、僕が動画を編集するので、バレットのアカウントはひとまず僕が管理することになった。
 そしてさっそく、先日の動画をバレットのチャンネルの方に投稿してみる。まあ、公開してすぐに再生のカウンターが回ることはないだろうけれど。
 バレットとして最初の活動をした僕らは、なんとなく顔を見合わせ微笑んでしまう。その笑みが、きゅっと僕の胸を甘く締め付ける。何だろう、この感触は。
 とは言え、カバー曲を1本だけ投稿してもバレットとしての活動としてはあまりに寂しい。これからどうしていくかを、今日ここで話し合うのだ。

「これからどうしていくか、だけどさ、その前にどうなっていきたいか、だよな」
「まあ、そうだね」
「俺は、絶対メジャーデビュー! んで、ドームとかアリーナとかのツアーやりたい!」
「……二人で?」
「そういうバンドはいっぱいいるだろ。ゆずとか、B‘zとか」
「まあ、そうだけど。って言うか、音楽性が真逆の二組出されても」

 あまりにビッグネームのアーティストを引き合いに出され、引きつりそうに愛想笑いすらできない僕は、正直ナギの大きすぎる野望とも言える目標に尻込みしている。いくら風穴あけたいとは言え、そんな風に僕なんかがなれるわけがないし、そもそも、メジャーデビューそのものが僕らに可能かさえもわからないのだから。
 夢が大きく、野望であることが悪いわけじゃないのだけれど、身の程を知っておいた方が、のちのちにくじけて落ち込まなくていい気がするし、何より、僕自身がそうなることをあまり望んでいないのだ。

「葉一はどうなりたいんだよ?」
「僕? 僕は……昔みたいに、楽しく唄えたら、それで……」

 本心をつい、包み隠さず吐露した僕を、ナギは眉をあげた顔で見つめ、大袈裟に溜め息をつかれる。あまりに遠慮なくがっかりされた様が腹正しく、さすがの僕もムッとする。

「何その溜め息。僕の本音を言っただけなのに」
「お前さぁ……いつまで中学の時の話引きずってんだよ。もうそんなの忘れてさ、俺はメジャーに出る! くらい言えないのか?」

 言える性格なら、僕が中学のあの時のあの言葉に落ち込んで、傷ついて、唄うことをやめることなんてなかっただろうに。忘れることさえできず、それでも悔しさから半年ほど前から動画投稿を始めた話を、先日の撮影の時にナギに掻い摘んで話したのが、そもそも間違いだった。やっぱり、陽キャな奴に僕のような人間の胸の痛みなんてわかりはしないんだ。
 だから僕のほうも大袈裟に溜め息をつき、言い返す。

「そういう、ヒトの古傷に遠慮なく振れるようなことするから、バンド追い出されたんじゃないの?」
「んだと?! あれは、そういう話じゃねーんだよ。俺の尊厳にかかわる話なんだよ」
「尊厳って、ナギが子どもっぽいかどうかって話? それこそ引きずる方が悪い話じゃないの?」

 図星だったのか、ナギは感情のままに一瞬立ち上がりかけ、むすっとしたまま席に着く。
 僕としては、まさか勢いで言い返せるなんて思えなかったので、内心かなり驚いていたけれど、悟られまいと澄ましていたけれど、罪悪感もあって胸中がぐるぐるする。
 悪いことしちゃったかな……でも、ナギだって、僕の気にしていることをあんな風に言うし……そう考えながらちらりとナギの方を窺うと、ナギもまた同じように叱られた子どもみたいな目をして僕を見ていた。だからついおかしくて、僕らはまた笑ってしまった。

「そうやって、笑えるようになれよ」
「そうは言うけどさぁ……」
「大丈夫、葉一ならなれる」

 ナギに心の弱いところをつつかれつつ、慰められるようなことを思いがけず言われ、胸がドキリとする。何だろう、このギャップ。飴とムチだろうか?
すると、ナギは「あのさ」と、何か思いついたようにこちらを向く。その目は何か期待のこもった色をしている。

「……なに?」
「俺、良いこと思いついた」
「そういうのって、コケるフラグ立ってる気が……」
「やる前からコケるとか言うなよ、葉一」
「内容によるよ」

 僕が溜め息交じりに苦笑すると、ナギはパチンと指を鳴らし、「それなんだよ」と言う。
 どういうことだろうか、と首を傾げつつナギを見やると、ナギは先程作った、バレットのアカウントの映し出されているスマホの画面をつついてこう提案してきた。

「ライブ配信、してみねえ?」
「生配信ってこと?」

 そんなの無理、と即答で断ろうとした僕に、ナギは更に「メジャーでやってくんだったら、リアタイでライブできた方が良くない?」、と、畳みかけて迫ってくる。
 言葉はやわらかいが圧の強い眼差しを向けられ、正直鬱陶しいのと面倒臭いのと、そして同じくらい納得の想い、と、これから始まる新しいことへの期待もあって、僕は力強くうなずく。
 それでも、まったく不安がないわけではない。

「でもさ、今すぐは、無理じゃない? だって、ナギはこの視聴回数じゃ不満なんでしょ?」
「当然だろ。俺らをもっと大勢に見てもらわなきゃなんだからさ。もっとレパートリー増やさねえとな」
「じゃあ、目標立てる? 再生回数500いったら、とか」
「1000だな」
「1000?! いきなり無謀じゃない?」
「1本の動画の、じゃなくて、コンテストテンペストの他にもいくつか投稿して、そのトータルで、の話。色々な引出しある、って思われた方が良くない?」

 無謀な数字をただ挙げたのではなく、ナギなりに根拠があっての意見のようなので、僕は少しホッとし、そして、また唄えること、それも彼のギターで叶う事が素直に嬉しいと思えていた。
 何のかんの言いつつも、また歌を唄える機会があると思えるのは、いままでひとりだけでやみくもにやっていた時よりも歩くべき道がはっきりしていて、しかも明るい気がする。
 だけど、ナギの目標をそのまますんなり受け入れられるほど、僕に自信があるわけではない。

「じゃあ、また、動画作る? でも、見てもらえるかなぁ」
「見てもらえるかなぁ、じゃなくて、見てもらう、見ろ! って感じにアピってくんだよ。俺らは風穴あけてくんだぞ」
「う、うん……でもさ、やっぱ僕にできるかな……」
「大丈夫、俺がいるんだし、葉一の歌だって悪くないし、俺は好きだな」

 ナギが発した“好き”という言葉に、大きく胸が音を立てて高鳴る。僕に対してではなく、歌声に対して尚はわかりきっているのに、先ほどの気のせいと済ませた時以上に痛いほど音を立ててドキドキしている。

(この感じ、知ってる……中学の時に諦めたあの感じと似ている……でも、もう誰にもそんな気持ちにならないって決めたのに……)

 なんでいま、彼に……そんな後ろめたさにも似た小さな罪悪感を覚えながら、懐っこい笑みで僕にライブ配信の内容を語っているナギの言葉を聞き、彼を見つめていた。
 懐かしくも甘く切ない痛みと胸の高鳴りは、僕の意思とは裏腹にどんどん早くなっていくばかりだった。